47.戦の季節の終わり頃
衝撃の光景だった。
「えっ? ……えっ!?」
一瞬何かと思った。
見間違いかと思った。
もちろん、違う。
「カテナ様……?」
壷から生えている白く細長い身体は、紐というには太すぎるし、ロープというには太すぎるし。
紐状の道具と考えると、何もかもを含めても、太いし。
だとしたら、あれに類似あるいは酷似または同一の存在と考えざるを得ない。
「カ、カテナ様?」
そう、あれは、あの壷から生えている――否、壷に頭を突っ込んでいるアレは、神蛇カテナ様である。
あの方にそっくりの別人ならぬ別蛇がいるという話は聞いたことがないので、本人ならぬカテナ様本蛇であろう。
「カテナ様? カテナ様?」
しかし衝撃的な光景である。
これは、なんて言えばいいんだろう。
…………
つまみ食いの類?
「カテナ様? カテナ様!?」
それにしても反応がない。声を掛けても何の反応もない。
壷に頭を突っ込んだまま動かない――いや動いている。ひょろりと投げ出されている胴体が鼓動を打つかのように、定期的に流動している。
人間で言うと、何かを呑んでいる感じ、だろうか。
……まあ、何かって言うか、酒なんだが。
「カテナ様!? カテナ様!!」
私は家に上がり、カテナ様の胴体をぺしぺしと叩いてみる。反応はない。動いてはいるが反応はない。
外で見かけた時は、声を掛けたら一応は立ち止まってくれるんだが、こんなに無反応なのは初めてだ。
「――どうした?」
私の声が聞こえたようで、一緒に帰ってきたアーレ・エ・ラジャが顔を覗かせる。
「いや、私の家にカテナ様が!」
そう、いたのである。
例の空を飛ぶ蜥蜴を討伐し、帰ってきたところ……私の家にいたのだ。カテナ様が。壷に頭を突っ込んで。
「ん? ……なんだ、酒でも置いていたのか?」
「えっ」
「カテナ様は酒を呑むぞ。いつものまずい酒はあまり呑まないが……どうやら口に合う酒があったようだな」
…………
そういえば、二日前に飢栗鼠族の族長キキが来た日に、試作品の酒を持ち込んだっけ。
その直後に空を飛ぶ蜥蜴がやってくると聞かされ、酒どころではなくなったのだ。昨日はずっと準備に追われていたし。
「これ、どうしたらいい?」
「気が済むまで呑ませるか、つまみ出すしかないな」
「つまみ出す? 神の使いを?」
気安く触るなと言われたことさえあるのに。そんな扱いはいいのか?
「食い物と酒に関しては、神も神の使いも関係ないぞ。そういうのを許していたら共存などできないだろう」
……まあ、そう言われればそうかもしれないが。
「すみませんカテナ様。まだ試作品なので私も味を見たいんです」
全部呑まれたら次が作れなくなるので、遠慮がちにカテナ様の身体を抱え引っ張る。
「……ああ、すでにって感じか」
壷の中は、匂いだけしかのこっていない。
酒がないのは当然として、浸けた酒の実もない。
そもそもカテナ様は今呑んでいたのではなく、壷に頭を突っ込んだまま寝ていたようだ。すごくぐったりしている。こんなにもぐったりしているカテナ様は見たことがない。
酔い潰れている、と言っていいのかもしれない。
酒を呑む蛇か……わかってはいたが、やはり普通の蛇とは似ているだけで、本当に別物なんだよな。
よく見たら、他の壷も全滅である。
いや、蓋は空いているが残っているのもあるな。口に合わなかったやつか。
「呑まれたものは仕方ないだろう。我らも飯にしよう」
「あ、うん。そうしようか」
カテナ様はこのまま寝かせておこう。私も荷物を置きに来ただけだし、早く昼食を作らないと。
大物狩りは無事終わったが、それはまた日常の始まりという意味でもある。
命懸けで百人単位の狩猟があったとしても、それが終わればまたいつもの日々が始まるのである。
「食ったら少し休むぞ。さすがに疲れた」
最前線であれだけの大物と戦ったのだ、疲れもするだろう。
「ど、どうだ? 一緒に昼寝でもするか?」
「あ、ごめん。色々やることがあるから、無理だと思う」
ナナカナに全部押し付けるわけにもいかないし、先に到着している戦牛族の族長キガルスの様子も見に行きたい。
それとぎっくり腰の治療法が本に乗っていたはずだ。ちゃんと調べておかないと。その上で婆様と薬の相談をしたいな。
あと、カテナ様が好む酒がどれかを割り出しておかないと。まさか呑むとはな。さっきは本当に驚いた。
「……レインのそういうのはわざとなのか?」
「うん? 何?」
「たまには我の誘いに乗れ! バカ!」
「えっ」
急に何事かと思えば、アーレ・エ・ラジャはさっさと先に行ってしまった。
誘い?
