214.八つ当たりと女を口説く計画と
「――馬鹿息子が惚れた女のために生きたいなどと世迷言をほざきましてな! あんな軟弱者は家から追い出してやりましたよガハハハハッ!」
風聞は悪い。当然悪い。
これはどうしようもない。
だが、「色に惑って息子が出奔した」よりは「自らが追い出した」の方が、カービン家の被る瑕疵は幾分かましである。
職も家も捨てたのならば、評価も評判ももう必要ない。
――一晩を掛けてじっくり末息子と話し合った結果、末息子の意思は変わらず、フィリックが折れる結果となった。
初手で大勢は決していた。
あとは敗戦処理に等しかった。
じっくり話し合った翌日には、フィリックは騎士団長として、末息子の騎士隊辞職の理由について、王城の関係者各所に説明して回っていた。
未だあまり納得はできていないが、こういう処理は早い方がいい。
さも「笑い飛ばせる程度の些細なこと」という態度で、弱味ではないとアピールする。
これをすればもう末息子は、騎士隊には戻れない。
「手違い」だの「行き違い」だのという苦しい言い訳をすれば、まだ再起の芽はあったのだが……
父親がそれを辞職を認めて説明して回れば、もう撤回はできない。
「……はあ」
ふと、廊下の窓から空を見上げる。
嫌になるほどの青空だ。
「子育てか……」
育て方を間違えた、という気はしない。
息子は三人とも騎士になった。三人とも心身ともに優秀で、どこに出しても恥ずかしくない強い男にした。
父親としては良くなかったと思う。
父親らしいことは一つもしていない。
騎士の師としては間違ってはいなかったと思う。
結果は出した。
誰が悪いというわけでもないのだろう。
いや、強いて悪い者を探すとすれば――
「――どうぞ」
「――失礼する」
ようやく入室許可が出たので、フィリックは遠慮なくドアを開けた。
「来たか、団長」
「お時間いただき感謝する、陛下」
会いに来た男は、執務室のテーブルに着いて待っていた。机の上は書類が溜まっているので、わざわざ移動したのだ。
ここは国王陛下の執務室である。
調度品などは全て年代物の高級品だが、装飾などはあまりないので、やや質素に見える。
対外に示す権威という意味では寂しいが、この「仕事しかしない部屋」は、フィリックは嫌いじゃない。
ここは、王が民に尽くす部屋だ。
「本日の用件は?」
勧められるまま向かいの椅子に座り、フィリックは己と同年代の男に言った。
「陛下の……いや、おまえの息子の文句を言いに来たんだ。わかっているだろう」
フィリックは騎士団長としての顔をかなぐり捨てて、国王陛下ではなく友人に対して言ってやった。
こいつだ。
元凶を辿って誰が一番悪いかと考えれば、こいつに決まっている。
――国王陛下の顔を捨ててニヤニヤ笑い出した、こいつが元凶だ。
「すまんな。俺の息子は存外悪い奴だったらしい。俺も知らなかったんだ」
レインティエのことである。
フレートゲルトの話は、もう陛下の耳に入っている。
そして、もしかしたらフィリックが来るかもしれないとも、思っていた。
文句を言いに、だ。
誰の息子だろうがどんな身分だろうが、一騎士の進退など報告は耳に入っても、国王陛下は口出しはしない。
それは騎士団長ほか軍部か人事の仕事だからだ。
「二人目だぞ。おまえの息子がそそのかしたんだぞ」
こちらから連絡は取れない。
いや、厳密には連絡を取ることができるが、規則として禁止されている。あくまでも返信のみが認められているのだ。
色々とやらかしているフレートゲルトは、今もその規則は守っている。
ここ王都が座標になっている限り、やり取りの痕跡は残るのだ。
秘術は、使えば使うほど露呈するリスクが増える。だから厳しい規則が存在する。
王族のやりとりの方法なんてものが他国にでも知れたら一大事だから。
「否定はできんが、ケイラ・マートは元々行きそうだったからなぁ……」
レインティエが婿入りするため王城からいなくなった後、専属メイドの役職を解かれたケイラ・マートは、明らかに覇気がなく、生気を失い憔悴していた。
