62.冬の訪れ
紅葉が散り、吐く息が白くなりました。
日に日に寒さが増していく昨今、いかがお過ごしでしょうか? フロンサードに変わりはありませんか?
私は今、森を越えた蛮族の地にいます。
春、予定通りに白蛇族の使者と出会い、彼らの集落へ向かいました。
私の護衛として同行した騎士から、そこまでは聞いているかと思います。
実は、婿を要望した族長の女性は、私を迎えに来た使者の一人でした。
名はアーレ。
色白で、仄かに朱色を混ぜた白髪の、とても可愛らしい年下の少女でした。
なお、十歳になる子がいました。
驚きました。
養子だそうです。
私も十七歳にして、十歳の子持ちとなりました。
そんなアーレたち使者の案内で、霊海の森に入り、約二週間を掛けて踏破。向こう側へと至りました。
特筆すべきことでもありませんが、あの森は大変危険です。もし白蛇族の案内がなければ、越えることはできませんでした。
白蛇族の集落は思ったよりも文化的で、フロンサード王国領内の片隅の小さな村くらいの、贅沢を望まなければそこまで不自由しない生活を送っていました。
半年を掛けて職業訓練をした賜物で、私はなんとか白蛇族の一員として、そこで生活を始めました。
語りたいことはたくさんあります。
私が白蛇族の生活に馴染めるかどうか、半年の猶予を賜ったり。
神の使いと言われる白い蛇がいたり。
集落の族長争いから、男性と女性で対立関係が起こっていたり。
巨大なドラゴンと戦ったり。
他にも、白蛇族以外の部族がいたり、男も女も下着姿同然の格好で活動したり、そうそう、家畜がどう見ても普通じゃないというのもありました。
詳しく書きたい所ではありますが、紙面の限界を考えると、とても語り尽くせません。
いずれ、もしかしたら、再会する機会があるかもしれません。
募る話はその時にでも。
この秋、アーレと結婚しました。
彼女は正式に族長となり、割れていた集落をまとめる立場となりました。
結婚後の生活が落ち着き、アーレに許可を貰い、この手紙をしたためています。
この手紙が、霊海の森を越えられるかどうかはわかりませんが、あなたの手元に届くことを祈っています。
親愛なるフレートゲルトへ あなたの親友より
追伸
手紙はあなただけに送りました。
誰かに伝えるも伝えないもあなたが判断してください。
「届くかな……?」
距離は、問題ない。
一ヵ月以上も旅をしなければならない、海を越えた先の国でさえ、手紙は届けられる。
フロンサードの王族のみに伝わる、秘伝の魔法だ。
座標さえ知っていれば、その場所に手紙を飛ばすことができる。
私の場合は、座標は親友にして護衛だった、フレートゲルトが受取人となる。
そして彼も、私にだけは手紙を送る許可が下りている。
フレートゲルトとは、半年前に王城で別れた切りである。
結婚したら手紙を書くと約束をしていて、ようやくその約束が果たされる。
無事に届けば、だが。
色々な理由と防犯の都合上、よほどの緊急事態じゃない限り、直接王城に送ることは禁止されている。
吐く息が白くなる冬空の下で、指先で封筒に印を描き、魔法を掛ける。
宛先と座標を記し、宙に放り投げる。
と――封筒は白い小鳥に変化し、東の森へと飛んでいった。
謎の生物や、生物じゃないものも多い霊海の森だけに、越えられるかどうかは賭けである。
冬である。
結婚して一ヵ月経たない内に、すっかり寒くなった。
白蛇族は寒さに弱い、とは聞いている。
戦士たちは狩りには出ないし、女性たちは最低限のことしかしない。
というか、ほとんど寝ているような状態である。
火を入れた囲炉裏端でゴロゴロし、よく転寝をしているのだ。聞けばうちだけの話ではなく、よその家でも似たようなものなのだとか。
冬眠、という言葉が脳裏を過ぎる。
常人離れした運能力と自然治癒力を持つ、白蛇の特徴を持つ人たち。
冬に弱い、寒さに弱いというのは、その代償なのかもしれない。
きっと私が思うより、ずっと弱いのだと思う。
――こういう時こそ、私が動かねばならないのだろう。
「よし」
今日も一日の始まりだ。
まず、水汲みに行こう。
「――レインー。おーい。婿殿ー。むこどのー。おーい」
おっと。嫁が呼んでいる。
「どうした?」
と、私は今出てきたばかりの家に顔を見せる。
そこには、ゴロゴロして眠そうな顔をしているアーレの姿がある。
声にも顔にも態度にも覇気がない。
戦士でも族長でもない、ただの眠そうな女性の姿がそこにあるだけだ。
「傍にいろー。寒いだろー」
うん。
いたいのは山々だけど、やることはやらないと。
……ただでさえ、少々自堕落な生活になっているから。
新婚生活って怖いな。
だらだらしていちゃいちゃしているだけで、半日が終わっていることがある。
白蛇族では、秋に結婚する夫婦が多いというのは、非常に理解しやすい逸話である。
そして白蛇族の冬は、寒さに弱い彼らはほとんど外に出ないだけに、どこもこんな過ごし方をするのだとか。
「おーい。嫁が呼んでるんだぞー。今すぐ抱き締めろー」
…………
冬の白蛇族は、非常に自堕落である。
しかし私も今や白蛇族。しかも族長の入り婿だ。
その誘惑には抗いがたいものがある。
「すぐ戻る! すぐ戻るから待っていてくれ!」
さっさと水を汲んできて、朝食を食べて、今日も自堕落に過ごしたい。
冬は、命懸けで戦い生き残った白蛇族の、つかの間の休息なのである。
冬が終われば、また危険な狩猟を毎日繰り返すような生活がやってくる。
毎日怪我をして、血に染まりながら集落を守るのだ。
だからこそ、休む時は休む。
きっとそれでいいのだ。
たらいを持って、人の出歩かないがらがらの集落を歩く。
早く嫁の傍に戻りたいと、早足になりながら。
第一部完、みたいな感じです。
ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。
もう少しだけ書きたいことがあるので、もうちょっとだけ続きます。
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