38.戦の季節
「――旨い!」
「――おぉ……!」
「――……」
あ、これはなかなかいいな。別々に味見はしたが、合わさるとこうなるのか。
あの湖での逢引きから、五日後。
あの日釣った大ナマズは、数日を掛けて土を吐かせた後、本日の夕食となって私たちの前に並べられた。
メニューは蒲焼きである。串に刺したものを出した。
砂糖王国を築いている女王ナナカナから少々賜り、甘辛いソースを作ってみた。どちらも料理本に書いてあったものである。
アーレ・エ・ラジャからは「旨い」の一言が出たし、今日も来ているタタララは驚いているし、ナナカナは無言でひたすら貪っている。
確かにこれは美味しい。
ナマズの焼いた身だけ、ソースだけ、という味見だけはしたが、双方合わさったものを口に入れたのは私もこれが初めてだ。
うん、想像以上にいい。
前に食べたナマズより脂が乗っているのだろうか? 少し焦げた部分がカリッとして、中はふわっとして、ナマズの身そのものの甘さとソースの甘さがよく絡む。非常に美味だ。
「レイン、これは本当にあの土塊魚なのか? まったく土の臭いがしないぞ」
「そうだよ。私が知っているナマズより上質のようだけどね」
フロンサードで食べたナマズは、ここまで上品かつ優しい味ではなかった気がする。
もしかしたら、ナマズに似た、ナマズではない魚だったりもするのかもしれない。
ナマズ自体、見慣れてもいないし食べ慣れてもいなかったから、同じ種なのかも少々怪しいところがある。仔細に比べたら違う点がたくさんあったりするかもしれない。
まあ、その辺はもう、深く考えても仕方ないだろう。
今すぐ比べられるわけでもなし。
ただ明確に言えることがあるとすれば、今後新たな食材が増えたというところだろうか。
「魚とはうまいんだな。私は骨があるから嫌いだったんだが」
と、タタララが珍しく感想を述べた。彼女は基本的に黙って食べるだけなので、よほど気に入ったらしい。
当然骨はあった。
しつこいくらいトゲ抜きで取り除いただけだ。やはり性分なのか、細かい作業が私は好きなのだろう。全然苦じゃなかった。
「身はまだ残っているから、明後日くらいまでは出せると思う」
「そうか。――タタララ、明日からしばらく来るな」
「嫌だ。必ず来る」
少々戦士たちが殺気立って睨み合いを始めてしまったが、これくらの小競り合いはよくあることなので構うことはない。
それにしても、こちら側は魚もいいな。
このナマズに限らず、雪魚も鮮血魚も美味しかった。主食に近い光る牛も、森の恵みも、作物も、ついには魚まで、全部美味である。
おまけに、酒の実などという謎の酒の原料もある辺り、探せばもっといろんな食材や香辛料が見つかりそうだ。
俄然、今後が楽しみになってきた。
――楽しみにしてばかりもいられないのだが。
夏は戦の季節である。
「一応話は通しておいた。いずれ声が掛かるかもしれんから、その時は頼むぞ」
ナマズをさばいた翌日。
私は朝早くから、婆様の家を訪ねていた。
ここ最近、婆様は女性たちに命じて薬草を集めさせている。
日持ちしない物もあるので、すっかり陽射しが強くなったここ最近から活動を始めた。
「わかった。いつでも動けるよう準備だけはしておく」
まだ余所者ではあるが、それでも集落の一員として、私も女性たちの一員として参加し、いろんな雑務をこなしてきた。
婆様は、調剤と、薬効が増すまじないを担当している。要するにこの集落の医師代わりでもあるそうだ。
見た目は蛮族感がすごいのに。まあ、まじないって辺りがらしい気はするが。
そして彼女は、集落が男女で割れている現状、中立を保っている。
