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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
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02.キレの花の舞い散る中で





「――おお……美しいな」


 聖国フロンサードの王都を出て、一週間。

 天候に恵まれたおかげで、馬に無理をさせるほど急ぐことなくとも、予定していた旅程より二、三日早い到着となった。


 西の彼方にある、霊海の森。

 果ての見えない広大な、水平線のような深い森の一端に、それはある。


 樹齢千年を超えると言われる、ササラの樹木。

 遠目でも圧倒するような大木には、今、淡く紅の差した白い花が咲き誇っていた。


 この木は、春のごく短い間だけ、花をつける。

 それ以外では、あざやかな緑の葉が覆い茂っているのだ。


 私は無事、約束の場所に、約束の期間中に到着した。


「レインティエ殿下、どうやら向こうはまだ到着していないようです」


 護衛として同行してきた騎士の一人が、ササラの樹木まで駆けて周囲を確認し、戻ってきた。

 どうも白蛇(エ・ラジャ)族が来た痕跡は、まだないようだ。


「あの花はいつ散る?」


「長くて二週間と言ったところかと」


 二週間か。

 では、どうしようかな。

 

「どうする? 私だけ残ろうか?」


 ここから先は、白蛇(エ・ラジャ)族と合流し、私だけが付いていく予定となっている。騎士二人と御者の旅は、ここまでだ。


「いえ、無事あちらに引き渡すまではご一緒します。霊海の森は魔獣の類も多いので」


「それに、案外迎えに来ないケースもあるかと思われます。その場合は一緒に帰りましょう、殿下」


 ああ、そうか。向こうが来ないパターンもあるのか。

 さすがに白蛇(エ・ラジャ)族と合流できないとなると、私の婿入りも何もないもんな。別れは済ませてきたが、その場合は引き上げるしかあるまい。


「殿下、少し戻ったところに場所に水辺がありましたぜ。あの辺なら野宿できそうだ」


「ならばそうしよう」


 御者の言葉を採用し、私たちは穏やかに流れる川の近くにテントを張り、


「――それにしても男だらけで野営なんて、色気の欠片もないな」


「――そうだな。騎士隊の遠征を思い出す」


 馬の世話は御者に任せ、私と騎士たちはのんびり雑談しながら薪を集めて火を起こしたりとテキパキ準備をしていく。


 私も、婿入りを決めた半年前から、いろんな準備をしてきた。このテント設営や野営のやり方もしっかり学んできた。

 婿入りを決めた時から、もう王族だなんだで甘えるのは許されないからな。


 何もできない、自分の世話もできない、むしろ世話する者が必要、なんてことでは目も当てられない。

 向こうの部族のお荷物にしかなれない。そんな扱いは本意ではない。


 ――何せ聞いた話では、入り婿は肩身が狭いらしいからな。最低限自分のことくらいはできるようになっておかねば、自分が困る。


「なあ、二人は結婚しているのか?」


 移動中の彼らは、私の護衛として常に仕事中なので、あまり話はしなかったが。

 こうなってしまえば、話すくらいは大丈夫だろう。


 そう思って聞いてみると、茶色の髪のマイズが「ええ、してますよ」と頷く。


「こいつなんて新婚ですし」


 と、マイズはもう一人の騎士で、短い金髪に少し垂れ目がちのビークに話を振る。


「小さな頃からの許嫁ですから、付き合いは長いですけどね」


 そうか。まあ一般的な貴族っぽい感じだな。


「ならばちょうどいい。ぜひ夫婦円満の秘訣などを教えてもらいたいのだが」


 この質問は、城にいるたくさんの者に聞いてきた。

 特に入り婿の宰相殿の答えは、非常に、とても、ものすごく参考になった。

 なかなか心に沁みるというか、響くというか……宰相という華々しい肩書きのベールを一枚めくると生々しい傷があったというか……思わずもらい泣きしてしまいそうになった。


 仕事場では冷徹極まりない切れ者なのに、家庭では…………


 入り婿とは難しいものなのだと、思わずには居られなかった。


「夫婦円満の……私はまだ新婚なので、夫婦間の問題はありませんが」


「そう思ってるのはおまえだけじゃねえの?」


「ん?」


「うちの嫁は数年前に爆発して実家に帰ったぞ。やれ継母の小言が嫌だとか使用人になめられてるとか……いつも聞いてたけど、俺は真剣に聞かなかった。ただの愚痴程度にしか思ってなかった。

