43.空を飛ぶ蜥蜴を狩る!
「――おっ、アーレじゃねえかぁ」
「おお、久しぶりだなキガルス。一年ぶりか?」
「そうだったか? 覚えてねぇやぁ」
「そうか。我もだ」
空を飛ぶ蜥蜴がやってくる、ほんの少し前。
大狩猟で暴れた荒野には、百人近い戦士たちが集まっていた。
部族を問わず、百名。
前もって知らされている大狩猟とは違い、急な狩りで集まったのだ。突発的な大物狩りにはまあまあ集まった方である。
怪我やら、集落内の問題やら。
参加したくても参加できない戦士は、きっとたくさんいたことだろう。
それに単純に距離の問題もある。
集落からやや距離が離れている青猫族は、やはり準備と移動が間に合わなかったようで、来ていない。
まあ、代わりに、大狩猟に来なかった部族も来ているが。
鉄蜘蛛族が数名いるのが、非常に心強い。空を飛ぶ蜥蜴が相手なら、奴らの存在がいるかいないかで、戦士の被害が倍以上違う。
それと、戦牛族だ。
ここらで大物を狩る時、奴らがいるかいないかで、狩猟が達成できるかどうかが決まる。
この東の大地では、単純な戦力としてなら、戦牛族が最強である。
そして、このキガルスという戦牛族の男は、族長である。
ただでさえ大柄な戦牛族の中でも飛びぬけて大きく、傷跡を多く持ち、もっとも歳を重ねた者。
高齢ゆえに髪はもう真っ白で、長年陽に焼けた肌は真っ黒で、傷がない場所がないほどたくさんの戦をこなしてきた、間違いなくここらで最強の猛者だ。
ただ、もう高齢ゆえに、狩りはほとんどしないという話をアーレは聞いていたが……
「参加するのか、キガルス?」
老いたとはいえ、この見上げるほどの大男の強さはよく知っている。
いるだけで心強い味方だとは思うが。
しかし、心配もしてしまう。
この前の大狩猟にも参加しなかったのだ。元気そうに見えるが、恐らく見た目よりも身体はボロボロなのだろう。
「ならしだぁ」
「ならし?」
「春の前になぁ、腰に雷が落ちてなぁ。それからずっと寝た切りよぉ。でもってようやくこうして動けるようになったぁ。悪かったなぁ、大狩猟に行けなくてよぉ」
「雷か。……あまり無茶はするなよ」
「おまえやジータががんばれば俺ぁ無茶しなくて済むんだがなぁ」
「そうか。ならばせいぜいがんばるか」
とは言うものの、きっと今日の狩りは、この男が主導して行われるだろう。
単純な戦力としても、戦士としての格も経験も、周囲の信頼も、すべてにおいてアーレより上だ。
久しぶりに見たが、今なお勝てる見込みがまったくない。
大人しく負けるつもりはないが、勝てるとは思えない。
いずれ越えたい男の一人だが……恐らく勝ち逃げされるのだろうな、とアーレは小さく息を吐いた。
「――キガルス。腰だいじょうぶか?」
「――ようキガルス。今日はよろしくな」
そんな話をしていると、よその部族の主立った連中が集まってきた。
彼らもアーレと同じく、今度の狩りを指揮するのはキガルスだと見込んで、話をしに来たのだ。
誰よりも長く戦士をしているだけに、キガルスは顔も広い。
「いつも通りでいいだろぉ。アーレとジータは俺の傍にいてくれやぁ。黒鳥と鉄蜘蛛は気を付けろよぉ」
口調はのんびりしているが、キガルスはちゃんとやるべきことを見据えている。
「トカゲが来るぞ!」
「戦の準備だ! もうすぐ来る!」
荒野に散開している戦士たちの中に、飢栗鼠族と風馬族の男が飛び込み、叫びながら走り回る。
全員が空を見上げた。
と――ぶ厚い雨雲を貫くように、光が差し込んでくる。
その光の中を通るようにして、ゆっくりと姿を現したのは、翼を持つ白き魔獣――空を飛ぶ蜥蜴。
始めて見た時は度肝を抜かされた。
巨大で、見るからに強そうで、威圧感があり、――勝てるわけがないと。アーレは初めて獲物に対して恐怖を感じた相手だ。
戦士には多いのだ。
だいたい数年に一度やってくる空を飛ぶ蜥蜴や、ほかの巨獣を見て怖気づいた戦士は、恐らくほとんどの者がそうだろう。
だが、すぐに思い知る。
自分たちの先を走ってきた戦士たちは、あれを狩り、自分たちや集落を守ってきたのだと。
「――おいアーレ」
お互い獲物から目を離さないままで、ジータがアーレに声を掛ける。
「あいつにとどめを刺した方が族長ってことでどうだ?」
「おまえと約束はしない」
空を飛ぶ蜥蜴から目を逸らさない。
いつ何があっても、素早く動けるように。
「カッカッカッ! いいじゃぁねぇかぁ! 活躍した方が族長ってことでよぉ!」
もっとも活躍するであろうキガルスが言うと、実に説得力がない話である。どんぐり同士の背比べで族長が決まるのも不愉快である。
「おら、来るぞぉ! 来るぞぉ!」
楽しそうに謳うキガルスの声を掻き消すように――空を飛ぶ蜥蜴が咆哮を上げた。
大地を揺らす獣の声。
耳をつんざく爆音に、周囲の雨雲が消し飛んだ。
「目が合ってるな」
「うるさい。話しかけるな」
ジータもアーレも、歳は若いが、もう一人前の戦士である。
戦士になったばかりの頃のように、恐れて震え上がることはない。
キガルス、アーレ、ジータの三人は、荒野のど真ん中に立っている。そしてほかの戦士たちは周囲に散開しているのだ。
三人は囮であり、主戦力である。
グオオオオオアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
叫びながら空を飛ぶ蜥蜴が頭を下げた瞬間、キガルスも負けじと吠えた。
「来るぞぉ!! 野郎どもやっちまえぇ!!!!」
アーレたち目掛けて、空を飛ぶ蜥蜴が落ちるように強襲を仕掛けてくる。
散っていた周囲の戦士たちが動き出す。
――狩りが始まった。




