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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
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58.秋の夜に





「――アーレ!?」


「――おまえ! 何しにきやがった!」


「――なめんじゃねえぞ小娘が!」


 向こう(・・・)の集落は揉めていると聞いた。


 実際に広場近くにある多目的家屋に顔を出してみれば、族長を決める再戦に続きジータに殴り飛ばされた、多くの男の戦士たちが療養中であった。


 その数、二十名以上。

 ずっと酒を呑み、くだを巻いて愚痴を言って腐っている、女を族長とは認めないと頑なに意思を固めている者たちだ。


 もう何度もジータとの「話し合い」という名の「ケンカ」で負けている連中だが、気の強い戦士たちの心は、まだまだ折れていない。

 ちょうど半分くらいは説得(・・)に応じたようだが、残りの半分はこの通りである。


 怪我をしていようが骨折でまともに動けない状況であろうが、アーレが顔を出せばまた血気盛んに騒ぎ出す。


「静まれ!」


 そんな男たちを、アーレと一緒にやってきたタタララが一喝した。


「新たな族長であるアーレが話す! 黙って聞け!」


「ふざけ――がっ」


 なおも吠える男に、タタララは思いっきり蹴りを入れた。


「馬鹿なのは知っているが、子供でもできることくらいやれ! もう一度言う、黙って聞け!」


 その後何人か殴られたり蹴られたりして、ようやく場が静まった。


 堂々と、その場で何もしないで冷ややかに眺めながら待っていた――悔しいが族長らしい貫禄さえ感じさせる小娘が、満を持して口を開く。


「族長の儀式と、番の儀式を同時にやる。協力しろ」

 

「「……」」


 男たちは何も言わないが、憎らしげな表情や態度からして、了承はしていない。


「もういいだろう? 若い連中が番になりたいと二年も待っている。我を族長と認め、白蛇(エ・ラジャ)族を正常な形に戻したいんだ」


「――おまえが族長にならなければ問題ない」


「――そうだ! なんで女が族長になるんだ!」


 いよいよ殺気立って動こうとするタタララを手で制し、アーレはなおも静かに語り掛ける。


「我が強いからだ。集落で最も強いからだ。男だの女だの関係あるか? ――ああ待て」


 感情任せに叫ぼうとする男たちに待ったを掛け、更に続けた。


「イミナ、クロオ」


 アーレは、古参にあたる戦士イミナとクロオの名を呼ぶ。頭の固い昔気質な三十六歳と三十七歳、そろそろ引退の時期だ。


「おまえたちの息子と娘が番になりたがっている」


「だからなんだ」


 クロオは毒づくが、イミナは少し驚いている。


「おまえたちが習わしを無視しているせいで番になれないんだよ。自分の意地ばかりじゃなくて周りの者のことも考えてやれ」


 静かだが、心に響く言葉だった。

 力尽くで場を支配したタタララとは違い、アーレの言葉は上に立つ者のそれである。


 皆、生まれたてのアーレを知っている者たちだ。

 この前まで新入りの戦士だと思っていたし、まだまだ未熟な若造の一人だと思っていた小娘である。

 

 それが今や、族長としての貫禄と余裕と重みを帯びて、目の前に立っている。


「年寄りが若い者の邪魔をして何が楽しい? 酒を抜いて冷静に考えろ。

 我は力は示したぞ。ジータも毎日そうしているはずだ。


 我らは筋は通した。

 どちらが難癖を付け、子供のように我儘を言っているのか、考えろ。


 どうしても気に入らんなら、何度でも我に立ち向かってこい。我に勝てば族長の座を譲ってやる。

 だがここで腐って戦士の務めも白蛇(エ・ラジャ)族の一員としての務めも果たさないのは、もうやめろ。無駄飯ぐらいに食わす飯も酒もない」


 言いたいことは言った。

 アーレはそれ以上は何も言わず、その場を後にした。





「――アーレ」


 多目的家屋を出たところで、ジータが待っていた。


 連日の説得(・・)のせいで、彼は誰よりも満身創痍である。数日前のアーレよりひどいかもしれない。

 しかし、その表情は、今日もまた説得(・・)に来たことを物語っている。


 今話した連中と同じく、戦士の心を折るのは難しいということだ。


「すまんジータ。少し事情が変わって、口を出しに来た」


「ああ、聞いてたよ」


 と、ジータの視線がアーレの顔から下に行く。


「……諦めた気にはなってんだけど、実際見ると結構来るな」


 ジータの視線は噂で聞いた青い指輪で止まり、溜息をつく。


「おまえ本当にレインと番になるんだな」


「ああ。……すまんな、ジータ。我はおまえではダメだった」


「わかってる。もうわかってる。俺が馬鹿だったからおまえをたくさん傷つけた。おまえは謝るな、謝るのは俺だ。

 おまえの気持ちが一つもわかんなくてごめんな。きっと俺と番になってもおまえを幸せにはできなかっただろうぜ」


 正真正銘生まれた頃からの付き合いである。

 そんな長い付き合いなのに、ジータは見たことがない顔で語る。


 少し寂しそうで、後悔を滲ませ、でも笑っている。


「レインに幸せにしてもらえ」


「ああ」


「あとレインを泣かせるなよ。おまえの方が強いんだから」


「……ああ、気を付ける」


 一瞬「逆じゃないか? 男が女を泣かせるんじゃないか?」と思ったアーレだが、しかし、確かに自分の方がレインティエを泣かせる機会が多そうな気がすると納得してしまった。


