64.冬に備えて
「――レイン!」
お、おう……
畑の様子を見ていたら、帰ってきたアーレが獲物を狙うように走り寄ってきた。
勢いのまま飛びついてきた彼女を受け止める。
慣れたわけではないが、アーレから血の臭いがすると、少し安心する。
今日もしっかり狩りをしてきたんだな、と。
そして無事に帰ってきたんだな、と。
毎日命懸けの狩りに送り出す者としては、結婚して思いが強くなった分だけ、心配も増したなと、改めて思う。
これもまた早く慣れないとな。
……アーレも、早く慣れてくれるといいんだがな。
「お帰り。すぐ足を拭くから先に行ってくれ」
「わかった! 早く来いよ!」
アーレは最後にぐっと、私の肋骨が悲鳴を上げるほど強く抱きしめると、家の方へ向かった。もう少し身体を鍛えた方がいいかもしれない。
「……ん?」
悲鳴を上げたあばらを摩りながらそんなことを考えていると、第二波が来た。
「――おいレイン!」
お、おお……
今度は、タタララを筆頭にした女性の戦士一団である。五、六人の女性たちが獲物を追い詰めるかのように走り寄ってきて私を囲む。
何事かと身構えるが……彼女たちに敵意はなさそうだ。
ただ、全員の顔が赤いが。真っ赤だが。
「おまえ! レイン!」
「おまえはアーレに何をしている!」
エキバとカーラが詰め寄ってくるが、……そもそもなんの話だかわからないんだが。
なんとも答えようがないので、少し離れたところにいるタタララを見る。
彼女も顔が赤いが。
そして、目を逸らされたが。
どうにも口出しする気配がないので、自分でどうにかするしかないようだ。
「何の話だ? 私がアーレに何をしたんだ?」
ストレートに問い返すと……彼女たちは互いを見合ったり、目を逸らしたり、距離を取ったりと、妙な反応をする。
詰め寄ってきた勢いからすると、意外でしかない反応だ。
というか……彼女たちが何かに遠慮し尻込みする反応を見るのは、初めてだ。
夏、毎晩のように集まって酒を呑み散らかしていた彼女たちを知っている私からすれば、見たことがない顔である。
「――誰か聞けよ」
「――おまえが聞け」
「――あんなしれっとした顔してあんな……」
なんかじりじりと距離を空けながら言い合って押し付け合っているが、最終的には突き出された形でシキララが私の前に立った。
「なんだよ。私全然興味ないのに」
そうだね。彼女は無類のキノコ好きで、キノコ以外への興味はあんまりないという印象があるね。
「アーレから聞いたんだけど、レインは夜のアレが異常らしいよ」
「は?」
「なんか聞いたことないやつばっかするんでしょ? アーレが身体がもたないって――」
「――もういいやめろ! そこまでだ!」
タタララが吠えた。胸を押さえながら。
「散れ! 帰れ! これ以上深堀りしたら私はレインとアーレの顔が見れなくなる! 帰れ!」
…………
うん、なんというか、うっすら何の話なのかはわかったな。
……一通りはしたけど、そこまで特殊なことはしてないと思うんだけどな……これも文化の違いなんだろうか。
「そんなに変だった?」
どうやらタタララは今朝言った通り、アーレから夜のアレコレを聞き出したようだが。
「うるさい! これ以上は私が死ぬぞ!?」
死ぬ?
……よくわからないが、下手に触れたら殴られそうだ。
そんな一悶着があったが、表向きは日常に戻っただろうか。
そわそわしているアーレと、頑なに目を合わせないが気が付けば私かアーレを見ているタタララと、そんな彼女たちを興味深そうに見ているナナカナと。
私以外落ち着きがない四人で夕食を取り、「そうだ」とナナカナが声を上げる。
「レインは冬越えの準備について、まだ聞いてないよね?」
「そうだな」
こぼれ話のような噂はいくつか聞いているが、ちゃんとは聞いていない。
「一応、言われるままに資源を集めたり食料を貯めたりはしているが、それ以外にもあるんだよな?」
と、私はアーレを見る。
すると彼女は、久しぶりに族長らしい引き締まった顔を見せてくれた。
「冬越えの準備か。今年からは我が正式に族長になったから、特別にやることも増えるな」
なるほど。
従来の冬越えに加えて族長としての仕事が増えるのか。
となると、私も族長の嫁としての仕事もあるんだろうな。
「レイン、明日婆様に会いに行き、『世話はどうするか』と聞け」
「世話?」
「婆様は高齢だ。白蛇族の冬は、若い者もつらい。婆様くらいになると生活も儘ならなくなる。
冬の間、他の年寄りたちの様子も見に行くが、婆様は一人で暮らしているからな。そういう年寄りは族長が面倒を見る決まりになっている」
ああ、そういうことか。
「冬の間、婆様はここで過ごすのか」
「婆様が望めば、な」
そうか。じゃあ婆様に声を掛けないとな。
「それと食料や燃える物は、多めに蓄える必要がある。もし足りない家があったら族長が出すんだ。ちゃんと前もって用意しておけば大丈夫だろう。……まあ、一昨年は大変だったが」
一昨年?
あ、一昨年か。
「そういえば、三人で森を越えて食料を調達に行ったんだよな?」
「そうだ。おまえも知っている通り、誰が族長を継ぐか継がないかで揉めてな、秋の準備がちゃんとできなかったんだ。
……冬に遠出したのは初めてだったが、あれは本当に厳しかった。身体が凍えて満足に動けないし、下手に休憩を取ろうものなら動けなくなりそうだった。
もし森の中で魔獣と遭遇したら、我かタタララかナナカナか……誰かは死んでいたかもしれん」
深刻な顔で語るアーレは、二度としたくないと言わんばかりである。
「まあとにかく、森を越えた人間の集落で、食料を調達したんだ。その帰りにおまえの姉のサンティオを助けて、縁ができた」
そして私がここにいて今に繋がる、と。
「……あの危険な行動がなければ、我とレインは出会わなかったのか……そう考えると、縁というのは不思議だな」
「そうだな」
二年前、アーレたちが姉サンティオを助けた段階では、私だって霊海の森を越えた地に婿入りするなんて、夢にも思っていなかった。
「レイン……」
「アーレ……」
「――そういうのは私が帰ってからしろ! 子供もいるんだぞ!」
おっと、見詰め合うのはまだ早かったか。
「私は見たいけど」
「ダメだ! 子供がこんなふしだらな奴らは見るな!」
ふしだらって。……まあ、ふしだらかもな。あまり否定できないかもしれない。
「まだ話すことがあるだろう。さっさと話せ」
「ああ、そうだな」
タタララのもっともな言葉に少し不機嫌そうに頷き、アーレは話を戻す。
「レイン、おまえは病気も治せるか?」
「いや……多少の処置ができる程度かな。あまり期待しないでくれ」
私の指先のことは、アーレと二人きりの時に彼女だけに話そうと思っている。
アーレが認めるなら広めればいいし、そうじゃないなら秘匿すればいい。下手をすると揉め事の原因になるので、それこそ族長の決定に従うつもりだ。手紙の件も同様だ。
だから、今は言えない。
……言ったところで、返事も変わらないしな。私の指先の治療効果は気休め程度だし。
「これから寒くなる。そうなると、子供が体調を崩しやすくなる。おまえの力を当てにしていいか?」
「それは……できることならやるが」
子供の病か……
正直私には荷が重いが、やらないという選択はできない。
気休め程度になるが、全力で治療に当たろうと思う。
「婆様も薬草を貯めているはずだから、相談して対応してくれ」
「わかった」
不安だが、少しでも役に立てればいいな。




