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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
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48.断罪の雨が終わったら





 戦の季節は、だいたい二ヵ月ほどだそうだ。


「そろそろ雨が降るよ。三日間だけ。それが過ぎたら一気に寒くなるから、冬越えの準備を始めるんだよ」


 今日も早朝から一緒に台所に立つナナカナに、「最近夜が寒くなったな」と話を振ったら、少々不可解な返答があった。


「雨? 三日間?」


向こう(・・・)では降らないの?」


 私がよくわかっていないことを察したナナカナは、森の向こう(・・・)のことを聞いてくる。


「雨は降るけど、不規則かな。季節の移り変わりとして明確に来るものではない」


 戦の季節は夏である。

 生物がもっとも活発に動く季節だ。


 それが終わるということは、秋になるということだ。

 そう考えると、その三日の雨というのは、明確な季節の変わり目だと思われる。


「そうなんだ。こっち(・・・)では毎年三日間降るよ。止んだら秋になる」


 へえ……

 この口調だと、必ず降るようだな。色々とバラつきがある雨季とも違って、日数も決まっているようだし。


 ……そんな風に考えると、何者かの作為のようなものを感じるが。


 …………


 いや、本当に何者かの作為的なものなのかもしれない。

 何せ本当に神がいそうな土地である。


 理屈に合わないことなんて、まだ半年も過ごしていない間に、いくつも経験してきた。その最たるものとして神蛇カテナ様が実在している。酒を呑む蛇なんていないだろうから。


 あの白いドラゴン、空を飛ぶ蜥蜴(エペ・ア・ダラ)だとか。

 不作が存在しない畑だとか。


 この地は神秘に満ちている。


「今日は暖かい汁物にしようか?」


 日中はまだまだ気温が上がるとは思うが、朝食べる分には温かい方がいいだろう。

 囲炉裏の火はまだ入れていないが、まだ雑魚寝している戦士たちは、上に毛皮を掛けているのだ。

 すでに夜は結構寒いし、そもそも白蛇(エ・ラジャ)族は寒さに非常に弱いらしいから。


「いや。冷たい汁がいい。今日は魔骨鶏の肉団子を入れて食べる予定」


 またあの冷製スープか。ここのところ連日なんだが。

 ナナカナは本当にあれが好きだな。


 しかしまあ、これから寒くなるなら、きっとしばらくは作らなくなるだろう。食べ収めも兼ねて今日も作ろうかな。





 そんな話をした翌日だった。


「断罪の雨が降り出したな」


 断罪?


 ……よくわからないが、確かに雨が降り出した。穏やかな小雨で、確か夜中から朝までずっと降っている。


「夏は終わりだ。おまえたちももう帰れ」


 ここ一ヵ月くらいは本当に入り浸りだった女性の戦士たちが、アーレ・エ・ラジャの一言で引き上げていく。


「――料理のうまい男っていいね」


「――私もレインかナナカナみたいな男が欲しい」


「――寂しい一人暮らしに逆戻りか……」


 ぼやきながら去っていった。……あんまり言わなかったけど、結構大変だったんだぞ。居候が八人も九人も増えたような状況だったんだから。


 アーレ・エ・ラジャと結婚したら、あまり友達を呼ばないよう言っておこう。帰るならまだしも泊まりさえするのだ。しかも連泊で。本当に家事が大変だった。


 ……いや、言っても無駄か。


 戦の季節の過ごし方は、ただの呑み会とは少々事情が違っているようだったからな。

 お互い、明日死に別れるかもしれない激戦の毎日を送り、今を共に生きられる喜びを全身で分かち合うような暮らしぶりだったから。


 あれが戦士の姿だと言われたら、家に呼ぶなとは言えないよなぁ。


「レイン、ナナカナ。我らの世話は大変だっただろう。しばらくゆっくりするといい」


 まあ、家長がちゃんと私たちの苦労を理解し、労ってくれるなら、まだ報われるか。

 無自覚だと腹が立つだろうな。本当に。


「――ダメだ耐えられん。ちょっと行ってくる」


 え?


