39.根本的文化の違い
戦の季節がやってきた。
最初の怪我人を皮切りに、それから毎日、私の出番が来た。
軽傷の者もいるし、重傷の者もいる。
怪我を負って血を流しながら、それでも対価と言わんばかりに獲物を持って集落に帰ってくる戦士たちは、底抜けに明るかった。
そう、明るいのだ。
本当に本気で、明日死ぬかもしれないような状況だ。
これまで運が良かったせいか死者こそ出ていないが、そういうものに対する悲壮感のようなものは一切感じられない。
今年は私がいるせいか、怪我人はアーレ・エ・ラジャの家に運び込まれる。ここなら日中の怪我人の面倒を私が見ることができるし、わざわざ怪我人の家を一軒一軒訪ねるという手間もいらない。
「あっはっはっは! いてて、はははっ!」
そのせいか、ここ最近は毎晩、怪我人たちが集まって酒盛りをしている。
女性の戦士は十人ほど。
その十人が、まだ休んでいないといけないはずの怪我人も含めて、火を入れていない囲炉裏を囲んでいた。
毎日浴びるように酒を呑んでは馬鹿話をして盛り上がり、酔い潰れるようにして就寝する。
そんな生活が、十日ほど続いていた。
――なんというか、……力強い、と思った。
私の場合は、アーレ・エ・ラジャやタタララや、知り合いの戦士が死ぬかもしれないという毎日に、心配しかなかった。
胃が重くなるような不安に、どんどん心を圧迫されていた。
しかし、いざ戦に……死に立ち向かう当人たちが、毎日笑っている。
毎日気楽に集落を出て、死力を尽くして戦いへとへとになって帰ってきて、勝ち取った一日の平和を笑いながら全身で甘受する。
これまでも、文化の差に対するギャップはたくさん感じてきたが。
この戦の季節は、その中でもトップクラスだ。
根本的な意識がまったく違う。
彼女らは……きっと向こうの集落の彼らも、死ぬことは怖くないのだろう。きっと、戦士になった時から、そういう恐れはなくなったのだ。
これが本当の蛮族の戦士の姿。
死と隣り合わせの、綱渡りのような日中を生き抜き。
笑いながら夜を過ごし。
また明日、同じ綱渡りをする。
夏はその繰り返し。
異常に高い生命力と回復力を持って、彼女たちは戦い続ける。
満身創痍で酒を呑み、自分のものなのか、それとも魔獣のものなのか、かすかに血の匂いを漂わせた彼女たちの姿は、どこまでも力強く、今を生きていた。
「おい余所者、ちょっとええか」
そんなこんなで、二十日ほどが経った。
最初は異常だったはずだが、それだけ続けばただの日常となってしまった。
二人ほど休ませている戦士に針を打ち、薬を塗り直して家を出たところで、やってきた婆様に声を掛けられた。
「おはよう、婆様」
家を訪ねる時は違うものの、今は余所行きの頭蓋骨帽子を被った蛮族シャーマンスタイルである。
男の戦士は広場近くの多目的家屋で治療を受けているが、女性の戦士はここアーレ・エ・ラジャの家で面倒を見ている。
まあ、戦士の総人数が違うので仕方ない。
そんな風に療養場所を分けているので、集落の医師である婆様は、基本的には男の戦士たちの治療をしている。そして一日一回はこちらの様子も見に来るのだ。
朝から来るのは、初めてのことだが。
「まだ男には呼ばれんようじゃな」
「ああ。声は掛からないよ」
行く準備はしてあるし、その通達もされているはずだが。でもまだ呼ばれたことはない。
女性の戦士もほぼ毎日怪我をしているような状況なので、きっと男の戦士も怪我人が続出しているはずだが。
でも、詳しいことは聞いていない。聞いたところで押しかけるわけにもいかないし、聞いても何もできないからな。
「行ってくれんか? 死にそうなのがいる」
「……」
重傷の者が出たのか。
こちらの戦士は、深手はあっても死に関わりそうな怪我はなかった。うまいこと急所だけは避けているのだろう。
だが、当然、避け損なうこともあるわけで。
「行きたいのは山々だが、呼ばれていないからな。それに重傷となると、私では力になれないかもしれない」
「力になれんでもいい。どうせこのままでは長くない。だがおまえが手伝えば助かる見込みがあるかもしれん。
……仮に力になれんでも、楽にはさせられるじゃろう。痛みだけでも和らげてやってくれ」
…………
「わかった」
正直、呼ばれもしていない私が行っても、反発心を煽りそうな気がするが、――それでも。
私は族長の婿だからな。
アーレ・エ・ラジャが集落を守りたいというなら、私がそれを支えないでどうする、という話だ。
「黙れ」
広場近くの多目的家屋……大狩猟の時によその部族の者たちが療養していた場所には、六名の戦士がいた。
痛みを誤魔化すための酒精の香りに、明確な血の匂いも混じっている。
私が顔を見せると、全員が反応し――戦士の一人が誰よりも先んじて言った。
「誰も何も言うな。婆様が言っていた。あいつは敵じゃない」
私に言われたかと思ったが、その戦士はほかの戦士たちに視線を巡らせながら、抑えてはいるが強い声を発する。
「治療しに来たのか?」
私が無言で頷くと、彼も頷いた。
「頼む。――そいつが死にそうなんだ」
と、一人の戦士に視線を向ける。
見た瞬間に、「これは無理だ」と思った。
腹に穴が開いている。貫通している。
油と薬を塗った葉で傷口を覆っているが……むしろよくこれで生きていると思う。
白蛇族の回復力と生命力は常人離れしているが、でも、これはさすがに……
「力になれずすまないが……」
私の微々たる指先の力では、痛みを和らげることしかできない。
「ああ、構わねぇ。戦士は戦って死ぬもんだ。……最後に酒が呑めるだけで充分だ……」
出血量のせいだろう、彼の顔色はひどく悪い。目から生気が失せ、もう現実ではない虚ろを写している。
横たわったまま、力の入らない腕で酒の入ったひょうたんを持ち上げ、口に運び……その手は力を失って落ちた。
そうして、戦士は力尽きた。
なお、彼はただ寝ただけであった。
これから「今夜が山だ」「今夜が峠だ」と毎日思うことになるが、そんな細々と命を繋ぐ日々がなんだかんだで約三ヵ月ほど続き、彼は全快することになる。
白蛇族の異常な生命力が総動員で働いたらしい。
本当に、この地の人間はいったいどうなっているのか。
神々の住まう地、という話は、本当に嘘ではないのかもしれない。




