表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

プロローグ

「おーい、ようちゃーん? もう朝ですよー?」

 聞こえてきた幼馴染の声で、俺、高岡(たかおか)陽平(ようへい)は目を覚ます。この声が聞こえてくるということは、今は朝の7時前後。今日から高校2年目が始まるとはいえ、もう30分くらいは寝ててもいいだろう。

 というわけで幼馴染の言葉はスルーし、二度寝を決め込む。

「……ようちゃーん? 起きないと右の鼻の穴に辛子のチューブねじ込むよー?」

「死ぬわっ!」

 穏やかな口調で放たれたえぐい一言に、思わず飛び起きた。何故右限定なんだ。

「あ、起きた。おはよう、ようちゃん」

 そんな俺の疑問など察してくれるはずもなく、普通に挨拶をしてくるコイツは俺の幼馴染、雨晴(あまはら)乃蒼(のあ)。家が隣同士なので、こうして俺のプライバシーなど関係なく毎朝のように俺の部屋に勝手に上がり込んでくる。

「……おは――」

 起き上がってしまったから、仕方なくこのまま起きようと乃蒼に挨拶を返しかけて、その右手に持たれた黄色いチューブが目に入り固まる。……コイツ、俺が起きなかったらマジでやる気だったのか……?

「……の、乃蒼さん? その右手に持ったチューブは一体……?」

「ん? あ、これ? 朝ご飯の味噌汁に入れようと思って家から持ってきたの。別に、ようちゃんの鼻にねじ込むためにわざわざ持ってきたわけじゃないよ?」

「そ、そうか……」

 それを聞いて安心した。そのためだけにわざわざ辛子のチューブを持ち出すような幼馴染になってしまっていたらどうしようかと思った。……いや待て。

「……乃蒼。お前、なに当たり前のように我が家で朝飯を食べようとしてんの?」

「それが当たり前だからだよ?」

「いや自分ちで食ってこいよ!」

 確かに小学生くらいの頃から毎朝食卓にいるけど!

「だって、うちのオカン全然起きないんだもん」

「自分で作れよ!」

「私にそんな料理スキルとやる気があると思う?」

「威張って言うな!」

 朝から怒濤のツッコミラッシュである。しかもコイツの場合、狙ってボケているわけではなく天然ボケだから性質(たち)が悪い。

「まったく、叫んでないで早く着替えてよー?」

「誰のせいで叫んでると……っていうか、お前がいるから着替えられないんだよ!」

「ん……? あ、そっか。ごめん、今出るね」

 事情を察した乃蒼が俺の部屋を出ていく。いくら無断で部屋に侵入する・される関係だとしても、着替えを見られるのは恥ずかしい。……自分で言っておいてなんだが、無断で部屋に侵入する・される関係ってどんな関係だよ……。

 そんなどうでもいいことを気にしつつ制服に着替えると、部屋を出て階段を降りる。食卓では既に母と乃蒼が席に着いて待ち構えていた。……もうすっかりナチュラルに人ん家の食卓に馴染んでるよな、アイツ……。あ、ちなみに父は既に出勤した後だ。乃蒼の父と同じ勤め先で、毎朝一緒に通勤している。

「おはよう陽平。今日はすんなり起きたのね?」

「危うく鼻に辛子をねじ込まれるところだったからな」

 母にそう返しつつ、乃蒼の隣の席に座る。今日の朝食は白米と焼き鮭、サラダと味噌汁、味付け海苔、納豆、玉子ふりかけ。ご飯のお供が多すぎてどう食ったらいいかわかんねえ。

「じゃ、ようちゃんも来たし、いただきまーす!」

「「いただきます」」

 なんでお前が音頭とってんねん、と思いつつ手を合わせる。さて、なにで白米を食べるか……。

「そういえばようちゃん、今日って部活あったっけ?」

 乃蒼が持参した辛子のチューブを味噌汁に向けて絞りながら尋ねてくる。……そんなに大量に入れて大丈夫なのか?

「今日はあるぞ。『新入生捕獲作戦を考えるのじゃー!』ってひみこ先輩が気合い入れて叫んでたから」

 ちなみにひみこ先輩とは、俺と乃蒼が所属する文藝部の部長のことである。日本史でよく見る卑弥呼とは特になんの関係もなく、名前が氷見(ひみ)恋葉(このは)なのでひみこ先輩だ。

「……あんまり似てないモノマネだったね」

「モノマネしたつもりはねえよ!」

 なのになんでそんな馬鹿にしたような目で見られなきゃいけないんだ。理不尽だ。


「のあちゃん、陽平、行ってらっしゃーい」

「はーい、行ってきまーす!」

「……行ってきます」

 どうにか朝食を食べ終え(単体ではどうやっても食いようがない玉子ふりかけをご飯のお供にした)、母に見送られて学校に向かう。我が家から学校までは徒歩10分程度だ。乃蒼が我が家で朝食を食っていくので、必然的に毎日一緒に登校している。

「いやー、ようちゃんのお母さんのご飯は美味しいね」

「……献立の組み方はド下手くそだがな」

 この間は米とトーストとうどんが同時に食卓に並ぶという炭水化物祭りだったし。なにをどうしたらその3つを同時に食べようと思うのか。

「そうかな? 私はいいと思うけど」

「それはお前の感覚がいかれてるからだな」

 長年我が家で朝食をとり続けるうちに、うちの母に感覚を狂わされてしまったんだな。

「いかっ……ちょ、そこまで言うことなくない!? っていうかなに、その憐れむような目! ムカつくんだけど!」

 乃蒼が脇腹を小突いてくる。痛くはないがくすぐったい。

「おっ、おいこら、脇腹はやめろっ。くすぐったい!」

「あ、これ面白い。えいっ、えいえいっ」

「面白がるな! お、おいこらっ、いい加減小突くのをやめろっ!」

 脇腹はマジで弱いからホントにやめて!

「……お前ら朝からいちゃついてんなー……」

「どこがだ!」

「あ、中川君おはよー」

 そろそろ我慢の限界に達しようかというその時。道端から同じ文藝部の友人、中川(なかがわ)雪路(ゆきじ)が現れた。おかげで乃蒼がつつくのをやめてくれたのは助かったのだが、どうやったら今のがいちゃついてるように見えるのか。どう見ても俺がいじめられている図だろうが。貴様の目は節穴か。

「おはろー、雨晴さん。それに陽平も。今日は早いな」

「辛子で脅されたからな」

 普段より早く起こされたせいで、登校時間もいつもより少し早めだ。

「……すまん、意味がわからないんだが……」

「まあ、要するにいつもより早く起こされたってことだ」

「かーっ。毎朝可愛い幼馴染に起こされるとか! 羨ま死ね!」

「なんだよ羨ま死ねって……」

「えへへ、ようちゃん私可愛いんだって」

「お前はニヤニヤすんな」

 確かに見た目はまあまあまともな方かもしれないが、素直に認めるとこの幼馴染は調子に乗るので釘をさしておく。

「またまたー。素直になろうよ、ようちゃん」

「そうだぞ。素直になれよ、陽平」

「タッグを組むな面倒くさい」

 ニヤケ顔を向けてくる2人を適当にあしらい、通学路を歩き出す。この2人に手を組まれた時はスルーが吉だ。

 ぶーぶーと文句を垂れながら後を付いてくる二人と共に歩くこと数分。俺たちの通う高校が見えてくる。

 市立越中(こしなか)高校。どこにでもある、ごくごく平凡な公立高校だ。学力は並で、全国レベルの部活があるわけでもなく、不良が集まるクラスもなければヤ◯クミもいないという、これといった特徴が何一つないので実に紹介に困る。まあ、基本的には俺たちのような地元民が何となく流されるままに進学する学校だと思ってくれればいい。

 校門を抜け、駐輪場の脇を通って昇降口までやって来ると、何やら昇降口前に人だかりができていた。

「あっ、クラス分けだ!」

 何事かと俺が背伸びをして確認するよりも早く、人だかりの原因を察した乃蒼が集団の中に特攻していく。身体の小ささを生かしてあっという間に最前列に躍り出た乃蒼は、貼り出された6クラス分の名簿から自分の名前を探し始める。

「俺たちも行くか?」

「……いや、行かなくても勝手にアイツが探してくれるだろ」

 雪路の提案に首を振った直後、最前列で乃蒼がぴょこぴょこと飛び跳ねた。

「ようちゃーん! 今年も同じクラスだよー! あとついでに中川君もー!」

 ほらな? ……でも乃蒼さんや、他の生徒も大勢いる中でそんなに大声で名前を呼ばなくてもいいんだぞ?

