228.新婚旅行 四日目 自由行動
重く立ち込める曇り空の下、湿り気のある空気をそれなりに切って、私とフレートゲルトはウィークの街を移動し始めた。
今日は身軽に、馬車移動ではなく馬に乗っている。
雨が降る前に用事を済ませない、と考えている者が多いのか、いつもの午前中より人出は多い気がする。
人に当たると危険なので駆けはせず、速歩で進む。
――その間、頭の中でここからの移動ルートを考える。
まず図書館だ。
これだけ大きい街なら、民間人に開いている図書館のようなものがあるかもと情報収集したら、すぐに見つかった。
調べ物はここで全部終わらせたい。
次は、精肉店だ。
他の者たちはあまり見ていなかったようだが、私は昨日の解体ショーをしっかり見た。
やはり、こう、さばき方がうまかった。やはりプロの技術は違うと思い知らされた。
大胆でありながら丁寧かつ精緻な包丁さばきは、無駄を殺ぎ機能と理屈を追求した芸術のような技だった。
骨の位置はおろか、肉の質や血管に至るまで、獲物のすべてを知り尽くしているからこそ可能なのだろう。
私はまだまだだと思い知った。
アーレから貰った業物の包丁頼みで、並の刃物では肉一つさばくのに大変な苦労をしていたことだろう。
ぜひ、プロの技を間近で見て、できれば指導もしてほしい。
向こうに婿入りする前にも倣ったが、多少経験を積んできた今なら、もっと得るものがある気がする。
それこそ、前は理解できなかった料理人の技術に、気づくことができると思う。
これは午前中から昼くらいまでだ。
あとは、昼過ぎのできるだけ忙しくない時間に料理店をいくつか訪ね、料理のレシピを教えてもらえないか交渉だ。
件数もそれなりにあるので、これが一番時間が掛かりそうだ。
これのついでに、私の知らない調味料や香辛料の情報も得たいと思う。
そして夕方には屋敷に戻る。
アーレたちが無用な心配をしないように、夜までには絶対に帰りたい。
余裕があれば病院まで行きたいが、これは明日一日使ってもいいから、ちゃんと学びたいと思う。
たった一日で医学の何かがわかるわけもないが、付け焼刃にも質というものがある。同じ付け焼刃ならできるだけ役に立つものがほしい。
ほかにもあれやこれやと細々としたものが必要だったが、大事なものであると同時に短時間でどうにかなりそうなものを優先した結果、こういう形になった。
……よし、だいたいこの流れでいいだろう。
リカリオ殿と関わらなければ、婆様から預かった手紙もどうにかしたかったが……これについては少し考えないとな。
まずは図書館だ。
「え? 俺はここで待っていればいいのか?」
「ああ。すぐ戻ってきて移動するから」
入り口の前でフレートゲルトに馬を頼み、私は図書館へ踏み込む。
――外観からもわかったが、なかなか大きい。中に入ると蔵書の多さに驚いた。
吹き抜けの一階は読書スペースとなっていて、二階にはずらりと背の高い本棚が並んでいて、びっしりと本が収まっている。
これだけの蔵書量となると、タイトルを見て回るだけで数日掛かりそうだ。
最初に来て正解だったな。
「――ちょっといいだろうか」
利用者は少ない。
時間帯のせいか天候のせいか、あるいはいつもこんなものなのか。
どうであれ、司書の女性が暇そうなのはありがたい。……本を読んでいるから本人的に暇ではないかもしれないが。
「はい。何かお探しでしょうか」
「今、ここにいる司書は、あなただけか?」
「え? いえ……控室に何人かいますが、それが?」
今までこんなことは聞かれたことがなかったのだろう。意図の見えない質問に、彼女は訝しげな顔でかすかに首を傾げる。
「――こういうのはよくないかもしれないが、頼みがある」
「は、はあ……?」
私がカウンターに少し身を乗り出し声を潜めると、彼女も眉をひそめた。
「――報酬を出すから、私の調べ物を手伝ってくれないか? 量が多いから他の司書にも頼みたいんだ」
「……報酬、ですか……」
用件を聞いた彼女は私の発現に合点がいったようで、何度か小さく頷く。
「その件に関する禁止事項はありませんので、お小遣い稼ぎならぜひやらせてください。――本を持ち出したいとか、そういうことじゃないんですよね?」
聞けば、彼女たちは写本の依頼を請けることもあるのだとか。だから調べ物などその延長線上にある仕事と変わらない、という解釈をしたそうだ。
事前に用意しておいた調べ物リストを渡し、調査書の形式とどの本で調べたかの記載も義務付けした。
出所のわからない情報は信用できない、というと、彼女も納得したようだ。もちろん本に間違いがある場合もあるが。
「まあ、そんなに!?」
少々細かな規制を設け、最後に報酬額を提示すると、女性は俄然やる気が湧いてきたようだ。
「これは前金だ。調査結果を受け取る際、同じ額を出す。期限は明日の夕方まで。全部調べられなくてもいいが、できるだけ頼むよ」
「お任せください!」
よし、次に行こう。
――そんな感じで、私の自由時間は慌ただしく過ぎていった。




