20.大狩猟、白蛇姫は宴の夜に指先王子を……
神座にいる四体の神の使いの前には、解体して抜いたばかりの血に濡れた光輝牛の心臓が四つ並べられている。
そして、今年の大狩猟の仕切り役である白蛇族の族長……少々イレギュラーではあるが、女性側の族長アーレ・エ・ラジャと、男性側の族長ジータは、神座の前の地面に座り。
「「――我らが神よ! 神の使いよ! これより一年我らを見守ってくれ!」」
声を揃えて供物を捧げると、神の使いの前で深く頭を垂れた。
アーレ・エ・ラジャたちもそうだが、戦士たちも女性たちも皆、まだ返り血を浴びたままだし怪我の治療もしていないままで、この儀式を見守っている。
神の使いの前で、狩ってきた光輝牛の解体をして心臓を取り出したことも、儀式の内。
そして、神の使いが供物に口を付けるまで、このままだ。
アーレ・エ・ラジャとジータは地面に額を付けたままだし、怪我をして治療がまだの戦士たちも、待ち続けることになる。
過去、長い時は半日以上このまま見守ることになるそうだ。
なんでも、まるで見ていたかのように、大狩猟で手を抜いた族長の供物はなかなか口を付けないのだとか。
どういう理屈だ、という気もするが……色々と理屈に添わないことも多いので、そういうものだと納得した方が早い気がする。
そもそも神の使いがやることだしな。人知の及ばないことなんてたくさんあるのだろう。
――少々眉唾ものの理屈だが、今年は早かった。
「神の使いが贄を食らった! 宴を始めるぞ!」
四体の神の使いが、躊躇いなく捧げられた心臓に口を付けると、長老である婆様が宴の開始を宣言した。
「太鼓を叩け!」
「笛を吹け!」
アーレ・エ・ラジャとジータが立ち上がり、叫ぶ。
「酒を呑め!」
「肉を食らえ!」
「踊り歌え!」
「火を起こせ!」
「「大狩猟の血を浄化せよ!」」
――うおおおおおおおおおお!!
近くで聞く戦士たちの雄叫びが、びりびりと空気を震わせた。
太鼓が打ち鳴らされ、笛の音が空に響く。
広間の中央に用意した焚き木に火が入れられた。
「レイン」
「ああ」
ナナカナに引っ張られ、私たちは台所へ向かう。
そう、戦士たちの儀式は終わった。
ここからは私たちの戦いが始まるのだ。
夕方に差し掛かった頃から始まった宴は、最初から飛ばしていた。
とにかく酒を呑む戦士たちに「酒をくれ」「食い物をくれ」と言われるたびに、そこに酒やら料理やらを運ぶ。
彼らは命懸けで狩りをしてきたのだ、もう働かせるわけにはいかない。女の仕事の誇りに懸けて。
そして、酒を呑んだら、太鼓と笛に合わせて、神の使いの前で舞い踊る。
私にはしたたかに酔って前後不覚となり狂ったように蠢いているだけに見えるが、あれも神と神の使いに奉じるものなんだとか。
若干神の使いが引いているように見えるのは、私が引いているからかもしれない。見たことがない踊りに私は少々引いている。何あれすごい。後ろ向きに滑るように歩くってどういう理屈? どうやってるんだ? 引いているが興味をそそられる動きだ。
たくさん用意した酒が、料理が、とんでもない早さで減っていく。
もちろん私たちの仕事も、とんでもなく忙しい。
これまでの準備や料理の仕込みも忙しかったが、当日はもっとすごい。すごいとは聞いていたが想像以上にすごい。
「お? なんで男が女の仕事してるんだ?」
「ただの手伝いでーす」
「おまえも呑め!」
「あとでいただきまーす」
「おまえアーレのなんなんだよ!」
「あ、肉はもう少ししたら焼きますのでー」
たまに酔っぱらいが絡んでくるのを華麗にかわしつつ、私は滅私奉公を胸に酒や料理を運び続けた。
この忙しい時に捕まっている暇はない。当たり障りなく……というか話の内容を耳に入れないで全てを流していく。
気が付いたら陽は暮れ、広場の至る所に照明が用意されていた。
――戦士たちが酔い潰れ始めたので、ようやくそろそろ一息付けそうだ。
さて。
「お嬢さん方、少し外していいかな?」
