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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
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19.大狩猟、指先王子は白蛇姫から目が離せない





「可愛い」


「仕事して」


 可愛い。

 かわいい。

 実にかわいい。


 正直なところ、この白蛇(エ・ラジャ)族の集落に来てから、疑問に思っていたことがある。


 ――果たしてこちら側(・・・・)に可愛い生き物はいるのか。


 手近な家畜であるヒツジ、ヤギ、馬が、ちょっと二度は見たくないくらい怖かったから。


 どこがどうとも言えないが、とにかく人相が普通じゃないヒツジ。

 人間でたとえるなら、こう……危ない人という感じだ。格好も顔立ちも髪型も普通なのに、なんだか得も言われぬ危険な雰囲気があるというか。具体的に言うと暗殺者が常人に化けているような小さな違和感というか。私なんて見た瞬間ナナカナの後ろに隠れてしまった。

 とにかく私の勘では、あれは絶対に普通ではない。


 邪悪なヤギ。

 これはもう一目瞭然だ。何せ不吉な予感しか、いや、悪い何かが憑いているとしか思えない黒いもやを常にまとっているのだ。闇のヴェールをまとっているのだ。私なんて見た瞬間ナナカナの後ろに隠れてしまったほどだ。あの邪悪な存在はなんなのか。深く問うことさえできなかった。

 私の中の遠い遠い聖女の血が、極力あれには近づくなと告げている。間違いない。


 目が血走っている馬。

 軍馬のように大きい身体も怖いし、興奮状態にしか見えない血走った目が恐ろしい。近づくと暴れそうにしか見えないし、実際暴れるはずだ。私なんて見た瞬間ナナカナの後ろに隠れてしまったくらいだ。


 そして何が一番気がかりかと言えば、黒長芋(ファル・ケ)を使った料理を試行錯誤し、失敗してしまった食材を、ナナカナの後ろに隠れながら彼らに処理してもらっていたところ、少しばかり私に懐きつつあるところだ。

 彼らが怖い。

 近くに行くと寄ってくる彼らが怖い。


 一ヵ月半も経つのに未だに慣れない家畜たちだが、疑問に思っていたことがあるのが、先の言葉である。


 果たしてこちら側(・・・・)に可愛い生き物はいるのか、と。


 結論から言うと、まだ結論が出ていない。


「ナナカナ。可愛いな」


「仕事して」


 今日は大狩猟だ。

 よその部族も加わって、大掛かりな狩りをするという。


 そして当然というかなんというか、それぞれの部族を守護している神へ捧げる儀式の意味合いもあるらしい。

 というか、イベントや祭りの多くが、そういう意味を持っているのだとか。


 というわけで、来ているのだ。

 青猫(カレ・ネ)族、戦牛(イルハ・ギリ)族、黒鳥(カッ・コハ)族の集落にいる、神の使いが。

 白蛇(エ・ラジャ)族で言うところの神蛇カテナ様のような存在が、来ているのだ。


 中央に火の準備がある円形の広場には敷物が敷かれ、その東の一角。

 まっすぐ陽が沈む西に向いた「神座」と言われる席には、カテナ様を始めとした三頭……いや、三柱と言った方が正確なのだろうか。とにかく三体の神の使いが集い、向かい合っていた。


 青みがかった毛並みを持つ猫。

 まだ陽は高いのに、一切の光を反射しない毛皮は、遠目で見ると平面に描かれた絵のように陰影が存在しない。神秘的で可愛い。この世の猫とは思えない可愛さだ。

 青猫(カレ・ネ)族の神の使い、神猫エィラ様。


 白い身体の牛。

 見た目は本当にただの牛だが、何が脅威かと言えば、小さいのだ。ただの牛より三回りは、中型犬くらいの大きさしかない。これが非常に可愛い。牛の異様な威圧感がないということはもうただ可愛いだけの存在だ。

 戦牛(イルハ・ギリ)族の神の使い、神牛イータン様。

 

 あとは、烏だ。

 黒鳥(カッ・コハ)族の神の使い、神烏アダコハ様。……この方については本当にただの烏としか言いようがない。大きさも見た目も烏でしかない。こんなにも普通の烏と見分けがつかないほど烏でいいのかと思うくらい烏だ。なので、なんというか……普通可愛い。


 そして白蛇族(うち)のカテナ様。

 私としては一番可愛いと言わざるを得ない、大きな白い蛇だ。

 

