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前作 騎士と王女 をお読みでない方は前作を読んでからの方がお楽しみいただけると思います。

「明日一緒に出かけないか?」


 にこやかにそう言われたが、珍しい誘いだ。

 

 田舎育ちの私にとっては怒涛の毎日だった。自分で選んだ事なので後悔はしていないけれど。

 旦那様になった方は隣国の王。……嫁いだんだからもう隣国ではなく我が国と言った方がいいのかしら?


「明日は予定が何も入っていなかったと思いますけれど……」

「入れてなかったんだ。ずっと公務ばかりで疲れただろう?」


 あら? もしかして公務ではないお出かけ?


「市井に極秘の視察に行かないか?」

「是非!」


 魅力的な旦那様のお誘いに綺麗な笑みが浮かんでいるはず、と自分でも思ったけれど、それを見た旦那様はくつくつと笑っている。

 ……何気に笑い上戸ですわよね。


「一応護衛はつくが、隠れて付いてくる様にしている」

「お出かけはセイファード公認ですか?」

「内緒だ」


 悪戯っ子の様なにっとした笑いを浮かべる旦那様に私も笑ってしまう。


「一応セイファードが俺達がいない事に気付いたら伝えてもらう事にはしているから大丈夫だ」

「大事になったら大変ですものね。……でも陛下はずっと激務でしたからお休みされた方が……」

「大丈夫だ。……自分の目で確かめたいんだ」


 イーデンスは民に圧政を課していたらしい。前国王が、ですけれど。

 不正や横領や賄賂が横行し、貧富の差が激しく、孤児院や貧困街はかなり逼迫した状態になっていたらしい。

 前国王がご病気で倒れられ、陛下が即位されてからまずされた事は即位式ではなく粛清と改革だった。


 財政の見直し、能力ではなく賄賂などで幅を利かせていた官僚を罷免、遊興に耽り民に圧政を強いていた領主や貴族を廃し、馬車馬の如く寝る間を惜しんで陛下は激務をこなされていた。

 忙しくなるのが分かっていたのに先王に嫁ぐ予定だった私をそのまま連れ帰ったのだが、慣れない私にも気遣っていただいた。

 ……本当に寝る間もない位忙しかったのに。


 私の国にまで聞こえてきた先王の噂はひどいものだった。正妃は三人。ただし入れ替えが激しく後宮にも妃が山ほどいて気に入られなければよくて捨てられ、酷ければ処刑されたらしい。

 ……あくまでも噂でしたけど、こちらに来て後宮の片付けの手伝いをした時に聞いた話では当たらずも遠からずだったらしい。


 そんな先王にではなく、王太子であったヘンドリック様に嫁げたのは行幸だったと思う。

 ヘンドリック様は噂の先王陛下の本当の子なのだろうか? と疑問に思う位聞く限り真逆に思えるような方だ。

 

「どうした?」

「いいえ。……明日はどちらに?」

「孤児院だ。何度か行った事があったのだが……どうなっているのか」


 ヘンドリック様は常には表情や顔色を表に出す事はないけれど私の前では取り繕う事はない。勿論私も。

 なにしろ初対面が衝撃的すぎたので。


「どのようにして向かうのですか?」

「ん? ……明日のお楽しみだ」


 にっとまた悪戯っ子の様な笑みを浮かべるヘンドリック様に私は苦笑を漏らす。




「リアーナ」

「……んん」


 朝、揺さぶられて目を覚ますと目の前にはヘンドリック様の顔があった。


「着替えだ。……一人で着替えられるか?」

「ええ。勿論大丈夫ですとも」


 渡されたのは簡素なワンピース。普通の高位貴族令嬢ならば一人で着替えなど無理でしょうけれど私は問題がない。


「あら、素敵!」

「……普通の貴族令嬢は豪奢なドレスの方を素敵だと思うんじゃないか?」

「私普通じゃありませんので」


 ぶっとヘンドリック様が笑いを漏らしながら着替えを始める。私も手渡されたワンピースにいそいそと着替えた。

 貴族令嬢には簡素でも市井においては上等なワンピース。髪も自分で手早く簡単にハーフアップにした。


「ヘンドリック様も素敵」

「そうか?」


 ヘンドリック様も市井でお金持ち、位の格好だ。いつもの金糸の縁取りや刺繍など入っていない簡素な上着とスラックスにブーツ。

 私も襟元にリボンがついた位のワンピースでとても動きやすい。


「これから俺の事はリックと。君はリーナと呼ぶ事にしよう」

「ええ、リック!」


 わくわくしてしまう!


「ところでどうやってお城から出るんです?」

「ふふふ……」


 ヘンドリック様が得意げに笑みを浮かべると私の手を取り手を繋ぐと寝室から王の私室に直接繋がるドアに向かった。ドアを開け、すぐ横に飾ってある絵画をずらすと小さな取手があってヘンドリック様は躊躇する事なく取手を回した。


「……まぁ!」


 あら不思議! 壁の板目に隙間が出来てヘンドリック様が押しながら横にずらすと壁の奥に薄暗い通路が現れた。


「びっくりだろう?」

「ええ! すごい!」


 ヘンドリック様が私の手を引きながら通路に入ると通路側の壁にあった取手を回す。

 すると壁が元通りにぴったりと閉じた。


「ちょっと、かなり暗いけどな。光苔が生えているから目が慣れれば少しは見えてくるはず。……大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


 私の手はしっかりとヘンドリック様の大きな手に繋がれているし安心出来た。


「初代イーデンス王は周囲の国を飲み込んで大きな国にした。恨みを買っていると疑心暗鬼になってこんな城にしたらしい。リアーナももし万が一何かあった時はここから脱出するように」

「しませんよ? ヘンドリック様が一緒ならばやぶさかではありませんが」

「…………そうか」

「それより、どこに繋がっているんです?」

「城のあちこちに出入り口はある。執務室なんかにもあるぞ? 出口は城のすぐ側の森の中やちょっと遠い森の中などがある。今日は城壁を越えた王家所有の土地にある使っていない小屋に出るつもりだ。街が近いからな」


「すごいですね! 楽しみです!」

「時間が早いから朝市を見て回って屋台で朝食にしよう」

「素敵ですっ!!!」


 くっくっとヘンドリック様が笑っている。

 そりゃあね……普通の御令嬢はこんな薄暗い通路には躊躇するだろうし、市井の中で、屋台で食事なんて考えられないんでしょうけど。


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