一緒になって慌ただしく動いていた女性たちに一声掛けて、私は次の仕事へ向かう。
「なんだおまえ?」
格好からして、明らかに余所者にしか見えない私なので、念のためナナカナにも付いて来てもらい。
やってきたのは、怪我人が集められている大きい家……集会場として利用されている多目的家屋だ。
軽傷の者は気にせず呑んだり食ったりしているが、少しばかり重い者はこちらで治療をし、大人しく寝て……は、いないな。適当に酒を呑んでいたようだ。
数は十数人くらいか。
部族は問わないが、男女は一応分けているようで、女性の戦士たちは別の場所で休んでいるのだとか。
そして、そんな彼らは、どの部族にも見えない見慣れない者である私を見て、怪訝な顔をしている。
「治癒の針を打ちに来た。怪我の治りが早くなるから」
「針だぁ?」
――「おまえ知ってるか」「いや知らん」「俺は知ってるぞ蜂に刺されたことがあるアレだろ」「俺もあるアレ痛いよな」「アレを刺しに来た?」「アレを刺しにきた?」「あの痛いのを刺しに来た?」「俺は痛いのは嫌だ」「俺もだ」「そもそもなぜ刺す?」「なるほどつまり……」――
「おまえ俺たちを殺しに来たのか?」
信じられない。
目の前で会話の経緯を聞いていたにも関わらず、どうしてその結論に至ったのか。私には信じられないし理解もできない。
「蜂とは違うから。治癒の針だ。傷の治りが早くなるんだ」
「針を刺して早くなるわけないだろ」
むしろ怪我するだろ、と。
……確かに針を刺すと言われれば怪我をすると考えるのは普通かもしれないが。
「えーと……」
なんて言えば伝わるんだろう。
もう自分の腕に刺して見せるのが早いか、と思ったその時、ナナカナが言った。
「白蛇族として、大狩猟で傷ついた戦士たちに敬意を込めての治療なの」
「敬意を込めて? ……なら受けるしかねえな」
あ、そういう理屈でいいの?
そうか。戦士は戦士の誇りと敬意を大切にしているから、こういう理屈でいいのか。
――まあいい。さっさとやってしまおう。まだまだ仕事が残っている。
じゃあまずは、
「ではあなたから」
一番近くにいる戦牛族の大男からだ。
「お、お、俺から!? ……よ、よぉし! やってみろ! 針を刺してみろ! 俺は戦士だ! そんなの怖くないぞ!」
お、いい威勢。なんだか怯えているように見えるが気のせいだな。
私は専用の皮のベルトから針を一本抜き、人差し指と親指で持って構える。
と、いざ鍼灸用の細い針を刺そうという瞬間、彼は騒ぎ出した。
「だっ駄目だ怖い! おまえやめろ! ぶっとばすぞ!」
わかる。
わかるとも。
私も最初は怖かった。針を刺すなんて痛いだけだろうと思ったさ。
「戦士はこんなの怖くないだろ?」
「そ、それは……っ、でもこれぎゃーっ!」
でも刺す。躊躇なく刺す。添木で固定している骨折している箇所の腕に刺す。周りの男たちがビビッているのも気にせず刺す。
「……あ? 痛くない……?」
「痛くないよ。むしろ痛みがなくなるはずだ」
――私の持つ聖なる指先による治癒は、傷口に触る必要がある。
だがもし傷口がない場合。皮膚や肉の中の損傷、骨折、内臓系の異常の場合、体内には触れない。
そこで考えたのが、針を通して内部に治癒の力を向ける方法だ。
薬指の「麻酔」で皮膚や肉の痛覚を騙し、人差し指の「治癒」で患部を癒し、親指の「維持」でしばし治癒の力を留める。
聖女の力を強く継いだフロンサードの王族なら、裂傷だろうが骨折だろうがすぐに治す力があるが、私はこれが精一杯だ。
それに、「あくまでも針の治癒だ」と誤魔化せるのがいい。あまり大っぴらに知られると揉め事の種になりそうだから。
「はい、終わり」
針はニ十本ある。
この分なら男性の戦士分は足りそうだ。女性の戦士分は、煮沸消毒してからだな。
――こういうのは女性の方が肝が据わっているのか、大騒ぎする男性が多かった中、女性は割と平然と受け入れていた。
族長の婿候補としての治療を終え、再び宴の給仕のような仕事に戻る。
と言っても、戦士たちが酔い潰れ出しているので、あまり忙しくはなくなったが。
