36.森の奥の湖で 裏側
レイン「つりなんて はじめてだから やりかたがわからないよぉ」
アーレ「大丈夫、全て我に任せろ。ほら、ここをこうして……」
レイン「すごい こんなにてぎわよく すてきに つりざおのじゅんびが できるなんて さすがぞくちょう すごい」
アーレ「これくらい普通だ。ほら、できた……あっ」
レイン「あ ごめん つい あまりに すてきなぞくちょう だから てを にぎって しまった」
アーレ「そうか。ステキすぎてすまない。だがレインならいつでもいくらでも触っていいんだぞ。この身はすでにおまえのものであり、おまえは我のものだからな」
レイン「アーレじょう すてき だいて」
――と、なる予定だった。
アーレは憤慨していた。
非常にテキパキと、なんならアーレよりも手際よく釣竿の準備をこなしたレインティエのせいで、最初の段階から予定が狂った。もっと言うとアーレの釣竿がまだ準備できてないのに釣り針を投げたのも腹が立つ。先に始めるな。少し待て。
エラメが言っていた。
「あの男の手は綺麗すぎる。恐らくキゾクとかいう人種だ」と。
キゾクがどういうものかはよくわからないが、要するに族長のような立場で、民を導く支配者のような存在だろう、と。
いつだったかナナカナも似たようなことを言っていた。
向こうでどんな仕事をしていたか質問したら、「文化などを学んでいた」と答えたそうだ。
レインティエが言いづらそうだったので詳しくは聞かなかったそうだが、少なくとも、仕事をしなくても暮らしていける立場ではあったのだろう、と。
――昨日、女の戦士たちといろんな話をした。
主に男を口説き落とす話題に終始し、話にのめり込み過ぎて狩りどころではなくなり、今日の相談に発展した。
アーレ自身、色々と初体験で、驚くことも多かった。
話に夢中になったせいで狩りができない、だなんて、これまでありえなかった。
本当に、本当にアーレは何もしなかった。
縄張りを見て回りながら、ずっと好いた惚れたの話をしていた。今まで興味がなかったのが嘘のように気になって気になって仕方なくなっていた。それにも驚いた。
最終的には一人でせっせと集めていたシキララから全員でキノコを奪い取って、猟果として持ち帰ることになった。
シキララも泣いて喜んで提供してくれた。
――そんなこんなで、今日の釣りが計画された。
レインティエはきっと釣りをしたことがない。
釣りならアーレが教えられる。
物事ならナナカナの方が知っているし、レインティエも頭がいいので、日常でアーレが教えることなど……「物知り」だの「頼もしい」だのと思わせることは難しい。
だから釣りに誘ったのだ。
釣りを教えるふりをして触れ合ったり触れあったり、押し倒したり触れあったり、これでもかと触れあった挙句に駄目押しとばかりに触れあったり、もうやりたい放題できるのではないかと下心を満載にしていたのだ。
なのに。
レインティエはどう見ても釣りをしたことがあるし、何ならアーレより上手い気がする。
淀みない釣竿の準備といい、針を投げる姿勢といい体勢といい、完全に玄人の動きだ。アーレの下心をあざ笑うかのような華麗な竿さばきである。
こんなはずじゃなかったのに。
おまけに、「二人きり」で行くつもりだったのに。
釣りなんて口実に過ぎない。釣り関係がどうであろうと、こんな人気のない場所でいずれ番となる女と男が二人きりとなれば、何かが起こる可能性は高い。というかアーレが起こす気満々だった。満々過ぎて宣言したくらいだ。
それなのに、なぜか十人以上の女たちも一緒に来てしまった。
あれは本当に想定外だった。
レインティエの手前承諾したが、いなかったら断っていた可能性がある。
戦士たちは、特にこの釣りを計画したエラメは、いったいなぜついてきたのか……
――とにかく、全てが、最初から何から何まで、アーレの計画は破綻した。
