表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
30/252

29.雨の日は狩猟に行かないから





 雨季がやってきた。

 私の畑での初収穫が行われたその日から、雨が降り出した。


 細々した手隙の間にちょっと触れれば充分、という程度のささやかな規模の家庭菜園のつもりだったが。

 いざ畑を目にすると、なんだかんだと構いたくなってくるものだ。


 翌日には小さな畑一面に芽吹いた命。

 守れるのは自分しかいないと思うと、特に構いたくなる。


 雑草を取ったり、耕した時は見逃された小さな石を取り除いたり、虫除けの魔除けを張り直したり。

 日々すくすくと育つ作物たちを見守っていると、今度は天敵がやってきた。


 そう、家畜どもだ。

 なんのつもりか知らないが、異様なヒツジ、邪悪なヤギ、血走った目をした馬などがまた柵を壊して脱走して来たのだ。


 間違いない。

 奴らの狙いは作物だ。私の黒長芋(ファル・ケ)縞大根(フシナ)を狙ってきた害獣どもだ。あの邪悪なヤギの顔を見てピンと来た。


 私は守った。

 泣きながらナナカナに頼み込んで追っ払ってもらうこと数回、なんとか無害に抑えることに成功したのだ。


 そんなこんなで、守るべきものができた私の日々は過ぎていく。


 そして、明け方から降り出した雨の中、食べられそうな大きさまで育った作物たちを無事に収穫し――ちょうどやってきた雨季を迎えることができたのだ。


 ほっとした。

 雨の状態によっては、未熟なまま収穫する可能性もあったので、非常にほっとした。


 畑とは愛しいものである。





 雨季。

 一年に一度訪れる、西からやってくる空一面の雨雲がもたらす、天の恵みである。


 毎年やってくるが、雨量はまちまちである。

 長くて二週間ほど、短くてほんの数日。

 振り続ける年もあれば、休み休み降る年もある。ないと困るし、あり過ぎても困る。期間が長すぎても短すぎても困るものだが、こればっかりは人間にはどうしようもないことである。


 向こう側(・・・・)の聖国フロンサードでも雨季はあったが、こちら側(・・・・)も雨季として認識されているそうだ。


 まあよくよく考えたら、毎年フロンサードを訪れる雨は、霊海の森の向こうから雨雲が連れてくるのだ。

 ならば当然、森の向こう側(・・・・)でも雨が降っていてもおかしくないか。


 雨季がすぎれば夏である。


 だが、すでにじりじりと気温が上がってきている白蛇(エ・ラジャ)族の集落……というかこの家では、ようやく囲炉裏に火を入れることがなくなった。

 すでに夏の気配は強いのだ。


「――レイン」


 穏やかに振り続ける雨音を聞きながら、それぞれの時間を過ごしていた時だった。


 武器の手入れや、骨を削って槍先などを作っていたアーレ・エ・ラジャが、雨の音に支配された静寂を被った。


 基本的に、雨の日は狩猟には出ないそうだ。

 出発時刻と帰宅時刻を調整したりはよくしていたが、毎日のように出掛けていた彼女が日中でも家にいるのは、かなり珍しいことである。


 私が集落にやってきてからのこの二ヵ月、あまり雨は降らなかった。降ったとしてもあまり長引かなかったから。


「どうした?」


 山ほどある豆の殻を剥いていた私は、手元から視線を移す。雨が降って外に出られなくとも、やるべき仕事はあるものだ。

 なお、ナナカナも同じ作業をしている。


「おまえの話を聞きたい」


 ん?


「私の話?」


「うむ。我はおまえをよく知らないからな」


 ……ああ、まあ、そうか。


「アーレ嬢はあまりおしゃべりじゃないよな」


 なんというか、端的に用件だけ言うことが多い。雑談のような話題は振られたことがあまりないんだよな。


「何も聞かないから、あまり私に興味なんてないのかと思っていた」


「そんなことはないぞ」


「本当に?」


「本当だ。……こうしてじっくり腰を据えて向き合うことがなかったではないか」


 それは…………


 意外とそうかもな。


 アーレ・エ・ラジャは毎日狩りに行って、疲れて帰ってくる。

 酒を呑んで夕食を食べたら、武器の手入れをして、そしてすぐに寝るから。私とナナカナはそれからこの家から出るのだ。


 最近は本当に毎日タタララがやってきて、アーレ・エ・ラジャの相手をしているので、私が入り込む余地がなかったんだよな。

 さすがにこの雨の中では、彼女は来ないようだが。


「私の話か。漠然と言われると何から話したものか……具体的に何が知りたい?」


「そう言われると我もなんと言っていいか……」


 ――たまに思うが、アーレ・エ・ラジャはたぶん口下手なんだろうな。おしゃべりが嫌い、という感じはあまりしていなかったけど。きっと得意ではないのだろう。


「おいナナカナ。ちょっとレインと話してみろ」


「え? ああ……何を?」


「おまえが気になることでいい」


 雑な話の振りに少しだけ困った顔をしたナナカナだったが、目を見開いて「あっ」と声を漏らした。何か心当たりがあったらしい。


「レインって十七歳って言っていたよね?」


「ああ」


 もしここに来ることがなければ、今もきっとフロンサードの貴族学校に在籍し、最後の一年間を過ごしていたことだろう。


白蛇(エ・ラジャ)族の十七歳って言えば、普通は番がいて子供がいる年齢なんだよ」


 ああ、そうそう。こっちは結婚適齢期が早いんだよな。


「レインはいなかったの? 嫁とか子供とか」


「いないよ。もしいたらここにはいなかっただろうね」


 さすがに嫁やら子供やらを捨ててまで蛮族に嫁ごう、なんて思えなかっただろう。


「じゃあ、好きな人は?」


「ん?」


「好きな女とかいなかったの? 番になりたい女とか」


 ……ん?


 …………ん?


 …………


 ナナカナ、なんて話題を振るんだ。そういう「昔の恋人はどうだった?」みたいな話は、これから嫁になるアーレ・エ・ラジャには言わなくていいことじゃないか。


 こういう刺激を与えるような話題は極力避けてきたのに。

 こんなにストレートに触れるのか。


 子供って怖いな。怖いもの知らずだな。

 こんな話、どう転んでも、アーレ・エ・ラジャが不愉快な思いをするだけなのに。


「おいレイン」


 若干アーレ・エ・ラジャの声に、トゲというか、刃というか、痛いものを感じるのは――


「何をぐずぐずしている。早く答えろ」


 きっと気のせいじゃない。

 いや、気のせいだと思いたい。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