57.新族長の初仕事
「治った」
大事を取って三日。
身体が鈍るような三日を経て、傷を癒したアーレは戦士に復帰した。
自分でも不思議なほど治りが早かった。
骨折なんて二日で治ったくらいだが、念のためにもう一日だけ休息を取った。文字通りの意味で骨休めのために。
「まだ早いと思うけど、治ったなら仕方ない」
三晩付きっきりで看病したレインティエは、もう少し休んでほしいとは思ったが、止めなかった。
秋は忙しい。
そうじゃなくとも、番の儀式の準備が始まっているので、のんびりしている暇はない。
二人は、怪我人を収容する家となっていた空き家から出た。
アーレは大きく伸びをし、大きく息を吸い、吐く。
身体の調子を確かめるように屈伸したり、腰を捻ったり、腕を振ったりと、軽く動き回り――震えた。
「少し寒いな」
「そうだな。秋めいてきたな」
まだ陽が昇って間もない早朝だ。
夏の気配はもう感じられないが、日中はまだ暑くなる。
だが、夜から明け方に掛けては、だいぶ気温が下がるようになった。
「……ん?」
ぴたっとレインティエの腕にくっついてきたアーレは顔を背ける。
「急に離れたから寒いんだ」
まあ、家の中では少々距離感は近かったが。
「アーレ……」
「レイン……」
見詰め合う。
この三日間の看病で、二人の距離は心も身体も随分近づいた。
近づいたのだが。
「――アーレ! 余所者!」
何者かの声がして、アーレはぴょいっとレインティエから離れた。
二人の距離は心も身体も近づいたが、誰かに見られるのは恥ずかしい。
少なくともアーレは。
今まで異性だ恋人だにまったく興味を持たず、それらに対する態度など一切見せずに来ただけに、人一倍羞恥心が強く出ている。
いずれ慣れていくとは思うが、まだまだ素直になれない状態である。
――さておき。
なんだかよさけな雰囲気を壊してくれた邪魔者は誰だ、と鋭い視線を向ければ――魔獣の頭蓋骨を被った怪しい者が、杖をつきながらこちらに歩いてくる。
婆様である。
「おお、婆様。久しぶりだな」
アーレの態度が軟化する。婆様に邪魔されたのならまだ我慢できる。
今は、特に。
「余所者から聞いたぞ。いよいよ番の儀式をやるそうじゃな」
「ああ。準備を頼むぞ、婆様」
「それはいいんじゃが……おう、それが余所者に貰ったという噂の指輪か」
戦士は指輪をしない。
レインティエから貰った結婚指輪は、革紐を通して、白鱗に覆われたアーレの首から下げている。
「う……うん。噂になっているのか?」
なかなか見ることのない、目が覚めるような青一色の綺麗に整った輪っかの石。
光を受けてきらめくそれは、遠目でもそれなりに目立つ。
「おまえと余所者の結婚は、皆が待っていたことじゃからな。いよいよ話が進んだと話題になっておる」
珍しく照れている――年相応の女の顔をしているアーレを、婆様は面白そうに観察している。
「おい余所者。おまえを余所者と呼ぶのももうすぐ終わりそうじゃな」
「ああ。婆様には心配を掛けたかな?」
「おう、心配していたとも。さっさとくっつけばいいものをぐずぐずしおって。白蛇族になったらこき使ってやるからな」
「……」
知らない間に、レインティエと婆様が妙に親しげになっているのがアーレは少々気になった。あとで問い詰めてやろうと思った。
「でな、ちょっと相談があってきたんじゃ」
「あ、ああ。相談か。わかった。飯でも食いながら話そう」
「いや、すぐ済むからここでいい。――アーレ、おまえの族長の儀式も一緒にやろうと思っておる」
「ほう?」
アーレの表情から、若い甘さと酸っぱさが消え失せた。
「番の儀式と族長の儀式を同時にやるのか?」
「その方がいいと思う。正式な族長の不在は二年も続いた。皆、二年も待っておるんじゃ。一日でも早い方が良いじゃろう。族長のやるべき仕事も溜まっておるしな。
