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1 「マジック マシナリー アンブレラ」

 恨みあい憎みあう、魔術文明と機械文明。

 宇宙まで広がった2つの文明の恒久的な争いに、また、新たな者たちが巻き込まれていく。

 亜森数真ールイラ・アモリ。

 木戸優生ー松良あかね。

 太田大志ー只見友子。

 太田玲奈ー亜森連人。

 そしてバトンは、最後の世代へー

 ケミスタ・ハクランーソーシア・テフェルン。彼ら彼女らの物語が、始まる…! 

                    ―*―

 「いいかい?ゆめゆめ忘れてはいけないよ?

 昔々ある時代、あたしら人類は一つだったんだ。」


                    ―*―

 「いいかね?絶対に忘れてはいかんぞ?

 かつて遠い昔、わしら人類は1つじゃったんじゃ。」


                    ―*―

 「「じゃあ、どうして、2つに分かれて争っているの?」」


                    ―*―

 「それはな、あのネジ狂いどもが悪いんだよ。

 ある時、あたしら人類のもとへ、女神様が真理をお遣わしなさった。そして、あたしら人類は魔術を使えるようになったんだ。」

 「えっ、それまで、魔術ってなかったの!?」

 「そうだ。ずっとずっと昔のことだけどね。それまでは『魔法』という、何だかよくわからない力が使われていたのを、女神様は世の中の仕組みと結びつけて創り直し、新たに『魔術』として再生なさったんだ。このおかげで、世界から魔術を使えない人間はいなくなった。」

 「じゃあ、それまでは、誰でも使えるモノじゃなかったんだ。」


                    ―*―

 「それはの、あの瞑想オタクどもが悪いに決まっておろうが。

 ある時、わしら人類のもとに、雌性知性体が誘惑をやりやがった。そして、わしら人類の半数が科学を信じなくなったのじゃ。」

 「えっ、それまで、誰もが科学を信じていたの?」

 「そうじゃ。計り知れぬほど古いころのことじゃがの。それまでは啓蒙されていない未開の民が多くおったのをやっと何とかしようとした矢先、雌性知性体は難しくて制約の多い世の中の仕組みを振り払う術として『魔術』をでっちあげよった。そのせいで、誘惑にかられた半数が力におぼれたのは。」

 「じゃあ、それから、大勢が理に反するようになったんだ。」


                    ―*―

 「「その通り。だから、奴らは滅ぼさなくちゃいけない。全人類のために。」」

 「「どうして?」」


                    ―*―

 「学校で、『メッテイヤ未来俯瞰』は習った?」

 「うん、全然違う魔術をみんなそれぞれ使ったら、打ち消しあって一番強い効果が残る…とかなんとかでしょ?」

 「…これだから近頃の若者は…

 だけど、まあ、それでいい。

 そんでもし、あのネジ狂いどもが決定的に強くなっちまったら、あたしらから魔術は失われちまうのさ。

 だから、あたしらはあたしらの世界を守るために、まつろわぬネジ狂いどもを撃退し、撃滅しなきゃなんね。」

 「そうなんだ。

 この街も、お母さんもお父さんもおばあちゃんもおじいちゃんも、全部、滅茶苦茶になっちゃうんだ。」

 「そうさ。だから、あんたも立派な魔術師になって、ネジ狂いどもをぶっ潰すんだよ。」

 「うん、私、やって見せる!」


                    ―*―

 「学校で、『マイトレーヤ事象確定式』については、習ったじゃろう?」

 「うん、同じ粒子に別々の人が別々に観測して結果が違うようにしたら、そう見てる人が多いほうの結果になる…んだよね。」

 「…最近の教育は進んでおるのお。

 じいちゃんが聞いたより分かりやすい説明じゃ。

 それでもし、あの瞑想オタクどもが決定的に強うなってもうたら、わしらの世界は魔術だらけで何にも科学的な理に従わなくなってまう。

 だから、わしらはわしらの世界を保つために、おろかなる瞑想オタクどもを排撃し、絶滅させなきゃあかん。」

 「なるほど。

 この都市も、ママもパパもばっちゃんもじっちゃんも、全部、破壊されちまうのか。」

 「良く学んでおるのう。だから、お前も立派なエンジニアとして、瞑想オタクどもを消し飛ばせよ。」

 「俺、頑張るよ!」 


                    ―*―

統暦1735年5月3日 ヒナセラ≠Hinasera戦域ライン

 「監視部門より各部、敵の越境を確認!」

 「反射衛星へのリクエストを確認しろ!即応若隊に出撃命令!」

 「反射衛星へのリクエスト維持されています!30秒後に高エネルギー殲滅攻撃10秒オート!」

 「第1076即応若隊、聞こえていますか!?」

 「はい、こちらケミスタ・ハクラン。感度良好であります。」

 「この戦線が如何に厳しいか…洗礼になってしまうでしょうが、健闘を祈ります!。」

 「…はっ!」


                    ―*―

 「総隊長、敵意指数が増大しています。」

 「大丈夫だと思いますよ?前回の衛星攻撃の犠牲者には哀悼の意を表せざるを得ませんが、今回は期待の新星ことテフェルン嬢もいます。彼女の攻防は絶対だという噂ですよ。」

 

                    ―*―

 静止軌道上に存在する衛星群からの送電を受けた反射衛星「ゴモラSー43」からの照射攻撃が、荒野に降り注いだ。

 戦いに続く戦いのため草も生えない堅い地面となってしまったそこを歩く、12人のローブの集団。その斜め上から、直径20メートルの不可視の光束が降り注ぐ。

 何度も何度も、隠蔽の限りを尽くし、姿を消し音を消し魔力を消し気配を消し越境を試みるも、そのたびに東半球連合は失敗し続けてきた。だから、小細工なしに突破することとして。

 魔術を信奉し「科学的理を破壊して世界を便利に作り変える」ことを至上の目的とする東半球連合は、ある意味でお互いの若手戦力の登竜門となりつつあるそこへ、今度こそ突破してやるとの意気込みを込めて、貴重な魔女師(魔術女子師官学園)主席卒業生を送り込んだ。

 「ソーシア、ほ、本当に大丈夫?」

 とはいえ、ここは本物の戦場。緊張感は花園の訓練場の比ではない。

 「大丈夫です。これは女皇陛下から賜った品ですよ?それに、私を何だと思っているのですか?

 …敵意値上昇、そろそろですか。」

 そう言いながら腰に刀のように差す傘を開く少女ーソーシア・テフェルン、16歳。

 「少々、甘く見られているようですね…『覆影イン・ザ・バリア』」

 太陽でキラキラ輝いていた金髪が傘の影に入れば、そのはかなげな顔立ちは一層引き立ちほわりとし、胸の下から足首まであるハイウエストスカートが風にそよぐ。

 1枚の絵になりそうな優し気な令嬢とは裏腹に、彼女の傘は極めて絶大な効果をもたらした。

 傘をてっぺんにもつ、翠光のドーム。それは、空間を切断して真っ暗な結界を作り出す。

 はるか宇宙から撃ちおろされる、幾度となく人体を一瞬で消し炭にしてきた光線。それは、空間に生み出された断絶を超えることができなかった。

 バリア手前の空気が過熱されて数十倍に膨張し、爆発が起きてキノコ雲を舞い上がらせ、小さなクレーターを刻む。

 砂塵が晴れていく中で、身を寄せ合う少女たちの中心に、ソーシアは優雅に傘をたたんだ。その真横を、旋風が駆け抜ける。

 カン、と金属音が響いた。

 「…ただの魔具じゃないのでありますか?」

 「もちろん、貴方方の頭と違って、ネジだけでできているわけではありませんから。」

 「…小隊総員、かかれ。

 彼奴らが惰眠をむさぼっている間に俺たちが何をしてきたか、見せてやれ!」


                    ―*―

 …強いぞ、このお嬢様。いやお嬢様かわからんが。

 「この程度のバリアも破れないのですか!?」

 「ほざけ!APCR切り替え、近接射!」

 「風塵ウィンドカット!」

 ー傘を使い、攻防を切り替えていくスタイル。俺とそっくりだが、異なるところと言えば、傘に頼り過ぎていないところか。

 「…そうそう、貴方方ネジ狂い最大の弱点を思い出しました。

 『錆腐オキシデーション』」

 はっ、残念ながらそんじょそこらの兵器とは格が違う。

 「なっ…

 …私同様、ただの傘ではないようですね!」

 「おあいにくさま!ナノマシンをふんだんに使った特注品らしいぞ!」

 例えばそう、傘同士で、いや、実剣とチャンバラしても余裕で競り勝つくらい!

 「貴方、なかなかやりますね…」

 「そっちこそ。」

 だから、ここで斬り捨てるか、撃ち殺す!

 「この傘の骨は24本!侵食斬撃も24回!

 さて、どこまで耐えられる!?」

 「くっ…『覆影イン・ザ・バリア』!」

 無駄!この骨は空気を先行させて斬るから、骨そのものの斬撃の時にはバリアは無効!

 「ぐっ…」

 …手ごたえが、軽い…?

 「…それだけの強さがありながら、どうして、まつろわないのですか!?」

 「そりゃ俺たちのセリフだ!ともあれ、どうやって耐えきった!?」

 「今から死ぬ貴方には、知る意味のないことです!」

 ーっ、そう言うことか。

 確かに、立ち並ぶ墓標を見た時にそんな気はしたけど、これは洗礼だな。

 ー「ハクラン小隊長、聞こえますか!?

 事象改竄度上昇中、また、敵衛星の妨害に失敗しました!

 至急退避をお願いします!」

 「了解であります!」

 「…気づかれましたか。」

 「ずっと守勢だったし?

 …ま、いつかまたどっかの戦場で会うこともあるんじゃないの?」

 「その時は、絶対」

 「殺すからな。」

 感覚失調機構起動、対G保護機構起動。

 「小隊、バック!」


                    ―*―

 西半球同盟軍報5ー4ー1735

 〈本日、我が軍勢に新たな戦力が生まれたことを誇りに思おう!

 ケミスタ・ハクラン(16・男)は、かねてより戦闘工兵バトルエンジニアとして兵学連で頭角を現していたが、5月初のHinasera戦域ラインにおいて、侵攻を試みる東半球連合のエリート集団を撃退し、我が宇宙エレベーター「Loadー3」への攻撃を阻止した。小隊規模において1人も欠けなかったことはこの年度初エリート戦では初めてのことであり、この武勲をたたえてTLC(最高指導者会議)はハクランを少尉から大尉に、また同隊所属者を昇進優先付随条項の上で中尉に昇進させ、Byhurenfe市へ派遣することが決定された。

 明日の我が軍に栄光あれ!

