84.ケイラ・マートの調査結果
三回目の手紙が届いた。
「……変わってないな」
卒業が近い貴族学校が終わり、王城での騎士訓練に参加し、風呂に入って夕食を取って部屋に帰ってきた頃には、外は真っ暗だった。
騎士団長の三男フレートゲルト・カービンは、窓に張り付いていた手紙を取り、開封する。
特殊な魔法によって加工されているそれは、フロンサードの秘術を知らない者には触れられず、正しい手順での開封を誤れば手紙は消えてしまう。
要するに、限られた者にしか読まれる心配がない。
本来なら送る時間帯も気を付けねばならないのだが、さすがに距離の都合でわからないのだろう。
――ともかく。
遠くへ行った親友から、三回目の手紙が届いた。
内容に目を通し、フレートゲルトは安堵していた。
蛮族の地。
神々の住まう大地。
魔獣はおろか、それ以外の何か……説明ができないモノさえ目撃されている、霊海の森を越えたその場所。
親友を送り出しはしたが、心配は尽きなかった。
そんな彼から安否を告げる手紙が届き、ひとまずは安心したが――
安否確認ができてからは、今度は親友の変化が心配だった。
環境は人を変える。
ましてや前人未踏と言われる深い森の向こうへ行ったのだ、きっと文化の違いしか存在しない場所だ。
だが少なくとも、手紙からはフレートゲルトの知っている彼の姿しか見えない。
――大事なことには結構慎重なんだよな。
そんなところも変わっていない。
王族には軽率に見える行動的な面があるが、大事なことはしっかり考えて動く。
ともすればそれが優柔不断に見えたりもするが、それは身分ある者には必要な慎重さだと、フレートゲルトは思っている。
「ケイラの調査、ね」
三回目の手紙は、完全にフレートゲルト宛てだ。
――ケイラ・マートの身辺調査をしてくれ、というものだ。
長く一緒にいたフレートゲルトには、親友の気持ちがよくわかる。
この調査を経て、ケイラを呼ぶかどうかを決めようとしているのだろう。
子供ができるかもしれない、だのなんだのと、色々と信じがたい内容の手紙は前回届いていた。
もちろんデメリットもあるようで、手離しで呼べるものではないようだが。
親友の手紙の内容にも驚いたが、もっと驚いたのはケイラの返事である。
まさか「レインティエ殿下の傍に居たい」だなんて手紙を書くとは思わなかった。
親友とフレートゲルトが知っているケイラは、そんな自分の欲や希望を口にすることはなく、常に引いて冷静に物事を見ているような女性だったから。
よほどの覚悟があって書いたのだろう、という彼女の熱意は、親友に強く響いたはずである。
彼より付き合いが浅いフレートゲルトでさえそれが伝わるのだから、ずっと一緒にいた親友に伝わらないわけがない。
親友は、そんなケイラの気持ちに応えるべきか否か、迷っている。
そしてケイラ本人に訊いてもきっと何も告げないだろうから、客観的な事実だけを知りたいと思っている。
「――ジェイズ! 誰がジェイズを呼んでくれ!」
フレートゲルトはカービン家の執事を呼び、ケイラ・マート及びマート子爵家周辺の情報を集めるよう言い渡した。
それから数日を経て、調査結果が出た。
「……あーあ。後妻と折り合いが悪くて、毒を盛られた可能性もあり……か」
絵に描いたような、あるいは想像通りというか。
ケイラ・マートに関する資料に目を通しながら、フレートゲルトは溜息を吐いた。
後妻に疎まれる前妻の子、なんて貴族社会には少なくない。
毒を盛るのはやり過ぎだが、証拠不十分なので断じるまでは行かない。
……まあ、今は過去のことはいいだろう。
現在ケイラは、第四王子付きの専属メイドという肩書きを失い、王城に数いる使用人の一人として働いている。
率直に言うと、第四王子という後ろ盾を失っている。
そしてマート子爵家には後妻の子がいて、マート家を継ぐのは後妻の子に決まっているそうだ。
恐らくはないだろう。
ケイラは邪魔になる立場にいないので、無理に不良債権と縁談を結ぶような真似は、しないと思う。
……が、絶対とも言い難いとフレートゲルトは思う。
毒を盛ったというのが本当であれば、ケイラに対する嫌がらせのために、とんでもない結婚相手を宛がおうとするかもしれない。
年齢や体質から、ケイラの結婚は難しい。
しかしそれでも子爵家の娘である。
親が政略結婚をさせると決めれば、逆らえないだろう。
――今は後ろ盾のないケイラには、断る術もない。ケイラ自身も誰かに頼ろうとはしないだろう。
「これ、結構ぎりぎりか?」
マート子爵家から政略結婚の命令が下る前に、ケイラの次の行き先を決めねばならない期限ぎりぎりなのではないか。
親友がいなくなって半年以上。
実は、婿入り先は伏せられている。蛮族の地に婿入りしたことを知っているのは極一部だ。
第四王子の急な婿入り話で国を離れた事実は、一時社交界は噂になった。
だが、それもそろそろ収束しつつある。
急に後ろ盾を失ったことに様子見をしていたマート子爵家が、もし嫌がらせをするのであれば。
丸一年、誰からも噂を聞かなくなった辺りから、来そうな気がする。
――考えは尽きないが、しかし。
フレートゲルトは机に向かい、引き出しから便箋を出した。
親友が欲しているのは、客観的な事実のみ。
できるだけ私情を挟まないようにして、調べたケイラ・マートに関する情報を書き記す。
――恐らく、親友はケイラを呼ぶだろう。
「でも、大丈夫かね……」
親友の立場を極端に言えば、「新婚にある男が昔の親しい女を呼ぶ」という話である。
奥さん怒りそうだけど大丈夫か、とフレートゲルトは苦笑しながら手紙を飛ばした。