「俺、ついで!?」

「……チッ」

「舌打ち!? お前ら俺と同じクラスはそんなに嫌なの!?」

「……さて、教室に向かうか」

「うん。2年4組だよ」

 人だかりから戻ってきた乃蒼と合流し、自分たちの下駄箱へと向かう。下駄箱は3年間変わらないので、去年までと同じ場所だ。

「え、二人してスルー!? 俺泣くよ!?」

「「どうぞどうぞ」」

「よーし戦争だ。歯を食いしばれ陽平!」

「やなこった! 急ぐぞ乃蒼!」

「いや、大人しく殴られとこうよ、ようちゃん」

「まさかの裏切り!?」

 こちらの想像の常に斜め上を行く、それが雨晴乃蒼という人間だということをすっかり忘れていた。しれっと人を羽交い締めにしようとしてくるあたりマジで怖い。伸びてきていた腕をなんとか躱す。

「あっ。よけないでよ、ようちゃん」

「嫌だよ! 捕まったら殴られるだろ!」

「うん。だから殴られよ? ね?」

「お前俺に何か恨みでもあんの!?」

「ううん。リアクションが面白いから」

「そんな理由で!?」

 かれこれ16年以上の付き合いだが、未だにこの幼馴染の思考が読めない。解析班はよ。

「……お前、ホント大変そうだよな」

「……そう思うなら拳を引け。あと足踏むのやめろ逃げられないだろ」

「だが断る」

「ぐぬへあっ」

 結局殴られた。横暴だ。乃蒼も同罪だろうが。

「あははははっ! 『ぐぬへあっ』だって! やっぱりようちゃんのリアクションは最高だね!」

 その幼馴染はうずくまる俺の隣で大爆笑してるし。……はあ。この2人と同じクラスで、果たして俺は1年間もつだろうか。悩みのタネはこいつらだけではないというのに。



 体育館での始業式を聞き流した後は、新しいクラスでのホームルームが始まる。自己紹介とかクラス委員の選出とか、そういうお決まりのやつだ。

「というわけで、このクラスを担当する高岡たかおか凪沙なぎさだ。去年も見た顔がいくつかあるが、取り敢えず簡単に自己紹介してくれ。出席番号順で秋山からな」

 壇上でそう言い放ったのは、悩みのタネその2、従姉の高岡凪沙。俺や乃蒼とは幼い頃から面識があり、凪姉なぎねえと呼ぶ程度には仲良くしている。俺たちがここに進学した理由の1つには凪姉の存在もあったわけだが……俺はそんな安易な選択をした過去の自分を恨んでいる。理由? ……まあ、すぐにわかるさ。

 気付けば俺の前の席の生徒の自己紹介が終わり、次は俺の番。すぐに呼ばれると思うので、立ち上がる準備をしておく。

「んじゃ、次、陽平……はいいや。知ってるし」

「ゑゑ!?」

(((ゑ、突然のパラガ◯様!?)))※クラスメイトの心の声を特別な力で可視化しています。

 半ば腰を浮かせていたので、盛大にバランスを崩した。思わずパ◯ガス様が出てしまった。必然、クラス中の注目の的である。去年もクラスが同じだった奴らはともかく、初めて同じクラスになった奴らの目には「何故か教師から雑に扱われている上に咄嗟にパラ◯ス様が飛び出す変人」だと映った事だろう。クソみたいな第一印象だ。

 このように凪姉は、学校であろうと関係なく平気で俺を雑に扱う。雑用や面倒を押し付けたり、授業中にずっと俺を指名して答えさせたりもする。俺は凪姉の一挙手一投足に振り回される事になるので、凪姉と学校で絡むのは嫌なのだ。ほんと、近いからとかふざけた理由で進学するんじゃなかった。昔はもう少し優しかった気がしたのだが。

「陽平の次は中川か……ついでに飛ばすか」

「またついで!? そりゃないっすよ凪先生!」

(((◯ラガス様のついで!?)))※クラスメイトの心の声を以下略。

 ……ちなみに、雪路はそんな俺のとばっちりを受けている。凪姉の中で、彼はすっかり雑に扱っていいカテゴリーに入れられてしまったらしい。道連れがいて正直助かっている。悪いとは微塵も思ってない。

「じゃあ次、野上な」

 凪姉は本気で俺たちをスキップする気なのか、雪路の後ろの席に座る生徒を指名する。おいおいマジかよ。大した事を喋る気は無かったが、一切自己紹介させてもらえないとか流石に想定外だ。初めて同じクラスになった奴の今の俺たちの印象、「◯ラガス様とそのついで」だぞ。新学期がハードモードにも程がある。

 ……いや。流石の凪姉でもそこまで無慈悲ではないだろう。最後にちゃんと自己紹介させてくれるはずだ。

「――さて、これで全員だな。じゃあ、次はクラス委員決めるぞ。立候補はいるか?」

(((いや、そんなことよりパラ◯ス様とそのついでについて解説を)))※クラスメイト以下略 

 そう思っていた時期が俺にもあった。あの人の辞書に慈悲なんて言葉は無かったか。俺と雪路が絶望する中、クラス委員の立候補が募られるが、誰からも手は挙がらなかった。そんなことよりスルーされたあの2人はなんだ、みたいな雰囲気だ。

「……特にいないな。じゃあ陽平でいいか」

「ゑゑ!?」

(((まさかのパ◯ガス様リターンズ!!)))※以下略。

 本日2回目のパラガ◯様降臨だった。何がどうしてそうなった。俺にも分かるように3行で説明してくれ。

「なんだ、不満か?」

「そりゃそうだよ! 自己紹介をすっ飛ばされた上にこの仕打ちはあんまりだろ!」

 思わずタメ口が出てしまう。学校では一応敬語を使うよう心掛けていたのだが、今回ばかりは仕方がないだろう。

「……仕方ないな。じゃあ、就任挨拶も兼ねて自己紹介してもいいぞ」

「そういうことじゃねえよ! 横暴にも程があるぞ凪ね――」

 ビュン、と。俺のこめかみのすぐ脇を白い何かが音を立てて通過した。恐る恐る振り返ってみると、教室後方の黒板にチョークのような何かが突き刺さっていた。……まさか、アレが俺の横を……?

「凪先生、な?」

(((こわっ!!)))

 凪姉はにっこり笑いながら、しかし威圧感マシマシでそう訴えかけてくる。そういえば、学校では凪姉と呼ぶのは厳禁だと言われていたっけか。タメ口には何も言わなかったくせに、呼び方では滅茶苦茶怒るのな。確かにそれは忘れていた俺が悪いが、それにしたってアレはやり過ぎだろ。

「いや、だからってこれはやり過ぎだろ! もし誰かに当たったら凪先生が困るんだぞ!」

(((コイツ今のでビビらないのかよ……いやでも密かに先生って呼び直してるな……)))

「そこは大丈夫だ。私のコントロールは255のÅだ。カンストしてるから問題ない」

「それ結構前のパ◯プロだよ!」

(((よく今のにノータイムで返せるな……)))

「む、そうだったか。ってまあ、それはどうでもいいだろう。取り敢えず、さっさと就任挨拶を済ませてくれ」

「俺に拒否権はないのな……」

 はぁ、と大きな溜息を吐いてから、仕方なく教壇の方へと歩き出す。まあ、最初に指名された時点で九割九分こうなるような気はしていたが、やはり抵抗するだけ無駄だった。なんだかんだで凪姉には逆らいきれない自分が恨めしい。我ながら損な性格だ。

 何を話そうかと思案しながら教壇に立ってクラスを見渡す。当然ながら、全生徒の視線が俺に集中していた。

(((さて、パラガ◯野郎。色々説明してもらおうか)))

 まるで『パ◯ガス野郎、色々説明してもらおうか』とでも言いたげな雰囲気だ。……そうだな、まずはこの横暴な担任との関係をきちんと説明しておかねばなるまい。

「えー、どうも。自己紹介をスキップされた上にクラス委員を強制――」

「任命」

「……えー、任命された高岡陽平だ」

(((圧半端ねぇ……!)))

