表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/252

66.婆様の名は





 婆様。


 白蛇(エ・ラジャ)族の集落にやってきて、何に一番驚いたかと言われれば、彼女である。


 思えば、こちら(・・・)に来る前に私が漠然と思い描いていた、もっとも想像通りに蛮族らしい人だった。

 いや、私の思い描く蛮族感を余裕で上回る衝撃だった。


 トレードマークにしては行き過ぎな動物の頭蓋骨をかぶり、何の意味があるのか烏のような黒い羽を付けたケープをまとい、これまた何かの動物の頭蓋骨を持ち手につけた杖をついて歩く、現白蛇(エ・ラジャ)族の最年長の老婆。

 確か四十四歳と聞いていたが、夏の始めに四十五歳になっていた。


 この白蛇(エ・ラジャ)族の集落に来て半年。

 当初の予定に添って、女族長アーレと結婚した今、繰り上がるようにして私が一番気になる人物になった。


 少し前までは、アーレとの結婚がもっとも気になっていた。

 だがそれが解消された今、次点に存在していた彼女の存在が上がってきた。


 そもそも、私は婆様の名前さえ知らないのである。

 職業も怪しいところがある。

 祈祷もするし、調剤もするし、医師のようなこともしている。祭事の際は人前に出て仕切るし、色々と兼ねすぎていていまいち役割がわからない。


 先日晴れて私は白蛇(エ・ラジャ)族の一員となり、婆様にも名前で呼ばれるようになった。

 今の私なら、多少は打ち解けて話せると思う。


 色々と気になる噂も聞いているので、その辺の話も聞きたい。


 聞きたい、が……





「――ふう、やれやれ。どっこいしょ」


 ナナカナと一緒にずしりとのしかかる背嚢を背負い、婆様とともに家に戻ってきた。


 婆様は私たちに預けた荷物そっちのけで、さっさと家……アーレの住む本家に上がり込むと、囲炉裏の傍に腰を下ろした。

 日中はまだ温かいが、夜はもう火を入れている。それを見越しての場所取りだろう。


「わしはちょっと一休みするよ。ナナカナ、茶をくれ」


「うん」


 婆様の対応はナナカナに任せて、私は彼女の荷物を空き家に運び込んでおく。荷解きは……まあ、自分でやるだろう。

 薬草や粉薬といった扱いが難しいものもありそうなので、下手に触れない方がいいだろう。


「おーいレインー」


 あ、なんか呼んでる。


「昼は土塊魚(グレ・ラー)にしとくれー」


 ……余所者対応しか知らなかった私からすると、結構な驚きである。婆様って本来はああいうタイプなんだな。


 とりあえず、ナマズ自体は養殖池にいるので調達はできる。

 だが砂を吐かせる時間が必要なのなので、今すぐ出すのは無理である。


 早速ごろりと横になっていた婆様に、その旨を伝えた。





 朝から働く私とナナカナを尻目に、婆様はうつらうつらと昼寝をしていて。

 彼女が起きたのは昼食時だった。


「毎年この時期が一番楽じゃ。今年は冬も楽ができそうじゃしなぁ」


 はあ、そうですか。

 まあ普段から医師として忙しいみたいだし、たまには骨休めも必要なんだろう。


「それにしてもおまえの作る飯はうまいな。アーレとナナカナが羨ましいわい」


 はあ、それはどうも。


 ――それよりだ。


 ようやく話ができるタイミングが来たと思う。

 色々気になっていることを聞いてみよう。


「婆様って、名前はなんていうんだ?」


「あ? 知らんのか?」


 ご機嫌な様子でシチューもどきとローストビーフもどきを交互に楽しみつつ、少々の酒を嗜んでいた婆様が、一転して不機嫌そうになった。


「あ、婆様。私も知らない」


「はあ?」


 ナナカナがそんなことを言ったのには、婆様と一緒に私も驚いた。


「だって私が物心ついた頃から、婆様は婆様って呼ばれてたから。割と最近までババサマって名前だと思ってた」


