18.大狩猟、白蛇姫は先陣を切る
戦士たちは走っていた。
まっすぐ西南西、緑が少ない荒野となっている荒れ地へと走っていた。
仕込みと追い込みは、今回も飢栗鼠族に頼んでいる。
小柄で力はないが器用ですばしっこく、獲物と戦うことは避けるが、罠に掛けたり指定場所に追い込むのは得意な連中だ。
仕留めた光輝牛をそれぞれの部族で二頭ずつ、計八頭を渡す条件で、彼らは動いている。
飢栗鼠族は己が非力を知っているので用心深く、大狩猟にも宴にも参加はしない。どこの部族とも仲良くし過ぎず、浅い関係を築いている。
要するに、友好的ではないが取引相手にはなる連中である。
しばし駆けると、地面から闇降石がそそり立つ荒野に差し掛かり――
「白蛇の」
先頭を走る白蛇族のアーレとジータのすぐ横に、物陰に潜んでいた飢栗鼠族が躍り出て並走する。
飢栗鼠族の族長キキ。アーレと同じくらいの体躯の男で、彼らの部族の中では大柄な方に入る男だ。
「久しぶりだな、キキ」
「ようキキ。相変わらず小せぇな」
アーレとジータの言葉には反応せず、キキは言葉を吐く。
「頼んだ仕事は済ませた。この先の荒野に百頭を越える光輝牛がいる。俺たちの報酬八頭はそのまま残していけ」
それだけ言うと、接触した時同様にすぐさま離れ姿をくらませた。相変わらず用心深い男だ。
「獲物は目の前だ! 皆遅れるな!」
――うおおおおおおおおおおお!!!!!!
開始の合図こそ乗り遅れたジータが、ここぞとばかりに戦士たちを鼓舞する。
「おいアーレ、勝負しようぜ。俺とおまえ、多く仕留めた方が族長だ」
「断る。おまえは約束を守らない」
「あのまぐれ勝ちでおまえが族長か? 俺たちの多くが納得いってねえ。おまえの我儘で部族が割れてんだぞ」
「今話しかけるな。――おまえから殺すぞ?」
ただでさえ狩りの直前で気が昂っている時に、普段から気に入らない男に挑発される。
今のアーレは少々我慢ができない状態だ。
殺意の入った金色の瞳を向けてくるアーレから本気を感じたジータは、少し距離を取った。
「いいかげん俺のものになれ! あの青い目の男はなんだよ!」
「おまえのものになるくらいなら死を選ぶ。次話しかけたら本気で殺す」
「……チッ!」
それ以降、二人の会話はなかった。
「――獲物が見えたぞ!」
広大な荒れ地にある申し訳程度に生えた草を食んでいる、赤、白、黒、茶と、色取り取りの皮を持つ獲物たちの姿が見えてきた。
頭に立派な角を、その上に光輪を浮かべた、草食にしては好戦的な牛――光輝牛。
あれを二、三頭狩れば、野菜や果実などの食料が手に入らなくても、三日か四日は部族が飢えない食料となる。
雄叫びを上げ、地面を踏み鳴らしながら突撃してくる戦士たちに気づいた一頭が、嘶きながら光輪を点滅させる。
のんびりすごしていた光輝牛たちが、俄かに動き出す。
突っ込んでくる戦士たちを見て、すぐに臨戦態勢に入る。
――モォオオオオオォオォッォ!!
腹に響く威嚇の声を上げる。
牛たちが頭を下げ、迎え撃つように突進の体勢を取る。
多くの光輝牛が同じ行動を取り――
「「うおおおおおおおお!!」」
しかし戦士たちは微塵も怯むことなく、更に声を上げて走る速度を上げた。
大狩猟は、戦士たちと光輝牛の群れの衝突。
人と魔獣の戦である。
光輝牛を敗走させればさせれば戦士たちの勝ちで、その逆なら向こうの勝ち。
これから一年間の本格的な狩りは、ここから始まる。
春が少し過ぎて、夏が来る直前。
生命が活発に動き出す頃に、戦士たちも本格的な狩りを始めるのだ。
これからの一年の先行きを占う、大事な催し。
それが大狩猟だ。
――モォオオオオオオオォォッォ!!
――うおおおおおおお!!
牛たちが走り出す。
ぎっしり筋肉の詰まった太い足で、大地を蹴って走り出す。
戦士たちは怯まない。
一頭一頭が大岩のような牛たちが一斉に向かってくる姿を見ても、一切怯まない。
「――俺が一番槍だぁ!」
ジータの槍が、突っ込んできた光輝牛の目を貫き深くえぐり絶命させた。
はずせば確実に撥ねられるという状況で、寸分狂わぬ槍さばき。さすがである。
「――我に続けぇぇぇぇえええええ!」
それと同時に、アーレは先頭の光輝牛の光輪に足を掛け、牛たちの背を飛び移りながら背後へ回る。
後ろから攻撃を加えつつ退路を塞ぎ、牛たちを混乱させるために。
同じような動きをしている戦士も多い。
身軽な青猫族と――特に飛べる黒鳥族は華麗に舞っている。
「ふがぁぁ!!」
力ずくで投げられた巨牛が宙を舞った。
大らかでのんびりした者が多い戦牛族は、狩りではその巨躯に見合う怪力を惜しまない。
それでも、あんな芸当ができるのは族長ギュララくらいだろうが。
「――あぁぁああぁ!!」
危険な背渡りをこなしたアーレは、光輝牛の背後から襲い掛かる。
手斧を投げ、槍を刺し、鉈剣で払い、すぐに全身が返り血に染まった。
「――光るぞ!」
誰かの声が聞こえて、槍を引きながら腕で目を覆う――それでもわかる強い光が全身を打つ。
光輝牛はこれが怖い。
ほんの一瞬でも視界を奪われたら、動きが止まったら、下手に動いたら、危険以外の何物でもない。
気は昂り、理性は溶け、五感と殺気がどんどん研ぎ澄まされていく。
戦士たちの狩猟は始まったばかりだ。