「みんな気になってると思うから先に説明しておくと、俺と凪先生は従姉弟だ。昔から馴染みがあるからこういう距離感なだけで、それ以上でもそれ以下でもない」

(((ダウトだな)))

「……いや、そんな『絶対嘘だな』みたいな顔されても困るんだが……凪先生からもなんとか言ってくれ」

 みんなを確実に納得させるにはこの方がはやいと思い、凪姉に同意を求める。

「え、そうだったか……? 確かに苗字は同じだが、陽介なんて親戚に心当たりはないぞ?」

「いやそこは素直に肯定してくれよ! 今そういうボケは要らないんだよ!」

 どこまでも人のことを弄びやがる従姉だ。教えおれとの関係が変な噂になって困るのは先生じぶんだと気付いていないのだろうか。多分気付いてないんだろうな。この手の話にはとことん疎い人だし。

「……まあ、今日は十分遊んだからこのくらいにしておいてやろう」

 おいこら。

「すまん、さっきのは冗談だ。コイツの言うとおり、陽介は私の従弟だ。だから今みたいにコイツで遊ぶことが今後もあるだろうが、日常茶飯事なのでスルーしてくれ」

「おいこら」

(((……仲良さそうだな。爆ぜろよリア充)))

 今度はさすがに声が出た。なにどさくさに紛れて人で遊ぶことをクラス公認にしようとしてやがる。

「じゃ、みんなの疑問も解決したところで、自己紹介に戻ってくれ」

 いや、多分解決してないと思うんだが……もう、今はいいか。どうせ凪姉がいる状況では誤解が悪化する一方だ。

「……あー、どこまでしゃべったっけか」

(((まだ名前しか聞いてねえよパ○ガスリア充野郎)))

 なんか怨嗟の視線が増したような……まあ、気のせいということにしておこう。

「まあ、こんな俺だが1年間よろしく頼む」

(((いやだから名前しか聞いてないけど!?)))

「あ。あと、一応言っておくが、俺はパラ○ス信者でも何でもないからな?」

「「「それはさすがにダウトだよ!」」」

「ゑゑっ!?」

 クラスのほぼ全員から総ツッコミを受け、3回目のパラガ○様降臨。こりゃもう、どうやっても言い逃れできねえな。新学期早々やらかしてしまった。一体俺の脊髄反射はどうなっているんだ。



 面倒な役職を押し付けられ、面倒な誤解を生み出したホームルームの時間が終了し、半日早い放課後がやってくる。授業自体は明日からで、今日は始業式とホームルームだけだ。学校にもよるんだろうが、新学期の初日なんて大体こんなもんだろう。

「パラ……じゃない。ようちゃーん」

 移動を開始しようと立ち上がったタイミングで、乃蒼がこちらへ駆け寄ってくる。……お前今、何て言いかけやがった?

「別に何も言いかけてなんかないよ? それよりほら、早く部室行こ?」

「いや絶対言いかけてたから!」

 それと、ぬるっと心を読むな。

「もー、そんなことはどうでもいいじゃん」

 いや、割とどうでもよくないんだが。

「それよりほら、早く部室行かないとひみこ先輩がヘソ曲げちゃうから」

「わかってるよ……」

 先程から某アニメキャラの『遅刻っ! 罰金っ!』というスタンプが秒速3通のペースで送られてきている。軽く……いや凄くホラーだ。

 通知で振動し続けるスマホを通学鞄のポケットに突っ込み、教室を見渡す。雪路は……いないみたいだな。既に部室に向かったか、購買で昼食の調達といったところか。なら、乃蒼と2人で部室に向かうことにしよう。


 教室を出て、教室棟から部室棟へと渡り廊下を伝って移動し、部室棟3階の最も南端に位置する部屋へ。そこが俺たち文藝部に与えられた部室だ。

「「こんにちはー」」

「遅い! 遅すぎるぞよーへい! 今日は大事な会議だから音速で来いと言うたじゃろうが!」

 乃蒼と声を揃えながら部室に入ると、パイプ椅子の上でふんぞり返った小柄な先輩が俺を指差しながら怒鳴ってきた。この人物こそ文藝部部長にしてスタ連の犯人、かつ悩みのタネその3こと氷見恋葉先輩である。

「いや、これでもホームルーム終わってすぐ来ましたよ? それに、人間は音速で移動出来ないって知ってました?」

 加えて言うなら、何故に乃蒼はお咎め無しなのか。あと、なんでまだスタ連してるんすか。

「なら人間をやめて来い!」

「想像の遥か上を行く無茶な返し!」

 乃蒼同様、この人もこちらの想像も及ばない返しを天然でしてくるタイプだ。この様な無茶を割と本気で言ってくるので、やはり性質が悪い。

「そもそもどうやって人間やめろって言うんですか!」

「そこはなんかこう……アレだ、不思議な力でなんとかせい!」

「人間にそんな不思議な力は無いんですよ!」

「なら人間をやめて来い!」

「そのループは酷い!」

 こんなやり取りが日常茶飯事である。どうだ、そろそろ俺に同情してくれたか? だが残念、これで終わりじゃ無い。

「まあまあ、ひみこさん。陽平さんも急いでくれたみたいだし、その辺にしておきましょう?」

 クソみたいなループに入りかけた俺たちのやり取りに割って入ってひみこ先輩を止めてくれたのが、文藝部副部長にして悩みのタネその4、国分こくぶん星羅せいら先輩。……え? まともそうな人に見える? まあ、確かに文藝部員の中では圧倒的にまともな部類に入るんだがな。……ある一点を除けば。

「む……。まあ、せーらがそう言うなら許してやらんこともない」

「陽平さんもごめんなさいね、いつもひみこさんが無茶ばかり言って。お詫びは50野口くらいでいいかしら?」

「いや、この程度でお詫びとかいらないですし、そもそも国分先輩が詫びる必要もないですから! あとなんで野口換算!」

「え? だって、庶民の陽平さんには福沢は馴染みがないでしょう?」

「庶民もしくは俺を馬鹿にし過ぎでは!?」

 確かに父は平凡なサラリーマンだが、我が家はそこまで貧乏ではないぞ。

「まあ……! それは大変失礼致しました。やはりお詫びとして50野口を……」

「だからそういうお詫びはいらないんですってば! あと単位変わってねえ!」

 ……とまあ、これが国分先輩の実態である。実家がスーパーウルトラグレート半端なくお金持ちなせいか、一般常識と金銭感覚が著しく欠如している。その為、このようにぶっ飛んだ発言やトンチンカンな発言が時折飛び出すので、その都度ツッコんで訂正せざるを得ないのである。そうしないと彼女は大抵のことを金で解決しようとするので、ある意味一番の危険人物である。だがもちろん彼女に悪意はなく、基本的に善意からの行動なのでなおさら性質たちが悪い。

「ところでひみこ先輩、大事な会議ってなんです?」

「む……そうじゃった。よーへいにスタ連して遊んどる場合じゃなかった」

 あ、ようやくスタ連攻撃が止まった。……って、1204通!? 馬鹿なの!? 遊びの量じゃないぞ!?

「では! 無事全員揃ったので、早速会議を始めるぞ!」

「「おー!」」

「……あれ? そういや雪路は?」

「「「………………………………」」」

 一瞬、時が止まった。

「……では! 無事全員揃ったので、早速会議を始めるぞ!」

「「おー!」」

「総スルー!?」

 すまん雪路。おまえは文藝部にいないことにされてしまった。まあ、雪路だしいっか。


「本日の議題は言うまでもなく! いかにして新入生を確保するか! その作戦を考えるのじゃ!」

 パイプ椅子の上でふんぞり返ったひみこ先輩がそう宣言し、書記を務める乃蒼がその言葉を一言一句そのままホワイトボードに書き写す。いや、全部そのまま書く必要はなくね?