「はあ、そうかい……わしはネフィートトという名じゃ。ネフィ様と呼んでいいぞ」


「婆様の方がいいかな」


「そうだね。婆様の方がもう慣れてるしね」


 婆様改めネフィートトからのやはり婆様で落ち着き、次の質問に入る。


「その頭蓋骨はなんの意味があるんだ?」


「これか?」


 こつこつ、と指先で頭にかぶっているソレを差す。


「そういえば、いつだったかナナカナには聞かれたことがあるのう」


「うん。聞いたことある」


 どうやらナナカナはすでに質問したことがあるらしい。


「それまでは婆様は装飾の趣味が悪いと思ってた」


 ファッションセンスか。……ファッションでやっているなら確かにちょっと、なんだ、アレだとは思うが。


「――これは古くから伝わる夢見狼(アー・サラ・ロー)の頭蓋骨と言われておる」


 婆様は木製スプーンを置いて、かぶっていた頭蓋骨を取った。


 ……こうして見ると、本当に普通の、黒髪が美しい女性なんだよな。若い頃は相当な美人だったのだろうと思わせる、初老の女性だ。


「わしが子供の頃に年寄りだったババアの、先代か先々代か、それとももっと前か……とにかく数えきれない祈祷師(オーブ・ル)の手を渡ってきた古い物じゃ。実際は何の骨なのかはわからんが――」


 彼女は私を見る。

 底の見えない不思議な輝きの黒い双眸が、私を見据える。


「わしもおまえに聞きたいことがあった。――おまえ、魔道に通じておるじゃろう?」


 ん? ああ……うん。


「近いけど、正確にはちょっと違うんだ」


 私は魔法は使えない。魔法に精通しているわけでもない。

 ただ、指先に聖女の力が宿っているだけだ。


 そして、いつの段階かは知らないが、婆様はそれを感じ取っていたようだ。


「そうか? まあ良い――これはな、魔道に通じる者がかぶると、聞こえない声が聞こえるようになるんじゃ」


 …………


「風の声だったり、御霊の声だったり、地霊の声だったり。もしかしたらそれ以外の何かでもあるかもしれん。

 白蛇(エ・ラジャ)族に伝わる祈祷は、それらの声を聞いて、それに対応することで成り立っておる。


 おまえがこの集落に来た時も、声は聞こえたぞ。敵に非ず、白蛇(エ・ラジャ)族の益になる、とな」


 ……へえ。

 嘘みたいな、というか、正直眉唾物の話でしかないが……


 聞こえない声が聞こえる、か。

 つまりそういう魔道具、という考え方でいいのだろうか。


 不思議な話だが、嘘だの狂言だのとも、ちょっと言い難いところがある。

 そうじゃなければ、ここまで信頼を得る人物にはなっていないだろうから。


「おまえもかぶってみるか? おまえならきっと何かが聞こえるぞ」


「気になるけど、今はいいかな」


 それより気になることがある。

 というか、婆様に関しては一番気になっていたことだ。





「婆様。若い頃は、霊海の森の向こう(・・・)で暮らしていたって本当か?」


 森の向こう(・・・)

 ここから見た、向こう側(・・・・)


 つまり、私が住んでいた地である。


「で……なんか大恋愛をして帰ってきたとかなんとか聞いたんだが」


 本人が何度も何度も話しているだけに、それっぽい話は色々聞いたが。


 でも、誰に聞いても、多少内容が違ったりうろ覚えだったりで、はっきりしなかったんだよな。


 だったらこの際、本人に聞くのが早いだろう。


 それに――もし婆様が暮らしていた場所がフロンサードなら、あながち無関係でもないかもしれないのだ。


 大雑把に聞いた時から、この話はずっと気になっていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 婆さまかわいい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