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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
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42.空を飛ぶ蜥蜴





「おまえも行きたいのか。楽しいものではないぞ」


「まあ……だろうね」


 人が死ぬらしいからね。楽しくはないだろう。


 飢栗鼠(ガ・キャリ)族のキキから空を飛ぶ蜥蜴(エペ・ア・ダラ)の情報を聞いた夜から、私は行動を開始していた。

 まずアーレ・エ・ラジャに、狩猟の同行を申し出ると、「許可はするが、婆様と話せ」と言われた。


 理由がわからないまま一夜明けて、早朝から療養している女性の戦士の様子を見に来た婆様を捕まえ、事情を説明する。


 なお、今日は狩りに出ている戦士が少ない。

 明日の空を飛ぶ蜥蜴(エペ・ア・ダラ)狩りのための準備をしているそうで、男女含めて、そこかしこで戦士が走り回っている。


「おまえはわしと一緒に後続じゃろうな。わしと一緒に来い」


「後続? 婆様と?」


「戦に参加せん者が戦士と一緒に行ってどうする? 様子を見ながら後から合流した方が、互いに都合が良いじゃろうが。戦士たちとて我らを庇いながらでは満足に戦えん」


 まあ、普通に考えてその通りだ。


 確かに一緒に行ったって足手まといにしかならないもんな。なるほど、後から合流……というか、距離を取って待機という感じか。


 言わば私たちは衛生兵であり、医療班である。

 戦士と一緒にいては邪魔にしかなるまい。


「よその部族からも薬師や治療師が来るからな。おまえ一人増えたところで何の問題もあるまい」


 ということは、同行してもいいということだな。


 ――昨日、キキが「おまえがいれば救える命は多いかもしれん」なんて言ったせいで、行かなければならないと勝手に思い込んでしまった。


 もしかしたら、はるか遠い先祖である聖女の意志みたいなものが、私の知らない心の奥底、根底の部分に残っているのかもしれない。

 怪我人といると言われれば、力になりたいと普通に考えてしまう。


 だが、それだけでもないだろう。


 あまり命に順位を付けたくはないが……どうしても、私は第一にアーレ・エ・ラジャの身を案じてしまう。

 もし彼女が危険なら、できる限りの力を尽くして助けたいし、他の重傷者より優先したい。


 私が今度の狩りに同行するのは、彼女のためである。

 万が一があった時に、私が助けるためだ。


 彼女は私の嫁だからな。


「よし、では準備を手伝え。あまり時間はないぞ」


 婆様の指揮の下、女性たちと一緒に薬草を集めたり、煎じ薬を作ったりと、慌ただしく過ごす。

 気が付けば、準備期間のように存在した一日が、あっという間に過ぎていった。




 

 そして、翌日。

 飢栗鼠(ガ・キャリ)族のキキが言っていた、約束の日がやってきた。


「後でな」


「ああ。いってらっしゃい、また後で」


 朝も早くから、アーレ・エ・ラジャと女性の戦士たちが家を出ていく。


 私は後続なので、少し遅れて現地に向かうことになっている。――さすがに今日は朝からいちゃいちゃするわけにはいかない。浮ついた気持ちがあると非常に危険だから。したくはあるが。我慢だ。


 今日は生憎と空が重い。

 空一面に光を遮る黒ずんだ雲が広がり、今にも降り出しそうである。


 狩猟の途中で降り出したら大変そうだが、でも、天候はどうにもならないだろう。


「――じゃあナナカナ、私も行ってくる」


 先に向かう戦士たちを見送り、居残りとなり悔しそうに療養している戦士たちの様子を見てから、後続たる私たちの出発の時間が来た。


 ナナカナは留守番である。


「気を付けてね、レイン」


 いつもはなかなかクールな子なのに、本当に心配そうな顔をする。


 両手を広げると、極々自然に抱き着いてきた。

 集落に来て三ヵ月を過ぎた。

 いつも一緒にいてくれたナナカナとは、随分親しくなったと思う。


「皆で帰ってくるから」

 

「うん」


 名残惜しそうなナナカナを残し、私も荷物を持って歩き出した。





 婆様の家に向かうと、夜の間に到着したという黒鳥(カッ・コハ)族の青年がいた。

 左足がなく杖を付いていので、かつては戦士だったのだろう。


「ユーバルだ。薬師であり道案内だ」


「私はレイン。よろしく」


 簡素に挨拶を済ませると、すでに婆様が連れてきていた馬に荷物を括りつける。異様なヒツジも邪悪なヤギもいるが……相手にするまい。絡まれると怖い。


 いつもは遊ばせているだけの、あの目が血走った馬である。家畜はこういう時に力になってくれるらしい。


 見るからに満載なのに、でもまったく重さを感じさせない堂々たる佇まい。

 目は血走っているが、馬としてはかなりの良馬である。軍馬のように大きいし、見るからに足腰が強そうだ。


「おまえも乗れ」


「どれに? ……えっ」


 ユーバルは飛ぶので、乗り物はいらない。

 馬はすでに婆様が乗っている。


 では、私は?