「というわけでよーへい。みんなが『ファッ!?』と驚く妙案を頼む」

「いきなり後輩に丸投げしないでくださいよ……」

 しかも『あっ』じゃなくて『ファッ!?』とか。それはどんな桃源郷だ。無茶振りにもほどがある。

「ちなみに、去年はどんな勧誘したんですか?」

 乃蒼が『是非に!』と推すから文藝部に入部したのが去年の俺なので、ひみこ先輩たちが新入生に対してどんな勧誘をしていたのかは知らない。変な噂とかにはなってなかったので、そこまで派手なことはしていないはずだが……。

「去年か……。せーら、去年ってなにやったっけ?」

「昨年は野口をバラまこうとして顧問に止められ、ならばとスク水でビラ配りをしようとして顧問に止められましたので、仕方なく制服でビラ配りをしましたわ」

 顧問死ぬほどGoodJob。

「あー、そうじゃったそうじゃった。あの顧問めが余計なことをしおったせいで、あまり派手に宣伝できんかったのじゃ」

 いや、どう考えても顧問のファインプレーだろう。それがなければあなたたちはお金をバラまいたりスク水姿で校内を歩き回ってたってことだぞ? それはもう派手な宣伝じゃなくて事件だ。停学モノだ。部の存続自体が危ぶまれるやつだ。

「スク水でビラ配りかぁ……確かに、それができていればもっと注目を集められたかもしれませんね。今年こそやってみますか?」

 いや、なに爆弾を投下してるんだ我が幼馴染よ。貴様には一般常識とか恥じらいとかは装備されてないのか。

「ううむ……じゃが、よーへいのスク水姿とか誰得じゃ?」

「なんで俺まで着る前提になってるんですかっ!」

 なんて恐ろしいことを考えてやがるんだこの部長は。色んな意味でスク水ビラ配りは死んでも阻止しなければ。

「そもそも、スク水で部活勧誘なんてして回ったら、良くて停学、最悪文藝部の廃部だってあり得ますよ」

「マジか。でも、涼宮ハ○ヒはお咎めなしだったじゃろ?」

「アニメと現実をごっちゃにせんでください」

 それにあっちはスク水じゃなくてバニーガールだ。……いやヤバさはどっちも変わんねえな。

「とにかく、スク水は駄目です。あと、勿論お金をバラまくのも。もっと他の案にしましょう」

「むー……それを封じられると我々にはもうなにもないぞ」

「ないですわね」

「いやいやいやいや!」

 どんだけ発想貧困やねん。仮にも文藝部員だろうが。小説とか書いてるだろうが。

「もっと他に色々あるでしょう!? 別に制服で普通にビラ配るだけでも効果はあるでしょうし、なんなら今まで文藝部で書いた小説を小冊子にして配るとかでも良いじゃないですか!」

「えー……まだ部員でもない奴にわしらの作品をタダで読ませるのか?」

「新入生からお金取ったら大問題ですから!」

 問題を起こさずに勧誘できないのかこの人たちは。普通にビラ配りをさせても問題起こしそうで怖いぞ。

「むぅ……さっきから文句ばっかり者の、よーへいは」

「ひみこ先輩たちが問題発言しかしないからでしょう!?」

 冗談抜きで、俺がいなかったらとっくに廃部になってるかんな、この部。

「むー……そう言われたって仕方ないじゃろ、他に妙案も思いつかんし。学校一目立つためにはあれくらいせんと……」

「何故、学校一目立つことが前提になってるんですか」

 そこまでしなくても多少の新入生は集まるだろう。それに、これを言うと調子に乗りそうな人たちなのであまり口にしたくはないが、文藝部の女性陣3人は中身はともかく見た目だけはそれなりにまともなので、その3人が並んでビラ配りをするだけでも十分目立つだろう。余計なことさえ口にしなければ騙された男子生徒あたりが山ほど釣れるかもしれない。……いやまあ、そんな奴らにばかり入部されても迷惑だが。

「そりゃお前…………。……そういやなんでじゃろうな?」

「いや俺に聞かれましても……」

 本人に分からないのであればもうどうしようもない。まあ、ひみこ先輩のことなので『単に目立ちたかったから』あたりが有力だとは思うが。ともあれ、これで全力で目立つ必要はないことに気付いてくれたわけだから、ここからはもう少しまともな話し合いが期待できるだろう。

「じゃがまあ、我々文藝部は部員4人の弱小部じゃ。勧誘も目立つにこしたことはないじゃろう。みなももう少しその方向で考えてみてくれ。昼食が終わったら会議の続きをするからな」

「「「はーい」」」

 返事をしつつ、部室の壁に掛かった時計に目を向ける。確かにもうすぐ12時だ。こういうところはきちんと気がまわるんだよな、この先輩は。

 ……あれ。ところで文藝部員って4人だったっけか。何か忘れているような気がしないでもないが……まあ、忘れてるってことはきっと大したことではないのだろう。

「こんにちはー! すいません、購買が思いの外混んでて遅れましたー!」

「「「「…………あ」」」」

「……え。なんすか、その『あ』って。あと、なんで『そういえばこんなやついたな』みたいな目で俺のこと見てるんすか?」

「「「「そういえばこんなやついたな」」」」

「言った! 見るだけじゃなくて言ったよこいつら!」

 そういえばすっかり雪路のことを忘れていた。スマン、わざとじゃないんだ。素で、忘れてたんだ。

「……ところで、な……な…………。名前も思い出せないなにがしよ」

「中川ですけど!? え、俺1年経っても名前覚えられてないんすか!?」

「ああ、そうそう。そんな名前じゃった。で、中川よ。今日は大事な会議じゃから遅刻厳禁と言うたはずじゃが……随分と大胆な遅刻じゃな?」

「…………あっ」

 雪路の顔がスーっと青ざめていく。お前も素で忘れていたんだな。じゃあ自業自得だ。

「流刑になる覚悟はできておろうな……?」

「る、流刑!? 日本史でたまに聞くあれっすか!?」

「喜べ、利根川に放流してやる」

「太平洋に出ちゃう!?」

 ……さよなら、雪路。太平洋でも元気にやれよ。


 部室の床で『ぼくは遅刻常習犯のゴミカス野郎です』というネームプレートを首から提げて正座する雪路を横目に、文藝部は昼食タイムに入る。……まあ、本当に利根川に流されなかっただけ御の字だろう。

「よーへいとのあはいつも弁当じゃよな。自分で作っとるのか?」

「いや、母が作ってくれてます」

「私のも、ようちゃんのお母さんが作ってくれてます」

「何故、のあの分までよーへいの母君が作っとるのじゃ……」

「まあ、うちのオカンの料理スキルが最底辺ゴミカッスなので」

「母君に対してあたりが強くないか!?」

「えへへ。まあ、それほでも」

「いや別に褒めとらんぞ!?」

 あのひみこ先輩にボケる隙を与えないうちの幼馴染やべえな、と思いつつ、弁当箱の蓋を開ける。2段弁当の1段目は白米一色、2段目は卵焼き一色だった。……いやだから我が母よ、どうしたらこんな献立になるんだ。今日の白米のお供は卵焼きオンリーか。

「……なかなか斬新な弁当じゃな。もしや、よーへいの母君もさほど料理が得意ではないのか?」

「いや、料理自体は上手いですよ。献立の組み方が致命的に最底辺ゴミカッスなだけなので」

「お主も母君に対して辛辣じゃない!? あと、そのフレーズ何!? 流行っとるのか!?」

 乃蒼に倣っただけなので、特に深い意味はない。

「まあまあひみこさん。騒いでないで早くご飯にしましょう?」

「わしのせいじゃないわっ! というか、何故ここまでの一連のやりとりを真顔で聞いてられるのじゃ、せーらは……」

 まあ、トンデモおぜうさまだからな。きっと精神構造が並の一般人とはまるで違うのだろう。気のせいか弁当箱も5段くらいあるように見えるし。なんか『伊勢』で始まって『海老』で終わりそうな甲殻類の触覚がはみ出ているようにも見えるし」

「星羅先輩は、1人でそれ全部食べるんですか?」

 ポテトサラダを口に運びながら乃蒼が尋ねる。昼食を共にするのが初めてというわけではないが、さすがにあんなお重のような弁当を持参しているのを見るのは初めてだ。…………ってちょっと待て、なんで乃蒼の弁当だけおかずがしっかりおかずしてるんだ!? おかしくね!? 息子を卵焼き攻めにしておいて、隣家の娘にちゃんとした弁当作るのおかしくね!? 俺嫌われてんの!?