 明後日の敵軍に敗北あれ!〉


                    ―*―

統暦1735年5月6日 東半球連合ヴァルゴ都、皇宮

 「女皇陛下、直々の御呼び、恐悦至極に存じます。」

 「そうそうかたくならないで、ソーシア・テフェルン。

 私は、女兵学園卒業者をいきなり激戦区に放り込むこの悪習の犠牲に、貴女もなるのではと気が気でなかったのだから。」

 「心配していただき、ありがたき幸せ。」

 「もう、私と貴女の仲じゃない。

 それで、相手は?」

 「逃げられました。テレパスに対しても強力な障壁装置を持っていたと思われ、詳細は不明です。」

 「人数から察するに、向こうも新人を放り込んできたのね。」

 「すみません、貴重なタイミングを失ってしまい…」

 「まあ、奇しくもネジ狂いたちの軍部も同じような思考回路だから、案外、また出会ったりするかもよね。それに情報統制がでたらめだから、軍報を入手すれば分析係が頑張ってくれるかも。」

 「あー…機密垂れ流しですよねアレ。

 でも…」

 「大丈夫よ。早く戦功を積み重ねて魔術も極めて、私がいるこの席に来なさいな。」

 「そんな畏れ多い。それに、手の動きだけで星座を歪め三態を逆転させ余剰次元をあらわに見せるなんて所業、私には…」

 「簡単なことよ。私もそう思っていたけれど、やってみれば何のことはなかったわ。

 それに、聖剣や聖鎧を始めとする聖遺物の多くが破壊され、聖弓も聖槍も動かせなくなったた今となっては…」

 「はい。傘と言えども聖傘、ですね。

 精進します。」


                    ―*―

統暦1735年5月13日 テイレル≠Byhurenfe要塞市

 軍服の青年ーケミスタは、感情のうかがえない瞳で、眼下を見下ろしていた。

 広がるのは、ただ地平線まで続く、金属、金属、金属。

 ケミスタ自身が立っている円錐型の尖塔を除けば、ただただ、金属で覆われた平らな平原が続く。草木はおろかチリホコリすらない。

 事情を知らない人間からすれば(西半球同盟の人間でそんな人物がいるとは考え難いが)、ここが「都市」だとはとても思えないだろう。しかし、この街は極めて異常な構造の遺跡を改造して造られた要塞でありー最もその時代の記録はおぼろげにしか存在しないー本体は地上ではなく地下の10億人級メガロポリスである。

 西半球同盟、と言っても別に、西半球に領域を持つわけではない。1698年前に「科学、機械、物理法則、標準理論」を信奉する国および組織が西半球で手を組み1つとなった、というだけの集まりであり、従って結構入り組んだ境界線を持っている(そもそも人類の領分は今やシリウスまで広がり、地球上の時刻標準線など大したことではない)。

 そして、このByhurenfe市はその中でも、おそらくは難民キャンプに端を発して幾度となき世界大戦の結果、避難に告ぐ避難、補強に次ぐ補強でついには装甲の奥、地下数百メートルに数えきれない人口を隠す大都市のハブになってしまったという異常極まる街だ。最初は人が逃げてきたから仕方なく防衛してきたのだろうが、それが更なる人口の流入を招き、気付けば膨れ上がった人口を守るために途方もない労力を浪費しなくてはならない上にしがらみだらけでどうしようもなくなってしまった。 

 「俺たち機械文明の旧弊だな…」

 「そんなこと言っちまっていいのかハクラン。」

 友人兼副官は、反体制的とも言えるその発言を聞いて、おいおいととがめた。

 「…イルジンスク、どうせみんなそう思ってるさ。というか学校でもそう言ってたろ?」

 「ああ、まあ…」

 普通に考えれば、敵勢力の近くにこんな大都市を置いておかず、防衛戦力も宇宙基地などに割き、都市ももっと勢力圏の内側ー例えば北米大陸の五大湖とか、月の海とかーに移設すべきだった。だがその場しのぎの兵力派遣のうちに人口が膨れ上がり、今ではByhurenfe出身の有力政治家やByhurenfe中心の大型産業などがあるせいで引き払うこともできないまま、敵勢力の中に突出したこの街を装甲し、兵力をすり減らし続けるしかない。

 「…ま、叛意ありと上層部に思われたくないさ。ハクラン、俺は出世したいんだよ。」

 「知ってるよ。だったらなおさら、俺たちに駒であってほしくないんだろ?」

 「そ。

 俺らが活躍すれば、特にお前が活躍すれば、俺の地位も一緒に上がる。そうすりゃそれだけ出世できるし、お前、どうせ前線に出られなくなるほど出世したがらないだろ?」

 「ああ、そん時はお前に昇進順を譲るよ。権力の亡者め。」

 「失礼な言い方だな。」

 「そう思うなら最初から正直に『負けないようにしよう』って言え。」

 「そんなかっこ悪いことできるかよ。

 第一、みんな英雄を欲してる。だったらやりゃあいいじゃないか。」

 「俺は、別に一兵卒でも、世界を1つにするために戦えるならその方がいいんだけどなあ。

 っと、司令官、どうしました?

 はい、了解であります。

 おいイルジンスク、俺たちはどうも巡り合わせが悪いらしいぞ。」

 「中入れってか!」

 2人は、そう言って、ハッチを開けて中へ飛び降りた。


                    ―*―

 東半球連合にとっても、ネジ狂いどもこと西半球同盟の機械好きが「Byhurenfe」と意味不明な名前で呼ぶその町(彼らにとってルーツがないかららしい)は、侵攻したくなる目標である。

 何しろ、10億だ。女神の恩恵にまつろわず魔術をかたくなに拒否する不信心者どもを、一気に10億も始末できる。

 西半球にとっては人口が多すぎて重荷、東半球にとっては人口が多いから目標。

 だから、東半球は何度も攻撃をしてきた。

 単純に兵力を集中派遣しての地下侵攻。

 エージェントを送り込んでのテロリズム。

 遠方からの地震術式による崩落。

 軌道上からの付魔質量体投下による破壊。

 通行忌避術式及び魔力的封鎖及び周辺での交戦による遮断。

 ーそして、1700年以上、何度も何度も何度も飽きるほど攻撃し、そしてそのたびに失敗してきた。失敗してきたが、その時の西半球の情勢に不安を起こし影響を与えることはできるし、そこへ軍事資源を費やさせるだけで他の戦線が楽になる。外惑星圏での宇宙艦宙戦をすることに比べれば、地球上の戦闘ははるかにローコストだ。

 「…って言っても、さすがに、ちりつもですよね…」

 「もー、そういうこと言っちゃダメだよソーちゃん!」

 「誰がソーちゃんですか。後、胸揉まないでくださいクララ。」

 「つれないなー。どうせそのうち男に揉ませる胸なら私に痛っ!」

 そんな馬鹿なことを言いあいながら、ソーシア・テフェルンは、いかにも女子高生と言った風貌の灰色のブレザーを着て、副官であり幼馴染であるクララベルとじゃれあっていた。幸い機械文明らしくメガネ型の補助端末がデフォルトなので、10歳から軍人としての英才教育を受けて身についた鋭いまなざしはうまいこと隠れ、周りの学生たちに溶け込んでいる。

 「それに、なんか様子が変ですね。」

 天井は100メートルは上、地平線(?)の向こう百キロ四方にもわたり数えきれない柱で支えられる広大な金属の箱(これが十数層積み重なっている)の中に広がる街にいるとあっては落ち着かないが、それでもソーシアは異変を感知して見せた。

 「そーだね。」

 今回の彼女たちの任務はと言えば、内部からの爆破、破壊工作ーなどではない。もちろんただの偵察ではなくエリートを必要とし、しかも若くないといけないという事例ではあるが…

 「どーしたんだろ…」

 その時。

 天上各所に照明と共に設置された巨大スピーカーが、広大な地下空間に警報を鳴らした。

 「申し訳ありませんが、第13階層文教区画及び商業区画の皆さんにお知らせいたします。

 階層において、極めて危険な不穏分子が確認されました。

 支柱の破壊に当たろうとしている可能性がございますので、第451柱の半径100メートルに滞在されている皆様は、お近くのロボを各自待機モードとし、できうる限りその場にとどまって下さい。」

 周りの学生たちが立ち止まっているー直径40メートルはあるその巨柱は、すぐ後ろにあった。内部への入り口は「封鎖」で電光掲示されている。

 「…もーしかして、私たち?」

 「…かもしれませんね…」

 うそ、なんでバレたの?と2人は顔を見合わせた。


                    ―*―

 捜査の協力、ね…

 「って言っても、我々は戦闘工兵であります。司法のレベルには耐えられないのでは?」

 俺たちの仕事は、あくまで、持っている機械の武器の性能を戦場で活かして敵を駆逐することだけ。証拠集めみたいな繊細なことさせて裁判で詰まれても知らんぞ。

 「しかしながら大尉閣下、そうも言っていられんのですな。刑事だけでは手が回らんのです。

 EMPーBOMーLIM爆弾と言うらしいのですな、それが、第451柱の層間連絡通路で探知されたのです。」

 …あー、自分を探知した機械を電磁波で故障させるアレか。

 「探知しすぎると起爆する恐れもあるので、手間ではありますが、所持者を人力で捜し出すこととなります。そのための人海戦術に加わってほしいのです。」

 「了解であります!

 小隊は、以後、13層警察当局の指揮下に入ります!」

 要するにテロ活動か。とはいえ対爆装備は出来る限り使わないほうが良さそうだな。でも、これだけの人口密集地で爆弾の所持者を捜すのは…

 「まず、1つ目に、爆弾の所持者は機械の所持数が少ないはず。

 2つ目に、もちろん、様子が不審なはず。

 それで3つ目に、もし13階層の詳細地図データなんぞ持ってたら、真っ黒だ。」

 なるほど、ね。

 「小隊、聞いていたか?

 常に2人1組で、対象を捜索、発見次第、連行せよ!装置、機械の展開は別命あるまで禁ず!