 戦士たちがぞろぞろ引き上げ、唯一残ったのはタタララだけだった。

 なのに、そのタタララも、腰を上げて出ていってしまった。


「タタララはどうしたんだ?」


 私がアーレ・エ・ラジャに問うと、彼女は言った。


土塊魚(グレ・ラー)を釣りに行った。また食いたいとずっと言っていたからな。戦の季節が終わるまでは我慢していたんだ」


 グレ……ああ、ナマズか。そういえば珍しくタタララが料理の感想を言ったんだよな。そんなに気に入っていたのか。


 急に人が減ったが、その分だけ楽に朝食を作って食べた。


「アーレ嬢。さっきナントカの雨って言っていたけど」


「なんとか? ……ああ、断罪の雨か? 今降っているあれだ」


 断罪の雨。

 私は季節の変わり目としか思っていなかったが、そんな名前があるのか。


「おまえは森の向こう(・・・)、東から来たよな?」


「ああ、そうだね」


 私はこの春から、森の向こう(・・・)の国からこちらへやって来た。


向こう(・・・)で死んだ者は魂となり、ここより更に西へと飛んでいく。だが未練があるのか、それとも罪を犯したのか、霊海の森に留まる魂もいるのだ。

 その未練や罪を洗い流すのが、断罪の雨だ。赦しの雨とも言う。きっちり三日降り続け、死してなお惑う魂を西へと誘う、……と、言われている」


 未練のある魂。

 赦しの雨。

 きっちり三日間降り続ける雨、か。


「不思議だね。色々と」


「そうだな」


 その話が本当なら、フロンサードの死者の魂はここを通過して西へ行く……ということになる。

 魂。

 魂ってなんなんだろう。


 ……しかしまあ、アレか。霊海の森で見た実在しない色々なアレが、魂なのかもしれない。


「魂の行く先……西の先に神がいるとは言われているが、それを確かめた者はいない。向かった者はいるが、帰ってこないか途中で諦めて引き換えてくるからな。

 我々も長くこの地に住んでいるが、よくわからないことも多いんだ」


 わからないことというか、そもそも答えを知っている者がいないんだと思うが。

 だから、何もかも、わからないままなのだろう。


 これまで戦士がいたので、非常に賑やかだった。

 なのに、ついさっき全員が引き上げてしまい、途端に静かになった。騒がしく忙しいのに慣れてしまっていた私は少々落ち着かない。

 まあ、それもすぐ慣れるだろうが。


 雨音を聞きながら、ゆったりとこれまであまりできなかった話をしていると――すっとドアが開いて、雨音と外気が滑り込んできた。


 視線を向けると、そこには濡れた白鱗が艶めかしい神蛇カテナ様がいた。

 顔だけ覗かせて中の様子を見ている。


「あ、カテナ様。身体を拭きますよ」


 と、私は立ち上がった。


 合法的かつ効率的でありなおかつ正当性を持ってカテナ様に触れるチャンスである。逃す手はない。

 最近ちょっと邪悪なヤギが可愛く思えてきたが、やはりこの集落ナンバーワンのペット……いや尊い存在はカテナ様で決まりだ。


 私は乾いた布巾を持ってカテナ様に歩み寄り――


「……えぇっ!?」


 驚いた。

 腰が抜けるかと思うくらい驚いた。


「何それ!?」


 ぬるりとカテナ様が入ってくると、その胴体には、無数の小さい半透明な人形らしきものが乗っていた。


 な、なんだこれ?

 私の目の錯覚……じゃ、ないよな……?


「地霊だ」


「地霊!? ……精霊!?」


 アーレ・エ・ラジャの言葉に驚き、カテナ様を二度見する。


「おまえも霊海の森で見ただろう。あれらだ」


 あれら!?