それほどレインティエが心の支えになっていたのかと驚くと同時に、そんな彼女だからこれまでレインティエを大切に見守ってくれていたのだと知る。
父親として、彼女には個人的に報いたいとは思っていた。
だから姿を消した彼女を、……この王城内部や要人や使用人などを知る彼女を、死んだことにして見逃した。
行った先が先なので、そんな知識を持って行かれても困らない、というのもあったが。
「ケイラ・マートのことはいい。問題は俺の息子だ。今度は俺の息子までそそのかされたんだぞ。おまえの息子にな」
「それは自由意志だろう。おまえの息子に好きな女ができたとかいう話なんだろう?」
「蛮族繋がりだがな! おまえの息子が発端だよな!?」
「はっはっはっ」
「笑うな!」
「いいじゃないか。好きな人のために全てを捨てられるなんて、俺たちにはできないことなんだし。子がそれをやりたいって言うならやらせてやれよ」
「そんな考えでレインティエ殿下を行かせたのか?」
「ああ。アレが行きたいと言ったのもあるしな。……レインティエには王侯貴族の生き方は似合わないとずっと思っていた。
なんで自分が傷を負ってまで、婚約者の浮気を許してやれるんだか。本当に向いてないと思ったよ」
かつてのレインティエには、婚約者がいた。
だが婚約者は、ほかに好きな男がいた。
レインティエは、そんな婚約者と好きな男を一緒にさせるため、身を引いたのだ。
己の有責という噂をかぶってまで。
国王陛下が定めた婚約である。それを反故にするのは並大抵のことではない。
だから王族側が悪いということにして――自身の名誉に傷を負って、解消という形にまとめたのだ。
元々王侯貴族の生き方は向いてなさそうだとは思っていたが、あれは決定的だった。
「でもおまえの息子のことは無関係だろう」
「わかってるよ! 八つ当たりだよ! でも誰かに当たらないと怒りが収まらないんだよ! 俺の息子がいなくなるんだぞ! 俺が必死で育てた息子が!」
「わかったわかった。わかったよ。今夜空けておくから呑もう。――おまえの息子の話、ゆっくり聞かせろ」
歳を取り、役職も変わり、背負う者も責任もたくさん増えた。
家族もできたし、面倒事や厄介事や心配も多い。
――だが、かつての友と話す時は、いつだって心は若い頃のままだ。
しばらくフィリックが荒れている間、フレートゲルトは次男の婚約者カリア・ルービーの別邸に入り、料理人の下積みから始めた。
親友からの手紙と、あの時会った子供の言葉から、惚れた女性に何が必要なのかはわかっている。
彼女は剣ではなく、戦う強さではなく、家事をする者を求めている。
フレートゲルトはそれらの技術を身に着け磨くために使用人となり、日々を過ごす。
――夏の終わり頃だろうか、久しぶりに親友から手紙が来た。
冬の頭にでも、「そっちに行きたい」と意思表明するつもりだったが、好都合だった。
内容から何から、本当に、好都合だった。
「……タタララさんが婿探し? こっちに送るから面倒を見ろ?」
つまり、惚れた女はまだ独り身であること。
つまり、惚れた女は結婚相手を探しているということ。
つまり、彼女とまた会える、ということ。
それも泊まりがけでくるのだ。
そんな衝撃の第一報から話は進み、親友とその嫁の新婚旅行という名目になった。
形は何でも構わない。
彼女とまた会えるという事実が大事なのだ。
むしろ自分のためのイベントなんじゃないかと思えるほどに、怖いくらいに好都合だった。
考えねばならない。
「――義姉上! ご相談したいことが!」
最初で最後であろう、好きな女を口説く計画を。
第五部完、みたいな感じです。
ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。
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