 イルジンスク、俺たちも捜すぞ。」

 ここの位置を考えれば、その不審者は、柱を吹っ飛ばして都市の破壊工作を行う瞑想オタクどものスパイだ。そして、数千ある柱のうち1つごときと考えていると奴らはそれに魔術的意味を持たせてくる。早く見つけなければ…

 「それにしても、この辺りって学生向けだろ?学校と商店街…隠れるにしても…」

 「制服着てない奴、なおかつ、柱を起爆できる奴…故障してる機械室、あるいはサーバーにいる専門職なんてどうだ?遠隔起爆は難しいはず。」

 「おいおいハクラン、探知してない機械は関係ないんだ。無線送電はアウトでも、電磁フィールド送電なら遠隔できるぞ。」

 「…そんなこと、スパイにできるか?奴ら電線だって焼き捨てるかもだぞ?」

 まして電磁フィールドなんて曝露するだけでヒステリー起こしそうな…

 「確かに、あいつらとか、あり得なさそうだよな。でも、そういうふうにカモフラージュしてるかもだぜ?」

 うんうん、確かにま、あの女子学生の群れとかは違う…違う…ん?あの金髪と銀髪、なんか見覚えがあるような…

 「んん…!?

 イルジンスク、知り合いがいる。」

 「おっ?ナンパはさすがに…」

 「冗談抜きで知り合いだよ。なんでこんなところにいるのやら…」

 そこまで馬鹿ではないだろうけどいやしかし…

 「ちょっと行ってくる。」

 「お、おい、2人行動って…はあ…」

 まさか、関係者、というより実行犯なのか?でも、だったらなんで高性能爆弾なんて…いや、普通に考えてそれはあり得ない。

 いずれにせよ絶対殺す!

 「おいお前、こんなとこで何を企んでる?」

 「なっ…どうして、こんなところに貴方が…」

 「ここで戦うのも周りに迷惑だ。というわけでちょっと来てもらおうか。」


                    ―*―

 「何ですか?そちらがその気なら、いいえその気でなくとも。」

 そう言って、ソーシアはポケットから手に収まるサイズの筒を取り出した。

 「いいのか?ここで魔術を使えば事象改竄センサーに引っかかって連隊が飛んでくるぞ?

 ま、そんなことしなくても、俺が仕留めるけどな。」

 そう言いながら、2対1であることを気に掛けるふうもなく、ケミスタは腰から傘を引き抜く。

 「私こそ、連隊程度この階層ごと吹き飛ばしても」

 「ちょっとソーちゃん、今日はそういう任務じゃないでしょ。後でやろうよ!」

 「…ソーちゃん?」

 「ソーシアです。でたらめな名前で覚えないでください。ソーサリーから取られた、願いのこもった名前なんです。」

 「俺もケミストリーから取られた名前だから、言いたいことはわかった。…お友達はいいのか?」

 「クララは言っても聞かないので。」

 「むー…

 あっ、そうだ!ケミちゃんも手伝ってくれない?」

 「誰がケミちゃんだって?まずお前から血祭りにあげてやろうか?」

 傘の柄についている引き金の安全装置を外しながら、ケミスタは眉間にしわを寄せた。と、そこでソーシアがふふと笑ったのを見て露骨にイヤそうな顔をした。

 「貴方も、ふふ、クララに、ふふ、勝てないんですね、ふふ…」

 「ちっ…

 …で、破壊工作じゃなかったら何なんだ?特別に、教えてくれるまでは殺さないでおこう。」

 「…貴方方にも利益のある話です。」

 「何?

 …俺たち、西半球にも?」

 「身内の恥をさらすようで嫌なのですが…

 …スキャンダルの隠滅です。」

 「スキャンダル?…もしかして、俺たち側の陣営も関与するのか!?」

 内通の証拠、あるいは…とケミスタは声を限界まで小さくする。

 「…一応、270年前のことだから、教科書の書き換えで済むんじゃないですか?

 でも、お互いの英雄が実は恋愛、熱愛してた…なんて…」

 ケミスタは、クラっとめまいを感じ、額を押さえた。270年前と言えば、戦争が激化していたころであり、「英雄」も、3歳児すら知っている護国の英雄ー知りたくなかった。

 「…ちょっと待て、隠滅ってことは、その証拠を差し押さえ…

 …恋文かなんかだよな?」

 というか、本当なのか?頼むからウソであってくれーそう、彼は思った。

 「そ、それがその、えーっと、その…」

 「その?言いづらいのか?」

 「えーっと、デートの時の、その…」

 「その、何?」

 「もー、なんでソーちゃんに卑猥なこと言わせようとしてるのさ!箱入り娘なんだよ!私の親友を傷モノにする気か!」

 「あー…

 …察した。ウソじゃないのかよ…」

 「はい…東西でかなり文化が違いますから、それと知らず、遺跡の遺物と勘違いされてここの学校の歴史研究部だかに収蔵されているとのことで、鑑定系魔術に類する行為をそちらが行った場合、あるいは不慮にこちら側に流れてきて民間で行われた場合…」

 「うん考えたくもないな。

 仕方ない。…一時的に手を組もう。」

 「私も、大多数の人には、夢は夢のままであってほしいですから…

 …忘れないでください。殺すのが数時間遅れるだけです。」

 「数時間で済めばいいが…」

 「どういう意味ですか?」

 「どうせ、爆弾なんか持ってないだろ?お前なら、別にそんなモノ使う必要性、微塵もない。」

 「…もしかして、テロでも受けているんですか?」

 「身内の恥では人のこと言えないな…ああ、この柱の周りで特殊爆弾の所持者がいると思われる。それの収拾がつくまではどこかの高校の収蔵品は後回しだ。」

 「…わかりました。魔術へのセンサーを切っていただけますか?」

 「…何をする気だ?」

 「クララ、敵意値の測定で、不審者を探索できますよね?

 私はコイツのために力を温存しておかなければならないので。」

 「うーん、後でなんかおごって!」

 「「はあ…」」

 こんなのでいいのお前の友達ーどうにもならないのですよ、と、ケミスタとソーシアは目で会話した。

 「わかった。

 イルジンスク聞こえるか?たった今匿名で入った情報によれば、例の爆弾には、爆弾の探知装置だけじゃなく事象改竄度探知装置への応答もあるらしい。

 不用意な起爆を防ぐため、L9までの探知装置をダウンさせてくれ。」

 「できるわけあるか。L3までなら俺の権限でもなんとかなる。L4もお前なら余裕だ。

 L9!?どうぞ中将にでもなってくれ。あるいは技術少佐。」

 「どうせお前は権力の亡者なんだから、あるんじゃないか?コネとかパイプとか。」

 「そりゃまあ、できなくないさ。でも、合法非合法問わずそれを俺に実行させようとしてるその意図はなんだ?

 L9なんてそりゃ、戦略魔術を認識できなくなるレベルだ。わかってるのか?何を言ってるのか。万が一バレたら…」

 「そこを何とかならないか?」

 「…後で話せよ?

 過電流を流させる。俺のレベルの破壊工作ならまずもってバレない。それでバン!だ。

 面白い理由じゃなかったらお前の黒歴史同窓会に出すからな。」

 かわいそうに、とソーシアは呟き、クララベルは口を押えて笑いを隠した。

 「いいか、3,2,1だ。

 3。

 2。

 1。

 バン!」

 「よし、これで探知できない。

 やっちゃってくれ。」

 「りょーかいっ!

 『敵索ウルフノーズ』」

 周囲の敵意値ー魔術的な、自らの状況を悪い方向へ変えようとするあらゆる意思的力ーをまるで「匂い」のように感じる魔術が使用される。

 「…見ーつけた。

 天空の端、大地の終焉、並びに絶望の願い。」

 「どういう意味だそりゃ?」

 「ネジばっか見てるからかわいそうに敵意値も知らないんでしたね。

 高いところでそれも極端、全てを終わらせようとしてて、、それは自殺志願者の犯行ですよ。情報的な解析ですので実際の空間座標との照合はそちらで。」

 「悪いな、正直魔術的意味とかどうでもいい。」

 大事にしているものを吐き捨てられソーシアはイラっとしたが、一方であまり興味を持たれ過ぎるのも機密の流出につながると我慢した。

 「どうでもいいが、てっぺんってことか…

 なるほど、道理でセンサーを張り巡らしても見つからないわけだ。

 1つもデバイスを持ってるとは思えないが、飛べるか?」

 「バカにしないで。…でも、陣を見られるのはまずいですね。

 私だけ行きます。クララは別命あるまで地上で待機してください。」

 「うーん、軍令承知。」

 クララが確かにうなずいたのを確認し、ソーシアはポケットにしまい込んでいた円筒を再び取り出した。

 「それは?」

 「教えるわけな…

 …どうして、貴方も、それを持っているのですか!?」

 なぜ、聖傘を!?」

 そっくりな円筒。すっと振りぬけば、先ほどまで腰に差していた傘に。

 「だから聞いたんだ。

 もしかして、その傘…『傘としてのあらゆる機能』を持ってたりしないか?」

 「ええ、そうです。

 …実在するかしないかに問わず、古今東西のありとあらゆる傘、その機能を魔術的にイミテーションしています。もっとも、貴方方ネジ狂いが壊してきた、『矛盾』の逸話すら内包する矛や盾、ありとあらゆる伝説を取り込んだ聖剣に比べれば、たかが傘ですが。

 貴方も?」

 「…技術の粋を尽くし、古今東西ありとあらゆる傘の機能を搭載した傘だ。たぶんお前のより冗長性は低いが。

 …となると機能はほぼ同じか…」

 お互いにため息。しかし内心ではますます、お互いを好敵手として認識するー機械ですべてを再現しようとした分、「物語」を魔術的記号として使う聖傘より機能自体は少なく最大公約数でしかないがその分使いやすさはあり、欠点をカバーして余りあるお互いの技量も考えに入れればーとまれ、そう考える時点で戦闘狂のそしりを免れ得ない。

 それが傘であるからには、飛べて当然。

 ケミスタとソーシアは、ふわりと浮かび上がった。ソーシアに至っては空中で座りながら柄を持たない左手でスカートを整え下から見えないようにする余裕まである。

 「それで?

