190.話を預かろうと思う
「とにかく婿探しに行きたいという気持ちはわかった」
少々いけない雰囲気になってきた気がするので、話を変える……いや、話を進めることにした。
タタララは、私のような婿が欲しいと言った。
だが、もし仮に私のような男がいたとして、彼女と合うかどうかはわからない。
「タタララ、先に言っておきたいんだが、私は本当に特殊だったんだ」
「特殊、とは?」
「命懸けで婿入りを決める者は、ほぼいないという意味だ。
今すぐタタララが森を越えて向こうで婿探しをしたとして、きっと誰かは見つかると思う。
だが、霊海の森を越えてまであなたと添い遂げようと思う者は、なかなかいないと思う。きっとすぐには見つからない」
「……そうなのか?」
それはそうだろう。
さすがに、二度と故郷に帰らないつもりでの命懸けの結婚と言われれば――
……いや、これも文化の違いがありそうだな。
こちらで言えば、タタララは「よその部族の男を引っ張ってくる」くらいの認識かもしれない。
そしてそれは、だいたいの意味において、その部族から外れるという意味になる。
夫婦仲の破綻で元の部族に戻る……いわゆる出戻りみたいなことは、あまりないらしいから。
その常識で当てはめると、私も含まれるのだ。
だからタタララが勘違いするのもわかる。
ただ、私の場合は、……たぶんこちらの者より、覚悟は上だと思う。
本当に、死んでもここにいるつもりで来たから。
二度と故郷には帰らない覚悟をしてきた。
こちらの部族間でのことなら、折を見て里帰りくらいはできるだろうし、故郷の者が訪ねてくることもある。
私にはそんなの絶対にないからな。
「そう言えば、おまえはどうして婿入りすることを決めたんだ? 確か、おまえの姉を助けたことが縁になったんだよな?」
そう。
私の特殊という言い方は、この辺が関係している。
「過去……三年前かな? あなたたちが私の姉を助けたことが縁になっている。アーレたちが姉を助けた礼に『男をくれ』と要求したんだろう? それで私が来たんだ」
「そうだった。森の向こうの話だったから私も覚えている」
それはよかった。
時期は冬。
姉が嫁入りのために移動している際、魔獣に襲われた。
それを助けたのが、アーレたちだった。
その当時、白蛇族では男女が割れる集落問題が勃発しており、食料のストックが儘ならなかった女性陣が、食料調達のために森を越えたのだ。
通りがかったアーレたちが姉を助け、そして姉に「婿をよこせ」と要求した。
――姉サンティオも聖国フロンサードの王族である。
――その力は他国に渡せるほど弱いにしても、彼女も聖女の力を持っていた。
姉は、直感が鋭かった。
あれは恐らく「聖女の先見の力だろう」と言われていた。
初代聖女は水鏡や水晶、宝石といった光を反射するものから、未来の映像を読み取ったという。
その辺の力を継いでいるのだろう……と言われていたが。
実際どうだったのかは未だ謎である。
本人が見たい時に見られるものじゃないし、そもそも映像は見えないようだし。
傍目にも本人的にも、本当に直感が働く時がある、というだけのものだったから。
私も聖女の力はあまり継いでいない方だが、サンティオは弱い上にわかりづらかったのだと思う。
ただ、アーレたちの要求に対し、姉の直感は確かに働いたらしい。
だから「最高の男を用意して送れ」という姉の手紙に対し、父上は悩んだのだ。
手紙を貰って半年くらいは何も決まらず、ずっと悩んでいたらしい。
もし姉の直感がなければ、適当な男を見繕って送っていたと思う。
だが「最高の男」と注文が付くのであれば、適当な男を送るのでは適切ではないからと。
姉の直感がそう言うのであれば、無下にするべきではないと。
姉の直感があったから、王位継承権は低いまでも、一応は王族だった私が行くことを許されたのだ。
一応、選べる中では「身分が最高の男」として。
――個人的な心情を言うなら、姉の直感は間違っていなかったと思う。
少なくとも、私は今とても幸せだ。
……という長い説明をしても、伝わらないだろうな。
「姉の直感は鋭い。その姉に行った方がいいと言われたんだ。当時私は女性にフラれて傷心だったこともあってね、少しばかり故郷に居づらかったから」
「おまえを振る女がいたのか? バカだな、その女。レインほどの男など早々いないのにな。私なら牛百頭と交換でも応じないぞ」
「……ありがとう」
いまいち単位がよくわからないが、金銭換算だとかなりの高額になると思う。フロンサードでも牛一頭は決して安くないから。
まあ、元々政略結婚だし……いや、もうややこしいのはいいか。事実だけ言えばそれだけのことだしな。
「とにかく、私のような男がすぐには見つからないという話は、納得してもらえたかな?」
「よくわからんが、おまえのような男がたくさんいるとは思えないな。だから特殊なんだな」
よくわからん、か……まあそれだけわかればいいか。
話を続けよう。
「行ってすぐ見つかるとは思えないし、基本的にこちらの者が向こうをうろつくのは、あまりお勧めできない」
「知っている。すぐ騒ぎになるからな。だから私たちは向こうで活動する際はこれを隠す」
と、タタララは白鱗に覆われた右手を振って見せる。わかっているならいい。
「タタララ。この話、私に預けてみないか?」
「私の婿探しか?」
「そうだ。向こうの知り合いと連絡を取って、できるだけあなたの要望に添う形で話をまとめてみる」
「……」
「そもそも今は戦の季節だ。今すぐ行く気はないだろう? 現実的なのは秋と冬だ」
秋冬は、いわゆる狩りのオフシーズンである。
夏があまりにも大変なだけに、戦士の休息はそれなりに長い。
「……そうだな。今はアーレの傍を離れる気はない」
うん。
白蛇族が弱りに弱る冬は、さすがに危険なので集落に戻ってくると思う。
向こうで越冬までするとは思えないので、婿探しに動けるのは、秋の間くらいだろうか。
時間としては短い。
それを有効利用するためには、やはり、向こうの協力体制やバックアップが必要になるだろう。
なんなら事前に婿候補を探してもらうのも有りだ。
「フレートゲルト。覚えているか?」
「ん? ああ、ケイラを連れてきたあの男だな」
「彼に相談して、あなたが向こうで動きやすくなるように、協力してもらおうと思う。住む場所とか必要だろう?」
「……、よしわかった」
しばし視線を漂わせて迷いを見せていたタタララは、力強く頷いた。
「この話、おまえに任せる。おまえがいいと思うようにしてくれ。頼む」
深々と頭を下げるタタララに、私はわかったと応えた。
「あ、いろんなうまいものを食い歩きたいというのもあるんだ。そっちも忘れないでくれよ?」
「え? あ、そうなのか?」
「あのドーナツが未完成だと言っていただろう。本来の味とは格段に劣ると。確かめてやろうと思ってな」
…………
もしかして、婿探しより食道楽が本命だったりするのだろうか。
いや、あえて聞くまい。