77.冬の白蛇族は想像を越えて
族長就任、結婚、そして狩り納めの儀式。
冬越えの準備が進められる中、この前やってきた行商のルフル団。
振り返れば慌ただしく、わずかに残っていた秋の気配はすぐに駆け抜け、一気に冷え込むようになった。
冬がやって来たのだ。
冬を越える準備は整っている。
「これだけ食料と酒があれば大丈夫だ」と、アーレとナナカナが言っていた。もし集落の誰かが食料に困っても、ある程度はカバーもできるだろう。
この冬を越えたら、私がこの白蛇族の集落に住み始めて一年が経つことになる。
多少落ち着いていた春。
戦の季節である夏。
食料集めに奔走した秋。
そして、冬。
「……寒さに弱いとは聞いていたけど、これは私の想像を越えていた」
思い返すまでもなく、白蛇族は働き者の多い集落だった。
戦士は毎日のように狩りに出ていたし、そうじゃない者も毎日の仕事をきちんとこなしていた。
よく食べ、よく呑み、よく働く。
そんな姿をずっと見ていたからだろう――
「こんなに動かなくなるんだな」
めっきり冷え込むようになったここ数日、アーレは火を入れた囲炉裏端でごろごろしながら過ごしている。
こんな怠惰なアーレは、見たことがない。
怪我をした時でさえ気が抜けていた姿は滅多に見られなかったのに……
ナナカナと婆様にいたっては、家から出てこなくなった。
体調でも悪くしたのかと、食事を運びがてら様子を見に行くと、「体調は問題ないが寒いから出たくない」と毛皮の寝具に包まれてずっとそこから動かない。
多少気温が上がる昼くらいに起き出して、アーレと一緒にごろごろして、夕方前にまた戻る。
もし戻り損ねたら、そのままアーレと一緒にごろごろして一晩を過ごすのだ。
まあ、新婚なので、さすがに夜は気を遣ってくれているが。
……アーレがすごく嫌な顔をするし。
「外に出ない」とも「この集落の冬は厳しい」とも聞いていたが、これはちょっと……想像以上に言葉通りだった。
なんでも、寒くなるとひどく眠くなるらしい。
食事もそんなにいらないそうで、三食は食べるが量は減った。しかし二日三日くらいなら食べなくても平気なんだそうだ。
川辺で毎日のように会っていた女性たちは、たまにしか会わなくなり、よその家庭ではどうなっているかと聞けば似たようなものらしい。
そんな女性たちも、さっさと水仕事を終えると、おしゃべりすることも少なくすぐに帰ってしまう。
これまでなら、長々と立ち話をしていたのだが……
いつも賑やかで働き者ばかりの集落は、とても閑散としていた。
やはり冬眠に近いものがあるような気がする。
できるだけ動かずエネルギーを消耗しないように過ごすのだ。
厳しい季節を越えるために。
だが、しかしだ。
白蛇族は冬や寒さに弱くとも、入り婿で白蛇族の一員になった私は問題ない。
フロンサードの冬も同じくらいの寒さだったので、そこまで戸惑うこともない。
この冬、私にもいくつかの目標がある。
白蛇族がこの状態なのは予想外だったが、それはそれでまあいいだろう。
一つ目は、婆様の作った小さな温室の管理。
正確には、婆様の指示でタタララが作ったものだが。
鉢植え型畑に被せるように使用する透明の箱で、冬でも作物を作れるかどうかの実験を兼ねている。
婆様の最終目的は、冬でも安定した薬草の育成栽培らしい。薬草の類は、結局は集落全体の問題になるので、私はできるだけ協力したいと思っている。
まあ要するに、これの管理と試行は私がやることになる。婆様出てこないし。
観察日記や記録もつけるつもりだが、問題は文字の文化なんだよな……
二つ目は、風呂だ。
アーレがルフル団からまとめてかっこよく購入した物品で、風呂釜みたいな物が作れるという話だ。
これは私にとっては少しばかり切実なので、がんばろうと思う。
三つ目は、ナマズの養殖池の管理。
できることはあまりないとは思うが、様子だけは毎日見ておこうと思っている。……ナマズも冬眠するのだろうか。
四つ目は、家畜の様子を見る。
基本ほったらかしで勝手に育っているという感じらしいが、まあ、いることくらいは確認しようと思っている。
この様子だと、集落の皆は自分のことで精一杯だろうから。たまに野菜の切れ端でも与えようと思う。
……あいつらは冬でも元気だなぁ。あ、目が合った。こっちに来る前に退散しよう。
五つ目は…………
もう、達成しているかもしれない。
以上の五つが冬の間にしたいことである。
どれもすぐにできるものじゃないので、気長にやっていこう。
今のところはこれだけだが、もしかしたら色々増えたり増えなかったりするのだろうか。
他にも細々やりたいことはあるけど、どこまで手を付けられるか……
「――おーい。レインー。婿殿ー」
あ、嫁が呼んでる。
「どうした?」
材料を前に、風呂釜作りの構想を考えていると、家から私を呼ぶアーレの声が聞こえた。
ドアを開けて顔を見せると、彼女はやはり囲炉裏端でごろごろしていた。
「近くにいろ。冬の番はそうやって過ごすものだ」
「え? 昼間から?」
「どうせ誰も来ない」
「いやうちは来るだろう。ナナカナと婆様が。あと子供が体調を崩した時とか」
タタララは「冬は来ない」と宣言してから、来ていないが。ナナカナと婆様はそろそろ動き出すんじゃなかろうか。
最悪身内は来る前に察してくれるかもしれないが、でもよその人は、なぁ……
「いいから入って戸を閉めろ。寒いだろう」
…………
「早く抱き締めろ」
……ダメだとはわかっているが、これが新婚の嫁が持つ魅力というか、魔力というか。
非常に抗いがたい誘惑である。
「……悪い、せめて午後からにしよう」
抗いがたいが、暗くなるのが早い季節でもあるので、私の活動時間も限られる。明るい内にできることはやってしまいたい。
少々、なかなか、断腸の思いではあるが。
……私だって明るい内から嫁とふしだらかつただれた時間を過ごしたいが、やることはやらないと。
そうじゃないと……冬の間は私が働かないと、死に物狂いで戦の季節を戦い抜いた嫁や戦士たちの頑張りに報いることができない。
白蛇族がここまで壊滅的に冬に弱いのであれば、そう。
比較的活動できる私にとっては、冬こそが戦場なのだろう。
――夏は族長アーレが先陣を切り、冬は族長の婿である私が集落のために働く。
きっとこれでいいのだ。
「いいから早く来い! 可愛い嫁が待ってるんだぞ! それも我とは過ごせないと言うのか! あと寒いから早く入って閉めろ!」
「あ、はい」
……明日からがんばろう。




