239.新婚旅行 六日目 本気
「何をしている」
あ。
私が止める間もなく、アーレは渦中に飛び込んだ。
リカリオ・ウィークは避けるべし。
アーレにもちゃんと伝わっているはずなんだがな。
向こうはフレートゲルトが一緒なのだ。滅多なことは起き――あれ?
馬に乗っているフレートゲルトを見て、顔色が悪いというか、感情が感じられないというか……うまく言えないが、とにかく親友がいつも通りには見えなかった。
アーレは正しかったかもしれない。
今のフレートゲルトは、なんだろう、まともに見えない。
多少の揉め事なら、男女の仲が深まるイベントにもなりうるが。
今は止めた方がよさそうだ。
「あ、その……三回目だから、今度こそ名前を教えてもらおうと」
前回に続いて今回もアーレに威嚇される形となったリカリオ殿は、若干戸惑いながらタタララを見る。
タタララはアーレを見て、アーレが頷いたのを確認してから名乗った。
「私の名はタタララ。戦士だ。これでいいか?」
「戦士?」
「約束は果たされた。これ以上何がある」
ここは名乗るのか。潔いな。
「タタララ……僕はこの縁を大事にしたいと思っている。どうか僕のために時間を作ってくれないか?」
「時間? 具体的に言え」
「夕食を一緒に。どうかな?」
ああ……予想通りでもあり、危惧していた通りでもあったか。
リカリオ殿はタタララを気に入っていた。
いや、まだわからないか。
ナナカナの言葉が当たっているなら、気があるとかないとかではなく、素性を探ろうとしている可能性もあるから。
「いや、遠慮しておく」
「そう言わずに。この短い期間に三回も会えたんだ、運命の神が巡り合わせたかのようじゃないか。僕らはきっと縁がある」
「私の神は運命の神ではない」
「……あ、その君の前の彼が恋人とか、夫だったりするのかな?」
「いや――」
「面倒臭い!」
アーレがキレた。
まあ、大通りの真ん中で馬の後ろに乗っている助成をナンパしているような状態だ。周囲には邪魔だし鬱陶しいと思われても仕方ない。
……アーレがキレた理由は、リカリオとタタララのやりとりがぐだぐだになってきたからと思うが。
「タタララ! 行ってこい!」
「「えっ」」
これにはこの場の全員が驚いた。立ち位置からしてリカリオ殿の護衛でもあるのだろう、知らない大男も驚いていた。私も驚いた。
まさかリカリオ殿の誘いに行かせる方向で言葉を発するとは思わなかった。
――いや、全員と言ったが、全員じゃなかった。
「フレートゲルト?」
少し距離があるので、私の声は聞こえなかったと思う。
思わず心配して声に出してしまっただけなので、それはいいのだが。
なぜこの状況で、なんの反応もないのか。
タタララがほかの男に誘われているこの状況で、何も言わなくていいのか。いやそもそも、顔色が悪いまま、まるで反応がないんだが……
やはり何かあったのだろう。
あんな凪ぎ状態の親友、長年付き合いのある私だって見たことがない。よほどの何かがあったに違いない。
「おまえがここにいる目的はなんだ!? 婿探しだよな!? ならいつまでもぐずぐずしてないでおまえも動け! 本気になれ!」
「私はずっと本気だ。本気で婿を探して――」
「嘘を吐くな!」
アーレはタタララの反論をばっさり切り捨てた。
「おまえの本気は命懸けで我を守り、命懸けで我を止めることができるだろう! 今のおまえにそれができるか!? できんだろう! まだまだ本気じゃないからだ!」
「なんだと」
タタララが馬から下りた。
フレートゲルトもリカリオ殿もそっちのけで、アーレの前に立ち睨み合う。
「反対する我を殺してでもこの男がいいと、そう思える相手を探せと言っている!」
「そんな男がいないんだから仕方ないだろう! 誰を見てもこれぞと思う男はいない! いないんだ! 弱くて軟弱で脆弱な男ばかりじゃないか!」
そんな弱い弱い言わないでほしいんだが。
関係者以外の大通りを歩いているその辺の人も傷ついている人がいるんだが。
「レインみたいな男はどこにもいない! 弱いレインは弱い代わりにいろんなものがある! そのいろんなものを持たない弱い男ばかりだ!
あ、私も傷ついた。
……こちらの男が弱いんじゃなくて君らが強すぎるだけだと私は思うが。
「だったらせめて気持ちを寄せたい男がいい! でもそれもいない! 誰を見ても弱いとしか思えない!」
「違う!」
アーレはぐいっとタタララの胸元を掴む。
「おまえと婿候補の二人で育てるんだ! 気持ちを! できることを! 我とレインとて最初からこんなっ……ここまで思い合ってはいなかったぞ……」
何か思い出したのか、途中で嫁は赤面して威勢が殺がれてしまった。
「最初からこれぞという男はいないぞ。出会った先からそこまでのものを求めるのは、無茶だ。おまえだってレインと知り合った頃はレインを避けていただろう。おまえは少し人見知りするからな。
気持ちは変わるんだ。時間や付き合い方でな」
……そういうこと、らしい。
私は、タタララがどんな気持ちでこの旅行を過ごしていたかはわからない。
それこそ産まれた頃から知っているという、アーレだからこそわかることなのだろう。
時間や付き合いで気持ちは変わる、か。
私も実感がある。
私も最初からアーレが好きだったわけじゃないし、集落の生活に馴染んでいたわけでもない。
タタララにはどう見えていたかはわからないが、私だって最初から弱い以外の何かがあったわけでもないし。
集落の生活に応じて、身に着けていったことばかりだ。
何より、アーレという支柱があった。
いるだけで安心、というくらい、何もしなくてもアーレは私の心の支えになってくれた。この人が将来の伴侶になるなら安心していられると、想わせてくれた。
だからこそ、私もアーレを支えたいと思うのだ。
それに、ナナカナや婆様、集落の人たち、いろんな人の助けがあった。
私が集落に馴染めたのも、集落で生きて行こうと思ったのも、環境のおかげという面もある。
つまり――最初からこうだった、というわけではないのだ。
でもタタララは、出会うなりそこまでの男を望んでいたんだな。
高望みというべきか、それとも……
……いや、きっと優しさなんだろうな。
向こうの生活に馴染めない男を連れて行きたくないから、自然とハードルを高く設定していたのだろう。
この形で傷つき後悔し、もしもの時は命を落とすのは、連れて行った男の方だから。
「タタララ」
アーレは彼女の服を離した。
「おまえが本気になったら、どんな男だって向こうに順応させられる。おまえの本気は我の本気を止めるほど強いんだ。
自信を持て。おまえが気に入った男がいればそれでいいんだ。
――あとは攫ってでもおまえの色に染めればいい。おまえが本気ならそれくらい簡単なんだからな」
あ、最後のそれはダメ。攫っちゃダメ。