 弱点を聞きたいわけじゃない。純粋な興味として…貴方方とて、私たちの敵意度計や魔力計に相当する装置はあるわけですよね?」

 「対魔力用として事象改竄度計、対科学現象用として各種、汎用には大掛かりだけど量子位置変動計…って言っても理解しようともしないか。

 それで?」

 「それだけのものを、一応私たちの軍の圧力にさらされ、しかも最上層であるここで、それなりの数仕掛けているのならば。

 どうして見つけられずクララを頼ることになったのか、知りたくもあるのです。」

 「そう言いながらも俺たちの防諜体制を探ってもいるだろ。…と言いつつ、俺が、お前らの探知能力を知りたくて持ち掛けたこともどうせお見通しか。

 猫をも殺す例のあれに応えてやるなら、ほら。」

 そう言って、ケミスタは真上を指さした。

 「…だいたいオチはわかりましたよ。『看破ウィークリーマガジン』」

 ソーシアの一言ののち。

 青空の絵がモニターされている天井のうち1か所が、少し歪み、その奥に張り付く作業服の男の姿があらわになった。

 「…やっぱり。

 天井の板を外して爆弾と一緒に潜んでたか。電源は青空モニターのモノ、覆い隠すに模造背景紙、で柱ごと吹っ飛ぶつもりだったと。

 空中飛行デバイスの類は事故防止のために紐づけされてるから天井にいればデバイスを呼ばなくてはならない。その点で天井を使った犯罪は必ずバレるからありえない…と思われてきたわけだが。」

 ー自殺志願者の場合は戻ってくることを考えない以上、目標地点でドローンを停止させる必要すらない。片道自殺テロのことまでは階層のセキュリティ設計者も頭が回らなかったし…

 「それに、たびたびの身内の恥だが、しがらみの多いこの巨大都市じゃ、どうせ欠陥はなかったことになって修理されないさ。」

 「そんなこと言って大丈夫なの?」

 「…お前らがここを吹き飛ばすころには、イルジンスクの奴はずっと出世して、ここの防衛に当ててて浮いた巨費を使い犠牲者をプロパガンダに宇宙戦艦でも建造する。そっちのほうがずっといい。」

 「…本気ですか?いくらネジが好きでも頭のネジまで抜いては…」

 そう言いながら、ソーシアは魔術を行使した。男は眠らされ、ミノムシのごとく天井から吊るされる憂き目を見る。

 「本気だよ。

 今、外惑星にどれだけの人と資源を費やしているか。

 今、金星と火星と月とその他に難百億いるか。

 この街を捨てれば、どれだけの人が救えて、どれだけお前らをぶちのめせるか。

 それを考えれば…」

 ケミスタは1秒足らずで爆弾を無効化。呼び寄せたドローンに向かって投げた。

 「…もしかして、貴方も兵学校で『オータの法則』習ったクチ?

 私、あの法則嫌い。

 『警察の仕事は1人の死を追う事。

 軍の仕事は万人の死を防ぐ事。』だなんて…」

 それは、この時代の軍事学についてーというより軍事に関係しない一般哲学でもー広範に知れ渡る常識である。意味は「警察は1人1人の死にこだわれ。軍人は多くの死を防げるなら少数殺すことへの躊躇にこだわるな」くらいの意味。

 「その続き、覚えてるか?」

 「『一般人の仕事は個人の死を嘆く事のみでしかない。』でしょう。

 それじゃあ一般人の…私の頑張りはどうなるです。私は頑張って勝利のために勉強して鍛えて魔女師に入ったのに…それに、私が軍にすべてのお小遣いを寄付してたから、あれを習った時は怒りに震えました。

 ですから私はあの法則を『税金喰らいの法則』と呼んでます。きっと軍事費用が一般人の血税から出てることを知らなかったのだと思います、オータさんは。」

 「ま、あの最後の1文はいろんな解釈があるっけ。

 俺は『一般人に帰ってから嘆けばいい。だから軍務はちゃんとやれ』って意味だと思ってた。」

 「イルジンスクも別のことを言いそうですね。」

 「まあな。そっちのお友達は?」

 「クララなら、『意味なんてないよー。聞いた人の心を映す鏡だよー。』と。」

 それだけで派閥がいくつも乱立し過去には死傷者も出ている問題に、バッサリである。ケミスタは笑い出し、ソーシアもくすくすした。

 地上では、いつの間にか現れて事情をクララベルと擦り合わせたイルジンスクが、ケタケタ笑っていた。

 「なるほど、なるほどな。

 面白い理由だったぜ!」

 「でしょー?ソーちゃんとケミちゃん、似た者どうしだと思うんだよねー。

 それに、キミなら察してるでしょ。」

 「ああ。

 …アイツの強さは同世代どころか国家規模でも類を見ない。身内びいきじゃなくな。そして、アンタんとこも。

 どっちも、同じことを考えて同じ帰結に行きつくだろ。」

 「何度も戦って、最後に生き残るのは1人だけ。で、私たちは自信を持てない。

 …そしたら、ソーちゃんがいなくなったら、私も責任を取らざるを得ないし、私独りじゃ軍功は立てられない。だけど、私は退役して許嫁と結婚させられるよりは、周りが口を出せないほどの軍功で軍にい続けたい。」

 その時だけ、クララベルはおちゃらけた表情を引っ込めて、思いつめた表情をした。。

 「ま、ブレーキどうし、せいぜい仲良くしようぜ。」

 「私はあくまで、利用しあうだけの関係だと思うけどなー。」

 それでも、あいいれることはできないのだった。


                    ―*―

 とっくに閉まった高校から、ケミスタは出てきた。手にはホログラムが浮かぶ小箱。

 「開けたければそっちの技術で開けてくれ。この箱の状態で見つかったらしいし、正直俺はこれを開けたくない。どうせ高校の歴研の収蔵品だからいちいち中身を改める理由もない。」

 受け取ったソーシアは、汚らわしいと思ったのか手袋をはめたまま、小箱を収納魔術で仮空間へしまい込んだ。

 「…ありがたく、回収させていただきます。」

 あえて、偽物ではないのかと疑うような言動はしない。それだけ、人としての最低限の仁義はお互いにあると信じることにしたと言うことらしい。仇敵であっても好敵手として認め合うことにした、ということだろう。

 「…ねーソーちゃん。

 どうして、リスクをわかってなかったわけでもないのに、コレ、放ったらかしにしたんだろー。」

 「そう言われてみれば、もっともだな。

 なケミスタ、想像つくか?」

 「2人の英雄だ。忘れたとかの理由じゃない。

 あり得るのは、当時は握りつぶせるだけの影響力があったからあまり注意を払わなかった…とか?」

 「さすが俺の親友、権力志向!」

 お前と一緒にするなーとケミスタはため息。

 「私には、きっと、もともと、2人にとって見つかることがさほど問題ではなかったのではないかと思えます。

 むしろ、見つけてほしかったのかもししれません。結局歴史を考えれば2人は想いを遂げられなかったわけですが、もし、見つかっていれば…十中八九悲恋に終わるにしても、そうならない可能性もあったわけです。想いを遂げられる可能性をどこかに残しておくほうが、地位に安住して遂げられないままにしておくより、2人にとって…ということだったのでは?」

 しりぬぐいさせられる身にもなってほしいものです…とソーシアは付け加えた。

 「私は、メッセージだと思うなー。」

 「「「メッセージ?」」」

 「だって、初めて会ったころは、ソーちゃんもっと言葉が柔らかかった。笑顔とおんなじくらい!

 だからそう、うん、もっと、憎みあわなくてもいい…

 …みたいなー?」

 「おい、アンタんとこの副官反体制的だな。いいのか?」

 「今さらです。公私くらい分けますし。

 …でも、これも、『オータの法則』と同じ、心を映すものなのでしょう。」

 しかしてその正体は、推測するだにロクでもないが。

 「だとしたら、お前は」

 「私はそう考えた、ただそれだけのことです。行動との因果関係を見出そうなど無意味。同じ轍は誰も踏みませんよ。

 私たちは帰ります。では、さようなら。

 次は、決着をつけましょう。」

 手袋を脱ぎながら、ソーシアは歩き出し、クララベルがひょこひょこついていく。

 ケミスタは、険しい視線を向けながら、傘を腰に差しなおした。

 「なあ、追跡機付けたか?」

 「もちろん。でも、まあ…」

 だいぶスタスタと歩いて離れていく2人の背中は、どう見ても、部活帰りにくっちゃべっている女子高生でしかない。

 「…もうロストした。小細工は無意味、か。それにまあ…」

 ケミスタが指をパチンすると、虚空に張り付けられていた透明な呪符が一瞬で燃え尽き、消滅した。

 「お前ら本当に似た者どうしだな。」

 「なんか言ったか?」

 「いいや何にも。」


                    ―*―

統暦1735年5月24日 金星北極

 魔術陣に身体を通すことで宇宙服から軍服であるワンピース+ハイウエストスカートに着替え。

 「クララ、実際のところ、どう思いましたか?

 ネジ狂いたちの宇宙戦力は、10億を犠牲にしてでも賄うべき程追い込まれているのでしょうか?

 あ、中隊、以後別命あるまで休憩。」

 ソーシアは、背後の宇宙巡洋艦「MSC ブレイブヴィーナシアンズ」を振り返りながら言った。向かい合って整備ドックにもたれかかるクララベルが、巡洋艦の尾部のロケットを視線で撫でながらヘルメットを人差し指の上でもてあそぶ。2人の脇を、後からハッチを降りてきた男女入り乱れる軍人たちが、外へと駆け出していく。

 「そんなことないと思うけどなー。ほら、宇宙戦力って、私たちのほうが少ないじゃん。

 木星でもエウロパはずっと向こうの物だし、イオですら手に余るでしょ?」

 「悔しいことに、同サイズの1対1ではこちらの宇宙艦は歯が立ちませんからね…」

 巡洋艦「惑星人」級のシルエットを、西半球同盟の巡洋艦「NASA」クラスと比べてみればすぐにその理由はわかる。

 どちらも座標把握型転移システムを核に紡錘フズリナ型形状、細長い両端に加速/減速用のロケットエンジン、太い真ん中を取り巻く姿勢制御ロケットノズル、そしてそれらを邪魔しない「細くなっていく部分」に砲塔というスタイルを取っている(もちろん動力も仕組みも名称も違うが、傘と同じく、収斂進化/パクリの末に「まったく違う同じ効果のシロモノ」の集積になった)。

 だが、砲だけ着目してもNASAクラスは3面×前後×3連装3基(=54)。4面×前後×4連装1基(=32)の惑星人級とは砲身数だけで大きな違いがある(ついでに放出できる反射衛星の数も3倍違う)。だいいちスタイリッシュさもエレガントさも惑星人級にはないーはっきり言えば、勝てる絵が思い浮かべられない。

 「私たちは、祖先が1番乗りできたここ金星以外では、宇宙において西半球の後塵を拝してござります。そして、ここ金星でも機械のフロートは増加を続け魔術のフロートを押しやる勢いであり、決して安泰とは思えないでござります。

 何より、この情勢は、西半球にとっては金星における劣勢を大きく逆転させることができるチャンスということでござります。」

 浮遊するコタツに入りながら、巡洋艦を降りてきた中で1人だけ動かなかったその少女は、身体を起こしてハキハキ応えたーコタツを出ようとする気配はなく、両手両足を完全に突っ込んでぬくぬくしている。

