82.向こうへの心配
「子供できたんだって? おめでとう」
神蛇カテナ様を探して謝罪して帰ってきたら、ナナカナが本家にいた。
ごろごろしながら。
同じくごろごろしているアーレと婆様に聞いたらしく、ごろごろしながら祝福の言葉を述べた。
いつ見ても、何度見てもすごいだらけた景色だが……文化の違いを考えると、これは正しい光景なのだろう。
何せ他人の家も同じような感じだったからな。
冬の白蛇族はこれが普通なのだ。本当に。ここの女性三人が特別というわけではなく。
「カテナ様は見つかったか?」
眠そうな婆様に問われ、私は頷く。ちなみにアーレは寝ているようだ。
「ああ。なんとか謝ってきたよ」
人生とは、何があるか本当にわからないものだ。
まさか他人の家で土下座する日が来るとは思わなかったが。
――祝福に来た神の使いを掃除のため追い出したり、嫁が頭の下に敷いたりした詫びを入れてきたところである。
予想通り誰かの家でのんびりくつろいでいたところにお邪魔して、謝罪してきた。
なお、その家の家人である顔見知りの夫婦は、私がカテナ様に深々頭を下げる様子に、ごろごろしながらきょとんとしていた。
当人ならぬ当蛇たるカテナ様もきょとんとしていた。
予想通り、カテナ様はあの一件を気にしていなかったどころか、もうすっかり忘れていたのだろう。
でも、こういうのはけじめだからな。やっておかないと。
「今は無理だけどお詫びの酒を用意する」と言ったらカテナ様は反応していたから、たとえあの一件を忘れられていても、それで許してもらおう。
「わしへの謝罪も忘れとらんよな?」
「覚えているよ」
朝叩き起こした件である。
「昼食は婆様の好きな物を作ろう」
色々と戸惑うことが多かったが、気になっていたことは一通り聞いただろうか。
今のところ、他に気になることは……すぐには思い浮かばない。
昼食まで時間があるので、それまでに私のするべきことをする。
今日は婆様との会話を優先したから、朝やるべきことができていない。
とはいえ、自主的な見回りが主だが。
歩きながら考えてみよう。
とりあえず、冬の目標の一つは達成した。
一つ目は温室の管理。
二つ目は風呂作り。
三つ目は養殖池の管理。
四つ目は家畜の様子を見る。
そして五つ目。
五つ目は、子供である。
白蛇族の皆が、この時期に子供を作るのが一番いいと言っていた。それに倣い、私も密かに目標にしていた。
まあ、お互い特に拒否することもなかったので、当然のように出来てしまったわけだが。
これに関しては、ほっとしている。
半信半疑ではあったが、妊娠・出産の期間を考えると、むしろ私たちはこの時期にできないと一年待つことになっていたと思うから。
アーレは戦士で、族長だ。
集落で一番強い者が、戦の季節を戦えないようでは、皆が困るから。
養殖池の様子を見て、家畜の様子を見て。
夜置いている鉢植え型畑を出し、温室の箱をかぶせる。
あとは風呂作りだが、これは午後に回そう。
…………
「……手紙、書くか」
今朝の婆様の話は、少なくとも私には即断できないものだった。
子供を産めない女性が、子供を産めるようになる方法がある。
しかし鱗が生える。
……まず、子供を産めるようになるというのが嘘みたいな話なのに、その代わりに鱗が生えるというのも嘘みたいな話だ。
でも、嘘じゃないんだろうな。
ジータの妊娠・出産の話も本当だったし、婆様の話も本当なのだろう。
私は、私の専属メイドだったケイラ・マートをこちらに呼んで不妊治療をし、向こうへ帰せばいいのではないか、という都合のいい解決法を考えていた。
子供ができるようになれば、良縁を結ぶ可能性が出てくるからだ。
ケイラは素敵な女性だ。
たとえ年齢が嵩んでいても、彼女の良さがわかる男は必ず現れるだろう。
しかし、そんなに上手い話はなかった。
婆様の話を要約すると、白蛇族の一員になれば子供が望める、と。
そういう話である。
カテナ様が治療をしたら、ケイラの身体のどこかに白い鱗が生える。
白蛇族の特徴が現れる。
――簡単に言うと、加護神カカラーナ様の僕になる、ということだろう。
私は覚悟を決めて来たから、その辺のことに抵抗はなかった。
身体に鱗が生えたら、もう向こうで暮らすのはきっと無理だ。
ケイラ自身もだし、きっと子供にも白蛇族の特徴が現れるだろうから。
白蛇族の生活は、楽とは言い難い。
毎日やることはたくさんあるし、娯楽は少ないし。小麦粉もないし。
今年は順調だったらしいが、ちょっとした災害で得られる食料が大きく変わってくる。
それに、空を飛ぶ蜥蜴なんてドラゴンもいる。
安定と安全という面では、不安がないとは言えない。
子爵家のご令嬢として生まれ育ち、成人してからは王城のメイドとして務めていた彼女には、馴染めないかもしれない。
…………
いや、それは私の考えることではない。
私にできるのは、手紙を出し、この情報をケイラに伝えることのみ。
どうするかは彼女が決めればいい。
……というか、考えすぎってこともあり得るんだよな。
私が去って半年以上が過ぎている。
その間、向こうに動きがあってもおかしくない。
もしケイラに恋人ができていたり、結婚を前提に付き合っている良さそうな男性がいるなら、私の話なんて余計なお世話でしかないからな。あるいは生涯仕えるべき王侯貴族と出会っていたりとか。
私がお節介を焼きたいのは、彼女の実家がひどい縁談を結んで彼女を不幸にしないか、という一点に集中している。
きっとそうじゃない可能性の方が高いくらいなのだから、心配するだけ余計なお世話かもしれない。
先走ってごちゃごちゃ言うよりは、ケイラの現状を確認するのが先決だ。
――よし、ケイラの近況を訪ねてみよう。
返事はすぐにやってきた。
――曰く、レインティエ殿下の傍に居たいです、と。




