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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
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31.白蛇姫、後悔する





「え、嘘でしょっ!?」


 それは信じがたい話だった。


「本当に何もなかったの!?」


 殴り掛かったかと思わせるような表情と勢いとで食って掛かったのは、エキバとカーラである。


「「……」」


 他の女たちは絶句している。

 あまりの衝撃に言葉を失っているのだ。


 エラメなんて何を思ったのか、ちょっと悲しそうな顔をしているくらいだ。なぜその顔だ。憐れみか。正直少し腹が立つ顔だ。


 エキバとカーラに詰め寄られて迷惑そうなアーレだが、この件に関しては反論の余地さえないので、口を噤んだままである。


「落ち着け!」


 一番落ち着いていないタタララが吠えた。


「もうこうなったら狩りどころじゃない。――アーレ」


「……なんだ」


「話を聞かせろ。事細かに」


「話す事など……」


「ふざけるなよ。私の心の臓に直結した問題なんだぞ」


 それは知らない。

 だが、タタララは至極真剣で真面目である。


 タタララの言い分に納得するわけではないが、他の女たちも気持ちは同じである。

 今のままでは狩りが手につかないほど、気になる問題ではあった。 


 何せ――


「確認するぞ、アーレ。雨季の間、本当にレインと何もなかったのか?」


「……なかった」


「それどころか、なんだって?」


「……それどころか、なんだかレインの心の距離が離れた、気がする」


「何があったんだ! 何もなかったのになぜ心が離れるんだ!」


 やはり衝撃である。

 二回聞いても衝撃だった。





 今年の雨季は、八日ほど続いた。

 雨量も勢いも穏やかで、水害はほとんど出なかった。


 その八日の間、戦士たちは狩りに出ることなく、家で過ごしたり友人と酒を呑んだりと、のんびり過ごした。

 これから本格的に夏が来て、魔獣が活発に行動するようになる。狩りの頻度も危険度も上がっていくことになる。


 戦士にとっての雨季とは、そんな厳しい季節の前の、ちょっとした休息なのだ。


 そして。

 今年は、森の向こう側(・・・・)からやってきた、レインティエという何かと気になる男がいる。


 アーレには結論だけ話したが、女たちは相談した。


 ――今年の雨季は、絶対にアーレの家には行かないでおこう、と。

 

 女たちは待ち望んでいた。

 アーレとレインティエの関係の進展を。


 これに関しては一緒に住んでいるナナカナも同じ気持ちで、もしもの時(・・・・・)は他の女の家でしばらく暮らすよう話が付いていた。


 雨季という環境に閉じ込められる男女。

 お互い若く健康で、番になることを前提とした関係。


 なんならもしもの時(・・・・・)に誘導することさえ可能なナナカナもいる、そんな状況で。


 ――家の中に八日も一緒にいて、何もないだなんて。


 互いにその気がない男女でさえも、一つ屋根の下で何日か過ごせば、何かありそうなものなのに。

 番になる前提の男女が、八日も一緒にいて。


 何もないだなんて。

 こんなのありえるわけがない。


 更には、逆に仲が悪くなったと言い出す始末。

 一体何がどうなっているのか。


 アーレからのろけ話を聞く気満々だった女戦士たちは、アーレから語られた事実に驚愕した。


 ある者は「本当か!?」と詰め寄り、ある者は二の句を告げることさえできないと言葉を失い、唯一の人妻には哀れみの目を向ける。

 ある者は怒りながら真相を聞かせろと言う。


「――わかった。話すから離れろ」


 今日は、雨季明けから初めての狩りだったのに。

 これから狩場に向かう予定だったが、もう誰も狩りのことなど気にしていない。女たちはアーレの話の方が重要と言わんばかりである。


「とにかく狩りには行くぞ。歩きながら話そう」


 雨の影響で、狩場に水害が出ているかもしれない。獲物が取れないのはまだいいが、何か変化がないかを調べておく必要はある。 


 ……本音を言えば、アーレだって狩猟どころではない。だいぶ気持ちが浮ついているのだ。


 今日は軽く狩りをして、それから女の戦士の中で唯一の番持ちであるエラメに色々相談したかったくらいなのだが。


 こうなってしまえば、話さないわけにはいかない。


 歩き出すアーレを、女たちが囲んで付いてくる。


「レインから女の話を聞き出した。なんでも親の決めた番候補がいたらしい」


 と、アーレは手短に、あの日聞いた話を説明する。


「――ここだ、と思ったんだ」


 弱味に付け込むのは戦う者の性である。


 レインティエは弱味を晒した。

 婚約者だった女にフラれたという、わかりやすい弱味を。


 これは好機と見た。

 慰めることでレインティエの心の傷を癒し、アーレに関心を向けさせる好機と見た。


「我は渾身の口説き文句を言ってやったのだ。『我に惚れろ、我はおまえを受け入れる』と」


 何人か「それ口説き文句か?」と言わんばかりに首を傾げるが、アーレはそれを見ていない。

 仮に見たとしても、あまり気にしなかっただろう。


 己の中ではこれ以上ないほどの口説き文句だったから。


「いつも言っている『夜這いに来い』よりは、はるかに気が利いたセリフだろう? 我だって考えたんだ。考えに考えた言葉だったんだ。言ってやった時は決まったと思ったさ」


「ああ、それは完璧だな。私が男に言われたらたぶん心の臓が止まる」


 タタララの同意を得て、アーレは自分が間違っていないことを確信する。


 ――同意を求める相手が絶対に間違っているなどと思いもせずに。


「なのに。なのにあいつは! レインは!」


 思い出したらまた怒りがぶり返して来た。


「あいつは我の渾身の口説き文句に『その時は頼む』と言ったんだ! すぐさまそう言い返したんだぞ! その時とはいつだ! 今じゃないのか! もう今来いと! ……そんなことを心の中で叫んでいたら、レインに対する悪口が止まらなくなってしまった……」


 そして気が付いたら、レインティエはあまりアーレと話をしなくなった。

 というか、食事時以外はアーレの家に寄り付かなくなった。


「我は嫌われたのだろうか……」


 エラメに相談したかったのは、このことである。


 振り返れば、口説き文句が通用しなかったからと相手を責めるなど、愚かにも程がある。

 あのジータでさえ、口説き文句が不発に終わっても、拗ねることはあっても怒ることはなかったのに。


 アーレは己の愚行を恥じると同時に、自分がこんなにも狭量な性根があることに自分でも驚いていた。

 愛用していた槍を壊された時も半殺しで許したし、よその部族とのケンカでも相手を殺すようなことはしなかったのに。





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