189.相談事
私もまだだったので、一緒に食事を取りながらじっくりタタララの話を聞いてみた。
そして、食事が終わる頃には概要は理解できた。
彼女は酒を呑みながらなので、若干ゆっくりした時間だった。
私も勧められたが、この季節は怪我人が絶えない。
治療に障るので酒は遠慮した。
――で、だ。
「話をまとめていいか?」
「ああ。まあまとめるほどの話でもないと思うが」
そんなことはないだろう。
「私がタタララとじっくり話したのは、これが初めてだ。失礼だが結構いろんなことを考えていたんだと少し驚いているよ」
正直、色恋話が好きで酒が好きで何かとアーレを支える族長の側近、という感じで漠然と把握していたが。
しかし、人間そう単純じゃないよな。
単純に見える人か、自分の言動や心理を単純にしたい人はたくさんいると思うが、人なんてわからないのが普通である。
私なんて、私自身のことさえわからないことがあるくらいだ。
「ドーナツはあくまでも最後のきっかけで、もっと色々な要素があったんだな」
タタララが語ったのは、最近のことだった。
男子会で、男子たちが番が欲しいと荒れていた様子を見て、不快になりつつも自分の番のことを考えていたそうだ。
タタララは十九歳。
白蛇族の常識に当てはめるなら、結婚して子供がいてもおかしくない年齢だ。
実際アーレは十六歳で結婚し、今年出産した十七歳だ。
向こうでは少し早いかな、くらいだが、こちらでは結婚適齢期ど真ん中だとされている。
あの男子会に参加したのも、十四歳から十六歳の血気盛んな男子が集まっていた。カラカロは除く。……というか、同じように考えるとカラカロは相当適齢期を過ぎていることになるな。
まあ彼に関しては、少し事情が違うか。
今、結婚したい女性を口説いている最中だから。
「私とアーレを見て、結婚願望が湧いてきたというなら、私は光栄だよ」
――あの男子会で見た男子の言動こそが、私が来る前の白蛇族の姿だったそうだ。
あの言動を小さい頃から見ていたタタララは、小さい内から男子に幻滅していた。
当然、結婚願望などあるわけがない。
こんな日常的に腹が立つことを言われ続けたらどうなるかわからない、最終的には刺してしまうかもしれない、と。
割と本気でそんな風に思い至って以来、もう結婚する気はなくなったそうだ。
そしてそれは、実はアーレも同じだったそうだ。
集落の男たちに幻滅し、気が付いたらジータとの婚約が決まっていて、もうその辺のことはどうでもいいとさえ思っていたとか。
何を考えても結婚することが決まっているのだから、と。
男に期待するのをやめた。
それが、アーレとタタララが戦士になることを志した理由だった。
獲物を狩る戦士が偉いというなら、いっそ自分たちで戦士になってしまおうと。
できるだけ男に頼らず生活ができるように、強くなることを目指した。
――そんな二人だが、運命のいたずらなのか二人の想いが運を呼び寄せたのか、アーレを新たな族長に立てようという動きがあった。
で、なんだかんだあって私がここにいるわけだ。
男に幻滅して期待していなかったアーレと、集落の常識を持たない外から来た私。
これが意外なほどに噛み合った。
私としても意外だったと思う。
生活は楽しい、家事も嫌いじゃない、料理は食べる人が喜んでくれるのが嬉しい。
まだ一年を過ぎたくらいだ、新しい発見や出来事もたくさんある。
異文化の交流も楽しいし、皆親切だ。
やってみたかった畑も持てたし、飼いたかったペットもいる。
私はこの集落に来て、たくさんの物を手に入れたと思う。
何より、大切な家族ができた。
本当に意外なくらいに、私はここの生活に馴染み、大切にしたいと思うようになった。
――で、だ。
男に幻滅していたタタララは、そんな私とアーレを傍で見ていて、私たちの生活を見ていて、少しずつ羨ましくなったそうだ。
特に、私だ。
こんな男がいるのか。
こんな男なら傍におきたい。
そんな風に何度も何度も思わされ、いよいよタタララは決意した。
心の奥底に放り出していた結婚願望を、積もった埃を払って取り出してしまった。
もし自分が伴侶を得るなら、どういう人物がいいか。
そんなことを最近ずっと考えていて、そして――ドーナツが決め手となった。
食べたことのない甘い菓子。
ふんわりしていて温かくて柔らかい。
パンケーキもどきにも驚いていたが、あれが一番の衝撃だった。
そして思った。
そうだ、自分も主夫となる男を探そう、と。
「つまりタタララは、森の向こうに行きたいんだな? だから集落から離れる必要がある、と」
私がどの程度の人間かは置いておくとして。
私のような男は、こちらにはたぶんいない。
常識と文化が違いすぎるから、断言できる。
……そもそも私のような役回りは、向こうでも珍しいからな。一般における女性の社会進出もまだ少ないし、主夫はあまりいないと思う。
…………
一瞬「ヒモ」という職業が思い浮かんだが、主婦とヒモは絶対違うと言い張りたい。
そうじゃないと私がヒモになってしまう。
「そうだ。おまえのような男が欲しい。料理ができて女の仕事をちゃんとこなせる、女をバカにしない男がいい。
それに……私はこうだから」
ん?
「こう、とは?」
「女らしくないだろ? アーレのように可愛くもないし。背も高いし。男のように見えるだろ?
おまえくらいだよ。私をちゃんと女性として扱う男は」
……なるほど。結婚願望がなかった理由は、この辺のコンプレックスもあったのかもしれないな。
「タタララ、これはアーレの夫じゃなくて男の意見として受け取ってほしい」
「…? なんだ?」
「あなたは美しい。とても美しい。
あなたが言う女性らしさが何を指すかはわからないが、アーレよりは女性らしさは上だと思う。
細やかな気遣いもできるし場の雰囲気を読んでいるし、私はそういうところに女性らしさを感じる。
ここだけの話、アーレは女性らしさはそんなに……でもそんなアーレが好きなんだけど」
アーレは代わりに雄々しいからな。
あれは女性らしさではないが、でもぎらぎらに輝くほどの魅力だとは思っている。
私はきっと、彼女に女性らしさは求めていない。
夫を攫われて単身乗り込んでくるような、そんな強いアーレが私は好きだ。
「もしアーレと立場が逆だったら。もしタタララが次期族長として、私を婿にと望んでいたら。
私は躊躇うことなくあなたの婿になっていたと思う。
自信を持っていい。
女性らしさは魅力ではない。あなたらしさがあなたの魅力なんだ」
…………
…………
…………
あれ?
「通じた?」
反応がなさすぎるので自信がなくなってきたが、タタララは普通に「ちょっとよくわからない」と答えた。そうか。通じなかったか。
「だが、私を励まそうとしていることはわかった。あとレインは私のことが好きなんじゃないかと勘違いしそうになった。
二人きりはよくないな。実によくない」
と、彼女はあまり表情を変えることなく、酒を煽った。
アーレはすぐ顔に出るが、タタララはわかりづらいな。
……口説いているみたいに聞こえたかな? アーレに知られたら大変だ、今後気を付けないと。