「ぐにぐにしてる」
私が宴の料理用に作った牛すじシチューもどきは、無事全部売れた。なんでもすじ肉は硬くてあまり食べないらしく、切り落として捨ててしまうことが多いそうだ。
すじ肉の美味しさを知っている私だけに、勿体ないと思い、こうして利用してみた。
アーレ・エ・ラジャとナナカナには好評だった。
タタララは異常に気に入っていた。
そして、どうも青猫族の口に合ったらしく、今も目の前で何杯もおかわりしているという男前の青猫族の戦士が「ぐにぐにしてる」と言いながら牛すじをぐにぐに噛んでいる。
「食べづらい?」
「うまい」
もしやこの「ぐにぐにしてる」が不評なのかと思ったが、にっこり笑って言い切られた。悪い気はしない。
最後の一杯を食べきると、少し寂しそうな顔をして彼は去っていった。
――よし、全部なくなったな。急遽作り足した分もあったが、無駄にならなくてよかった。
そんなこんなで粗方用意していた料理もなくなり、酒も底が見えてきて、戦士たちの多くが酔い潰れたり、浴びるように呑んでいたペースが遅くなったり、太鼓の音がなくなりか細い笛の声だけが中央の焚火と踊っている。
宴のピークは越えたようだ。
「ふう……」
ようやく気が抜けた私は、地味に痛む腰に気づき、トントンと拳で叩く。
大変だった。
本当に女性の仕事も大変だ。
ナナカナも、もう疲れ果てて眠そうでふらふらしている。
だが女性たちはようやく酒や料理にありつけたようで、談笑しながら楽しんでいる。なぜここまで働いてまだ元気なのか。女性仕事のプロとは底知れない。
「ほら、婿さんも呑みな」
どうやら女性たちでのささやかな宴に、私も混ぜてくれるようだ。
――では混ざろうか、というタイミングだった。
「レイン」
「あ、アーレ嬢」
酒の入ったひょうたんを片手に、かなり怪しい足取りのアーレ・エ・ラジャがやってきた。
まだ返り血を浴びたままで、渇いて変色して色々大変なことになっている。
「……大丈夫か? 呑みすぎじゃないか?」
身体は左右に揺れているし、まぶたは半分落ちている。金色の瞳はいつもの凛々しさも、大狩猟を終えて帰ってきた時の理性を忘れたギラギラしたものも、ない。
ただただあやしい色を帯びている。
「ふ、ふははは。ははは! ――おまえが悪いんだぞ」
「は?」
な、なんだ。笑い出したと思ったら、今度は睨まれたぞ。
「毎日のように夜這いに来いと言っているのに全然来ない。最近は待ちくたびれて普通に寝るようになった。おまえは我にいつまで恥を掻かせる気だ」
「え? ……え?」
な、なんだ。なんの話だ。夜這いの話か? ……確かに毎晩のように言うあれって冗談じゃなかったのか!?
「腹が立つ。だからもういい。もう待たない」
「え?」
持っていたひょうたんの酒をぐいっとあおり、それを放り捨てると、アーレ・エ・ラジャは私に歩み寄り――抱き上げた。
「えっ、えっ!? 何!?」
いわゆるお姫様抱っこである。
体格は私の方がいいはずだが、すごい力だ。
酒の酔いで揺れてはいるが、力の有無では全然揺れもぶれもない。何この安定感。すごく安心できる。
「――もうおまえは我を抱かなくていい。我がおまえを抱く」
「……えっ」
えっ、やだ、まだ心の準備がっ……!
女性たちが冷やかしの声を上げる。ナナカナは立ったまま寝ていて見ていない。……どうも誰も助けてくれる者はいないようだ。
「え、えっと……」
「なんだ。もう待たないと言った。嫌だと言っても抱くからな」
かなり深酒をしているだろう、いつになく正気を失った目をしているアーレ・エ・ラジャだが、どうも意志ははっきりしているようだ。
つまり……本気なんだろう。
…………
まあ、私も、それなりの覚悟をしてここに来た。
いずれこういう時が来るのもわかっていた。
大狩猟の宴の夜、か。
きっといいきっかけではあるのだろう。
ならば、私の答えは一つだ。
「えっと……優しくしてね?」
こうして私は、白蛇姫に連れ去られたのだった。