 「なるほどねー。じゃあ、攻勢に出てくるかもしれないってことかー。

 でも…結局手掛かり少ないよねー。」

 「クララ、シンシア、結論としては常在戦場ということです。」

 「備えるに越したことないもんねー。」

 「当然にござります。」

 「特にシンシア、貴女は、私とクララに一番足りない、宇宙情勢について補完してくれる友達なのですから。」

 「ありがたいことではござりますが、私は天文課に進むため籍が軍大学に残っているでござります。呼びつけるにしても艦ではなくポータルにしてほしかったでござります。」

 「大丈夫、転移ポータルは今から予約しますから。それに、シンシアも星の道に進むにはあまり地球を出た経験が潤沢でないのでは?」

 魔法女子師官学校ではソーシアやクララベルと仲が良かったシンシアであるが、天文魔術は時と観測位置にこだわるため、イメージと異なり地球から、というより学校施設から出ることすら少ない。魔術転移(3Dswitch)は細かく座標を把握して対象の魔術的座標を書き換える仕組みなので、自転公転が絡む他星へ行くには事前の準備が必要であり、そもそも地球上と違ってみだりに転移されたら安全を保証できないので通常は「転移するべき魔術転移門ポータル」があり、そしてその予約を取っておかなければならないーテレポートも楽ではない。そんなことで他星へ行き貴重な天文イベントを地上から観測し損ねる可能性を考え、天文系魔術師は滅多に地球を離れたがらない(極まってくると天文台に住み着く)。

 「予約、取れるんでござりますか?

 取れなかったからコタツごと私を巡洋艦へ放り込んだのでござりましょう?」

 「実際に行けば、何とかなるよー。ソーちゃん有名だしー。」

 「貴女、西の権力の亡者から何かうつってません?

 それはともかくです。

 私たちは、宇宙の状況には疎いし、宇宙になれていなければ魔術を使いこなせない。」


                    ―*―

統暦1735年5月29日 金星赤道 宇宙巡洋艦「SBCー289JAXA(Ⅳ)」

 「魔術師は、環境の変化に弱い。なぜならば奴らは個人の感覚に頼って事象を改竄するから、大本の正しき感覚が大幅に変わると順応するのに時間がかかる、以前訪れていたとしてもだ。

 そして、人工智脳の予測演算シミュレーティングによれば、東の例の新人は金星に来ているはずだ。

 いいか、これはケミスタ大尉、貴様にとり雪辱戦となるであろう。機械であれば順応時間などというモノは存在しない。

 奴が順応する前に、瞑想オタクどものフロートに攻め込み、つぶせ。さもなければ圧倒的な個戦力のパワーアップは我々の脅威となる。」

 「はっ!了解であります、少将閣下!」 

 ケミスタが軍学校を首席で卒業したばかりであることを示す模範的な敬礼をしてみせる。

 「君は、百年に一度の逸材だと聞いている…恨めしいことに向こうのテフェルン少校もだ。だからこそ、どんな卑怯な手を使ってでも殺せ。そうすることで、我々が殺せる敵の数は数百万増えることになるだろう。」

 「承知であります!」

 そして、ケミスタは直属の部下を引き連れて下がっていった。

 「なあケミスタ、これでいいのか?」

 イルジンスクが問いかける。

 「なんのことだ?」

 「…お前…まあいいや、お前が、闇討ちで決着でもいいと思っているなら。」

 「…大声で言えることじゃないが、俺とアイツが対等な状態で闘ったら、どっちかは死ぬ。俺が死ぬ確率は50%だ…正直、そんな賭けをいつかするくらいなら。」

 「今は同じ強さだとしても、追い越される可能性だって無視できないしな。」

 それはないーとプライドから否定したいところだが、魔術は環境と個人に根差し努力で向上できても、機械を使って戦うケミスタには、機械のスペックを超える手段がない。

 「だからって堕落するつもりはないが、俺たちには俺たちならではの弱点があるのは確かだ。だから、勝てる時に勝つしかない。」

 「ふーん、まあ、手伝うぜ。」


                              ―*―

 金星は、本来、地球に極めて近い構造をしていたらしい。少し小さく、地殻構造はそっくりである。しかしながら70気圧の二酸化炭素大気の温室効果により数百度の地表温度を有し、硫酸の雲があり、さらに秒速100メートルの暴風が吹き荒れる…と、とうてい人が住める環境ではない。

 しかしながら無論、科学も非科学も、不可能を可能にするためにあるのであって。

 火星には、統暦100年代には植民が始まっていた。この時の方式は「地表の一部を『部屋』で気密してテラフォーミングしてはその中身の産物を使い隣の部屋をテラフォーミングする」という方式だったが、金星においてはわずかな地表面をテラフォーミングするのに無数の資源が必要な上に1つの部屋から生産されるテラフォーミング用資源が1つ以上の隣部屋をテラフォーミングできないので火星と同じ方式は使えない。

 代わりに採用された方式こそが「浮遊都市フロートシティ」。

 金星大気が地球大気より重いことを利用し、2層構造の気密球を浮遊させる。

 二酸化炭素を外殻で取り込んで外層に満たし、外層の植物で二酸化炭素を酸素にして呼吸できる大気を生み出し、内層の都市へ送り込む。浮遊都市が飛んでいかないようにエレベーターで地上のアンカーとつなぎ、そのエレベーターで地上から資源を入手している。

 あまりに特殊な仕組みなので、東西ともに進出には躊躇した。それでも、火星や木星、小惑星帯で遅れを取り、さらにオールトの雲の外側へ送る探査機数でも負けていた東半球連合指導部には成果が必要で、1か所でも「ネジ狂い」に勝っている惑星が欲しかった。そして、腐食が速い金星は、科学技術にこだわる西半球同盟より、魔術の東のほうが向いていた。

 金星の空をプカプカ浮かぶ巨大なサッカーボール。空を埋め尽くさんとするそれらの8割は魔術を使用している。ただ、最近は超絶技術でできた大型フロートが急速に増えてきた。

 金星でまで逆転されてはたまらない。その上、金星の空とて有限ではない。空の奪い合い、フロートの壊しあいになるのは時間の問題であって、だからこそ、東半球連合は宇宙巡洋艦1隻を追加派遣していた。

 ーが、相手の西半球同盟が同じクラスの宇宙巡洋艦を追加派遣してくるとなると、あまりに不利。

 相手の状況は承知したうえで、NASAクラス巡洋艦「JAXA」は、たった1つの目的のためだけに、東半球連合のフロートへ襲い掛かった。

 1フロートに数万から数十万の人が住んでいるが、それらを避難させる方法はこれっぽっちも考えられていない。

 炭素繊維の骨組みでフラーレン型に組まれ、透明な板で気密されたフロート。そこへ、膨らませた三角錐を前後に繋げた形状の「JAXA」からビームが放射される。

 半分が埋まった球体砲塔からわずかに突き出す「∴」記号型配置の砲身から飛び出すトンネル効果()真空揺力波(IFV)ビームは、「安全な範囲内で真空に蓄えられたエネルギーを借りる」ことで瞬間的に空間それ自体に高エネルギー状態を誘発させ、巨大な緑の球体を反対側まで貫いた。

 流入する高濃度の二酸化炭素。

 フロート内部では、警報が鳴り響く。

 砲撃が抜けていった軌道上のビルなどの建物は分子レベルに分解され、空気は一瞬の間の数億度への過熱とその直後の常温への冷却により大爆発して周り全てを赤熱とともに吹き飛ばし、ビル群は廃墟、ガレキの山に変貌してフロート球内層最下に墜落、溜まっていく。

 それでも、爆心軸から離れたあたりでは、生き残りもいた。だが、気圧の差のせいで見る見るうちにフロートを満たしていく二酸化炭素は、生存を許さない。

 各種毒ガス、身体を絞るほどの高圧、そして、酸素がないことによる窒息ーそう言った辛さを味わいたい者など誰もいない。

 戦略物資や重要人物が、魔術師とともにポータルの傍へ転移、その向こうの地球へと逃げだす。

 そして。

 ー自爆スイッチが入れられた。

 フロートのあちこちが大爆発し、青い炎が瞬き、二酸化炭素の風に吹き消される。

 衝撃波がフロートを内部から風船を割るようにして生き残り全員もろとも破壊し、残骸がはるか真下へと落下していくのを、陽炎が覆い隠した。

 崩落していくエレベーターの上を、「JAXA」が通り抜けていく。

 「レーダーに感あり。巡洋艦級1隻及び星防艦級9隻です。」

 「事象改竄度計に感あり。

 惑星人(PP)クラス1,土星衛星クラス4、海王星衛星クラス5。」

 「隷下の星防艦は待機。

 大気星内用反射小機展開。」

 「反射小機展開了解!」

 「以後の攻撃は人工智脳へ引き継がれたし。」

 「人口智脳への引継ぎ終了!」

 1キロを超える全長を誇る巡洋艦「JAXA」の船体のあちこちが開き、鏡を両側にそれぞれロケット1つずつ使い持ち上げた形状のドローンが吐き出され、ロケットをふかして飛び去って行く。

 濃い大気を摩擦熱で赤く揺らめかせ。

 向こうから、同じ紡錘形の巡洋艦と、その半分くらいの大きさのラグビーボール型星防艦が姿を現した。

 ー金星においては、人工衛星系が全く発達しなかった。金星の開発が始まったころにはすでに相手の衛星を撃墜して妨害する余裕を作れる程度にテラフォーミングのノウハウがあったし、ガス惑星でも巨大惑星でもないので衛星撃墜装置の設置は難しくない。なので、金星には一切の衛星を使った兵器がなく、他星で主流の「発送電衛星+固定式/艦載式ビーム発射装置+反射衛星」というオールレンジ攻撃可能な王道タッグも使えない。代わりに、本来は星から遠い宙間戦闘用である宇宙艦が幅を利かせる。

 あまねくビームは直進できるので、発砲は双方同時に始まった。

 四角配置の「ブレイブヴィーナシアンズ」砲が、それぞれの指す方角へと光学ビームを放つ。

 エネルギーのつまった光の束は、周りの星防艦に反射されて、「JAXA」へと殺到した。さらにラグビーボール型の星防艦それ自体、片方の端にある主砲から空間震動魔術ビームを放つ。