「これですか? そんなまさか。普通の女の子が1人でこんなに食べるわけありませんわ。5分の4くらいはひみこさんの分です」

「その文脈だとわしが普通の女の子じゃないみたいなんじゃが!?」

「5段中4段も……ワイルドですね、ひみこ先輩」

「じゃから、そんなに食べるつもりはないのじゃ! せーらが夕飯の残りをくれると言うから頼んだだけで、こんな量があるなんて知らんかったのじゃ!」

「夕飯の……」

「残り……」

 俺と乃蒼の視線が、弁当箱の3段目からはみ出す1対の触覚にロックオンされる。あれはやはりもしかしなくても伊勢の海老的なサムシングだろうか。いやまあ、国分先輩のことだから別に驚きはしないけども。けど、思わず生唾を飲み込んでしまうのは仕方ないだろう。あと、夕飯の残りが弁当5段分は確かにおかしい。

「ああ。これは昨晩家でパーリィが開かれていたからですわ。普段からこんなに夕食が残るわけじゃなくてよ」

「「「パーリィ……」」」

 ……いやまあ、うん。国分家ならそれくらい普通にするだろうし、今回も別に驚きはないんだが……その発音だと途端にチャラく聞こえるので、格式あるセレブの集まりには使わない方が良いと思う。

「……ま、まあ、のあと卵焼き野郎も含めた4人で分ければ良い感じじゃろ」

「卵焼き野郎は心外なんですけど!?」

 俺が希望したわけじゃないんだよこれは。特別好物ってほどでもないし。

「……あのー、俺にもその豪華なランチを分けてもらったりは――」

「調子に乗るなよ遅刻常習犯。渡良瀬川に流すぞ」

「結局利根川に合流するんですが!?」

 ……雪路お前、その『THE・反省中』みたいな姿でよくそんな図々しい要求できるな。お前のメンタルすげえわ。

「まあまあ。ゴミカス野郎は置いておいて、早く食べましょう。会議の時間がなくなりますわよ」

「そうじゃった。ゴミカス野郎に構っとる場合じゃなかった」

「……なあ、陽平。シンプルな罵倒って、なんでこんなに胸に突き刺さるんだろうな」

「知るか。あと、ゴミカス野郎についてはネームプレートで自ら名乗ってるんだから文句は言えないぞ」

「俺が書いたわけじゃないのに?」

「……世間はさ。冷てぇよな」

「唐突な松岡氏のモノマネやめろ! 無駄にクオリティたけぇし!」

「……ようちゃんたちはさっきからなんの話をしてるの?」

「内容の無いような話」

「ようちゃんも一緒に鬼怒川に流される?」

「スイマセン、ちょっとした出来心だったんです」

 ちなみにその川も利根川に流れ着くかんな? お前らどんだけ利根川好きなんだよ。


 甘い卵焼きとしょっぱい卵焼きがランダムに混在するという無駄なアトラクション性を備えた我が弁当を口に運びつつ、料理名もよく分からないパーリィの残り物を頂いたランチタイムが終了する。その間ずっと正座をしたまま惣菜パンを囓っていた雪路もようやく罪を赦され、文藝部員フルメンバーで会議が再開される。

「さて。ではみなの者、昼食の間に妙案は思いついたか?」

「「「あー……」」」

「なにも考えてなかったの顔じゃな……。まあ、わしもじゃが」

 仕方ないだろう。ツッコミ所盛り沢山のランチタイムだったんだから。

「では、ここからは『数撃ちゃ当たる』の精神でゆこう。みな、深く考えずにバンバン意見を出すのじゃ。そこから徐々に絞ってゆくぞ」

「「「「了解ガティ」」」」

「何故、そのネタが4人揃うのじゃ……」

 みんなクロ○ディライブが好きなんだろう。つい使いたくなるよね、了解ガティ。ちなみに筆者の推しはヴィジェ○タ。……え? そんな情報は微塵も要らない? それは残念。

(……ようちゃん、地の文で自由にやり過ぎだよ?)

(そういうお前は俺の心に直接語りかけてくるな)

 どういう原理で聞こえてるんだこれ。怖いわ。

「まあよい。では、今から発言自由じゃ。思いついた案をそのまま垂れ流すがよい」

 いや言い方……。

「はい!」

「はいのあ!」

「ヘリからビラばらまいてみたいです!」

 この野郎いきなりアクセル踏み抜きやがった。

「ふむ。中々派手で良さそうじゃな。せーら、言ったら用意できるか?」

「自家用ヘリで良ければ、人数分は余裕で用意できますわ」

 しかもあっさり用意できちゃうのかよ。薄々そんな気はしていたがやっぱり恐ろしいな国分家。まともな案を出していかないと、こういうトンデモ案が通りかねない。

「ならいけそうじゃな。候補に入れておこう。他はどうじゃ?」

「はい!」

「はいよーへい!」

「普通に制服でビラ配りも候補に入れておくべきだと思います!」

「つまらん没。次」

「ゑゑ!?」

 一蹴だった。まさかそんなくだらない理由で却下を食らうとは……まずいぞ、このままだと候補の中にまともな案が1つも入らないなんて事態も有り得る。そうなってしまったらTHE・ENDだ。なんとかひみこ先輩のお眼鏡にかなうまともな案をひねり出さねば。……そんなの無くね?

「お前、今日パラガ○様出しすぎだぞ……」

 雪路がジト目を向けながら呟く。仕方ないだろう脊髄反射のように出てきてしまうんだから。自分ではどうしようもないんだ。

 それより雪路よ、貴様会議に遅刻して来たんだから、ひみこ先輩も大満足のまともな案くらい出せよ。……的な感情を視線に込めて雪路をにらみ返す。それが伝わったのかどうなのか、雪路は気持ち悪いウインクをこちらに向けてかますと、ひみこ先輩に向きなおえっ。

「はい!」

「はい中が……わ?」

「何故疑問形なんです!?」

「冗談じゃ。で、比企谷ひきがやよ。何を思いついたのじゃ?」

「かすりもしてないんですけど!?」

 某練乳入りコーヒーの缶が大好きな人みたいになってたな。お前とはなんの接点もないが。

「冗談じゃ。で、中川よ。何を思いついたのじゃ?」

「後輩で遊ばないでくださいよ……。あ、それで、俺の案なんですけど。体操服でビラを配るのはどうです?」

 ざっけんなよこの変態。貴様は俺の視線から一体何を読み取ったんだよ。大ハズレにもほどがあるわ。

「変態じゃな」

「変態ですわね」

「変態だね」

「あれ、なんで!?」

 当たり前だろうが。

「それに、運動部でもないわしらが体操服で勧誘してたら、新入生が勘違いするじゃろ。文藝部の宣伝にならん」

 スク水でビラ配りしようとしてた奴がどの口で何を言ってやがるんだ。

「いや、運動部はユニフォームで勧誘するはずなので、体操服でも運動部とは被らないハズっす」

 お前もなんでそこで食い下がるし。そこまでして体操服姿の女性陣が見たいか。いよいよド変態認定待ったなしだぞ。

「なるほどのう。確かにそれなら勘違いされずに目立つ宣伝はできるか……。のあ、一応候補に入れておけ」

「はーい」

 納得しちゃうんかい。何故俺の真面目案が没で雪路の変態案は候補に残るんだ。おかしいだろ。

「ようちゃん、さっきから心のツッコミがうるさいよ」

「心のツッコミがうるさいって何!?」

 別に俺が心の中で何にどうツッコんでいようが俺の自由だろうが。それを勝手に読み取ってうるさいとか言われても困るんだが。乃蒼が聞かないようにすればそれで解決だろう。

「仕方ないじゃん。勝手に聞こえてくるんだもん」

「お前能力者か何かなの!?」

「え? そんなわけないじゃん。なに言ってるの? フィクションと現実をごっちゃにしちゃダメだよ、ようちゃん」

「お前がフィクションじみたことを平然とするからそうツッコんだんだろうが!」

 なんだよ、俺の心の声が勝手に聞こえてくるって。何をどう聞いてもフィクションだろうが。そんな特殊能力はこの小説には必要ないからすぐに封印しなさい。

「……お主ら。夫婦漫才はいいから案を出すのじゃ」

「夫婦でも漫才でもないんですけど……」

「はーい。あ、そうそうようちゃん。メタ発言はダメだよってさっきも言ったよね?」

 封印しなさいって言ったでしょうが。

「……そろそろ発言しても良いかしら」

「おっ。言ったれせーら! 後輩ボケ夫婦に格の違いを見せてやれ!」

「そのくくり方やめてください!」

 夫婦じゃないのは10秒前にも言ったし、乃蒼はともかく俺はボケじゃない。……え? パラ○ス様? ちょっとなんのこと言ってるかわかんないな。

「任せてくださいまし。私は、ひみこさんの小説をみんなで朗読するのが良いと思いますわ!」

「任せたわしが馬鹿じゃった! 任せたわしが馬鹿じゃった!」

 ショックのあまり2回言ったらしい(後日談)。

「何故わしの小説なのじゃ! 羞恥プレイにもほどがあろう!」

「だって、文藝部の部長はひみこさんですし。体を張るのは部長が適任ですわ」

「よし、喜べせーら! たった今、部長の座をお主に譲ろう!」

「死んでもお断りですわ☆」

「じゃよねー!」

 この2人の会話の方がよっぽど漫才じゃね?

