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「うーん……あなた達がきちんと食べられるようになったのは国王様のおかげなんです。王様がちゃんと悪い所を見直して正してくれたのですよ?」
「子供達が言うのは間違ってはいない。王妃様が孤児院を気にかけてくれたのだから。王妃様は聖女様だぞ?」
会話を聞いていたらしいヘンドリック様が口を挟んできて、その肯定の言葉にきゃー! と私の周りにいた女の子達がはしゃいだ声を上げた。
「……リック?」
一体何を言っているのか分からない。なんだ? 聖女様って!
その問題発言をしたヘンドリック様は綺麗な笑顔を浮かべている。絶対楽しんでいる顔だ。
「街では王妃様の事は聖女様だと噂になっているんです」
「え?」
後ろからついて来た老婆がにこやかに告げた。
「オルフェ聖国からいらっしゃった王妃様は我が国の孤児や貧民にも慈悲を向けて下さっていらっしゃるそうで」
いや、書類とかは拝見しましたが。予算を増やして欲しいとは言いましたが。認めて下さったのは国王であるヘンドリック様なわけで。
…………とりあえず聖女問題は置いておきましょうか。恥ずかしすぎますので。
「空いているお部屋がありますね」
「使ってないの」
「お外で遊べない時に使うの」
簡素な寝台に粗末な毛布。遊戯室らしいのに何もない部屋。食べる事が出来る様になってもこれでは将来性がない。
見る所もほとんどないまま孤児院の中の視察を終えてしまう。
「もう一度食堂に戻りましょう。リックも」
男の子達はヘンドリック様の腰に下がっている剣に興味津々だったらしいが私の言葉に大人しく皆食堂に移動した。
席が決まっているのか皆それぞれさっきと同じ様に着席する。
「食事をきちんと食べられるようになりましたか?」
子供達に聞くとはーい! と可愛い返事が返ってきた。
「では、今度はお勉強が出来るようにしましょう!」
声高らかに宣言すると子供達も職員もぽかんとした。
「今まではきっと食べるにも困った状態だったと思います。でも! 今の王様は絶対そんな事はしません。生きるにも必死だった前とは違います。それならこれからはまずお勉強が必要でしょう」
「えー! 別にいらないと思う……」
一人の年長の男の子が呟いた。正直でよろしい!
「はい、そんな事を言う事が愚かです。いいですか、字が書ければ、計算が出来れば仕事を選ぶ事が出来ます。今言ったそこの男の子。大きくなって孤児院を出る事になりました。仕事を運良く見つけ働く事になりましたが相手は孤児院出身だと甘くみています。口では一日銅貨四〇枚で働く契約でしたが、契約書には三〇枚と書かれていました。字が読めなければ分かりませんよね? または買い物に行きました。銅貨ニ三枚の物と銅貨ニ五枚の物を買おうと銀貨一枚出しました。渡されたおつりは銅貨三ニ枚でした。分かりますか? 銅貨一〇枚足りないんです」
男の子がぼかーんとしている。
「勿論こんな意地悪な人ばかりなわけではありませんが、自分を守るのは自分自身です。お勉強をして損する事は絶対にありません。また、お勉強といっても字や計算だけでなく針仕事や剣のお勉強でもいいでしょう。字が綺麗に書け計算を早く出来るなら商家で働けるかもしれません。針仕事が得意ならば衣料店、剣が得意ならば兵や冒険者として活躍出来るかもしれません。違いますか?」
私の言葉にきらきらと目を輝かせる子が、目を見開く子がいる。
「リック、仕事を引退した方で暇を持て余している方などに無償か安い賃金かで子供達の教師役の募集をかけてみてもよろしいでしょうか? まだ決定ではありませんが後で相談しましょう! 官僚を引退した優しい方とか退役した兵の方なんかも教師役によいと思うのですが?」
「くくっ……勿論いいぞ?」
「ついでに、孤児院ではお部屋が空いているようですし、貧民街の子も通えるなら習いに通ってきてもいい事にしましょう。なんなら子供なら誰でもでもいいかもしれません。貴族以外の子はお勉強出来る環境ではないでしょうから」
「識字率を上げるつもりか?」
「そうですね。あとは……道具の寄付などは貴族に募りましょうか。剣や裁縫道具、本なども欲しいですね」
「リーナが発案したら結構集まるんじゃないか? それと街の中心の子達は神殿で教えるようにしてもいいんじゃないか?」
「いいですね!」
ぽんぽんとヘンドリック様と話していたが子供達も職員も放心したままだ。
「こほん……お勉強したい人?」
ちょっと暴走しちゃったかなー、とはたと気付き子供達に視線を向け聞いてみた。
……取ってつけた様な感じになってしまいましたが。
「わたし、お勉強したい」
はい、と年長の女の子が手を上げた。
「針仕事したいです。お母さん……生きてた時にちょっと教えてもらったから……それに針仕事出来れば皆の服を直したりも出来るし。今は道具がなくて出来ないから……字も覚えたい。計算も……出来るようになりたい。そしたらいくらかでも高いお給金で働ける様になれる。高いお給金もらえたら皆もっとご飯食べられる様になれる。だから……」
なんていい子! 自分だけでなく他の子にもご飯を食べさせてあげたいだなんて!
「針仕事の中でも刺繍なども覚えて、腕がよければ職人としてさらに高いお給金を貰えるようになりますよ? 腕を磨くために練習でハンカチに刺繍してお店に置いてもらえばそれも売れるかもしれないですし。働きに出る前でも出来る事もあります」
おずおずと話し始めた女の子だったが、私の言葉に次第に顔を輝かせていく。
子供達には明るく先を見て欲しい。
ぼろぼろの服に暗い瞳だった子供達の顔が次第に意思が秘められた凛々しい表情になってくる。
「わたしも! お勉強したい!」
「俺は剣がしたい! 冒険者になって稼ぎたい!」
「わたしも高いお給金で働きたい!」
次々と子供達が手を上げて自己主張をはじめた。やる気に満ちた子らは眩しく感じる。