22.まとまるものなら
「――えっ!? 何もなかったの!?」
大狩猟から二日後のこと。
私は後に小耳に挟むが――期せずして同じ頃、私とアーレ・エ・ラジャは同じ質問をされていたらしい。
曰く「大狩猟の夜はどうだったか」と。
朝も早くから水辺で待ち構えていた白蛇族の女性たちに囲まれ、洗いざらい吐かせるまでは逃がさないとばかりに詰め寄られていた。
昨日はよその部族もいたし、後片付けもあったし――結ばれた翌日に下世話に逐一問いただす、というのは、部族的に無礼とされているらしい。
まあ要するに、一日は放っておくから存分にいちゃいちゃしてください、という猶予が与えられるのが暗黙の了解なんだとか。
だから、二日目の今日。
それも早朝である。
なお、話題が話題だけに、朝の洗い物を一緒にしに来たナナカナは気を遣ってそそくさと離れていった。あの子は気遣いができる子である。
「なかったというか、できなかったというか」
「できなかった!? その歳で爺みたいなアレなのかい!?」
アレ。
アレか。
一応こっちの常識でも、大っぴらにいろんな固有名詞を出すのは、あまり推奨されていないようだ。
よかった。
紳士淑女ほどとは言わないが、ナナカナはそれなりに……少なくとも下品じゃないくらいには慎みを持った子に、私は育てたい。
まあ、もう、かなり人格が形成されているくらいには大きく育っているような気はするが。
「いや……アーレ嬢が寝てしまってね」
「「……ああ」」
期待、怒り、驚愕と来て。
そして最終的に、女性たちは「がっかりしつつ納得」に落ち着いたようだ。
「大狩猟の夜なら仕方ないね」
「戦士たちは馬鹿にみたいに疲れて帰ってきて、馬鹿みたいに呑み続けるからね」
理解と納得を示された。
どうやら私の答えは、正解だったようだ。
アーレ・エ・ラジャの恥になるかもしれないので、正直に言ってもいいのかと悩んだが。
どの道話さないまま解放されるとは思えないので仕方なかった。
更に言うと、「私の下半身事情でできなかった」というのもまずい気がした。
別に男としてのプライドが傷つくだどうだ言うつもりはないが……この辺の話は男も少々複雑でデリケートなのだ。
それに、どう転んでも、惨状が待っている気がするから。
特に今私が怖いのは、「アーレに女の魅力がなかったから」なんてこじつけられたら、逆にアーレ・エ・ラジャが傷つくかもしれない。
もちろん怒るだろうし、私を責めたりもしそうだし、何より怖いのが「じゃあ改めて抱く」みたいな方向に行くことだ。
あの夜のことは、アーレ・エ・ラジャとは、話していない。
いや、彼女自身酒の呑み過ぎで記憶がないらしいから、彼女からすれば話すべきことが見つからないのかもしれない。
私は、正直迷っている。
アーレ・エ・ラジャやナナカナにはさらっと伝えたことはあるが、あの大狩猟での様子を見て、もっとちゃんと伝えた方がいいかもしれないと考え出した。
――夫婦になる前に、男性の集落との和解はできないか、と。
もちろん私は、それがなくてもアーレ・エ・ラジャの婿になるつもりだ。
だからどうしても、というわけではない。
だが、もし和解する前に夫婦となると、関係が今よりもっとこじれそうな気がするのだ。
そして、「大狩猟の日だけは」と一時的に和解して合同で宴を行った姿を見るに、和解ができないとは思えなかったから。
まるで関係が悪いとは思えないくらい、白蛇族の男女は仲良く酒や料理を、歌や踊りを楽しんでいたから。
この辺の相談を、改めて、アーレ・エ・ラジャとしてみたいと思っていた。
特に――ざっと聞いただけの「部族が男女で分かれた理由」を、今こそちゃんと聞いておきたい。
きっとアーレ・エ・ラジャだって、今のままでいいとは思っていないはずだ。
彼女だってこの集落で生まれ育ち暮らして来たのだ。
いろんな思い出もあるし、大切な人、友人だっているだろう。
まとまるものならまとまった方がいいと思っているはずだ。
あの夜は寝てしまったアーレ・エ・ラジャの返り血まみれの身体を拭いて引き上げた、と話すと、「アーレが疲れて寝たのならしょうがない」と、女性たちが私を解放する。
すっかり期待と興味が失せたらしい。
そして、今日も私の日常が始まる。
大狩猟の後片付けは昨日終わらせたし、大掛かりな準備からもすっかり解放されたので、色々と余裕ができた。
やりたいことはまだまだある。
「ナナカナ、風呂を知っているか?」
「フロ?」
お湯を入れて身体を入れるものだ、と説明するが、ナナカナはよくわからなかったようだ。
やはり、風呂の文化はないらしい。
近隣の部族にもないので、知識にもなかったようだ。
いつもは行水したり濡れた布巾で身体を拭いたりするだけで済ませるそうで、私もそうして過ごしてきたが。
でも、やはり、風呂は欲しいな。
大きくなくていい、私しか使わないかもしれないから一人用の小さいものでいいから、湯船に使えそうな何かがあればいいんだが。
「――おーい婿さーん。怪我人が呼んでるよー」
あ、そうだ。
白蛇族の女性の一人に言われて、思い出した。ほかの部族の者たちは皆帰ったが、怪我が重い者は療養するために残っているのだ。
そして私は、一昨日と昨日、針による治療を行っている。
元々、私の知る人間より異様に怪我の治りが早いらしいこちら側の者に、私の治療にどれくらいの効果があるのかはわからないが。
しかし、当人が治療してくれと言うだけあって、効果がないわけでもなさそうだ。
少なくとも、痛み止めくらいにはなっているらしいので、一日に三回ほど針を打っている。
「そうだった。今日はまだだったな」
昨日の時点でよその部族は皆帰ったから、忘れていた。怪我人の何人かは残るって話だったな。
「行ってきていいよ」
ナナカナの許可が出たので、ささっと済ませることにした。
――あんなことが起こるなんて考えもせずに、私は危機感もなく、呑気に怪我人の下へ向かうのだった。
「――いっ、いやぁーっ! ……って言った方がいい?」
「その方が私は燃えるが」
燃えるのか。……あーあー獲物を狙う肉食獣みたいな目をして。怖いなぁ。
いや。
うん。
あまりにも予想外でびっくりしすぎたせいで、なんだか却って冷静である。
たぶん、実感も危機感もないからだろう。
少なくとも、今はまだ。
――まさか怪我人に押し倒されるとは思わなかった。
いや、さすが女性でも戦士だ。私よりはるかに強い。なんの抵抗もできず倒されたし覆いかぶさられている状態だ。
私を捕まえ引き倒すようにして組み敷いた相手は、すぐ目の前で私を見下ろしている。
黒い髪と赤茶色の瞳をした、黒鳥族の女性だ。背中に黒い翼を持っている。なお、足の骨折である。
「や、やっぱやめようよ……アーレの番候補って話だし、ただじゃ済まないよ……」
と、おろおろしているのは青みがかった髪を持つ青猫族の女性である。彼女は足とあばらをやっている。
「候補だ。まだ番じゃない。――だったら誰のものでもない」
なかなかの理屈である。