 まあ、若干納得が行かない気持ちもあるが。


「ジータ。実はな――」


 アーレは、族長就任の儀式と己の番の儀式と、ほかにも七組の番の儀式も同時にやる予定を立てたことを伝える。


「だから戦士たちの協力が必要なんだ」


 一組二組なら、あるいは族長就任の儀式だけなら、準備は女たちだけでもなんとかなるだろう。

 しかし、予想外に行事が重なってしまったので、本当に集落中の皆の協力が必要になった。


 特に男の戦士の協力は、集落分断問題解決の区切りとしても必要だと、アーレは考えている。


 族長就任も、番の儀式も、本来は集落全員で祝う大掛かりなものだ。

 いろんな問題の決着をつけるいい機会だと考え、こうして後押ししに来たのだ。


 ジータを信じていないわけではなかったが、少々事情が変わったのだ。


「そりゃ大変だな。予定日は……冬になる直前か?」


「できればもっと早くして、冬越えの準備に使う時間も欲しい」


「そうだな……わかった。野郎どもは俺に任せろ」


「元よりそのつもりだ。頼む」





 アーレが動いたのが効いたのか、ジータの説得がうまくいったのか。

 かつてないほど大掛かりな儀式の準備に参加する男の戦士は、日を追うごとに、少しずつ増えていった。


 番になり、一人前として羽ばたこうとする家族のため。

 アーレの族長らしい振る舞いに納得したため。

 アーレの婿となるレインティエに借りがあるため。

 酒を止められてやることがなくなったため。


 戦士たちはいろんな理由で動き出したが、誰も動機までは求めない。

 儀式の宴に使う獲物を狩ったり、果物や植物を集めたりと、やるべきことは山ほどあった。もちろん冬越えの準備もしなければならない。


 それこそ、酒を呑んで愚痴を言っているばかりなどという過ごし方など誰も認めない。

 それほどまでに毎日が忙しく、慌ただしく過ぎていった。





 そんな中。

 何かと用事を作り、夜はタタララの家に泊まり込むアーレも、番の儀式の準備をしていた。


「……」


 首から下げた青い指輪を弄びながら、考える。


「なあタタララ」


「なんだ?」


 器用に儀式用の草冠を編んでいるタタララは、視線も向けずに返事をする。


「その……やはり、我の瞳の色を入れたいんだが」


「金色か?」


「ああ」


 アーレが所持していた、もっとも貴重な素材……災刃竜(ラエ・グ・ドロ)の刃角の一本を削りに削って研磨し、見事な包丁ができた。


 これほどの一本は早々お目に掛かることはできない。

 というか、災刃竜(ラエ・グ・ドロ)の角を包丁するという者は、普通いない。


 ――白蛇(エ・ラジャ)族の番の儀式では、婿と嫁は短刀を交換する。


 白蛇(エ・ラジャ)族の男はだいたい戦士になるので、妻は戦士に獲物の解体用の刃物を渡す。

 そして男は、台所で使う包丁を嫁に渡すのだ。


 アーレもちゃんと準備はしていた。

 ここ数日で追い込みを掛けて、仕上げたところである。


 黒に近い灰色の刃で、硬いしよく切れるし頑丈だし脂汚れが付きづらい。

 料理が得意なレインティエなら使いこなしてくれるだろう。


 あとは柄を付ければ完成だが――


「いつだったか、森で拾った金貨があっただろう? あれを使えば多少の色付けくらいはなんとかならないか?」


「それだ。キリバに相談してみる」


 集落の道具類には、あまり金属は使われない。だが一応金属を扱う鍛冶師もいるのである。

 




 そうして、正常に戻りつつある白蛇(エ・ラジャ)族の秋は、あっという間に過ぎていく。





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― 新着の感想 ―
[一言] アーレは、族長就任の儀式と己の番の儀式と、ほかにも七組の番の儀式も同時にやる予定を立てたことを伝える。 自分の儀式のほかは六組では?
[一言] アーレも贈り物に瞳の色を入れたくなったんですね……! こういうところにキュンときます ほんと素敵なカップルだなあ
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