191.やめてた。驚いた。
アーレとタタララのケンカは、すぐに収束した。
表向きは、ではあるが。
次の日にはまた一緒に狩りに行き、夜は酒を呑んで雑魚寝する。
そんな戦士らしい夏の過ごし方をするようになった。
だが、あくまでも表向きの話である。
「――帰ってこなかったらどうする」
まず、タタララを森の向こうへ行かせる意向を話すと、アーレは真っ向から反対した。
「――レインには悪いが、タタララがいなくなるなど考えられない。おまえがいなくなるのと同じくらい考えられない」
アーレは私と同じくらいタタララが大事だと語った。
悪いなんてとんでもない。
私とは一年ちょっとで、タタララとは十五年を超える長い付き合い。
付き合いの長さが段違いということは、それだけ情の深さも思い出の絡みつきも大きいということだ。
むしろ私よりタタララの方が大事だと言われても、私は納得できる。
そもそも、執着が強すぎるということは、それだけ情が深いということだ。
それがアーレの好いところでもあるのだから。
「――絶対に行かせる気はない」
アーレははっきりと断言した。
だが、きっと、タタララは行くと思う。
そうじゃなければ、彼女は一生自分の中に本心を隠し、アーレに「集落を出たい」などと話すことはなかっただろう。
むしろ、話すことで踏ん切りをつけたのかもしれない。
タタララはきっと行く。
どんなに反対されも、きっと行くと思う。
そんな感じで、主張がぶつかった結果、本当にケンカ別れのようになってしまう危険がある。
それも、出て行ったタタララが二度と帰らないと決めるくらい、激しい衝突になりそうな気がする。
――そんな目に浮かぶような最悪の未来を避けるべく、二人の仲を折衝するのが、話を預かった私の役目でもあるのだろう。
……色々と交渉材料は考えているが、さて。
果たしてアーレを説得できるほどの題材が思い浮かぶだろうか。
戦の季節は進んでいく。
アーレとタタララも、見た目は何事もなかったように日々は過ぎていく。
そして私も、タタララを森の向こうへ送り出す準備を始めていた。
「な……えっ!?」
まず、近況を知るべくフレートゲルトに手紙をしたため――すぐに返ってきた手紙の内容に驚愕した。
よかった。
まだ昼過ぎで、周囲に人は少ない。それでも大声を上げれば誰かに聞こえたかもしれない。
誰にも知られないよう、自分の家の中で開封していて、よかった。
「……なぜ?」
見慣れた親友の文字が綴られた手紙に、何度も目を通し、その驚くべき内容に疑問符しか浮かばない。
騎士を、やめた?
今は執事見習いとして下働きの教育を受けている?
俺はおまえより器用だからすぐに追いつく?
……最後のは普通にちょっと癪に障っただけだが、これは関係ない……いや、関係ないとも言えないのか?
あのフレートゲルトが騎士をやめたという衝撃の内容は、どう解釈すればいいのか。
知り合った時から、親友は騎士を目指していた。
騎士団長の父親の背を見て自然と騎士になることを志し、ずっとずっと努力をし続けていた親友の姿は、よく覚えている。
貴族学校の一年生の時には、もうフロンサード騎士団の入団試験に合格するだけの実力が伴っていた。
事件や事故という障害さえなければ、貴族学校を卒業してすぐに騎士団に入っていたはずだ。
私は飛び級で一年早く卒業したから、フレートゲルトは今年の春に学校を卒業し、そして今は騎士団の新人としてしごかれている、はずだった。
やめた、らしいが。
だから実際騎士団には入ったようだが、すぐにやめたことになるのか。
あ、そう言えばケイラが騎士になったと言っていたか。
彼女がこちらに来たのはフレートゲルトの騎士団務めが始まる直前だったと聞いた気がする。
…………
なぜだ。
親友に何かあったのか? いや、愚問か。ないわけがない。何もないなら騎士をやめることもないだろう。
で、執事見習いになった?
なぜだ。
……ううん……さすがに考えてもわからないか。
判断材料がなさすぎる。
ただ、手紙がちゃんと返ってきたところからして、生活にはあまり変化はないのかもしれない。
この手紙のやりとりは、フロンサード王国の王族の緊急用である。
国を出た私のせいで、この王族しか知らない秘術を誰かに知られるわけにはいかない。
あまり頻繁に送り合うことはできない。
正直かなり気になるが、この際フレートゲルトの事情は置いておこう。
タタララを行かせるので、彼女に聞いてきてもらえばいい。
込み入ったややこしい事情なら、フレートゲルトに手紙を書いてもらって、それを預かってもらって直接受け取ってもいいだろう。
……よし、方針は決まったな。
フレートゲルトの近況が本当によくわからないので、私の頼みを聞いてもらえない可能性もある。
その場合は、また違う方法を考えねばならない。
とにかく、フレートゲルトがこの件を手伝ってくれるかどうか、まず確かめないと。
――タタララの婿探しに協力してほしい。
――彼女は、そちら側のことは右も左もわからないので、万全のサポートを頼む。
――引き受けてくれるか?
と、要点だけ手紙に書いて、すぐに送り出した。
数日して、返信がやってきた。
「……んんっ!?」
是非を問うだけの内容だったはずなのに、またしても手紙の内容に唸ってしまった。
「……婿探しは協力しないがサポートはする?」
つまり、一部拒否するがタタララの面倒は見る、ということか?
なぜだ。
…………
まあいい。
サポートしてくれる気はあるようだから、フレートゲルトに頼む方向で話を進めよう。
彼の誠実さは私がよく知っている。
金銭的にも余裕がある身なので、女性一人を匿うことも簡単だろう。タタララを任せてもいい人物だ。
……騎士をやめた理由が気になるし引っかかりもするが……それとなく手紙で聞いてみるか。
とにかく軸は見つけた。
これから本格的に計画を練るか。