誘い……か。
……本音を言えば、私だって一緒に昼寝したいに決まっているじゃないか。しかし私が戦士と一緒になって休んでいてはいけないだろう。
互いにやるべきことがある。
その辺の線引きだけはしっかりしないと。なあなあになったら、一番迷惑を被るのはきっとナナカナになるから。
……まあ、やっぱり、戦士が忙しい夏の間は無理なんじゃないかな。
…………
私も一緒に昼寝したいなぁ。
空を飛ぶ蜥蜴の狩猟は無事に完了した。
怪我をした者は多かったが、死者が出なかったのは幸いだと思う。
解体して、戦士たちで皮や鱗や肉や骨を分け合い、狩りは終わり解散となった。
現地で治療した私と婆様は、戦果を抱えた白蛇族と一緒に帰ってきた。
大きな一仕事を終えた彼らが歌うという、勝利と凱旋の詩を初めて聞いた。
いや、初めてではないのか。
ここのところ毎晩、酔っぱらったアーレ・エ・ラジャと女性戦士たちが、べろんべろんになりながら呂律の回らない口でわめくように歌っていたから。
何を言っているかはさっぱりわからなかったが、曲調は同じだったから、アレがアレだったのだろう。
――それはさておき。
空を飛ぶ蜥蜴は、貴重な資源であるそうだ。
基本的にベテランの戦士は、空を飛ぶ蜥蜴の骨を加工して武器を作るらしい。
アーレ・エ・ラジャの槍や鉈剣は骨の加工品で、非常に丈夫で長持ちするんだとか。
鱗はすり潰して粉にすると、畑の肥料になるそうだ。
鱗を剥がした皮と肉は食べられるし、骨は加工品になる。腸は現地に置いてきた。次の獲物のエサとなるので、人里から離れた場所に捨てるというのが通例だそうだ。
その肉だが――脂身の少ない鳥肉のような味がした。パサパサで食べづらいが、肉の味が濃くて味はいい。
火加減と焼き加減を誤ると、ただでさえ少ない肉の脂が落ちてしまい、更に食べづらくなる。
ナナカナや集落の女性たちに聞いたところ、汁物に入れると食べやすいそうだ。
味はいいのでそれなりに人気がある肉らしい。
「――何やってんだいあんた」
「――カッカッカッ。まぁた腰やっちまったよぉ。俺ももう戦士引退だなぁ」
翌日には、キガルスの嫁だという戦牛族の女性が二人やってきた。どちらも私より大柄な女性だった。
なんでもキガルスは、十人の嫁を持っているそうだ。
ルーツとしては白蛇族の事情とだいたい同じで、戦士の夫を亡くして行き場のない女性を娶ったり、集落で一番強い男の子供が欲しい女性の意向があったりもするんだとか。
にしても十人。
いろんな意味で規格外の男である。
そんな彼は、二週間ほど療養して、集落に帰っていった。
戦の季節は、過ぎるのが早い。
毎日全力で戦い抜き、全力で生きて、全力で死んでいく。
誰よりも力強く逞しいのに、それでいてどこまでも脆く儚い戦士たちの季節は、まるで時間さえもが生き急いでいるかのように過ぎていった。
気が付けば肌を焼くような陽射しは鳴りを潜め。
夜は少し冷え込むようになった。
秋が来ようとしていた。