 一方の「JAXA」も、三連装砲から光学ビームを放つ。それらは展開された反射ドローンが抱える反射板によって反射され、敵の星防艦へと降り注ぐ。

 赤く着色された光学ビームと、空間をさざ波だたせて見えさせる空間震動ビームが、避ける余裕も与えず「JAXA」へ着弾した。

 「JAXA」の量子位置固定バリアによって光学ビームによる熱エネルギー伝播が遮られ、また逆位相震動を与えることで空間震動魔術は無効化される。

 一方の「ブレイブヴィーナシアンズ」も、艦隊全艦を包む空間魔術バリアと自艦に金属魔法による金属蒸着膜を張り、光学レーザーを反射・無効化する。

 それぞれ、エネルギー/魔力を金星中から集め、ビーム強度を上げていく。

 そして、反射ドローンの鏡が、一斉に向きを変えた。

 「JAXA」の光学ビーム54条が、鏡、鏡、鏡と複雑に反射され、そして、一点に集中した。

 空間魔術バリアが突破され、ビームの飛跡上にもやのようなものがかかる。

 東半球連合の星防艦「エンケラドゥス」の表面に集まったビームは、その装甲に熱エネルギーを伝えて融解させた。

 艦内の隔壁が閉じられるが、光学ビームは熱エネルギーを伝えて壁を次々と貫通し、数十秒のうちに艦の反対側へと突き破ってしまう。そして高温高圧の蒸発ガスは艦の防備を内側から破壊する。

 艦内では早くも、宇宙服を着た乗員たちが、ハッチを開き飛び出していくー一応、味方の勢力圏内のままであれば、生き残り救助される可能性は残されている。もっとも救助の前に酸素が尽きるだろうと予想できる者や無傷の宇宙服が手に入らない者には、支給品の青酸カリを吞むことが許されていた。宇宙において事故は即、窒息や毒ガスへの曝露を意味するので、せめて苦しまないようにと自決用の毒を支給するのはどちらの勢力でも常識である。

 宇宙船は内外の気圧差に耐えられる気密構造をしており、それはつまり、本質的には風船であることを示している。従ってビームという名の串で貫かれたら、パチンと割れてしまうのが道理。

 外板が内側から爆風で吹き飛ばされて剥がれ、中の機材もバラバラと下へと剥落し、「エンケラドゥス」が崩壊していく。それに伴い、艦隊を包む空間魔術バリアにもゆがみが生じた。

 陽炎のように揺らぐバリアを縫って、反射ドローンからの光学ビームが「ブレイブヴィーナシアンズ」へ到達する。

 金属膜を蒸着させて銀色に輝き光学ビームを反射・散乱させていくが、それも、反射率100%の物体など世の中にはない以上、限界がある。光魔法で補正したからと言ってどうになるものでもない。だんだんと金属膜の表面が蒸発し、薄くなり、そして内部の装甲の蒸発が始まる。

 スラスタをふかし滑るようにして移動する「ブレイブヴィーナシアンズ」だが、ビームはピッタリ同じところを照準して照射し続ける。

 しかし、何も黙ってやられている理由もない。

 星防艦も巡洋艦も、装甲に開けられた小さな銃眼から機銃を突き出し、中性粒子ビームを発射して、反射ドローンの撃墜を図る。

 反射ドローンは不規則な軌道を描き、追ってくる対空ビームを避けながら、それでも何とか「JAXA」からのビームを中継している、が、何機かはそれでもビームにかすめられて爆発したり下へヘロヘロ墜落していったりする。行き場を失くしたビームは宙へ地上へ落ちていった。

 濃密な大気圏内であるので、光学ビームは多少減衰する。そんな中でお互い接近しあっているので、減衰距離が縮まり、指数関数的に威力は増大する。

 チュピン、と音がして、「ブレイブヴィーナシアンズ」の装甲が内側へへこんだ。

 翠色の空間魔術バリアがはっきり見えるほど濃くなり破孔を覆う。

 星防艦「ナイアド」が右舷から近づき、自らの身を盾とすることで、光学ビームの影響は「ナイアド」に移るが、「エンケラドゥス」撃沈時より艦隊のバリアは弱くなっているしビーム強度は上がっている。

 長くは保たないと総員退艦が発令されたらしく、脱出セルが艦から5つほど放出されていく。

 「反射小機、4割を喪失した模様。」

 「時間をかけすぎた、ということか。」

 「しかしその分、バリア出力を低下させることには成功したとみていいでしょう。」

 「ではそろそろ、TIFVに切り替えられるか?」

 「可能と表示されていますね。」

 「では切り替えろ。我々の目標は巡洋艦の撃沈ではないのだし、標的に逃げる隙を与える理由もない。」

 「TIFV切り替え指示了解!

 正面砲、TIFVに切り替えられたし!」

 「TIFVへの切り替えを確認!」

 ー西半球同盟の宇宙艦の艦砲には、3つのモードがある。

 もっとも使われる光学ビーム、場合によって選択される質量弾、そして、必殺のトンネル効果()真空揺力波(IFV)ビーム。このうちTIFVだけは東半球連合にはない(魔術で再現するのは難しい)。

 「エネルギー、リチャージ完了。

 真空揺動開始!」

 真空とは、安定しきったエネルギーゼロな状況ではないらしい。坂道に例えれば、坂道の真下(エネルギー最低)ではなく、坂道の途中のみぞの中に引っかかったような状態であり、みぞから這い上がるエネルギーがあれば坂道の真下まで転がり落ちて最終的なエネルギー収支は放出が多くなる。

 「射線上からの退避、完了しています!」

 だが、真空エネルギーをこのやり方で放出させる場合、真空という状態が「坂道の真下へ転がり落ち」状態が変わってしまうし、転がり落ちる時のエネルギーは範囲外の真空を「坂道の真下へ転がり落ちさせる」きっかけに足りるので宇宙全ての真空の性質=物理法則が書き換わってしまう恐れもある。

 「真空揺動波、放出!」

 しかし、このビームの場合は、事情は大いに異なる。

 真空揺動波と命名されているビームの軌跡上では、真空の状態は「坂道の途中のみぞの底」と「みぞを出て少し降りた、みぞの底と同じ高さのところ」を行ったり来たりするようになっており、その変動によって軌跡上の物体を「依って立つ物理法則の損壊」で崩壊させることができるーもっとも、性質上直進しかさせられないし繊細な扱いを要するし「そこにあるものをそこにあるままにしておく」性質がある空間魔術バリアには相殺されてしまいまともに通らないしで無敵ではないが、空間に直接作用しているので装甲は全く意味をなさない。

 一直線に、世界が根底から揺さぶられる。

 励起真空に、素粒子は存在を支えるに足るだけ耐えることすらできない。

 27条のビームが、「ブレイブヴィーナシアンズ」が存在する空間を串刺しにし、物理法則を損壊する。

 ヒトの頭ほどの大きさの穴が、正確に「ブレイブヴィーナシアンズ」の反対側まで発生した。爆発がないのは蒸発がないからーつまりは穴部分の構成材料は蒸発膨張して拡散したのではなくこの世から消滅してしまったのである。

 危険極まる攻撃が、27本も「ブレイブヴィーナシアンズ」を襲う。バリアを展張しても間に合わない。

 何本もの串で空間もろとも串刺し。

 無惨に穴だらけとなってゆく「ブレイブヴィーナシアンズ」は、やがて、継戦能力を喪失、金星の重力に引かれて墜落していった。

 取り巻きの星防艦も、ラグビーボールから破裂したラグビーボールへと変わっていき、中身が散乱して飛び散っている。

 「…

 …東半球連合金星艦隊第1隊、消滅を確認しました。

 引き続き索敵に当たります!」


                    ―*―

 「やってくれましたね…」

 「まさか艦隊がこんな短時間で壊滅するとは思わなかったよー。

 シンシア、いけそう?」

 上空に浮かぶ、直径2000キロはある巨大なフロートシティ。その中では、宙戦の様子を中継で見ていたソーシア、クララベル、シンシアがいた。もちろんその後ろでは部下たちが数百人正座して待っているー老若男女の歴戦の猛者たちが3人の小娘の判断を待っているのはそれなりに滑稽な絵面ではあるが、実際、ただの歴戦軍人が1000人殴りかかったとしてもソーシアの白磁の肌に傷一つ付けられることはあり得ないのが事実なので上下関係はこれで正しいーそれだけ如実に個人の力が出てしまうのが魔術の強みであり弱みでもある。

 「はい。

 私の魔術『天測オヴザーベーション』にお任せござりませ。

 座標系を金星航天系魔術座標に合わせていただけるでござりましょうか?」

 シンシアは目薬をたっぷりと目に垂らし、コタツに入ったまま後ろに手をついて上を仰ぎ目をカッと見開いた。

 「あわせましたが…」

 「あわせたよー。テレパスつなぐねー。」

 「送信するでござります。」

 金星を基準にした3次元座標における、主観的かつ情報的な敵の位置。それを、天体と空間に働きかける魔術によって直接探り出す。

 「…嫌な予感がするでござりますね…」

 「私もですよ。

 …これは、待ち伏せされてるような…

 クララ。」

 「私、ソーちゃんほど才能ないよー。さすがにこのレベルで詠唱しないのはあり得ないというか…」

 「さすがに詠唱の時間くらいは保証できると思います。もっとも10分以内に判断しないとこの司令部が危ないですが…」

 「時間はある、と。

 『そこに在るのは結果。すべてを作るのは原因。

 因果の糸の先、現在過去未来。

 すべてを白日の下にさらし、万象を我が胸にさらけ出せ。

 手繰る糸のこちらとあちらー『赤裸々《オールファクト》』!」

 シンシアは、「胸」と聞いて、ソーシアとクララベルのそれを見て、それからコタツの天板に乗らない自分の胸を見て、自嘲のあまりにせせら笑った。

 「…そーゆーこと…」

 「何が見えましたか?」

 クララベルが使ったのは、因果をたどり相手について知りたいこと全部を知る魔術。それを使って嫌な予感の正体を探ることができるというわけである。

 「テレパシーで見て。」

 「…なるほど。

 魔術を使わない時点で明らかでしたが、やはり、ただのバカでしたね、ネジ狂いは。

 総員に命じます。

 これより、接舷移乗攻撃を開始します!」


                    ―*―

 それは、実際、あまりに突然のことだった。

 NASAクラス宇宙巡洋艦「JAXA」の事象改竄時計が振り切れてけたたましく鳴り響いたかと思うと、左舷真横にコバンザメのごとく張り付く平べったい楕円形が見つかりー

 ーそして、爆発とともに、装甲を破られて艦内に侵入された。

 「バカな!?量子位置固定を破って正確なテレポート、だと…!?」

 接舷攻撃は、空間転移が可能である以上無理ではない。しかし西半球同盟ではほとんど使用されないー相手の位置の把握、そして空気を含む障害物への完璧な割り込みができなければ、転移物体の位置情報が混ざり、障害物に原子レベルで融合する「壁の華」や体内の細胞・分子が同じ位置に重複/本来あるべき位置から外れる「人間粘土」になってしまう結末が待っている。敵艦の運動云々以前にあらゆる星は動いているという観点からすれば、とうてい戦場で敵艦へテレポートなどできたものではないーそれにある程度以上の対抗措置を取られればやはり「壁の華」「人間粘土」待ったなしである。