 突然実家に帰った嫁を、何が何だかって思いながら迎えに行って、はっきり言われたよ。

『おまえが一番腹が立つ』って。

 何を相談しても『そっちでうまくやれ』としか言わない、真剣に聞いてくれない旦那が、味方してくれない旦那が一番腹が立つってさ。……俺はほんとにうまくやってると思ってたんだけど、実際はそうじゃなかったって話だ。


 ――殿下、夫婦円満の秘訣というほどではないですが、嫁とはよく話をすることが大事だと思いますよ。じゃないと俺みたいに捨てられる寸前まで行くこともありますから」


 そ、そうか……


「心に刻んでおく」


 夫婦とは難しいものだな。


「おいビーク、おまえもちゃんと嫁に聞いてみた方がいいぞ。何か不満はないか、うまくやれてるかって。

 案外『問題ない』と思ってるのはおまえだけかもしれないぜ?」


「……そう、だな。一度聞いてみるよ」


 何か思うことがあるのか、それともマイズの哀愁に満ちた表情に感じ入ることがあるのか。

 ビークは素直にそう答えた。


 なお、一応御者にも聞いてみた。


「――夫婦円満の秘訣? あー……メシがまずくてもまずいって言わないことですかねぇ。基本は『やってくれてありがとう』を忘れないこってす。今時亭主関白なんて流行んねぇから」


 そう語る御者の顔も、苦味と渋味を感じさせて、なかなかの哀愁を漂わせていた。


 本当に、夫婦とは難しいものである。





 そんな哀愁ある男たちと過ごすこと四日目。

 朝起きて身支度を整えると、のんびり歩いてササラの木の様子を見に行く。


 近くに行くと、その木がどれだけ大きいかよくわかる。

 物見の塔のようにそびえるそれは、地に根付く根だけでも、私の身体周りより大きいものばかりだ。


「樹齢千年以上か……」


 自然とは偉大なものだ。人間の建造物は、きっと千年も保つことはあるまい。


 風が吹くたびに、樹木の枝葉に咲いた指先大の白い花弁が宙を舞う。

 その姿は偉大で、出も少し物寂しくて、こんなにも大きいのに夢のごとく儚い。


 しばらく花弁の吹雪を見上げ――ふと視線を感じてそちらを見る、と……





 ――いた。


 霊海の森を抜けてきたらしきそこに、三人の女がいた。


 革製の胸当てや腰布をまとい、無骨な槍や剣を帯び……およそ聖国フロンサードの民にはない、独特の装いを持つ女たち。


 三人とも外套をまとい、フードを目深にかぶっているが、恐らく……いや、間違いなく。


 向こうも私と同じように考えたのだろう、三人はまっすぐにこちらへ――ササラの木の下にいる、私の近くへとやってくる。


 と――


「あ……」


 その中の一人。


 三人の代表であるかのように、先導して歩いていた中央の女性が、歩きながらフードを取ってその顔を晒した。


 ――この感情をなんと表現するべきか。


 目の前を舞う白い花が遮ることさえ邪魔だと思えるほどに、私はその女性に目を奪われていた。


 薄着だけによくわかる均整の取れた身体は、それこそ芸術品のようだった。

 それも、野生の動物が持つ、生き抜くために鍛えられた身体だ。筋肉も脂肪も一切の無駄がない、不自然がない美しい形だ。


 冴え冴えとした切れ長の金色の瞳。金色の瞳など初めて見る。

 雪のように白い肌だが、美術品のように細く美しい首には妙な模様が……刺青かと思ったが、どうやら鱗が生えているようだ。


 歳は、十五歳くらいだと思う。

 幼い顔立ちは引き締まり、一部の隙もない。


 美しいと思う。

 感情の見えない顔立ちも美しいし、無駄のない身体付きも美しい。歩き方一つ取っても、佇まいも、まっすぐに射抜く金色の視線も美しい。


 そして何より――


「……」


 すぐ目の前にやってきた彼女を見て、生きるために戦ってきた身体中に刻まれた細かな傷跡さえ、美しいと思った。





 蛮族、白蛇(エ・ラジャ)族。


 直感だが、根拠もなく「間違いない」と思えた。


 きっと――


「……あなたがアーレ・エ・ラジャ嬢ですか?」


 きっと、彼女が族長。


 私の嫁だ。





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