 ……えっ?


「なんとなく連れてきただけじゃないのか!?」


 この場にいる生き物であり、消去法……なんてものを使わずとも、自ずと選択肢は限られる。


 婆様が乗れと言ったのは、きっと、ヒツジがヤギだ。


 だが、人が乗れる方と言われれば――


「そんなわけあるか。遊んどる場合ではなかろうが」

 

 くっ……!


 よりによって、家畜の中で一番怖い邪悪なヤギに乗れと言うのか……!

 フロンサードで見たヤギとは似ても似つかぬ巨躯で、人が乗れそうだとは思っていたが……やはり乗れるのか……っ!


 くそっ、今日も謎の黒い霧をまとっていて非常に邪悪な佇まいだ! なぜこっちを見ている! 顔も怖いぞ!


「婆差こっちに乗って」


「早く行くぞ」


 おい。


 交渉の余地もなく婆様が馬を走らせ出した。

 なんだかよくわからないという顔をしたユーバルも。ふわりと浮き上がり空を飛ぶ。


 そして、家畜どもと置いて行かれる私。


 …………


 わかったよ! 乗ればいいんだろう、乗れば!


 さすがに走っていくのは体力的にも難しいだろうし、何より時間が掛かる。

 ここは否が応でもヤギに乗るしかない。


「乗せてくれる?」


 そう聞くと、ヤギは嬉しそうに、だが邪悪に私の横についた。


 ――砂糖を搾った後の黒長芋(ファル・ケ)をよく与えているせいか、やはり若干懐いてる感があるんだよな……


 見た目に反して逞しい背に乗り、天を衝く立派な二本角を持つ。くっ、なんという安定……鞍のない馬より乗りやすいではないか……


 だが、手を、足を、身体を這ってくるこの黒い霧のようなものはなんなんだ。見るからに邪悪だ。……実際は別になんでもないらしいけど。何も感じられないし。


「じゃあ……行こうか?」


 馬と同じように扱っていいのかと声を掛けると、ヤギは元気に走り出した。


 …………


 体温を感じて、息遣いを感じて。

 筋肉の躍動を感じて。

 手触りのいい毛皮の感触を感じて。


 這ってくる黒い霧が怖くて仕方ないが……それでもちょっと可愛く思えてきた。

 もう少し慣れたら、この邪悪なヤギを愛せるかもしれない。





 馬に負けないパワフルな走りで婆様たちに追いつくと、私たちは西へ向かう。


「あれか」


 地面から空に向かってそそり立つ、黒いツララのような物がいくつもある場所に出る。

 もしかしたら、これが先日アーレ・エ・ラジャが言っていた、空に落ちる水(・・・・・・)ではなかろうか。


 確か……闇降石(アハ・サラサ)、と言ったかな。


 じっくり調べてみたいが、今はのんびりしていられない。


「――よう!」


 そして、他の部族の医療班らしき者たちが合流してくる。

 最終的には二十人くらいになった。見覚えのある部族もいれば、まだ見たことがない部族もいる。


 そんな彼らに導かれるように、とある場所へ移動する。

 どうも、安全な距離を取りつつ戦場を見守ることができる場所があるらしい。

 

「……なっ!?」


 その時だった。

 私は思わず声を上げ、唖然と、重くのしかかる空を見上げた。





 天が。

 雨雲が。

 割れた。


 雲の隙間から降り注ぐ幾多の光の筋は、まるで偉大な者の後光のように大地を照らす。


 偉大な。

 そう、偉大な者の、後光だ。


「……ドラゴンだと……!?」


 純白に輝く鱗を持つ、この世のものとは思えないほど神々しい、大きな身体と大きな翼を持つそれは、まさしくドラゴンだった。


 しかも、なんだ、あれは。


 頭の上に浮かぶ光の環は、なんなんだ。


 ――まさか、神……か!?
















「お、今度の空を飛ぶ蜥蜴(エペ・ア・ダラ)はちょっと小さいな」


「あれなら楽勝だな。昼前には帰れるだろ」


「旨そうだなぁ……翼の肉がシャクシャクして旨いんだよなぁ」


 …………


 食うの!?

 あれ食うの!?

 というかあれを狩るのか!?

 あんなに神々しいのに神じゃないのか!?

 いや百歩譲って神じゃないとしても神の使いじゃないのか!?


 よその部族の医療班たちから漏れ聞こえる声に驚愕した。驚愕して疑問がこんこんと湧き出てくる。


 色々と聞きたいが、きっと私の知りたい答えは返ってこないのだろう。


 アレの正体だとか。

 神の使いじゃないのかとか。


 ……彼らの口調からして、すでに何頭も殺して食っているようだし、アレが何者であっても、ここの蛮族たちにとってはただの獲物でしかないのだろう。


 …………


 彼らは神の使いを殺して食っていた。

 私は、知らなかったとは言え、そんな者たちに助力していた。


 ……私、死んだら、地獄行きかもな……





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― 新着の感想 ―
[一言] 神の使い……www 想像以上だった
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