98.再び、ササラの花の舞い散る中で
「来たぞ、ナナカナ」
白蛇族の四人が、約束の場所であるキレの木に到着し、二日。
その間、移動中の汚れを川で落としたり、釣りをしたり、役に立つ薬草や香草を集めたり、釣りをしたり、果実を探したり釣りをしたり、釣りをしたり獣を狩ったり夜釣りをしたりと、のんびりした時間を過ごして待ち人を待っていた。
そんな中、カラカロが気づいた。
こちらに近づいてくる馬と、それに乗る一組の男女を。
「運が良かったね」
ナナカナは、面倒がないタイミングに来てくれてよかったと思った。
まだ早朝である。
もう少ししたら、釣りをしたり食料を集めたり釣りをしたりと、各々バラバラに動いていただろう。
早朝は、キレの木の周辺に人がいないか調べる時間に当てていた。
これが終われば自由行動だった。
その時間を狙ったように、奴らはやってきた。呼び戻して集める手間が省けた。
「あれが俺たちに会いに来た奴らか?」
ジータの問いに、ナナカナは「そうだよ」と答えた。
「来るのは二人。男と女。道を外れたこの場所に来るのは目的がある者だけ。偶然来たってことは考えられない」
そもそもこちら側の人は、目的もなく霊海の森には近づかない。
向こう側の戦士だって、準備や心構えもなく深入りはしない。
普通に危険だからだ。
「予定通り交渉は私がするから。黙って見ててね」
それがアーレの命令である。異論はない。
これから、相手を受け入れるかどうかの最終確認を、ナナカナが判断する。
もしダメだと思えば、ここでお別れだ。
集落まで連れて行くことはない。
レインティエを迎えた時とは事情が違うのだ。
あの男は、アーレが望んだ男である。
正式ではなかったが、それでもすでに族長として動いていたアーレの言葉は、白蛇族の意志でもある。
だから、よほどひどくなければ受け入れる腹積もりだった。
さすがに白蛇族に害にしかならない、あるいはアーレの邪魔になりそうな男だったら、連れて行くことはなかった。
そしてレインティエは、特に問題なしと判断して、受け入れることにしたのだ。
しかし、今回は違う。
白蛇族の族長の望みではなく、族長の婿の我儘だ。
族長に連れてこいとは命じられたが、族長や白蛇族に必要ないと判断すれば、連れて行く義理はない。
これに関しては、アーレとレインティエが相談して決めたことである。
そしてその判断を任されているのが、ナナカナである。
レインティエを受け入れるかどうかを決めたのもナナカナだし、今回もその役目を任された。
個人的に「ちょっと厳しく判断しろ。本当に連れて来なくていいんだからな」とアーレにひっそり囁かれたが。
でも、特に贔屓する気はない。
族長が個人の好き嫌いで、有益な人を切り捨てるような真似はさせたくないから。
――それに、レインティエの同郷の者が一人くらいいてもいいと思う。
家庭ではともかく、まだ完全に馴染んでいるとは言いづらいレインティエには、集落で本心を話せる人がいない。
どこまで思い悩んでいるかまではわからないが、孤立感や孤独感は絶対に感じているはずだ。
昔の女云々はさておき、心の支えとしてレインティエの知り合いを受け入れるのは、悪くない話だと思っている。
――まあ、何にせよ、女次第である。
カラカロは目を見張った。
「……!」
男が先に馬から降りる。
後ろに乗せていた女に手を貸して、女も降りた。
――あれが、自分たちが迎えに来た女か。
家庭の事情で女に対する興味がない、どころか少々不信感さえ抱くようになってしまったカラカロにとっては、今回の件は本当に興味の欠片もない話だった。
族長に命じられたから来た。
話を聞けばレインティエの頼みだという。だから素直に受けた。
迎えに来る女が誰であろうと何であろうとどういう存在であろうと、どうでもよかった。
――キレの花が舞い散る中、ゆっくり歩いてやってくる女を見るまでは。
陽が当たって金色に輝く、明るい茶色の髪は長く。
長いまつげが影を落とす緑の瞳は、どこまでも儚げで。
所作も歩き方も美しく、まるで花の化身のような女だった。
カラカロが知っている女とはまるで違う。
どれを取っても違う。
違いすぎる。
忌まわしいことに、嫌いだった父親の気持ちが少しだけわかってしまった。
無責任に嫁を増やしまくまった前族長は、きっと、今己が抱いているのと同じような感情を持ったのだろう、と。
初めて、何が何でもあの女が欲しいと、思ってしまった。
「――気に入ったか?」
「――……何がだ」
ナナカナと向こうの男が話し始めても、カラカロは呆然と女を見詰めていた。フードをかぶっていなければ、見詰めていることが丸わかりだっただろう。
少なくとも、隣のジータにはバレてしまった。
「――いい女じゃねえか。ちょっと細くて頼りねぇけど」
「――うるさい」
「――俺みたいな失敗だけはすんなよ。本当に欲しいものはそれだけ狙え。それだけだ」
それ以上ジータは何も言わなかった。
外見ではわからないが、内心気が逸れまくっているカラカロのことなど誰も気にせず、話の決着はついた。
「じゃあケイラ。一緒に行こう」
ナナカナは、ケイラを連れて行く方向で決断した。
特に問題はないと判断したらしい。頭の良いナナカナがそう見越したなら、それが正解である可能性は高い。
カラカロも少しほっとしていた。
二十七歳か、と思いながら。
カラカロが今二十一だ。今年で二十二。六歳差だ。六歳差。男の方が上ならまだしも女の方が上なのはどうだろうか。その年齢で子は産めるのか、と思いながら。
カラカロは番を作る気はさらさらない。
だが、すでに番にする方向で考えている矛盾には気づかない。
まだ、己の抱いた恋心に、気づいていないのだった。
瞬きも忘れるほど見詰めているのに、それでも。