別々にやると準備も時間も使ってしまうじゃろう。秋は蓄えを作る大事な季節、行事ばかりはできんじゃろ?」
「わかった。できるならそうしてくれ――ああ、向こうの集落はどうなっている?」
「ここ数日ずっと揉めておるようじゃが、じきにジータがまとめるじゃろ。あいつにはカラカロも付いておるしの」
「そうか」
「また殴り込むか?」
「いいや。ジータに任せる。あいつならやると言ったらやるだろう」
そんな話をして、婆様は帰って行った。
――族長就任の儀式と、自身の結婚の儀式。
二つを同時にやるというのは、前例のない事態である。
しかし現状を考えると、どちらも早い方がいい。
正式に族長を据えるのは、集落の安定に繋がる。
今で言えば、男女で割れている関係の改善になるはずだ。
もう一つの番の儀式は、この時期がもっとも良いからである。
秋に番となり、冬を過ごし、春には出産する。
それが白蛇族の結婚と出産の一般的なタイミングである。
寒さに弱い白蛇族は、どうせ冬は滅多に外に出ることはない。だからその間に、屋内でできることをするのである。
子作りは冬の間にするべき、最たるものである。
春から秋の始めまでは戦士が忙しく、戦士以外は戦士を支えるので忙しい。だからこのタイミングが多いのだ。
「私は朝食の準備をするから、アーレはタタララを起こして今日の予定を立てるといい」
「ああ。――いや待て」
行こうとするレインティエを呼び止める。
「おまえと婆様、いつの間に仲良くなったんだ?」
「え? たぶん夏だと思うが。一緒に怪我人の治療をしていたから、接する時間が長くなった」
「……そうか。ならいい」
思ったよりしっかりした理由が出てきたので、アーレはそこで追及をやめた。
――さすがに婆様との関係を疑い嫉妬するのは行きすぎだな、と思いながら。
――そして、自分にもそんな風に思う心があることを自覚し、自分でも驚き戸惑っていた。
これまでは水面下での話だったが、アーレが復帰したところから、白蛇族は大きく動き出した。
余所者であるレインティエが、アーレの番になるという具体的な情報が出回るようになり、俄かに慌ただしくなった。
それと同時に、アーレの族長就任の話も現実味を帯びてきて、事実確認をしに来る者がちらほら現れた。
そして――これは誰もが予想していなかったことだった。
「アーレ。私たちも番になりたいの」
「おまえが次の族長なんだろ? こいつと番になりたいから許しをくれ」
「今年の大狩猟でやってきた青猫族の男と番になりたいんだけど」
どうやら集落が割れている間にも、好きな者同士はこっそりと親交を持ち愛を育んでいたようだ。
事が動き出すと同時に、多くの者がアーレの下を訪ね、番になる許可を得ようとした。
その数、なんと六組。
番の儀式は、集落を上げて行われる大きな行事である。
祝いの席は豪勢で、集落中でご馳走を用意し、大いに盛り上がり祝福する。
問題は数だ。
六組は、明らかに数が多い。
初婚の男女のみに適用されるだけに、毎年一組か二組、多くて三組くらいである。
しかし、今回はアーレの族長就任もあるし、自身の結婚もある。
単純に考えて、番の儀式だけでも七組いることになる。
二年間の正式な族長不在が招いた、慶事の滞りである。
皆待っていた。
最長で言えば、二年も待っている者もいた。
これだけ待たせているだけに、これ以上の延期は可哀想だ。
「……いっそ全部一緒にやるのも手か?」
全部一つにまとめれば、一日で終わる。
もしそうするなら、これからの準備でかなり忙しくなるだろうが――
今を逃せば、次の婚期はきっと来年の春だ。
すでに待たせすぎである以上、踏み切った方がいいかもしれない。
こうして新族長アーレの初仕事は、己のものを含めた七組の番の儀式を同じ日にやるという、少々無茶なものとなった。




