33.雨季明け後の日常
「おぉ……」
育っている。
育っているではないか。
――雨季が明け、日常が戻ってきた。
八日ほど降ったり止んだりを繰り返し、雨量は充分だがあまり強くなかった天の恵みは、大地を潤して通り過ぎて行った。
久しぶりに見る晴天は鮮やかな青で目に痛いくらいだ。すっかり夏らしくなった太陽はじりじりと肌を焦がす。
これからどんどん暑くなることだろう。
必要な雨ではあったが、やはり少々気が滅入ってしまった。
ずっと家にこもり切りだったので、なかなかの解放感である。
そして、だ。
「見た目は変わらないな……味はどうだろう」
私の畑には、雨の間に育った野菜が実っていた。
雨季が始まった日に初収穫を済ませ、その後少しだけまた種を蒔いたのだ。
ナナカナ曰く「雨でも育つ魔除けがあるよ」という言葉を信じ、かつ私の持つ聖女の力である「豊穣」の結果である。
育っている。
黒長芋も縞大根も、前の収穫の時と遜色ないほど育っている。畑自体はびちゃびちゃなのに野菜の出来は……見た目には変わりないな。
雨でも育つ魔除け、か。
フロンサードでは聞いたことがないものだ。
どこまで信じていいのかわからないが、神蛇カテナ様がいる集落だけに、この地はいろんな恩恵を得ているのだとか。
連作障害みたいなものもないみたいだし、作物の育ちが悪いということも滅多にないそうだ。
こういう理屈のわからない人智を越えた理屈を聞くと、やはり、神々の住まう地というフレーズを嫌でも思い出してしまう。
――まあ、そういうのもこれから慣れていくのだろう。
とりあえず野菜は一旦置いておいて、晴れの日の日常に戻ろうか。
朝の支度と準備をして、朝食を作り、今日からまた狩りに出るというアーレ・エ・ラジャを見送り。
少しできた時間に、雨季で育った野菜を収穫し、見た目や味の確認をする。
……全然変わらないな。中が腐っていたり少々水っぽくなっているということもなく、前に収穫したものと大して変わらないと思う。
一応ナナカナを呼んで確認してもらい、出来に問題はないと太鼓判を押してもらったので、婆様にお裾分けをすることにする。
前の収穫分は、結局雨季の間に食べてしまったからな。
「黒長芋はあげなくていいよ。砂糖にしようよ」
ナナカナの要望を却下し、私は野菜を持って婆様の家を訪ねることにした。
「おぉ……」
いかにも、という感じの家である。
無数の動物や魔獣の骨を飾り立てたその家は……うん、とても蛮族蛮族している。
ナナカナに聞いた方向へ行くと、遠目でもわかる特徴的な家がすぐに見つかった。
集落のはずれにぽつんとある、知り合いの家でも近寄りたくない家である。
でも、すごく納得できる家である。
当人がアレで、あの人が住んでいる家と言われれば、納得しかできない。
……夜中に見たらシャレにならないくらい怖そうだな。よく住めるものだ。
「婆様! 婆様!」
呼びかけると、「余所者が婆様と呼ぶな!」と言いながら本人が出てきた。……あっ、骨の帽子かぶってない。いつもの蛮族感が薄いぞ婆様!
…………
……しまった。少し見惚れてしまった。
確かに歳は取っているが、それでも充分美しい女性だった。若い頃は相当モテた……ああ、そういえばそれを裏付ける嘘みたいな逸話があったな。
聞いた当初は嘘みたいだと思っただけだが、素顔を知ってしまった今なら、嘘ではないかもしれないと感じてしまった。
それにしても美しい黒髪だ。翼はないはずだが、片親が黒鳥族なのかもしれない。
「なんじゃ若造が! 朝っぱらから!」
例の頭蓋骨帽子の威圧がないので、ガミガミ言われてもあまり気にならない。……まあ元からそんなに気にしてなかったが。
「あなたから貰った種から野菜ができたんだ。貰ってくれ」
と、私は持ってきた黒長芋や縞大根を差し出す。
「……うむ。貰ってやる」
あ、よかった。「いらん帰れ」と言われたらどう説得しようかと考えていたくらいだが、話が早い。
「時におまえ。怪我人の治療ができるそうじゃな」
ザルごと受け取った婆様の言葉に、私は頷く。
「ああ。準備もしてある」
「そうか。……フン。ちょっと待っていろ」
家に引き返した婆様はすぐに戻ってくる。
持ってきたザルの上には、野菜の代わりに枯草のようなものがあった。
「これは香湯草じゃ。すり潰して湯で溶くと粘りがある塗り薬になる。擦り傷も切り傷も全部これでいい」
へえ。見たことない草だな。
「ただし、すり潰したらすぐに使わないと薬効が薄いんじゃ。必要になったら使え」
「わかった。ちなみにどれくらいすり潰せばいい?」
「だいたいでいい。湯で溶けるからの。なんなら小さく千切るだけでもいい。――少々匂いはきついが効き目は確かじゃ」
なるほど。
どれほどの薬効があるのかはわからないが、白蛇族が長年ずっと使用してきたものなら、少なくとも毒ではないだろう。
もしもの時はありがたく使わせてもらおう。
「男は助けるのか?」
ん? ああ、向こうの集落の連中か。
「もちろんだ。私は族長の婿だから」
族長は集落を守る存在だ。
そして入り婿は族長を支える存在だ。
アーレ・エ・ラジャが望む限り、私は白蛇族全員の支援を惜しむつもりはない。
「チッ」
なぜか舌打ちされた。
「だったらさっさとアーレの番になれ。わしはいつまでおまえを邪険にせにゃならんのじゃ」
……えっ?
「いちいち怒る方も大変なんじゃぞ。ほかの連中の手前、まだ余所者のおまえをわしは認められん。そういう立場なんじゃ。カテナ様が認めておるのにわしが認めないのはひどく滑稽じゃろうが。
アーレと番になれ。早く。子を成せ。わしは死ぬ前にアーレの子を抱きたいんじゃ。祝福もしたい。ついでにおまえも祝福してやる。早く白蛇族になれ」
お、おう。
……このタイミングで本音を駄々洩らしにするのか。予想外だった。
なんだか劣勢な気がしたので、「また夕食でも食べに来てくれ」と、お茶を濁して退散することにした。
「黙れ。アーレを抱け」
濁すこともできないほどに、すぐさま切り返されたが。
その夜、狩りから帰ってきたアーレ・エ・ラジャが「すまない」と謝ってきた。
……なんの話だか、よくわからなかった。