 「艦長、それだけ、極めて観測精密度と改竄強度が強いのであります。」

 「…例の新人魔術師か。

 そうなると、警備ロボだけでは荷が重いかもな。

 ハクラン大尉、侵入者を、隊を引き連れ撃退せよ!」

 「了解であります!」

 ケミスタは、老若男女30人ほどを伴に走り出した。

 爆発音のする方へ…

 金属製の冷たい廊下を、ローラースケートに乗って走りに走る。

 次第に、強くなる血の臭い。

 「そろそろか…

 かがめっ!」

 「遅いですよっ!」

 疾風が駆け抜け。

 血煙が上がった。

 「1!」

 ケミスタが叫ぶ。

 「2!」

 イルジンスクは叫び返した。

 点呼に続く者はいない。

 「クソっ!」

 軍学校の先輩や、十数年も前線で闘い続けてきた猛者たち。それらが一瞬で、敵の姿を見ることすらなく殺されたー

 ー身体の震え、昂ぶり。

 「イルジンスク、下がれ。

 俺の相手だ。」

 シュっと、ケミスタは傘を刀のように抜いた。そしていきなり石突きを向けて、柄の引き金を何度も引く。

 「遅いと何度言ったら…」

 向かい側の人間が手に持つ閉じたままの傘が空中で複雑な軌道を描く。

 「わかるのですか!」

 そして、すべての弾丸が、傘の石突きに付着していた。

 ポロポロと弾丸がこぼれ落ちるその先で、傘の柄を握り、ソーシアは確かな敵意を以てケミスタをにらんでいた。そのわきには、クララベルが自分の毛先をもてあそんでいる。

 「ソーちゃん、おまけのほうは私が殺っていい?」

 「ええ。」

 「…ケミスタ、俺も下がってはいられねえみてえだ。」

 クララベルは錫杖を、イルジンスクはコインを手に、向かい合う。

 「…じゃあ、仕切り直しといくぞ!」

 ケミスタが、一歩踏み込んだ。

 軍服の内側に着込んでいるアーマーがパワードスーツとしての役割を果たし、50メートルを1秒で走れるほどの身体能力を提供する。

 一方のソーシアも、足首まで覆っていたハイウエストスカートが翻り、その下に覗くニーハイソックスが左手の指先で艶やかかつエロティックになぞられるや、身体強化の魔術が全身を包み、バオバブを指先でへし折るほどに身体能力が向上する。

 2本の閉じた傘が打ち合わされ、すさまじい衝突音がガキンと鳴り響く。

 これが剣どうししのぎを削っているのならば、いつかどちらかの剣が競り勝つか、あるいは膠着状態を打開するアクションを双方に取らせたかもしれない。しかし、あいにく。

 ソーシアの傘が、パッと開いてケミスタの傘をはねのけさせた。

 ケミスタも傘を開き、さらにひっくり返ったコウモリ傘形態にする。そして柄を軸にクルクル回し始めた。

 傘の骨を銃身に、タイミングを精密に計算した上で微細な毒弾が発射され、すべてが壁で跳弾してソーシアへと殺到していく。

 毒の弾幕は、ソーシアを守る傘のバリアをその小ささによってすり抜けていく。

 1本1本が、シロナガスクジラを15秒以内に死に至らしめられるほどの猛毒ーだが、何たることか、ソーシアは数十本の毒針をその身に受けても倒れない。

 唇を真っ青にして、ソーシアは傘を閉じ、そっと刀身ならぬ傘身をなぞった。

 「ブルガリアの傘…でしたか。

 気を抜いていたつもりは、ない、のですが。」

 勢いが弱いながらも、ソーシアは、傘を袈裟懸けに振り下ろす。

 風魔術によって傘から放たれしソニックブームを、ケミスタがさっと避ける。後ろの合金隔壁に20センチ以上の深い切り傷が刻まれた。

 

                    ―*―

 闘いは、廊下から、近くの大部屋へと移っていた。もちろん、そこにいた人々はソーシアの片手間によって血と肉片にされている。

 「ケミスタもそうだけど、むちゃくちゃだな、ホント。」

 そう言いながら、イルジンスクはコインを上へと放り投げた。

 「ちょっとー!私たち、2人が闘いあわないようにどうにかするって約束だったよねー!」

 「殺意そのもの」で構成された銀粉の渦が、錫杖からイルジンスクへと向かう途中で空中のコインへと吸い付けられる。

 「ごめん、それなし。

 俺がその約束をしたのは、ケミスタとおたくのお友達がマジで殺しあったらきっかり50%でどっちかが友達を失うからだろ?」

 イルジンスクは落下してきたコインをクララベルへと投げ返した。

 「あー、今は、ソーちゃん環境的に不利だから?」

 銀粉を放出するコインが、錫杖に触れた瞬間に雲散霧消する。

 「そ。

 守られるかわかんねえ不戦条約より、殺せるときに殺しといたほうが楽だろ?」

 指と指の間の股に挟んだ合計8つのコインを、イルジンスクは四方へと投げた。

 「まそれはお前にも言えることだ。」

 コインが勝手に砕け散り、銀色の雪を降り注がせた。

 「何をっ!」

 炎をまとわりつかせた錫杖で振り払うも、雪は溶けるふうがなく、そして、意思を持っているかのように回り込んでクララベルへとまとわりついた。

 「『聖浄ボディークリーン』!」

 錫杖の先、遊環がシャラシャラ鳴る。銀雪がさっと剥がれ落ちていくが、全部ではなく。

 「『機械は、魔術と違って万能じゃない』だっけか?

 そのナノマシンはな、設定した性別の生物細胞、とりわけ神経細胞を侵食して、完全に、自我が無くなるまで溶解させる。

 ほら、もう、手足がしびれて来ただろ?」

 錫杖が、手から離れ。

 「何を…」

 しかし、上の方が重いアンバランス構造であるにもかかわらず、錫杖は直立していた。ばかりかユラユラと揺れてシャリンシャリン鳴り響き。

 「さて、とどめを…何!?」

 イルジンスクが崩れ落ちたクララベルへと投げようとして手に握っていたコインが、小さい爆発を起こし、煙に変わってはじけ飛ぶ。

 「ほーほーは、まったく違っても、私と同じ、心に働きかける、術でしょ…?

 あのねー、この、杖…私が、絶好調の時の、力で…」

 ポケットの中で靴底でパワードスーツの上で軍服の襟の裏で、コインが次々、煙と共に忽然と消えていく。

 「なんて厄介な…」

 ぼやきながら懐から取り出した拳銃も、弾けて消えたーその魔術は、「自分を害し得る、意思がこもった物」を焼失させるのだ。もっともどんな術者でも多かれ少なかれ持っている軽微な自傷衝動にも過剰反応しハウリングするために普通は使われないが…

 「っー…!

 ふう、ふう…」

 倒れていたクララベルが、錫杖を頼りに立ち上がる。

 「…なんかのーみそまでやられた気もするけど、反撃していいんだよねー。」

 一方のイルジンスクは、全身に小さな煙をまとわせ、壁にもたれかかっていた。

                    ―*―

 「ああ、もう、何やってんだあいつ!」

 ケミスタは呟きながら、傘を開いては閉じ開いては閉じしていた。開くたびに空気が柄から吸い込まれて圧縮され、閉じるたびに石突きから電離した高エネルギー空気すなわちプラズマが発射されて赤緑のオーロラを飛跡に残していく。

 「さすがによそ見されるほどの余裕を見せた覚えはありませんがっ…!」

 ソーシアは必死に開いた聖傘で防御しつつ、石突きから弱々しく魔力を発射している。なんの魔術でも実体でもないところがわびしい。

 「回復も満足にできてないのに、どこが?

 結局お前たちの魔術なんて、個人の心に根差す不確定な力でしかない。

 俺は極右や原理主義じゃないからまやかしの力だなんて言わないが、心の乱れなど関わりなく頼めばその通りの結果を出力してくれる俺たちの科学技術に比べれば、劣りすぎて絶滅させられても文句のない無知蒙昧さだ。

 え?反論はあるか?感情的でない反論は。」

 「私たちの力は、心の力。

 心ができることを無視して人間でありながら道具に頼る、進化のない劣等種。貴方に至っては、心の強さなどなく、ただ道具をうまく使えるだけ。

 そんな貴方たちに、語る道理はないわ!

 クララ!」

 「…ソーちゃん、まだ闘えるよね?私だってこいつ消し炭にしたくて…

 それとも…そーゆーこと。

 そろそろ解呪して。」

 「いつまで隠れていればいいのかと、待ちくたびれてござりました。」

 

                    ―*―

 まったく、勝てないわけではないでござりましょうに…

 …でも、クララは少なからず反動がある魔術を使っているけれど、聖傘の治癒圏内に入れられる戦況ではない、となればここで勝利にこだわるよりも後遺症を残さないうちに撤退したほうがいい、という判断でござりましょうか?

 それとも…本調子の時に手合わせしたい、と?

 「なっ…翼…!?」

 「…いつも、私がコタツから出てきて両腕を見せると、皆様同じことをおっしゃってござります。」

 御先祖と異なり、ちゃんと5本の指のある手があるのでござりますが…

 「この両腕の羽根の中央の目玉、見えますでござりますか?

 魔術が『世界の見え方』を主体とするとお思いならば、すべきことお分かりでござりましょう。」

 666枚の羽根、666個の目。

 「『深度合成』」

 世界が、ひずむ音。

 それぞれが「世界の在り方を別々に決める」ことで、世界を破壊する。

 世界にひびが入れられ、666のそれぞれ少しだけ量子状態の異なる見え方が、まるで割れたガラス窓のように景色をボロボロに粉々にする。

 …いつやっても、慣れませんし、辛いですね…これは、私のクローンの眼、なのですし…

 「ソーシア、クララベル、どうすればよいでござりますか?」

 「シンシア、ここから邪魔者をはたきだしてください。

 この様子では、部下は全滅でしょう。

 戦略目標を達成できなければ何の意味もありません。直ちに座標偏向を行ってください。」

 ーやはり、私の魔術では強度が足りませんか。

 「イルジンスク、無事だよな!