「……ま、まあ、あくまで候補の1つじゃからよかろう。万が一これで決定した場合は、そのとき改めて戦争じゃ」

 その言い方をされると、万が一自分の小説が朗読されることになってしまったら、とか思ってしまうから選びづらいな……他の2人よりも圧倒的に常識的なのに。……ハッ!? まさかひみこ先輩はそれを狙って今の発言を……!? ……いや、ひみこ先輩に限ってそれはないな。どう考えても頭脳派じゃないし。単なる保身の為にああ言ったのだろう。その結果、候補は未だにふざけた2案だけのままというわけだ。無自覚になんて迷惑なことをしてくれやがる。というか、そもそもなんで自分が恥ずかしい思いをする可能性の高い国分先輩の案は候補入りして、俺のなんてことない普通の案は没なんだ。納得できねぇ。

「……よーへい。お主なんか、心の中でわしのことめっちゃ馬鹿にしてない?」

「滅相もございませんですわよ?」

「口調は落ちついとるが、文言が動揺しまくりじゃの……。のあ、実際どうなんじゃ?」

「けっこうボロクソ言ってますよ」

「乃蒼さん!?」

 俺そこまでひどいこと考えてないよね!?

「ほう……?」

「いや違うんですよひみこ先輩! 確かにちょっと馬鹿にはしましたけど、ボロクソになんて全然言ってないです! 乃蒼の発言を鵜呑みにしないでください!」

「ふむ……まあ、よーへいやのあともなんだかんだで1年近い付き合いじゃ。のあがオーバーに発言しとるのはわしにもわかる。じゃが……馬鹿にはしたのじゃな?」

「え? あ、はい」

「ふんぬ!」

「ぐらんぱっ!」

 目にもとまらぬ速さで振るわれたひみこ先輩の右拳が、正確に俺の鳩尾を貫いた。

「あっ、あはははは! おじいちゃん! おじいちゃんだって……!」

 大爆笑する幼馴染の声を聞きながら、意識が徐々に遠のいていく。ちょっと馬鹿にしただけでここまでしなくてもいいだろうに……横暴だ……ガク。


 気絶から目が覚めると、刻が30分ほど進んでいた。どんだけ全力で殴ったんだあの人は、とあきれつつ現状を確認する。ホワイトボードを見ると、気絶前から何一つ変化はなかった。つまり、30分間進展なしか……。

「ううむ……なかなか妙案は出ないのう……。あ、よーへい。気がついたか」

「ええ。よくもやってくれましたね」

 まだ普通に痛いぞ、鳩尾。

「うっ……そ、それに関してはすまぬ。予想以上によいところに打撃が入ってしもうてのう。じゃが、これでこりたじゃろ? 今後わしを馬鹿にするのは控えるよーに」

「善処します」

「善処かい! 絶対また馬鹿にするじゃろお主!」

「まあまあ。今はそれよりも新入生の勧誘方法でしょう?」

「なんかはぐらかされた気がするが……まあ、その通りじゃ。よーへい、気絶中になにか思いついたか?」

「気を失ってた人に無茶言いますね!?」

 思いついてるわけがないやろう。こちとら意識を刈り取られてたんだぞ。

「じゃよなー。ううむ……時間だけが過ぎて行くのう……」

「……ちなみに、この30分でどんな案が出たんですか?」

 ホワイトボードに書かれていないか没になっただけで、何かしら案は出ているだろう。そこに何か、停学待ったなしの勧誘方法を回避するヒントかきっかけがあればと思い、尋ねてみる。

「ええと、確か……『よーへいの熱々おでんde宣伝』と『よーへいヒモなしバンジービラ配り』と『よーへいビラ配りin火の輪くぐり』じゃったか?」

「『よーへい100%withビラ』が抜けてますわ」

「おお、そうじゃそうじゃ。以上の4つが、お主の気絶中に出た案じゃぞ」

「OKわかった。今なら怒らないから提案者名乗り出やがれ」

「「「「はい」」」」

「全員かよ!! 何仲良く1つずつ俺をヒドい目に遭わせる案出してくれてんの!? みんな俺に対してそんなヘイト溜まってんの!?」

「「「「いや別に。なんかノリで」」」」

「だとしたらなおさら性質たちが悪いわ! ノリで部員の人生に多大なるキズをつけようとしないで!?」

 火傷、複雑骨折(最悪死ぬ)、大火傷、挙げ句の果てに猥褻物陳列罪だぞ。おでん以外はほぼ致命的だろいやおでんも十分嫌だけど!

「……ちなみにですけど。当然、全部没になってるんですよね?」

 万が一にもこんな案が候補に残っていてはいけないので、念のために確認を取る。

「うむ。熱々おでんは『春先におでんはどうなんじゃ?』となって没、ヒモなしバンジーは『わしらの上に落下してきたら嫌じゃな』となって没、火の輪くぐりは『……これ、ビラも燃えね?』となって没になった」

「うん、俺が気絶中じゃなかったら『問題はそこじゃねえだろぉ!』って100%ツッコんでますね」

 だがまあ、ちゃんと没になっているのならとりあえずはいい。そういうことにしといてやる。

「ちなみに、ようちゃん100%は『リトルようちゃんがギガンティックおてぃんだったらビラからはみ出ない?』ってことで保留中だよ」

「ド下ネタじゃねえか!」

 なんでそれが真顔で言えるの? やっぱり恥じらいは母親のおなかの中に置いてきちゃったの? 平静を装いつつほんのり頬を赤く染めているひみこ先輩と国分先輩を女子高生として少しは見習って?

「ようちゃん心のツッコミが長いよ」

「原因は100%お前だからな!?」

 この流れで俺が文句言われるのはさすがに理不尽だろ。


 なんとか陽平100%を没にしたところで、他に妙案も出てこないので一度決を採ることになった。候補はヘリからビラまき、体操服ビラ配り、自作小説朗読の3択。正直、こんなにも投票したくない3択は人生で初めてだ。気絶さえさせられていなければ……と今更悔やんでも仕方ないので、少しでもまともな案に投票しよう。

 こういうときの常套手段は消去法だ。まず、どう考えてもヘリだけは無い。その選択だけは無い。新学期早々謹慎にはなりたくないし、学校に伝説を残したくも無い。ちょっと乗ってみたい気持ちはあるが、学校でビラをまくのに利用するのは圧倒的に無しだ。

 なので残る選択肢は2つ。体操服か小説朗読か。俺自身へのダメージの大小で言うなら体操服だ。多少変な目で見られはするだろうが、別に体操服を着ることには抵抗も恥ずかしさもない。一方小説朗読の場合、万が一自分の書いた小説が朗読されることになってしまったら、恥ずかしさのあまり悶絶しっぱなしになるだろうことは想像に難くない。確率5分の1とはいえ、そんな冒険はおかしたくない。それらを踏まえると、俺が投票するべきは体操服か。変態扱いされそうだが、背に腹は代えられない。

 ……いや待て俺。ちょっと冷静になれ。体操服で勧誘した場合、どんな新入生が入ってくるだろうか。まず、見た目だけはまともな3人の体操服に釣られた馬鹿な男子生徒が何人か来るだろう。一方「イケメン」の4文字とは縁もゆかりも無い俺と雪路に釣られる残念な女子生徒など間違いなくいない。他には、元から文芸に興味を持ってくれている人もいるだろうが、何故か体操服で勧誘をする俺たちにドン引きして離れていく可能性が高い。結論として文藝部にやってくるのは、体操服の美少女に釣られた男子生徒オンリーということになる。……それでいいのか? 俺はあまり歓迎できないぞ、そいつら。あと、新入生や教師から「何故、文藝部は体操服なの?」と質問されたときの返答も俺には用意できない。何より、文芸に興味のある人たちを遠ざけてしまうリスクがあるのはやはりよくないだろう。

 そう考えていくと、やはり体操服よりは小説朗読か。自分の小説が対象になるのさえ回避できれば、3択の中では最もまともな案だ。ジャンケンとかの運勝負になるのを避けて、うまいこと誰かに押し付けられれば……うん、それがいいな。それにしよう。(ここまで約1秒)

「どう考えても1秒の思考量じゃないよ、ようちゃん」

「黙らっしゃい」

「……各自、投票する案は決まったか? では、採決するぞ。まず、ヘリからビラをばらまくのがよいと思う人! はい!」

「「「「…………」」」」

「あれ、わしだけ!? のあは!? 発案者じゃろ!?」

「ごめんなさい、ひみこ先輩。私よく考えたら高所恐怖症でした」

「ならなぜこんな提案したし! ならなぜこんな提案したし!」

 ショックのあまり以下略。

「むうぅ……では、次じゃ。体操服でビラをまくのがよいと思う人!」

「はい!」

「「「「…………」」」」

「あれっ、今度は俺だけ!? 陽平!?」

「仲間に裏切られたみたいな目でこっちみんな変態」

「変態だね」

「変態じゃな」

「変態ですわ」

「こんなのあんまりだー!!」

 いや、変態って言われても文句は言えないだろ変態。というか、俺もギリギリで踏みとどまって良かった。あのままだったら俺もこの集中砲火を喰らうことになっていただろう。雪路みたいに変態丸出しな理由で選んだ訳でもないのに。