医師がどちらかに寄ると、それこそ本当に集落が割れる原因に、または崩壊の原因になりかねないので、どちらも支持しないし否定もしないというスタンスだそうだ。
夏は戦の季節である。
これから戦士たちは、集落を守るために、いろんな外敵と戦う。当然怪我だって負うし、毎年二、三人は必ず戦士が亡くなるそうだ。
私たちにできることは、戦士たちを治療し、背中を支えることだ。
そのための準備である。
さすがに、ほぼ直結して人命が関わる状況となるので、婆様も私の助力の申し出を拒まなかった。
……いや、この前あんな本心を吐露しただけに、本人的にも「余所者とかもうどうでもいい」と思っているのかもしれないが。
婆様には、私が向こうの集落の者も治療する旨を、集落中に広めてもらった。
いくら医師でも押し掛けるわけにはいかないので、声が掛かれば行くつもりである。
「……して、それはなんじゃ?」
「ああ、昨日土塊魚をさばいたんだ。焼いてきた。朝食か昼食にでもどうぞ」
青々とした葉に包んだ一食分のナマズの蒲焼は、ついさっき火を通してきたものだ。まだ熱いくらいのできたてである。
「あの臭い魚を? 嫌がらせか」
「美味しかったよ。うちの女性たちは気に入ったみたいだ」
「フン……まずかったら文句を言うからな」
そうして私は婆様と別れた。
家に帰る途中で神蛇カテナ様を見かけて撫で回したりしつつ、今日もまた日常が始まり。
――これまで続いてきた日常は、昼時から壊れることになる。
「いてて……!」
その日、女性の戦士が一人、タタララに担がれて帰ってきた。
「剣兎に斬られた。治療はできるか?」
狩りに向かった森で、ウサギの魔獣の群れを見つけて戦闘が始まり負傷したそうだ。
右の太腿を深く裂かれ、骨にまで達している。傷口の上で縛り止血はしてあるが、それでもだらだらと出血している。右足はつま先まで真っ赤だ。
なお、アーレ・エ・ラジャは現地に残って戦後処理をし、続くかもしれない魔獣の襲撃に警戒しているそうだ。
タタララもすぐに戦場に戻るつもりのようだ。
「いつもはどうしている?」
空き家の一つに運ぶよう誘導しつつタタララに問うと、
「時間は掛かるが、これくらいなら塗り薬で治る。レインならもう少し早くできると思うが」
え、こんな深い裂傷が塗り薬で治るのか?
……ああ、まあ、こちらの人間はカテナ様を遣わした神の加護もあるし、常識で測れるものではないのだろう。
「傷跡が残るかもしれないけど、構わないか?」
痛みと出血量のせいで顔色が悪い戦士に問うと、「やって。このままだと死ぬわ」と答えた。女性の身体だけに大丈夫かと思ったが……まあ、確かにこのままだと死にそうだからな。
「タタララ、ナナカナに湯を用意するよう伝えてくれ」
もう準備はできている。
水を満たした壷に入れた熱の魔石で、湯に近い温度をキープしている。すぐに使えるはずだ。
「わかった。私はもう戻るが……こいつのことを頼む」
「ああ。あなたも気を付けて」
タタララを見送り、私は聖女の指先で痛み止めと麻酔を掛ける。あと止血も。針と糸は常に持っているので問題ない。
ナナカナが湯を持ってくる前に、やるべきことは全部やっておかねば。
ああ、でも、酒がない。
あと手を洗わないと。
早くも寝入った戦士を置いて、タタララの後を追うようにして私も家を出た。
この日から、私は医師として活動することが多くなった。
戦の季節とは誇張でもなんでもなく、本当に狩猟が激化した。
雨季の間に医師としての勉強も練習もしたが、いざその時が来た現在では、勉強不足も練習不足も痛感していた。
私が白蛇族の集落に来て、約三ヵ月。
命を削るような、あるいは命を賭すような、過酷な夏の生活が始まろうとしていた。




