219.新婚旅行 二日目
「――おはよう。面白い本はあったか?」
朝起きて支度をして食堂へ向かうと、ナナカナが一人テーブルに着き、本を開いていた。
夜中に部屋に来るかも、とは思ったが、どうやらアーレは空き部屋……呑み部屋とでも言うべき部屋で寝入ったまま、一晩明かしたらしい。
「おはよう。本って面白いね」
お、子供みたいな嬉しそうな顔。ナナカナが子供みたいだとほっとするな。
彼女が持っているのは厚みのない大判なので、絵本だろう。
「これが最後なんだけど、もうないの?」
ん?
「絵のある本?」
「うん。七つあって、これが最後だよ。夜遅くまで起きてて全部読んだよ」
そうか。もう読んでしまったのか。
知ることに喜びを見出すナナカナなら気に入るだろうとは思っていたが、予想以上に早かった。やはり地頭は相当いいんだろうな。
「絵のない本はまだ早いかな?」
「よくわかんない物が多いからね。こっちでは知ってて当然みたいなことが、私にはわかんないから」
まあ、そうだろうな。
本はどれもがこちらの人向けに書かれているから。
そもそもを言うなら、文字という文化がこちらで生まれたものだからな。
「この本も、それっぽかったから最後にしたよ」
「へえ」
何の本だろう。
童話の類なら、ナナカナが言った通り予備知識がなくとも楽しめる子供向けばかりのはずだが。
素直にタイトルを訪ねると、「フロンサードをつくったせいじょだって」と答えた。
「建国記か」
この国の成り立ちだな。私にとっては遠い祖先の話になる。
「フロンサードってこの国のことでしょ? この国の知識がないから後回しにしたんだけど」
結構面白いね、とナナカナは笑った。ほっとする。
「『イカイ』だの『ショウカン』だのはよくわかんないけど、絵で見る限りは、セイジョって人がどこか違う場所から呼ばれてきて人を助けて、なんだかんだで国になったんだね」
絵本だけにかなり端折っているはずなので、なんだかんだで一応正解ではある。
きっと絵本では角の立たない話になっているし、表向きの歴史でもそうなっているだろう。
だが、王族だけに伝わる話では、――ただの誘拐なんだよな。
真実は、異世界から呼び出した年端も行かない少女にすがり助けてもらった。
それが聖女と呼ばれ神聖視され、今に伝わる。
聖女はこの国を建国し、この国で子を産み、この国の霊廟で安らかに眠っている。
だが実際は、元の世界に……聖女の故郷に帰る手段がなかったから仕方なく留まった、と記録には残っている。
最終的には初代国王と恋仲になって幸せな家庭を築いたとは伝わっているが、それはあくまでも結果論である。
結婚した今だからこそ、より強く実感する。
急に家族と離れ離れにされるなんて、どれだけの苦痛だったことか。
――と、今はいいか。
「聖女の名前、書いているか?」
「うん。コハク・クスノって人でしょ?」
「そのコハクが、子供の名前の由来だよ」
「え? ……あっ、ハクのこと!? へえ、そうなんだ!」
聖女がどんな人で、どんな人生を歩んだかわからない。
もしかしたら、この世界の人全員を恨んでいたかもしれない。
だが、連綿と続く聖女の血と、彼女が築いた平和を継いできた子孫からすれば、尊敬すべき祖である。
私はもう王族ではないので、表立って聖女の子孫だとは言えなくなったが、それでも心の中では今でも忘れるのできない偉大な人である。
「――おはよう。朝食を運んでいいか?」
と、顔を覗かせたのはフレートゲルトである。やけにかわいいエプロンを着けているので、朝食の準備をしていたようだ。
「おはよう。二日酔いは?」
「二日酔いは大丈夫だが……おまえ言えよ。タタララさんもおまえの嫁もめちゃくちゃ呑むって」
「私は止めただろう。合わせて呑むと大変だぞ、って」
「あんなに呑むとは思わないだろ!」
それに関しては同感である。
実態を知っている私でさえ、未だ異常な酒量だとおもっているくらいだ。
「……どうしよう。タタララさんに酒に弱い男って思われたかな?」
思われただろうな。間違いなく。
フレートゲルトは決して弱くないが、相対的にそう見えてしまうのは仕方ないことだ。
「気にするな。タタララは酒の弱い強いで男を判断しないから」
「本当か!?」
「本当だ。なあ、ナナカナ?」
「そうだね。酒どうこうより飯がうまいかどうかだよね」
そうそう。タタララはアーレよりは食にこだわるからな。
「そ、そうか! じゃあ今日はうまいものを食いに行こうか! この街の名物を出すレストランもあるし、流行りの甘味屋もあるぞ!」
ああ、うん。
「いいんじゃないか?」
今日は食道楽か。
時間はあまり取れないとは思うが、私もプロのシェフに教えを乞いたいと思っていた。目星が付けられるといいな。
――新婚旅行二日目が始まった。