 ……………


 ああ、あれらか。

 正体のわからない、生物ならざる者たちか。


「あれって地霊だったのか?」


 さっきは魂かと思ったんだが、違ったのか。


「いや、地霊もいた、という感じだな。我もすべてを知るわけではないから断言はできないが」


 そ、そうか……やはり正体不明のやつもいるのか。

 というか地霊とはなんなんだ。


 ……いや、まあ、悪いものではないなら、もういいか。気にするだけ無駄だろうし。


 わからないことが多すぎるし、答えを知る者もいない。

 ならばもう、深く考えるのはやめだ。害がないならそれでいいだろう。


「地霊たちよ。灰は空いているぞ。こちらへ」


 アーレ・エ・ラジャがそう言うと、半透明な人形たちはカテナ様の背から降りると、私の足を素通りして、囲炉裏の灰の中に飛び込んでいった。まるで川に飛び込む子供のようだった。


「雨宿りなんだって」


 色々とびっくりして固まっている私に、ナナカナが教えてくれる。


「雨宿り……か」


 雨季には来なかったからな。

 もしかしたら、その、断罪の雨には、当たりたくないのかもしれない。


 となると、やはりこの雨は、作為的なものなのだろうか。


 それこそ、神が降らせていたりして。


 ……なんて、もうやーめた!


 考えたってわからないから、もういい。

 それよりカテナ様を拭きながら撫で回そう。合法的に。





 不思議の塊のような地霊が囲炉裏で戯れていたり、タタララが大量のナマズを釣ってきたり、急に一人になったから寂しいと二、三人の女性の戦士がやってきたり。


 きっちり三日間降り続けた断罪の雨の間は、割と平和に過ごすことができた。


 そしてナナカナの言った通り、雨が降った後は一気に寒くなった。


 冬を越えるための準備を始めるそうだが、その前に――





 お互い忙しかった、戦の季節が終わった。


 秋から先は少しずつ狩猟も落ち着き、冬になったら春まで狩りはしないそうだ。

 夏の間に食料は蓄えてあるし、秋でも狩りをしないわけではないので、冬を越えるだけの食料には困らない。


 だが、薪や魔石といった、暖を取るための資源が必要になり、秋の日々はそれを集めるために費やされるのだとか。


 それはさておき。


「そろそろちゃんとしないとな……」


 私に与えられていた猶予の半年は、もうすぐやってくる。


 アーレ・エ・ラジャ。

 私の嫁候補で、私の婿入り候補。


 この半年で色々あった気はするが、結局渡せないままここまでやってきてしまった。


 ――就寝前、私は家で横になりながら、指輪の入った箱を眺めつつ思う。





 これを渡す前に、やはり一度ちゃんと、ジータとは話をしないといけないかもしれない。

 できることならアーレ・エ・ラジャも含めて、けじめをつけてからの方がいいかもしれない。


 その結果、もしかしたらアーレ・エ・ラジャはジータを選ぶかもしれない。


 空を飛ぶ蜥蜴(エペ・ア・ダラ)を狩った時に思ったが、あの二人は仲違いしていても、息は合っていたんだよな。

 どんなに反発しようとしても、互いの理解はかなり深いのだと思う。

 それこそ、私のようなっぽっと出とは、付き合いの年季が違う。


 正直気乗りはしないし、できることなら避けて通りたいくらいではあるが。

 でも、きっと、話し合いは必要で、避けられないことだと思う。


 いつまでも集落が割れているというのも、あまりよくないだろう。

 今年の戦の季節は、大怪我を負った者はいたが、なんとか死者を出さずにやり過ごすことができた。


 今年は大丈夫だった。

 しかし、来年の夏が大丈夫かはわからない。

 本来あるべき姿は、男女の戦士が力を合わせて戦い抜く光景である。その方があらゆる意味で安全であり、また効率的である。


 集落を元の姿に戻すためには、ジータとの話し合いは避けられない。

 今の状態でアーレ・エ・ラジャと結婚に踏み切ると、きっと、今以上にもっとこじれると思う。それこそ修復不可能なくらいに。


 だから、話し合いをしないといけない、とは思うが……


「……幼馴染かぁ……」


 フロンサードでも婚約者を幼馴染に取られたし。

 ここでも取られるかもしれないし。


 本当に、幼馴染は強い。


 …………


 こちら(・・・)でもフラれるのかなぁ。

 さすがに婿入りの予定で来たのにフラれるのは、つらいなぁ。


 ……フラれたらフロンサードに帰るかなぁ。





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