44.空を飛ぶ蜥蜴を狩る!!
「――来るぞぉ!! 野郎どもやっちまえぇ!!!!」
空を飛ぶ蜥蜴が、天より落ちるように襲い掛かってくる。
白い巨体がきりもみ状態になり、不規則な動きでやってくる。
だが、それに圧倒されるような戦士は、ここにはいない。
空を飛ぶ蜥蜴の行動と、キガルスの声に合わせて、戦場が動き出した。
黒鳥族が飛び上がり、鉄蜘蛛族が走り出す。
戦牛族は鉄蜘蛛族を守るように付き従い、白蛇族と風馬族は特に指示がないのでそのまま戦場に突入する。
――そんな周囲が動き出す中、巨大な白いトカゲは、アーレたちを目掛けてやってくる。
速度はそうでもないが、ひねりが入っている分だけ、軌道と攻撃が読みづらい。
「当たるなよぉ! 当たったら死ぬぜぇ!」
この状況でも楽しそうなキガルスの声など、聞くまでもないことだ。
アーレとジータは、どんどん迫り来る空を飛ぶ蜥蜴をじっと見つめ、回避に専念する。
――ここだ。
もはやまばたきする猶予もないほど間近に引き付け、つぶさに観察し、動きを見切った。
距離がある内に動いても追跡される恐れがあるので、できるだけ引き付ける必要があった。
もちろん、周囲に注意が行かないようにするためでもあるが。
ドォォォン!
右前足を大きく振り下ろす、鍵爪の一撃。
アーレたちが避けたことで、それは強く大地を叩く結果となった。
本当に地面が揺れた。
巨体も、重量も、そして頑丈さでも、空を飛ぶ蜥蜴は魔獣として群を抜いた存在である。
「――な、んだとっ……!?」
「――ジータ!」
一撃は回避した。
しかし、連続の二撃目が来た。
運悪く、狙われたのはジータだった。
地面を叩いた……地面に手を着いた勢いそのまま、空を飛ぶ蜥蜴は腕を軸に縦に一回転した。
グォンと空を殴り抜ける長く巨大な尾が、真上からジータに降ってくる。
まずい。
落下速度をそのまま継いだ尾の振り抜けるそれは、回避を許さないほどの速さでジータの頭上を正確に――
「ぐははははぁぁぁ!」
ドォォォォォン!
ジータの肩を掠め、空を飛ぶ蜥蜴の尾が再び大地を揺らした。
「悪い! 助かったぜキガルス!」
避けるのに専念したジータとアーレだが、あの歴戦の戦士は避けると同時に反撃に打って出ていた。
キガルスは、持ち込んでいたその体格に見合う巨大な斧を振り回し、空を飛ぶ蜥蜴に投げつけていた。
純白の鱗に弾かれて刺さることこそなかったが、その斧の重量と速度は、空を飛ぶ蜥蜴の体勢を崩すには充分だった。
斧の一撃は、尾の軌道を逸らしたのだ。
「楽しいなぁジータぁ! アーレぇ! やっぱり狩りはこうでないとなぁ!」
老いてなお戦牛族最強の男は、ニヤニヤしながら空を飛ぶ蜥蜴と睨み合う。
――どうやらあのトカゲも、この場で誰が一番強いのか、早くも察しがついたようだ。
初手こそ危なっかしい面もあったが、狩りは順調に進んだ。
この空を飛ぶ蜥蜴は、あまり大きくないし、恐らく若い個体だ。
動きが単調で、きっとこれまでの戦いは全て、力と巨躯と重量で力押ししてきたのだろうと思わせるほどに、読みやすい。
たくさんの雑兵が、踏めば死ぬような虫けらがこの荒野一面にわらわら湧いている、程度の認識しかしていなかったのだろう。
だから、早くも手遅れになってしまっている。
「――グオオオ!! グアアァァ!!」
鬱陶しそうに声を上げ、身をよじるが、その拘束は解けない。
純白である空を飛ぶ蜥蜴の身体には、無数の黒い線がまとわりついている。
黒い線――鉄蜘蛛族の糸である。
鉄の名が付いているのは伊達ではない。
弾力性には乏しいが、その糸は非常に硬く、力任せで千切るのは至難である。
黒鳥族が目くらましに、挑発に、糸を気取らせないために、空を飛ぶ蜥蜴の近くを飛び回っていた。
その間に、できるだけ近づいた鉄蜘蛛族が、糸を出して拘束。
そして、力任せに空を飛ぶ蜥蜴の動きを封じているのが、戦牛族である。
前こそアーレらがいるので近づかないが、後ろと左右はしっかりと手綱のように糸を握り、動きの全てを阻害している。
もちろん、飛んで逃がす行為さえ許さないためでもある。
手負いの魔獣を逃がすと、後々非常に厄介なことになるからだ。
「こいつぁもう決まったなぁ」
同じ空を飛ぶ蜥蜴の骨で作った槍や斧が、少しずつ、白いトカゲを赤く染めていっている。
最初は鱗の一枚、二枚を飛ばすようなかすり傷だ。
しかしそれが何度も重ねられることで、致命傷へと育っていく。
この個体は、若い。
つまり経験不足だ。
体格や力こそ圧倒的で、だから逃げ時を見誤った。
弱い、数が多いだけの獲物と見て、何をされてもお構いなしに無駄に動き続けた。
まず先に狙う相手を間違えた。
相手をするべきはキガルスでも、アーレやジータでもなかった。
一番厄介で、一番後から効いてくる糸を放置したのが、致命的な選択の失敗だった。
その結果、今や逃げようとしているのを、絡む糸に邪魔されて飛ぶことができないでいる。
足元から尾からちくちくと攻撃され、鬱陶しいと薙ぎ払うも避けられる。
飛ぶことができない。
振り回す腕も尾も当たらない。
足に傷を負いすぎて力が入らない。
もう何もできない。
「グォォ! グォォォオ!」
今や、やめろ、やめろと言わんばかりに悲しく鳴き続けるだけのトカゲを、蛮族たちは攻撃し続ける。
少しずつ死に近づく。
小さな傷が、少しずつ、死に到達しようとしていた。
大物狩りは、昼時を前に終了した。
怪我人は多数出たが、死傷者はなし。
快勝だった。
「――ま、まさか……」
離れた場所から戦を見守っていたレインティエは、倒れ行く空を飛ぶ蜥蜴を……戦士たちの勇姿と勝利を見て、唖然としていた。
すごいものを見た、と。
体格差は顕著。
誰がどう見ても、人間が勝てるとは思えない、ドラゴンが相手だった。
にも拘わらず――
「蛮族……か」
レインティエが戦士の戦いを見るのは、これが初めてだ。
霊海の森を越える時に、アーレ・エ・ラジャとタタララの戦う姿は見たが、今目の前で行われた狩猟は、あれとはまったく別物である。
強い強いとは思っていたし、知っていた。
だが、実際に見ると……「強い」なんて言葉が陳腐に思えるほど、強い。
「おい余所者、行くぞ」
婆様に声を掛けられハッとする。
戦えないほどの怪我を負った者は、戦の最中、飢栗鼠族や風馬族が医療班たるここに連れてきていた。
レインティエも治療に専念しつつ、大物狩りを見ていたが……
あの神々しいドラゴンが倒れた今、もう現地に行けない理由はない。
「おいこら。置いて行くな」
レインティエは駆け出した。婆様を追い抜いて駆け出した。
――私のアーレ嬢は無事だろうか、と思いながら。