 傘の下から出るな。あの眼の改竄強度、1つ1つは大したことないが、精度限界ギリギリを数百重ねてやがる。しかもサーバーとの接続が切られる。

 危険すぎる。」

 だって、羽根は時空を細かく歪めてござりますもの。

 「1人でできるワザじゃねえな…クローンでも使ってやがる…」

 …わかりますか。

 「多かれ少なかれ、俺らも研究の途上では、犠牲を払ってる。お前のコインが言えた義理じゃない。」

 どうあれ、私も引きこもってばかりではいられないでござります。こいつらを殺すためにとりあえず…

 「まな。

 で、どうする?ちょっと俺でも、お前を守り切りつつこいつら全員殺すのは無理だ。」

 羽根で薙ぎ払ってみるでござります。…やはり、傘のバリアを抜けられないでござりますか!

 「シンシア、羽根の塊ならどう?」

 「それをやれば、魔術強度が落ちますでござりますよ。羽根1枚1枚の魔術場の強度は弱い、重ねなければネジ狂いを止められません。」

 「…そう。

 羽根をこの巡洋艦の機関室へ転移させて!退きますよ!」

 そう

 「イルジンスク、まだコインあるか!?」

 「ああ、敵意に反応してるっぽかったから数個は残ったぞ!でもどうすんだ!?」

 「次に活かす!」

 …私は生き残りたい。そして向こうも、大きな犠牲を払ってまで今戦い続けるつもりはないようでござります。落としどころでござりましょう。

 「…さようなら。

 次までに死んだら、墓から生き返らせますからね。」

 「お前と決着付けずに死ねるか。」

 …確かにクララさんの言うとおり、面白いでござりますね、うちのソーシアと、西の新人は。


                    ―*―

 「不満たらたら…って感じだな。」

 「当たり前だ。

 せっかく、有利な条件だったのに…」

 「無理もないさ。

 翼人、それも羽根を飛ばせる翼人なんて出てくるとは思わなかったし、頭数も足りなかった。第一あそこで勝っても『JAXA』が沈められたらおしまいだ。

 しかし、ソーシア・テフェルンだけかと思いきや、他にもヤバい奴が隠し玉になってるとはねえ…」

 「正直、俺もビックリだ。

 イルジンスク、あの羽根、分析は?」

 「もう結果は回ってる。見るだろ。」

 「…恐れ入ったな。羽根の中に、目玉とつながる小さなクローン脳、んで羽根の根元の目玉の『観測』による事象改竄…

 そういう血筋か。」

 「ああ。翼人についての文献調査とも一致する。

 羽根1枚1枚が量子位置固定機と逆、つまり、目標の空間座標を本来あるべき位置からずらす効果を持つ。」

 「つまりかすったら原子から破壊されてアウト、か。ハッ。」

 「手はあるのかケミスタ?一応お前の傘には量子位置固定機はあるが…想定改竄強度から計算するに、事象安定フィールドの類は押し負けるぞ。なんせ666枚…今は665か?」

 「…お前のコイン借りたの覚えてるか?

 ポケット加速器で素粒子分解して吹っ飛ばしてみれば、予想通りだ。

 東は、物事を量子のレベルで見ていない。だから、見えない。そして見えないモノは防げない。」

 「なるほど、だから、1枚だけ無害化した羽根が手に入ったってわけか。

 あれ?でも待てよ?羽根の表面の空間は歪んでるんじゃ…」

 「それなんだよイルジンスク。

 粒子ビームが羽根に届き得ることはわかってた。相対論的な時間効果で空間のゆがみが遅くなるから、断裂を超えて高エネルギー亜光速粒子ビームを到達させられる。

 問題は、だ。

 …むしろ。」

 「むしろ?」

 「俺たちはいつも、魔術のことを科学的に表すのに『事象改竄』と言ってきた。

 本来一続きにあるべき因果が、どこかで意思によって恣意的にいじられ、本来あるべきでない流れへと改竄される…

 だけどだ。

 なら、どうして、羽根の魔術は、量子位置固定機と反対になっている?」

 「そりゃ魔術による事象改竄を抑えるために『本来あるべきように量子を固定する』装置だからだろ?」

 「そうじゃない。

 量子位置固定機は、あくまで、量子の位置を観測することで位置変更を押しとどめてるに過ぎない。

 一方で事象改竄は?」

 「科学的には、変更対象の量子状態を思い込み的な観測で書き換えてる、だろ?そんなの摂理に反することだ。許されるわけない。

 …軍学校で何度も習ったろ?お前、なんか変だぞ?」

 「…いや、何でもない。忘れてくれ。」

 (…どちらも、量子位置を観測で決める…

 …座学で習った時、何も、変には感じなかった。

 でも、でも…

 …1700年断絶して憎みあっていたはずなのに…

 同じバックグラウンドを、類似性を感じるのは、何故だ?

 もしかして、実は裏では、東西とも同じことをしているんじゃないか…そう考えてしまうのは、何故?)


                    ―*―

統暦1735年6月1日

 金星における戦闘の経過は、魔術を中心に発展する東半球連合にとって、たいへん重たく受け止められた。

 金星にいた艦隊は全滅。確かに、若手の決死の敵艦突入で敵巡洋艦を行動不能にすることはできたが、数十のフロートシティが犠牲となり、さらに制宙権を喪失してしまったことからすれば、なんの慰めにもなりえない。

 金星での軍事的均衡は崩れ去った。西半球同盟が攻め込んでくるのは近い。

 ーとはいえ、ある程度確立されている火星を除けば、宇宙艦隊はどこもカツカツ。金星に派遣して壊滅でもすれば立ち直れない可能性も高い。

 「近衛宇宙艦隊を派遣して。

 万が一にも、ソーシアを、百年に一度の逸材を失わせるわけにはいかないわ。

 これは、勅令よ!」

 女皇猊下の号令一下、「開拓者」級宇宙戦艦2、「皇帝」級宇宙硬巡洋艦4、「探査機」級宇宙大型駆逐艦8が、金星付近の宇宙空間へと転移、進出した。

 一方の西半球同盟としても、「JAXA」を喪失艦にするつもりはなく、修理ドックに引っ張っていきたい。そしてその時に、東半球連合軍の攻撃(とりわけ、武装フロートシティからのビーム攻撃が、鈍重で無防備な工作艦に行使されること)を恐れた。

 西半球同盟が派遣したのは、「Millennium」クラス野戦工作艦「poincare」と、それを護衛するための「Fixed star」クラス宇宙戦艦「Canopus」、「NASA」クラス宇宙巡洋艦「Roscosmos」。

 ひし形の板を2つ横に並べて柱でつなぎ間に宇宙戦艦がすっぽり収まるようにした夜戦工作艦の前を紡錘型の巡洋艦、後をハンバーガーあるいはヨーヨー型(円盤型の機関部を両側からつぶれた半球で挟んだスタイル)の宇宙戦艦が進む。

 ーカリカリしていた。

 ー過激な人、極端な人がいた。

 ー双方臨戦態勢で、末端の砲術科員でも引き金を引けてしまった。

 査問会に出せば理由はいくらでも挙げられる。

 最初に発砲したのは、工作艦「poincare」だったが、その3番対空レーザー砲担当は「近づいてくる敵駆逐艦(のちに「ボイジャー3」と判明)の砲に事象改竄反応があった」と証言した。

 工作艦は精密機械の山なだけに、より敵の近くにいる戦艦よりも早く敵の情報をキャッチする可能性は無きにしも非ず。必ずしもウソとは言い切れないが、「撃たれたら絶対にやられる」と思っていた砲術科員とAIがビビり過ぎた末の過剰反応である可能性も高い。

 それを、戦艦からの攻撃であると勘違いした純然たるヒューマンエラーで、東半球連合の近衛宇宙艦隊旗艦「マゼラン」は艦首斥力魔術砲を発砲し、これが西半球同盟曳船艦隊旗艦「Canopus」の量子位置固定フィールドを突破して装甲に穴を空けたために、「Canopus」はトンネル効果()真空揺力波(IFV)ビームで発砲するとともに巡洋艦「Roscosmos」に工作艦護衛を命じて突撃。

 TIFVは、当たり所によっては、そして敵の防御が薄い時には特に、甚大な被害をもたらす。とっさのことで魔力が足りずバリアが間に合わなかった開拓者級戦艦「ㇾンテンバーグ」はあっという間に、ちょうどバリア展張のために外側へ集めていた魔力が暴走して各種装置を逆流し、轟沈した。

 それからは、もう、どうしようもない。

 態勢を整えてしまえば、近衛宇宙艦隊は歴代の皇帝が戦場に赴くための最強艦隊であり、その戦艦2隻のうち1隻を失うなどあってはならないことで、その敵討ちはたやすい。仮にも、伝説の開拓者たちと、歴代の皇帝の名前を冠しているのだ。

 始まったのは、圧倒的リンチ。

 戦艦「マゼラン」巡洋艦「エファール=テッサニーキ」「デ・デューニ・デッデルニー」「ラクタービュユ・ラクタスファク」「クンミンヤード・デ・ヴォルケ」の4隻は、一斉に斥力魔術砲で「Canopus」の装甲を分子単位でべりべりと剥がしていく。物体の結合力を奪うこの砲撃に、「Canopus」のバリアもダメコンも抗いきれなかった。

 探査機級宇宙駆逐艦は8隻で巡洋艦「Roscosmos」に殺到。十数秒にして反射ドローンを殲滅し、空間歪曲爆弾弾頭を搭載した転移ミサイルを集中投下した。

 かくて、西半球同盟曳船艦隊は消滅。戦艦「リンゾー・マミヤ」の応援を受けて東半球連合は金星の統一を図った。

 これに対し西半球同盟は「地球大気圏内での宇宙戦艦実戦投入(破壊力が強いだけでなく、同じ宇宙戦艦同士の交戦でどちらが墜落しても、隕石となり非常に危険)」という禁忌を冒す構えを取ったため、東半球連合はやむなく、金星での勢力バランスを9:1にまで広げて見せた段階で撤収した。

 ー本格総力戦の時代への号砲が、また再び、鳴らされていたのだった。

 ついにここまで参りました。

 全7話、よろしくお付き合いお願い致します!

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