240.新婚旅行 六日目 帰宅
「――わかった。よくわかった。そうだったな」
タタララが笑った。
「今のレインは、出会った頃のレインとは違っていたな。おまえが気持ちとやらを育てた結果が、今のレインなんだよな。
私もずっと見てきたはずだったが、どうやら忘れていたようだ」
アーレの言葉はタタララに届いたようだ。
「それで? 私はリカリオと飯に行けばいいのか?」
「そうだ」
あ、それは本気で行かせるつもりだったのか。
「この男はおまえを狙っているそうだ。――で、おまえはどうするんだ? 腑抜けた答えなど聞きたくないぞ」
色々と気になる言葉は出ているはずだが、リカリオ殿と護衛の大男は戸惑った顔で静観している。
まあどこまでも内輪の話だから、口出しできないのだろう。
「ああ、もちろん」
タタララはリカリオ殿を見た。
なぜか私も見た。
私とリカリオ殿を交互に見た。
そして、じっとリカリオ殿の顔を見詰めた。
なんだか不穏な行動に見えるのは、私の気のせいだろうか。
「……レインの方が好みだが、悪くないな」
あ。
ちゃんと見比べて品定めしていたのか。
――ああ、そう。そうか。
タタララが何をしたのか、納得した。
不穏に感じた理由がわかってしまった。
「行くか。飯。今すぐ」
「えっ?」
「さあ行こう」
「えっ!?」
タタララは、リカリオ殿の腕を掴むと、強引に行ってしまった。
呆気に取られていた護衛の大男が「おい!」と声を上げ、慌てたように後を追っていく。
そんなタタララたちの姿は、あっという間に見えなくなった。
「……本気になったな」
そう、だから不穏なのだ。
リカリオ殿がタタララを狙っていた。
目的はわからないが、確かにそうなのだろう。
しかし、ついさっきここで、立場が変わったのだ。
タタララたちにとっては、こちらの男の大抵が草食動物だ。
現役の騎士さえ「強くも弱くもない」と言える彼女たちに、真っ向勝負で勝てる者などいるのかどうか。
そんな戦士が、草食動物に狙われる立場に甘んじているわけがない。
さっきの見比べと品定めは、獲物の見極めだ。
果たして己が狩るべき獲物かどうか、じっくり見ていたのだ。
――そして今、タタララがリカリオ殿を狙うべきか否かを確かめるために、食事に行ったのだと思う。
最終的に、本当に婿候補を攫って行くことになりそうな気がする。
全力で阻止しようとは思うが、できることならそうなってほしくないな。
「おい婿殿」
空いた手に、嫁の手が戻ってきた。
「我らは帰ろう。タタララが本気になったなら何も心配はいらない」
「私はむしろリカリオ殿が心配になってきたが……」
意識が変わるだけで、狙う者と狙われる者の立場が逆転してしまった。
もしかしたら、リカリオ殿を攫って帰るようなことになるかも……
…………
まあ、その時はその時考えるか。
「仕方ないだろう。あいつの方がタタララに興味を持ってちょっかいを出したんだ。二回も見逃されたのに、三回もな。自業自得だ」
まあ……「美しい女性との出会い」の「女性」部分を、「危険な肉食獣」と言い換えた方が相応しいような遭遇だったけどね。
リカリオ殿自身は悪いことはしていないだけに、ちょっと不憫だな……
偶然三回も会ったことが悪いこと、と言われれば何も言えないが。
「お、おいレイン。レイン」
フレートゲルトが動き出した。
やはり顔色が悪いが、ちゃんとしゃべって動き出したことに安心する。
さっきまで本当に、何があったのか心配になるほど反応がなかったから。
「馬を頼む。俺はタタララさんを追う」
「乱入するのか?」
「いや、タタララさんが決めたことだから邪魔はできない……少し離れて見ている。屋敷の場所を憶えているかわからないだろう。一人にしたら帰れなくて迷子になるかもしれん。揉め事もできるだけ避けさせる」
もっともな話である。
フレートゲルトが付いているなら安心だ。
……まあ、不憫ではあるが。好きな女性が他の男とデートしているのを見守るなんて。
だが、形はあれだがこれも接触の一部だ。
このまま帰るよりはよっぽどいいだろう。これもある意味接点だからな。
それに、本当にもしもの時は、無様でもなんでもいいから無理やり入って邪魔をすることもできるしな。
少々状況が変わった気がするなら、好きなら諦めないでほしい。
諦めるのはまだ早い。
「わかった。行ってこい」
フレートゲルトから馬を預かり、走り去る彼を見送った。
さて。
帰路の途中でとんだ騒ぎの渦中に飛び込んでしまったが、これでようやく帰れそうだ。
「アーレ」
「うん?」
「前に乗って私に抱き締められるのと、後ろに乗って私の背中に抱き着くの、どっちがいい?」
「え? ……ああ……うん……」
一瞬なんの話だと言いそうな顔をしたが、すぐに察したようだ。
そう、どのように馬に乗るか、という話である。
六日目が終わる。
恐らく、タタララにとってはここがターニングポイントだったのだろう。
――もちろん、フレートゲルトにとっても。