 そんな四体が、向き合っている。

 何かしら話でもしているのだろうか。アダコハ様以外は普通の生き物ではないのは一目でわかるので、なんだか神聖な光景のようにも見えるのだが。


「何か話してるのかな?」


「仕事して」


 それにしても、家畜は恐ろしいのに神の使いは可愛いんだよな。

 高望みはしないから、普通に可愛い動物とかはいないのだろうか。私の心を癒してくれるような動物はいないのだろうか。


 まさかカテナ様と一緒に寝るとか、許されないだろうしなぁ……


 ペットが欲しいな。

 城では許されなかったからな。

 妹がククーラちゃんをくれてからペット欲が生まれたんだよな。密かにこちらで何か飼いたいと思っていたが、飼いたい動物なんか一切いないしな。


 ……カテナ様をペット扱いしたら、さすがに本人も怒りそうだし、白蛇(エ・ラジャ)族の皆にも怒られそうだ。絶対に駄目だろうな。


「そうだ試食をしてもら痛いっ」


 私の世迷言にしびれを切らしたのか、真面目な我が子に思いっきり尻をパーンとされた。なかなか渇いたいい音がした。


「ずっと何見てるの? 仕事して」


 いや。


「あとは煮込むだけだから……」


「じゃあ他を手伝って。今日はやることがないなんてないから。やることしかないから」


 …………


 ナナカナの言う通りだ。

 今頃戦士たちは命懸けで戦っているはずだ。何を神の使いを眺めてニヤニヤしているんだ、私は。カテナ様と一緒に寝ることなど考えていていいはずがない。よその神の使いに下心を出してなんとか触れられないかといやらしいことを考えている場合ではない。


 族長の婿候補として、私もやるべきことをやらないと。





 かなり長いことぼーっと神の使いの方々を見詰めてしまったが、確かにやるべきことがないわけではない。


 戦士たちが帰ってきたら宴である。

 あの人数が参加する宴となれば、準備をし過ぎるということもないだろう。むしろ料理や酒が足りるかどうか不安なくらいだ。


 料理の仕込みは、広場の近くにある家の台所を借りている。夕方から夜は、この広場で火を囲んで呑んだり食べたり踊ったり歌ったりするらしい。


 私の仕込みは終わった。

 追加分も作ったし、あとは時間を掛けて煮込むだけだ。


 隣で作業していたナナカナに「時々かき混ぜてくれ。あとつまみ食いはやめて」と後を頼み、私は近くで奮闘している家の台所を見て回ることにした。


「――お嬢さん方。手伝いは必要かな?」


「ああ婿さん。いいところに来た」


「こっちも手伝ってー」


「野菜の皮剥き苦手。やって」


 すっかり仲良くなった白蛇(エ・ラジャ)族の女性たちと。

 今回手伝いに来てくれている青猫(カレ・ネ)族、戦牛(イルハ・ギリ)族、黒鳥(カッ・コハ)族の女性たちに声を掛けて回り、仕事を手伝う。


 ちなみに私のことは「族長の婿候補」ということで、「婿さん」と呼ばれている。女性の仕事を率先してやっている男は私だけなので、この呼び方で定着した。


 あまり深く考えない性質らしいのんびりした戦牛(イルハ・ギリ)族の女性以外には「変わってる男」と言われつつ、まあ適度にこき使われた。





 戦士たちが帰ってきたのは、夕方に差し掛かったころだ。


 大小さまざまな太鼓や笛などを用意し、料理もだいたいできた。

 肉などは焼いてすぐ出せるように準備もできている。酒蔵からありったけの酒も出してある。


 送り出した時と同じように、私も女性たちと総出で迎えに出て――あまりの光景に息を飲んだ。


 数人がかりで、戦牛(イルハ・ギリ)族は一人で、私の記憶にあるどんな牛よりも巨大な牛を持っての堂々の帰還である。


 戦士たちの身体は薄汚れ、派手な血化粧が施されている。自分の血なのか返り血なのかはわからないが、まさに蛮族の凱旋と呼ぶに相応しい光景だ。

 大狩猟開始時の、彼らが走り出す姿も圧巻だったが、狩りを終えて帰ってくる彼らの姿もまた、圧倒されるものがある。


 やはり怪我をしている者もいるようで、足を引きずっていたり、誰かに肩を借りたり背負われたりしている者もいる。

 どれだけ壮絶な狩りだったのか、想像できるようで……でもきっと私の想像より壮絶だったに違いない。


 戦争で勝利した兵たちの帰還とは、こういうものなのだろうか。

 私は戦争も実戦も知らないのでわからないが……見ている者の胸を打つような、彼らの誇らしさを感じていた。


「「――うおおおおおおおお!!」」


 戦士たちが吠えた。


「「――うわああああああああ!!」」


 帰りを待っていた女性たちが、それに応えた。





 もちろん、私も吠えた。


 真ん中の先頭を歩む白蛇姫から、目が離せなかった。


 全身を血化粧に染めるアーレ・エ・ラジャは、今まで私が見た彼女の中で。


 一番美しかった。





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