「となると……残った3人は朗読か?」

「ええ。発案者ですし」

「他2つよりは圧倒的にまともなので」

「ようちゃんの言う通り、文芸に興味のある子たちが遠慮しちゃうような勧誘方法だと、いくら目立っても本末転倒だと思います」

「……よーへい、お主……」

 ひみこ先輩から感心したような視線が向けられる。ようやく俺の良心が届いたか。これを機にもう少しは人の意見を――

「……お主、いつそんなことを言ったのじゃ?」

 ……そういや別に、言ってはいないな。

「えー、言ってましたよ。さっき、心の中で」

「それはのあにしか伝わらないやつではないか!」

「……ぱんなこった……」

「なんてこった、風に言うでない! ……まあ、ともかく。よーへいの意見には、わしも賛同じゃ。それも踏まえて、勧誘方法は朗読でよいじゃろう。問題は……誰の小説を読むか、じゃ」

 ひみこ先輩が告げた途端、部室に緊張が走る。誰だって自分の小説を往来で、新入生の前で読み上げられたくはない。そんなことされたら恥ずか死んでしまう。ここは正念場だ。

「さっき国分先輩が言ってたみたいに、ここは部長の作品を読むのが妥当だと思いますけど」

「ですわよね。では、それで決定ということで」

「いやいやいや待て待て待て! なに部長のわしの意見をさしおいて決定しようとしとるのじゃ! 勧誘を考えるなら、一番出来のよい小説を読むべきじゃろう!」

「「あー」」

 ひみこ先輩の返しに、思わず国分先輩と2人で納得してしまう。確かに、その方が理にかなっている気がする。そうなると、この5人の中で誰が一番良い小説を書いたかということになるが……。

「それで言うと、ようちゃんですかね。去年の文化祭のときのミステリ、すごく面白かったし」

「確かに。短編なのにクオリティ高かったよな」

 まずい、ターゲットが俺に向いた! 褒めてもらえるのは嬉しいが、だからといって朗読はされたくない。早く別の人にタゲを移さなければ!

「い、いや、短編とはいえちょっと長めだし、ジャンル的にもあんま朗読には向いてないと思います。それよりは乃蒼とか雪路の書いたギャグ小説の方が漫才感覚で聞けるし勧誘にはいいんじゃないですか?」

「なるほど。それも一理あるのう。では、よーへい、のあ、中川の3人で決選投票を――」

「あらひみこさん? さりげなく自分を候補から外してはいけませんわよ」

「ぐぬぬ……そっ、そういうせーらだってしれっと候補から外れとるではないか! 1人だけずるいぞ!」

「ちっ。バレてしまいましたわ」

 ……うーん。やっぱりこういう展開になるよなー。こうなるともう話し合いによる解決は無理なので、多数決かジャンケンで犠牲者を決めるしかない。が、ジャンケンの場合俺の出す手は全て乃蒼にバレるので、希望は多数決1択だ。話の流れ的に票が俺に集まる可能性もなくはないが、ジャンケンになった場合の勝率よりかはマシなはずだ。

「……やはり決まりそうにないの。仕方ない。ここは正々堂々ジャンケンじで勝負といこう」

「ですわね」

「賛成です」

「異議なし」

 ……い、いや待て、まだだ、まだ諦めるな。確かに乃蒼には逆立ちしても勝てないが、他の3人に勝てる可能性はまだある。確実に乃蒼に負けるので、1回負け残るのは確定だが、そこで共に負け残った人に勝てばそれでいいんだ。……一発で決着さえしなければ。

「……準備はよいな? ではゆくぞ。さいしょはぐー、じゃんけん!」

「「「「「ポン!」」」」」

 ひみこ先輩のかけ声に合わせて、全員が一斉に手を突き出す。俺とひみこ先輩がグー、他の3人がパーだった。

「「なん……だと?」」

 敗北者2人が、自らの拳を見つめてそう呟いた。

「息ぴったりですわね。いっそお2人の小説どちらも朗読したらいかがかしら」

「「いやいやいやいや」」

 まだ50%の確率で回避できるんだ。確かに道連れがいるのは心強いだろうが、まだ諦める場面じゃない。

「ようちゃん、ジャンケン激弱なんだから、ここで妥協しとけばいいのに」

「そういや、陽平がジャンケンで雨晴さんに勝ってるの見たことないな」

「あら。負けず劣らずひみこさんも激弱ですわよ。ひみこさんが勝つと明日は米が降ると噂されるレベルですわ」

「「ぱないですね!」」

「「ぐぬぬ……」」

 既に安全圏だからと、外野が好き勝手に言いやがる。否定できないのが余計に腹立たしい。あと、何故米。ライスシャワーか。おめでたいな。

「ようちゃんなに言ってるの?」

「うるせえ」

 こちとらこれから世紀の大一番なんだよ。次の1手に俺の人生がかかっていると言っても過言だが、今後の学校生活くらいはかかっている。そりゃ、緊張で変な発言くらいはする。

「が、外野は無視じゃよーへい。気にせず決着をつけるぞ」

「了解です。……ところでひみこ先輩。俺はグーを出します」

「……ほう。心理戦か。よいじゃろう。では、わしはパーを出そう」

 よし、ひみこ先輩なら乗ってくれると思った。これで単なる運勝負ではなくなった。相手の思考を読み切れば勝ちだ。

 というわけで、ひみこ先輩の頭の中を想像する。ひみこ先輩は、その幼い見た目に反してめちゃくちゃ頭が切れる……とかいうことはなく、基本的に見た目通りの素直な心の持ち主である。だが、かといって俺の言葉を信じてそのままパーを出すほど単純でもない。むしろ自分がパーを宣言したことで、俺がグーを出すことはないとか考えてそうだ。だとしたら、ひみこ先輩が出すのはグーかチョキ。俺のグーを消しているならチョキが濃厚だろう。加えてひみこ先輩のことだ、心理戦と言うからには『宣言したものとは違うものを出す』とか思ってるに違いない。そうなるとパーを出す可能性はほぼ0に等しい。ここはグーで勝負に出よう。

