241.新婚旅行 七日目 出発
「何? どこか行くのか?」
黙っていくことも考えたが、要らぬ誤解を招くのも嫌なので、嫁には夜間外出のことを話しておく。
部屋にこもって何かをしているアーレが、夕食を取りに食堂に来たところで伝えた。
私は今日は、夕食はいらない。
「ああ。用事を済ませてくる」
これが終われば、一応私の旅行の目的は果たされる。
もちろん最低限だが。
調べたいことも学びたいこともまだまだたくさんあるが、これ以上手を出したら、どれもこれも中途半端になってしまう。
図書館の司書には、追加で調査書の作成を依頼してあるし、できればこちらにいる間に手に入れた料理のレシピも試しておきたい。
だから、これ以上はもう手を出すべきではないと、私は思っている。
「それを言うということは、我を連れて行く気はないのだな?」
「どうしてもって言うなら、少し離れた場所にいてもらうことになる。私にやましいことはないから」
ただ、話がこじれかねないしややこしくなりそうだから、同席は無理だが。
「……いや、我は行かん。おまえは行ってこい」
「いいのか?」
夜。
外出。
こういうのは、向こうであっても浮気を疑われる行為なのだが。
「レインを信じている。だから構わん。……それにこっちも大詰めだしな」
「大詰め?」
「もうすぐわかる。今は聞くな」
ああ、例の隠し事か。
一体何なんだろうな。
「一人で行くのか?」
「フレには付き合ってもらおうと思っている。しかし――」
すでに各々の定位置となっているその椅子には、先に来ていたタタララが座っている。
そのタタララが、じっとこちらを見ている。
「……行きたい?」
「行く」
聞いたら即答した。やはり行きたかったようだ。
「おまえも行くのか」
「婿を求めて」
「そうか。早めに見つけろよ」
場所的に、そういう感じになるかどうかがわからないんだが……
いや、これはこれでいいのか。
これでフレートゲルトが来るなら、タタララと一緒に待ってもらうことになる。その間は二人きりだ。
タタララの意識が変わった今なら、フレートゲルトとの仲も、もしかしたら何かしら動き出すかもしれない。
出掛ける頃には陽が落ちて、空は真っ暗だった。
だが、まだ夕食時なので、大通りを歩く人は多い。
酔っぱらいが増えるのはこれからだろう。ちょうど呑み始める頃だろうか。
「で、どこに行くんだ?」
「ウバルラホテルだ」
フレートゲルトの質問に、私は答えた。
「正確に言うと、ウバルラホテルの近くで夕食を取って、それからホテルのバーに行く。そこでしばらく人を待つ」
詳しくは夕食を食べながら、と言い置き、私たちはウィークの街のランドマークにも等しいウバルラホテルへ向かう。
かのホテルは、この街ができた当時に建てられた元辺境伯の屋敷だ。
建設された当時は戦時で、更には霊海の森に住む魔獣にも対抗するべく、もしもに備えて王城のような頑丈なものが建てられた。
それから約二百年後である現在は、無骨で住みづらくて増設された街に対して立地場所も悪いとして、新しく辺境伯の屋敷が用意される運びとなった。
で、元辺境伯の屋敷は、売ってしまったと。
世界に轟くウバルラ商会は、大胆にも古城をホテルにリフォームし、ちょっと高価な宿泊施設にしてしまった。
貴族は当然として、少し値の張る宿という認識で庶民も利用できる。なんでも値段によってサービスや利用できる部屋に大きな差があるとかないとか。
外観が当時の古城ほぼそのままを残しているので、観光地のような扱いになっている。
近くで見る分には無料だから。
私たちも運命の池に行った時、結構近くまで行った。
大きい建造物は向こうの女性陣には珍しかったようで、それなりに喜んでいたと思う。
そんなウバルラホテルは、食堂とバーは一般開放されていて、宿泊客以外も利用できる。
ただ、食堂は予約制なので、今回は取らないことにしたが。
「――辺境伯を呼び出したのか?」
適当に店に入り、夕食を取りつつフレートゲルトに事情を説明することにした。タタララはぐいぐい酒を呑んでいる。あまりこちらの話には興味はなさそうだ。
堂々たる呑みっぷりのタタララに隠れるようにして、私たちは話している。
フレートゲルトが声を潜めたのは、この街の領主が関わるという予想外にも大きな話だったからだろう。
元騎士だけに、話の重要性と秘匿性もすぐに察してくれた。
「ああ。隠れて会うよりは、まだ多少人目があった方が、彼の方も会いやすいだろうからな」
だから高級バーを指定した。
あそこなら、辺境伯が一杯呑みに来ても大して珍しくもないはずだ。
立場上、ホテルの客に会いに行くことも多い、らしいからな。
「なぜだ? 辺境伯に何の用があるんだ?」
「それは後日話す。こんなところでは話せない」
大衆食堂のような場所なので、周囲は賑やかだ。
隣のテーブルにさえ、私たちの声は届いていないだろう。
だが、それでも。
万が一何かがあった場合、リーナル・ウィーク辺境伯に迷惑を掛けてしまうので、要人に越したことはない。
「君たちは、離れた場所で呑んで待っていてくれ」
「というか、本当に辺境伯は来るのか?」
「そこはわからない。もしかしたら来ないかもしれない」
「おい」
「仕方ないじゃないか。今の私が訪ねたって会えるわけがないだろう」
――昨日、アーレとのデートの途中で、辺境伯に手紙を出したのだ。
婆様の名前を使って。
翌日の夜……つまり今夜、ウバルラホテルのバーで会いたいと、それだけの内容を認めた。婆様の手紙は直接手渡すつもりだ。
読めば来ると思う。
もう二度と会えない場所に帰った、かつての恋人の名による手紙だ。婆様の自称「大恋愛」が嘘じゃなければ、興味を抱かないわけがない。
ただ、家名もない名前なので、本人まで届いたかどうかは、ちょっとわからない。優秀な執事辺りが事前に弾いてしまうことも考えられる。
その辺は、もう賭けである。
もし来ないようなら、カリア嬢に頼もうと思う。
婆様から預かった手紙を渡してほしい、と。
婆様の望みは、かつて別れた辺境伯のその後の略歴なので、望みは叶えられないかもしれないが……さすがにそこは仕方ない。
今の私は、身分のない庶民だからな。会う方法はないのだ。




