41.飢栗鼠族の族長キキからの伝言
見慣れない格好の者がいる、と思えば、その者はまっすぐこちらへやってきた。
そして言った。
「おまえがアーレの番か」と。
この暑い季節にしっかり外套をまとい、フードを目深にかぶり顔を見せない、声からして男性とはわかるが背格好から少年のようにも見える者。
「久しぶり、キキ」
ナナカナが横から顔を出すと、その者は頷いた。
「俺は飢栗鼠族の族長キキだ。アーレの番の噂は戦牛族から聞いた」
と、まだ顔を見せない彼は、上から下から私を見る。フードの奥に隠れた視線はなかなか鋭い。
「面白い格好だ。確かに一目で余所者とわかる」
彼の言う通り、私はまだ白蛇族ではないので、一目で余所者とわかる格好をしている。
もちろん敢えてだ。
私の格好は、ずっと白いシャツと黒いズボンである。変化と言えば、夏になって袖をまくったくらいである。
霊海の森の向こうでは、恐らく服の調達が難しいだろうと予想し、非常に丈夫で長持ちする生地を選んで仕立ててもらった。
色褪せしても生地が多少痛んでも、十年は着られると言われている。
そんな服を、替えを含めた三着ずつ持ってきた。
「まだ番候補で、正式には決まってないがな。私はレインだ」
簡単な自己紹介をして、キキを家に通した。
「ふう……今日も暑いな」
家の中に……日陰に入ると、キキは外套を取った。少々毛量が多そうな長い栗色の髪を後ろで結わえ、黒く大きな瞳孔を持つ灰色の瞳。
背も低く小柄で、顔立ちも少年のようだが、恐らく私より年上だろう。
ただ、まあ、当然と言うかなんと言うか、腰巻のみを身につけた彼の筋肉も細身ながらバッキバキである。私も鍛えたい。
サンダルを脱いで足を拭いて上がる彼の前に、葉の上に乗せた肉団子を三つと冷製スープを並べる。
私とナナカナの昼食でもある。
「変わった飯だな」
用心深いという前評判通り、キキは物珍しげに出された物を眺めている。
「左から、剣兎、光輝牛、魔骨鶏の肉だ。一つだけスープに入れて崩して食べるのがナナカナのお気に入りだ」
冷製スープ……冷たい汁物というのはナナカナには衝撃だったらしく、最近はよく作っている。
まあ、夏真っ盛りなので、そういう意味でも美味しいのだろう。
「馳走になる」
軽く頭を下げると、彼は肉団子に手を伸ばした。
「……うん。うまい。細かく刻んだ肉に、肉だけでは飽きるから食感の違うものを入れているのか。野菜を食べやすい。……野菜の嫌いな子供にもよさそうだな」
お……おぉ。
作り甲斐がない、とは言わない。
白蛇族に給して料理が残ったことはないので、それが答えだと思っているから。
でも、ここまでちゃんと味わって食べてくれた者は、いなかった。
「……」
ナナカナのように夢中で食べてくれるのも嬉しいけど、どういうものか理解してくれるのも嬉しいものである。
「これも向こうの文化か?」
と、キキは私を見る。
「作り方はそうだよ。向こうとこちらである物とない物の差が多いから、同じ物は作れないんだ」
今のところ、共通している食材なんてナマズくらいではなかろうか。
それにしたって、本当に同一種かどうかもわからないし。
「そうか。ゆっくり話を聞きたいが、あまりゆっくりしてられんのだ」
ああ、うん。
「何か用事があって来たんだよな?」
「そうだ。と言ってもいつものやつだがな」
ほう。
その「いつもの」が初体験である私にはわからないが、白蛇族にとっては珍しいことではないのだろう。
「空を飛ぶ蜥蜴が来た」
……うん。初体験だからそう言われてもわからないんだけどね。
こういう時はすかさずフォローを入れてくれるナナカナが、今は食事に夢中なので、後で詳しく聞くことにしよう。
「簡単に言うと、強い獣が来るって話だよ」
本当に簡単な話だった。
食事を終えた私たちは、改めて、キキの話を聞いてみる。
空を飛ぶ蜥蜴。
翼を持つ巨大なトカゲの名で、かなり強い魔獣が出現したらしい。
今は、飢栗鼠族と風馬族と虹羽族で誘導を行い、足止めをしている状態なのだとか。
そしてキキがここに来た理由は、戦闘が得意な部族に声を掛けて、空を飛ぶ蜥蜴を狩猟したいと。
そういうことらしい。
放っておけば、どこにどんな被害が出るかわからない。
かなり前の話だが、自然災害が起こったり、各部族が食料とする獲物がいなくなったりと、予想できない被害が出ることがあったらしい。
なので、被害が出る前に狩ってしまう、というのが各部族の共通認識なんだそうだ。
そういえば、さっきキキから戦牛族の名前が出たので、ここに来る前に先にそっちに寄ってきたのかもしれない。
「二日後の朝、いつもの場所に連れて行く。アーレに伝えておいてくれ」
まだまだ声を掛けるべき部族があるそうで、キキはすぐに席を立った。
ちなみに向こうの集落には声を掛けていないそうだ。白蛇族
の男の戦士とはあまり気が合わないのだとか。
「それとレイン。おまえは治療ができるそうだな」
「ん? それも戦牛族から?」
「ああ。大狩猟で腕を折ったという戦牛族の男に聞いた」
あ、彼か。この身を所望されたくらいなのでよく憶えている。
「この手の狩猟では怪我人が多く出る。死ぬ者も珍しくない。というか死にに行っているようにしか見えない無謀な戦士も多くてな」
ああ……うん。戦士って向こう見ずなタイプが多いみたいだね。
「もしおまえがいれば、救える命は多いかもしれん」
…………
「飯、うまかった。機会があればまたな」
その晩、アーレ・エ・ラジャが帰ってきてキキからの伝言を伝えると、迷うことなく「二日後は楽しい大物狩りだな」と笑った。
それから向こうの集落にも話が通り、合同で狩猟に向かうことが決定。
いくら仲違いしていようとも、こういう時は自然と力を合わせる方向で話が進む辺り、例の空を飛ぶトカゲとやらの脅威が偲ばれる。
そんなこんなで二日後の朝。
白蛇族は、大狩猟の時のように、男女を含めた戦士総出で出発する。
そして。
――その中に、同行を願い出た私もいた。




