73.犬が孵るか否か
ルフル団の一人、不思議な虹彩を持つ……恐らく虹羽族であろう少女が、三人の子供たちの前で丸い物を見せて説明している。
あ、子供の一人はうちの子じゃないか。……なんか冷めた顔をしているが。さっきまではしゃいでいたのに。
「あれは?」
横に並んでナナカナに問うと、彼女はつまらなそうに答えた。
「インチキかな?」
「――いや待って!」
小さな声だったが、虹羽族の少女にはしっかり聞こえたようだ。ご機嫌で話していた顔が瞬時に真顔になった。
「ルフル団はぼったくりはしてもインチキはしないよ!」
ぼったくりはするのかよ。
……まあ、ちょっとどんぶり勘定みたいな面のある物々交換での商売だから、公平にするのも逆に難しいのかもしれないが。
「――兄さん、うちの商品にケチつけようっての?」
ぬっと野太い声が入ってきた。私の全身を影が覆う。……騒ぎに気付いた赤熊族の男が、完全に私を見下ろしている。うわ怖い。敵意と圧力がすごい。
いや、言ったのはナナカナなんだけど。私じゃないんだが。
……我が子の責任だから、親の責任でもあるのか。
「ナナカナ、無責任なことを言ってはダメだ」
謝って叱るのは簡単だが、しかし、ナナカナは賢い。このくらいのことは自分でわかっているはずだ。
ならば、発言にはちゃんと根拠があるはずだ。それを言ってほしい。
謝るか叱るかナナカナに同意するかはそれからだ。
――と、状況がわかっているのかいないのか、一緒に見ていた子供たちまで怪訝な顔をしてナナカナを見ている注目の中。
ナナカナは平然と言った。
「犬の卵って何? 犬を産まないよ」
…………
至極真っ当な意見だった。
そう、犬は卵を産まない。私もそう認識している。だから漏れ聞こえた声が気になった。犬を飼いたいとも思った。可愛い犬を飼いたい。
「そこまでバレバレな嘘はダメだよ。楽しく騙されてあげられないよ」
すごいセリフだ。
私が十歳だった頃、こんな「騙されるのもまた人生」なんて訓示を胸に秘めた大人みたいなこと、絶対言えなかったぞ。
「いやいや! 本当に犬の卵なんだよ!」
子供の頭より少し小さいくらいの、白と黒がまだらに混ざっている球体を持った虹羽族の少女は、言葉を重ねた。
「毛がふさふさで! 四足歩行で! シッポが長くて!」
ああ、なら犬か。
「鱗が生えてて!」
じゃあ犬と違うな。鱗? 毛がふさふさ? ……毛の生えているトカゲ?
「人によく懐くし!」
なら犬だ。
犬は古来より人間の大事なパートナーだからな。果たして犬が人を求めているのか犬が人を求めているのか、その辺が曖昧になるくらい大事なパートナーだからな。
「わんわん鳴くし!」
それは犬だな。
時々、何をそんなに吠えたてることがあるのかってくらい、狂ったように吠え続けることがあるからな。鳴き声は犬の特徴の代名詞と言えるだろう。
「敵だと思ったら噛むし!」
間違いなく犬だな。
そもそも犬のフォルムがね、あれはもう全身で「噛む」って主張している形だから。あいつらは噛むためにこの世に生まれてきたような連中だ。……そう考えるとちょっと怖いな。あいつら噛むんだよな。噛まれたら泣いちゃうだろ……
「頭に輪っかもあるし!」
あっ絶対に犬じゃない!
頭に輪っか? 輪っかと言えば、各部族が集まった大物狩りで相手取った空を飛ぶ蜥蜴と同じ特徴じゃないか。
えっ? じゃあこれドラゴンの卵か!?
「犬に近い何かだと思うよ。犬ではないと思うよ」
……私もナナカナの意見に賛成かなぁ。色々聞く限りではちらほら犬っぽくない特徴もあるみたいだし。
「話は聞かせてもらったよ」
揉めている、というのもちょっと違う感じがしてきたその時、ルフル団の頭領ルフルがやってきた。
胡散臭く笑っているが、目は笑って……いや笑っているな。
怒ってはいないようだ。
「子供はともかく、どうやらレインも『犬の卵』だとは信じてくれてないようだ」
「いや、私はこちらの常識がまだ乏しいから……断言はしない」
私はまだ、ここに来て半年ちょっとである。
不思議と神秘と不可解が数えきれないほど存在するこの蛮族の地では、犬が卵を産むこともあるかもしれない。
その可能性は否定はできない。
ただ、そう、ルフルの言う通り「信じられない」とは思っているが。
「でも信じてはいない、でしょ?」
「……そうだな」
まさに半信半疑、といったところだ。
「じゃあ一つ賭けをしようよ」
「賭け?」
「うん。僕らルフル団はぼったくりもしないしインチキもしない、清く正しく品行方正に商売をしているよ。僕らほど公平公正な人たちはいないよ」
その発言からしてすでに嘘だと思うし、向こうの構成員がさっき「ぼったくりはする」と言っていたけどな。
だがまあその辺はいいだろう。
「これだけ正面切って難癖付けられたんじゃ、今後の僕らの活動に支障が出るよ。お客さんが減ったら困っちゃうからね。
だから、決着をつけようよ」
と、ルフルは虹羽族の少女から、白黒まだらの卵を受け取る。
「これ、あと一ヵ月から二ヵ月くらいで孵るんだ。これを君に預ける」
そして私に差し出した。
「もし犬が孵ったら、僕らが次に来た時に卵代として物を出してもらう。もし犬が孵らなかったらタダであげるし、孵ったものがいらないなら僕らが引き取ろう。
どうかな? わかりやすい賭けだろう? ――インチキもできないし」
あ、ルフルは最初から聞いていたみたいだな。
「……面白そうだとは思うが、卵代は高いんだろう?」
本当に犬が孵るのかどうか。
これが本当に犬の卵なのかどうか。
孵化予想日は、冬の真っただ中だ。
白蛇族の冬の間はあまりすることがないという話だし、こういう楽しみがあってもいいかもしれない。
「生き物の価値は人それぞれだからね。犬を家族と思うかただの犬と思うかで、卵代が高いかどうか決まるよね」
……なるほど、遠回しに少しぼったくるって言っているな。
「いいだろう」
と、気前よく返事をしたのは頼もしい嫁だった。アーレもいつの間にか近くにいたようだ。
「犬なら役に立つからな。いてもいいだろう。ただカテナ様に怯えて逃げるかもしれんが……」
「カテナ様に?」
「ああ。カテナ様がいるから家畜が集落内に入らないんだ。カテナ様が怖いらしい。犬や猫も、鳥も、弱い獣もな」
そうなんだ。
でも怖い家畜たちは時々入って来るが。私に会いに来るんだが。……彼らは私よりカテナ様との付き合いが長いから、多少慣れもあるのかな。
「犬が孵るなら普通に交換してもいいが、今回は賭けとして預かろう」
家長が決めたなら、私は従うだけだ。
ルフルが差し出していた卵を、私はようやく受け取った。
……温かい。卵の殻は殻として硬いが、中のものの体温が伝わってくる。
一瞬「産まれない」とか「そもそも卵じゃない」というインチキで売り出し、「温め方が悪かったから」だの「孵らない環境に置いていたから」というオチで交換材料だけ騙し取る手口かと思ったが。
犬かどうかはわからないが、この卵の中には、命が宿っていると思う。
……犬じゃなくてもいいから、可愛いペットが生まれてほしい。