アーレは憤慨していた。
憤慨しながら追加の撒き餌を投げた。
「――アーレは失敗する」
遠くから「くそっ! なぜできる!」という声が聞こえた直後に、女たちを前にエラメは告げた。
早い。
ついさっき別行動になったばかりなのに、予想以上に早く計画は瓦解したようだ。
無理もない、というのが率直な感想である。
昨日色々と話したところ、アーレの色恋に対する見込みの甘さに辟易したエラメは、違う方向からの支援を考えた。
これまで本当に色恋や好いた惚れたに興味がなかったアーレだけに、そっち方面の知識と経験は皆無である。
もしかしたら幼児の恋愛観の方が上かもしれないくらい皆無だ。
きっと計画は上手くいかないだろう、とエラメは予想を立てた。
だから、同行したのだ。
「聞いての通りよ。……計画通りお願いね」
女たちは頷き、森の方々へ消えていった。
――女たちの目的は採取ではなく、族長アーレの支援である。
エラメは、今日の逢引きを手伝うために人を集め、同行したのである。二人きりでは上手くいかないのはほぼ確定だと思ったから。
上手く行かないだけなら、まだいい。
しかし、もし大きな失敗を侵したら。
アーレが強引に迫ってレインティエに嫌われて、あの男が集落から出ていくと言い出した場合である。
恐らく、今、初恋を患っているであろうアーレが、失恋してどうなるのか。
予想もつかないだけに非常に怖い。
ただでさえ集落が割れるという大きな問題を抱えている現状、これ以上の混乱は絶対に避けたい。
――更に言うと、レインティエ自身のこともある。
エラメも予想外だったが、あの男は集落に来てまだ日が浅い。にも拘わらず、すでに根を下ろしていた。
軽く声を掛けただけで、多くの女たちが手伝うことを快諾した。
何なら参加者が多くなり過ぎたせいで、護衛として同行する女戦士の数が足りず、少しふるいに掛けたくらいだ。
そんな女たちに共通した思いは、「レインティエを逃がすな」だ。
もちろんアーレと番になってほしいが、それ以上に、あの男が集落に残ってほしいと願っているのである。
まだ二ヵ月と少し。
この短い間に、随分集落に馴染み、好かれていた。
このままさっさとアーレと番になってくれれば何の問題もないのだが、肝心のアーレが少々心配になってきた。
それゆえの同行だった。
「釣りは失敗か。レインは器用だからな、釣りくらいできるか」
女たちが散り、この場に残ったのはエラメとタタララのみ。そのタタララは、木の影に隠れて遠目にアーレたちを見ている。
「器用なの?」
「ああ。女たちに負けないくらい家事もできるし、料理も繕いもできる。野菜を花の形に切ったりするぞ。飾り切りというらしい」
「飾り……?」
よくわからないが、器用らしい。
「アーレのものじゃなければ、私が欲しかった。あれはいい男だ」
「ちょっと。変なちょっかい出さないでよ」
「フッ。出したらアーレに殺されるだろうな」
笑い事じゃない。かなり本気で殺されると思う。
「――私は、あの二人が仲が良さそうにしているのを見るのが好きなんだ。あいつが幸せならそれでいい。私のことはその後だ」
そう語るタタララの凛々しい横顔は、とても優しい。
「それよりエラメ。計画はうまく行くのか?」
「さあ? ただ、損だけはないと思うけど」
戦士が意中の者に「いいところ」を見せるのなら、当然、戦っている姿を見せるべきだ。
女としてのアーレは幼児より幼い。
だが、戦士としてのアーレは、誰よりも強い。
アーレの勇姿を見れば、きっとレインティエも惚れ込むことだろう。
かつてのエラメがそうだったように。
しばしそのままで待っていると、森が静かにざわめいた。
身構えると同時に、がさがさと草木を掻き分けて同行してきた女戦士が姿を現す。
「――見つけた。こっちに引っ張ってきてる」
どうやら女たちは、手頃な魔獣を見つけたようだ。




