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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
31/252

30.指先王子、案の定の結果になる





 まさに蛇に睨まれた何とか、という状態である。


「あっそうだ! 婆様に収穫した野菜を届けなきゃ!」


「後で我が行く。それより話せ」


「あっそうだ! 夕食の準備をしなきゃ!」


「さっき昼飯を食ったばかりだ。早すぎるだろう。それより話せ」


「あっそうだ! カテナ様が雨に打たれて震えているかもしれないから探しにいかなきゃ!」


「カテナ様は雨など全然平気だぞ。それに恐らくあとで来る。気にせず早く話せ」


「来るのか? わかるのか?」


「なんとなくな。あの方は神の使いだから、意志を伝える力もあるのだと思う。だから早く話せ」


 ……誤魔化しきれない、か。


 金色の瞳に不穏な輝きを灯すアーレ・エ・ラジャは、絶対に私を逃がすつもりはなさそうだし。

 ナナカナはずっと期待に満ちた顔で私を見ていて、先の質問の返答を待っているし。


 ……好きな女はいなかったのか、か。


 嘘を吐くのは簡単だし、仮に嘘が見破られても知らぬ存ぜぬで押し切れるとは思う。


 でも、アーレ・エ・ラジャにジータとの関係を聞いた時、彼女は嘘を吐かなかったからな。私に隠し事はしたくない、って。

 

 だったらもう、正直に話すしかないのか。

 きっと気分を害すであろう話を。


 これから嫁になろう婿になろうって私たちが、かつて好きだった人の話なんてしたところで、気分がいいわけがないのにな。


 ――ただ、いい機会でもあるのかもしれない。


 いずれ機会があったら、私が白蛇(エ・ラジャ)族の集落に来た理由くらいは、話すこともあるだろうと思っていたから。


 しかしまあ、今はきっと、タイミングが違うと思うが。


 もっと、こう、アーレ・エ・ラジャとの仲が深まり、お互いの気持ちを確認した後に、お互いの気持ちにちょっとした刺激を与える程度で――


「レイン、早く言え。それとも話しやすいようにしてほしいか?」


 おっと。焦らされてイライラし始めた嫁さんの膝が立ったな。


 まあどの道逃げられないのだ。

 心の中で言い訳していても仕方ないので、語ってみようか。


 もちろん手短にだ。

 つまらない話を長々したっていいことないから。





「実はね、私もアーレ嬢と少し似ているんだよ」


 徐に私が語り出すと、アーレ・エ・ラジャは立てた膝を折って座り直した。表情はまだ険しいが。


「似ているだと?」


「そう。私にも親が決めた許嫁がいてね。ナナカナより小さな子供の頃から、結婚する相手が決まっていたんだ」


 アーレ・エ・ラジャも、小さい頃からジータとの結婚が決まっていた、と言っていたからな。

 細かい部分の差異はあれど、大枠で言えば、ほぼ同じケースである。


「親が決めたこととは言え、私は別に反対する理由はなかった。いずれ結婚する相手だし、それなりに仲良くやっていたよ。

 アーレ嬢は正直に話したから、私も正直に言う――初恋の相手だった。とても好きだったよ」


 キャッ、と、ナナカナが嬉しそうな悲鳴を上げた。

 女の子である。


 みし、と、アーレ・エ・ラジャの手にある光輝牛(ファー・ル・ギリ)の骨が軋む悲鳴が上がった。

 女傑である。


 このまま悠長に話をしていると、牛の骨が折れるか私に向かって飛んできそうなので、さっさと結論に至ることにした。


「そんな初恋の女性だけど、ある時、私とは違う男と抱き合っているのを見てしまってね。話を聞くと、彼女らは幼馴染の関係で、両思いだった。

 彼女が言うには、『親が決めた結婚だから従おうと思っていたけど、どうしても心までは従えない』ってさ。それで私は身を引いたんだ」


 あれはショックだったな。


 十年以上の付き合いになる彼女とは、あのまま普通に結婚すると思っていた。

 なのに、彼女には他に好きな男がいました、という話だ。


 まあ、よくある話である。

 王侯貴族の結婚だ。

 私は一応王子で、向こうは侯爵家のご令嬢。貴族である以上、本心がどうあれ結婚しなくてはならなかった。


 でも、さすがになぁ。


 私のことを好きじゃない、他に好きな男がいるという女性と、私はどんな顔をして結婚すればいいのかという話である。


 まあ、今ではいい……いや、ただの苦い思い出だが。


「捨てられたのか」


「一応私から身を引いた形なんだが。……でもまあ、捨てられたのかもね」


 向こうからしたら、私は好きでもない男だったわけだから。

 王命を覆すようにして別れられて清々したことだろう。


「元気出して、レイン。きっといいことあるよ」


「ありがとうナナカナ」


 しかしもう過去の話だから気にしなくていいんだが。

 そういう苦い思い出も一緒に、フロンサードに置いてきたつもりだし。


「おいレイン」


 と、アーレ・エ・ラジャが立ち上がった。いったん手にある骨を置いてくれないものだろうか。投げて来そうで怖いんだが。


「我に惚れていいぞ。我はおまえを受け止めてやる」


 え? あ、うん。


「その時は頼むよ」


 そう言うと、思いっきり舌打ちされた。


「今来いよ。腰抜けめ」


 ……まだ集落に来て二ヵ月ちょっとだからさ。半年待ってくれる約束だろう。あと子供の前では色々まずいんじゃないかな。我が胸に飛び込んで来いとばかりに両手を広げられても。


「いや、子供の前でそういうのは」


 教育に良くないだろう、と言いたかったが。


「――族長に恥を掻かせないで。レインはちょっと族長を軽く見てる節がある」


 節がある、とナナカナに非難されてしまった。彼女の教育は微妙に手遅れであるらしい。


 そして急激な流れの変化により始まる、唐突なる入り婿いびり。

 味方はおらず、雨のせいで逃げ場もなく、私はただ岩のように雨風を耐えるしかないのである。


 カテナ様、早く来て……!





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