195.色々な目的
「新婚旅行……?」
新婚旅行とはなんだ、新婚の旅行のことじゃないか、とそこかしこでひそひそ聞こえるが、まさに言葉通りの意味で間違いない。
一応こちらにも旅行という概念はあるようなので、通じるなら詳しい説明は不要だろう。
「タタララ」
顔を見れば返事はわかる。
言葉の響きだけでときめきを感じている節があるアーレは置いといて、だ。
「アーレが一緒でもいいか?」
「誰が一緒でも構わない。婿探しの邪魔をしなければな」
よし。
本人の同意が得られたならば、もう決まったも同然だ。
正直、タタララをフレートゲルトに任せるのには抵抗があった。
もしタタララが霊海の森の向こう側の者だとバレたら、大騒ぎになることは目に見えている。
本人も気を付けるだろうから、そう簡単には発覚しないだろう。
だが、それでもリスクは高いのだ。
それに、騎士をやめたという彼の近況が気になって仕方ない。この目で彼の無事と現状を確認したいというのもある。
もちろん、騎士をやめるような事情を抱えた彼にタタララを任せてもいいのか、という率直な疑問もある。
忙しい状況で余計な重荷を背負わせるようなことになるのは、私も避けたい。
もちろんタタララだって、行く以上はちゃんと婿探しをしたいだろうし。
フレートゲルトの状況如何では、タタララの婿探しどころではない、ということもあるかもしれない。
彼は手紙に「婿探しは手伝わない」と書いていたが、厳密には「手伝えない」である可能性もあるからな。
それならばいっそ、私もタタララのサポートとして同行すればどうだろうか。
理由は違うが、夫婦で気持ちは一緒なのだ。
二人ともタタララを放っておけない。
アーレはタタララが離れていくのを嫌がっているし、私は現地におけるタタララの動向が不安である。
本当に本当に、もう不遇と不幸が重なって話がこじれて揉め事が起こってあちらとこちらで戦争だなんて恐ろしいことになったら、目も当てられない。
タタララなら大丈夫だとは思うが、私の祖国のことでもあるので、念のための保険である。この手の保険はどれだけ打っても無駄ではあるまい。流れる血の量が恐ろしすぎる。
――とまあ、これはあくまでもタタララ周辺の事情である。
他にも都合がいいことがいくつかあるのだ。
まず、ナナカナのこと。
非凡さを隠しきれないナナカナのことは、このままでいいのかとずっと思っていた。
彼女は非常に頭がいい。
きっと地頭は私よりよっぽどいいんだと思う。
今の内に、異文化に触れさせる経験を積ませるのは、彼女のためになると思う。
もしナナカナがもっと勉強をしたいと、いろんなことを知りたいというなら、その時は留学を考えてもいいだろう。
過去、婆様もこっそり留学していたという話だし、本人にやる気があれば不可能ではないはずだ。
そのための準備として、下見するのもいいだろう。
だから彼女も、この旅行で向こう側に連れて行きたい。
食料の買い出しで行ったことはあると語ったが、それはあくまでも調達である。
もっと触れるべき文化、知るべき情報、彼女自身が気になっていることもあるだろう。
私が同行すれば、ある程度は案内も説明もできる。犯罪目的の悪党に目を付けられてもなんとかあしらえるだろう。
…………
ただ、ナナカナに知識を与えることに、一抹の不安がないわけではないが。
意外と汚い手段を好む性質だったり、一人殺すなら皆殺しにしろと言ったり、なんというか、常人とは感性と決断力が違いすぎる気がするんだよな。
将来どうなるのか期待も大きいが、その反面成長が怖くもあるというか。
時代が時代なら、知将だの策略家だのと呼ばれて大成しそうなものだが……この時代にこの環境だからな……本当にどうなるやら。
しかしそんな心配があったとしても、閉じ込めておくのが良いこととは思えない。
最終的にはナナカナの意思を問うつもりだが、彼女はぜひ連れて行きたい。
他には、私が必要だと思う物品の確保と補充。
針の予備、裁縫に関する本、医学書は手に入らないだろうが小麦関係の農業に関する知識も一通り仕入れたい。特に小麦粉を作る道具類だ。労力の割に合わずに一度は諦めたが、なんとかなるならなんとかしたい。
こちらの生活を知っている今なら、持ってくるべき道具も知識もよくわかる。
今度は無駄なく必要な物を持って帰ってこられるはずだ。
思い返せばあれもこれもと思い浮かぶが、全てを入手するのは無理だろう。
どうしても必要な物だけに絞って、必ず手に入れたい。
「ところでなんの話なの? タタララが婿探しに行きたいって話でいいの?」
え?
頭をフル回転させて必要な物の取捨選択をしていると、ナナカナが私を見ながらそんなことを言った。
あれだけ的を射た意見を言ったにも関わらず、ナナカナはこの揉め事の原因を知らなかったようだ。
きっと話の流れで察したのだろうが……それであれだけ言えれば大したものだ。
やはりこの子は非凡である。
このまま燻ぶらせておくのはとても惜しい。
「そうだよ。もう解決したけどな。――さあ肉を焼こう! アーレももういいだろう、タタララと仲直りしてくれ!」
静まった場を盛り上げるように明るく言い、私は台所へ向かう。
私の後ろで、アーレとタタララがどんなやり取りを経て、わだかまりを解いたかはわからないが。
すぐににぎやかな笑い声が起き、戦士たちはよくわからない話題で盛り上がるのだった。
「それで、新婚旅行とは?」
今日も酔い潰れるようにして、戦士たちが眠りに着いた。
一人、また一人とその辺に雑魚寝して、最後に残ったアーレと私だけだ。
ナナカナは早めに家に帰したし、ケイラも帰ってもらった。
アーレはよく起きている。
たまに酒が過ぎて寝てしまう場合があるが、少ない方だ。最後まで残って、引き上げる私と一緒に私の家に来るからだ。
今日も、そのつもりで起きて待っていたのだろう。
聞きたいこともあるようだし。
「アーレの予想通りのものだよ。アーレ、私の祖国でゆっくりしないか? エスコート……案内するから」
「行く! ……なんだ!? 今からなんだかそわそわするな!?」
返事も早いし、そわそわするのもまだ早すぎるだろう。
「一応本題はタタララの婿探しだから、それは忘れないでくれ」
「もちろんだとも!」
少々不安だが、まあ、大丈夫だろう。
「行くのは秋だ。狩り納めの儀式の後になるかな」
「待ちきれないな!」
うん。でも待とうね。