「……準備は良いな? では参るぞ。さいしょはぐー、じゃんけん!」

「「ポン!」」

 運命の一瞬。俺の手はグー。対するひみこ先輩の手は、チョキだった。

「イエス! 高○クリニック!」

「そんな……バカな……。わしが、負けた……? ここはよーへいが負けて全てが丸くおさまる流れじゃったろ……?」

「うーん、私もようちゃんの敗北フラグが立ったように見えたんだけどなー。勝負前にあれだけしゃべったら普通負けるよ」

「陽平さん、別にしゃべってませんでしたけど。でも、乃蒼さんがそう言うならフラグは立ってたんでしょうね。けれど、それをひみこさんの不運が上回った、と」

「……え!? 誰もクリニックにツッコミ無しっスか!?」

「「「いや、ツッコんだら負けかなー、と思って(思いまして)」」」

「そんなボケ殺しな……!」

 ボケスルーほど精神的に辛いものはない。……ま、まあとにかく、勝負は俺の勝ちなので、朗読されるのはひみこ先輩の小説に決定した。マジで助かった。

「うぅ……嫌じゃあ……」

「まあまあ。読まれるのはひみこさんの小説ですけど、朗読自体はここにいる皆さんでやるわけですし。自分一人で自分の小説を朗読するよりはマシでしょう?」

「それはそうじゃが……。……ならせめて、配役はわしが決めてもよいな?」

「いいと思いますよ」

 自分の書いた小説が朗読されるんだ、一番セリフの少ないキャラを自分が担当するくらいの特権はあって然るべきだろう。セリフが多くて大変な役は雪路にでも任せればいい。

「じゃよな。では……朗読するのは、去年の文化祭で書いたラブコメにしよう。地の文も含めて登場人物は5人じゃ、ちょうどよかろう。まず……地の文をのあに読んでもらう」

「おっ、私ですか。いいでしょう、高岡家の噛み王と呼ばれた私にお任せください」

「うむ。絶妙な噛み具合で爆笑の渦を巻き起こしてくれ」

「もう、どこからツッコんだらいいのやら……」

 とりあえず、勝手に我が家の一員になるな。

「続いて、主人公の男子生徒のセリフをわしが読もう」

 あれ、意外だ。まさかセリフも多くて目立つ役を自ら担当するとは。もっとセリフの少ないキャラもいたはずだが。

「で、その主人公が憧れる女教師はせーらにやってもらう」

「了解ですわ」

「中川はその女教師が飼っている犬役な」

「わん!」

「いや、その犬じゃなくて下僕的な方の犬じゃ」

「あれ!? そんな話でしたっけ!?」

 ……確かに、そのラインナップだと主人公が一番マシな気がするな……って、あれ、待てよ。残ってる登場人物って確か――

「そして、よーへいは主人公に恋するヒロインの女子生徒役を担当してもらう。当然、可愛らしい女の子っぽい声でな。期待しておるぞ?」

「………………マジっすか」

「大マジじゃ。自分の小説が朗読されるのを回避したんじゃ。これくらいの恥はさらしてもらわんとのう」

「絶対こっちの方が精神的ダメージがエグい……」

 ジャンケンに負けていた方がマシだった説。いや絶対そっちの方が傷は浅かった気がする。

「なるほど、あのフラグはここで回収されるんだね」

「結局どっちも不運になる筋書きでしたのね」

「そういう星の下に生まれてるからなー、陽平は」

 3人が好き勝手言ってくれているのは聞こえていたが、あまりの絶望感に反論する気さえ起きない。いやいや、女子声って正気かよ。しかも確か、結構ゆるふわっとしてただろそのヒロイン。ヘリウムドーピングしたってそんな声出ないぞ。頑張ってみたところで新入生どころか在学生からも奇異の眼差しを向けられるのは確定的だ。下手すると俺の学校生活がTHE・ENDおわってしまう。

「うわっ、ルビの振り方うざっ」

 しかし、今更回避方法もない。ひみこ先輩も決定事項だと言わんばかりにホワイトボードに配役を書き記していく。腹を括るしかないのか……。

「まあ、下僕よりは幾分かマシだと思ったらいいんじゃないかしら」

「……それもそうですね。ピンヒールで踏み抜かれる役とか死んでも嫌ですし」

「ゑ!? そんなシーンあったっけ!? それ女役よりよっぽど社会的ダメージ喰らわね!?」

「ファイトだよ、男ども」

「「こんのくそアマ……!」」

 上から目線でドヤ顔をする噛み王を5回くらい殴り飛ばしてやろうかと思った。


「さて、ではやることも決まったし解散とするかの。3日後くらいに一度読み合わせをしたいから、それまでに各自練習しておくよーに」

「「はい」」

「「はーい↓↓……」」

「……おい男子。テンション低いぞ」

「そりゃそうなりますよ」

 かたや全力の可愛い声で女役、かたやただのド変態役だぞ。これでどうやったらテンションが上がるというのか。

「公平にジャンケンをした結果なのじゃから、今更文句を言うでない。羞恥心など思川に放流せい」

「また利根川水系ですか!?」

 だからなんでお前らそんなに利根川周辺に詳しいんだよ怖いよ。

「いや、それをツッコめてるようちゃんも同レベルだよ?」

 そんな説は知らん。

「とにかく。わしも大恥をさすのじゃから、お主らも覚悟を決めて恥をかけ。それともお主らは、のあやせーらに変態役をやらせたいのか?」

「「それは……」」

 そう言われてしまうと弱い。羞恥心が行方不明の乃蒼なら平然と変態役も務めそうだが、だからといってアレを女の子に押し付けたとあっては男のプライドに関わる。その事実が表に出ればそれはそれで俺たちのスクールライフは終了だ。ならまだ、今の役を甘んじて受けた方がマシか。

「反論はないな? では改めて解散じゃ。春は変質者が多いから気をつけて帰るよーにの」

 そう言うとひみこ先輩は国分先輩と共に部室を出ていってしまった。……最後の一言はなんだったんだ? まるでフラグのようにも聞こえたが……。

「先輩の親切をそんな風に言ったらだめだよ、ようちゃん」

「そうだぞ陽平。ひみこ先輩の貴重なデレだぞ」

「!?!?!? ちょっ、雪路お前、まさかお前まで俺の心を……!?」

 そんなことになったら俺のこの先の人生絶望しかないんだが!?

「いや? 面白そうだったから適当に雨晴さんに合わせただけ」

「紛らわしいマネしてんじゃねえぞこの変態ドM野郎!」

 怒りを込めた右ストレートが鳩尾めがけて炸裂。

「にべあっ!」

「あはははっ! それっ、保湿クリームのやつじゃん! だっ、大丈夫? 伏せ字にしなくて、ふふっ、大丈夫……っ?」

「叫び声だからどうしようもないだろ。その代わり顔にモザイクでもかけておこう」

「ぶふっ。ちょっ、ようちゃん! これ以上私を笑わせないでよ!」

 その後、気絶していた雪路が起きるまでの間、俺と乃蒼は雪路で遊び続けた。まあ、俺に絶望を垣間見せたんだ、相応の報いだろう。遊び倒した際の画像は永久に残しておいてやる。


 気絶から目覚めた雪路に部室の戸締まりを押し付……任せた後、乃蒼と2人で家路につく。まあ、家が隣なのでどうしたってこうなる。

「ようちゃんがいてくれれば変質者が来ても安全だね」

「そうか? 自慢じゃないが、俺の戦闘力は低いぞ?」

「本当に自慢にならないね……。でも、中川君はワンパンだったじゃん」

「あれはアイツが俺以下のゴミ戦闘力だからだ」

「中川君ェ……」

「しっかし、女役はマジでやりたくねえな……」

 普段は今日の授業のことから担当アイドルの話、完結漫画のその後の話まで、割とバラエティに富んだ話題が挙がるが、今日の話題は1択だった。

「いい加減諦めなよ。さっき納得したでしょ?」

「……いや、でもあれよく考えたらさ。雪路の変態役を女性陣に押し付けるのはさすがにアレだけど、俺のヒロイン役は別になんの問題もなくね?」

 冷静に考えれば、言われていたのは変態役の方だけだった。場の空気やら言葉選びやらで流されてしまった。

「あ、やっとそこに気付いたんだ。遅いね」

「気付いてたんなら教えてくれよ!」

「いや、私ようちゃんのヒロイン役が見たい側だし」

「くそがっ!」

 そういやそういう奴だった。俺の味方はゼロか。世知辛いな。

「……そういう乃蒼は、読む量相当だな」

 会話文8割のこの小説ラノベとは違い、ひみこ先輩の小説はその半分近くが地の文だったはずだ。乃蒼の負担もなかなかのものだろう。

「そうなんだよね~。ラノベ風のラブコメとはいえ、登場人物の心情描写がびっしりで……ようちゃんたちとは別の意味で死にそう」

「噛み王だからな」

「高岡家のね」

「だからなんですぐ我が家の一員になろうとすんのお前!?」

「え? だってもう家族みたいなものでしょ?」

「否定はしないが、もうちょっと雨晴家のことも考えてあげて!?」

 親父さんとか泣くぞ、色んな意味で。

「む。たしかにお父さんに泣かれると後が面倒だね……。……ところでようちゃん」

「ん? なんだ?」

「部活の途中からずっとズボンのチャックあいてる」

「え……? ……え!?」

 慌てて確認する。紛う事なき全開だった。大急ぎでチャックを上げつつ、隣で1ミリの恥じらいも罪悪感も見せない幼馴染に猛抗議を入れる。

「おまっ、知ってたんならもっと早く言えよ!! なんで今の今まで泳がせとくんだよ!! おかげで超恥ずかしい格好のまま街中だいぶ歩いちゃったよ!!」

「ねー。道行く人が揃って見て見ぬふりしていくのが面白かったよ」

「どうりで気まずそうにしてる人が多いと思った!」

「端から見たらちょっとした変質者だよね」

「……俺か! ひみこ先輩が言ってた変質者、俺のことか! っていうかあの人も気付いてたんなら言ってくれよ!」

「いやいや、女の子的には指摘しにくいことだよ? 恥ずかしいし」

「どの口がそれを言うか!」

 表情1つ変えずにズバッと指摘しただろお前。あと、そろそろツッコミを休ませてくれ。喉が死ぬ。

「元はといえば、トイレの帰りにチャック閉め忘れたようちゃんのせいだと思うけど」

「そうでしたねすいませんね!!」

 もう、次からは死ぬほど確認しよう。トイレ出る前に五度見くらいしよう」

「え、きもい」

「うるせぇ!!」

 たった10分の家路なのに俺は既に肩で息をしている状態だった。別に走ったわけでもないのに。

「…………」

 だから、だろう。物陰から興味深そうにこちらを眺めていた視線の存在に、俺たちはまるで気付かなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