186.男子会 後編
男子会は、女性への執着と憎悪で盛り上がっていく。
決して口は出さないと約束した女性陣の苛立ちと不快感が嫌でも伝わってくるのに、男たちは気づかない。
――そういうところだ、と何度も言いたくなったが、堪える。
度々アーレ、タタララと目が合うのは、偶然じゃないだろう。
私が許せば、口なり拳なりが飛んでいくはずだ。
「このままでいいの?」
ナナカナが囁くが、私はまだ口を出さない。
彼らの主張を聞きたい、というのもあるし、貯め込んでいる不安にも似た不満を、出せるだけ出しきってほしいと思っている。
酒の力と元の気性の荒さから、誰の前でなんの話をしているのか、年若く向こう見ずさが強い彼らは、知ってはいても理解はしていない。
「女なんて」などと何度も言えるのがその証拠だ。
アーレとタタララは、彼らが自称する「強い戦士」より、実際に強いのだから。
あとさすがにカラカロの顔色も悪くなってきている。
同じ男として同類に思われたくない、という気持ちからだろう。よくわかる心理だ。私もだから。
「真っ向から否定されると、受け入れられない人も多いからな」
今はまだ早い。
一応、女性陣全員から責められて泣いた戦士が、心を入れ替えた結果すぐに結婚相手が見つかった、という前例はある。
しかし、あれはどこまでも荒療治であり、結果いい方向に転がっただけの話だ。
それゆえの心境の変化で、それゆえの結婚相手ができたという結果である。
彼が泣かされたあの時の恐怖を忘れることはないし、下手をすれば女性全員に対する恐怖心が芽生えていたかもしれない。
というか恐怖心はすでにあると思う。見ている方でさえ胸が痛くなったくらいだから。
あれはひどかった。特に人妻のエラメが辛辣だった。私は彼女の優しい面しか知らなかったから驚きもした。
荒療治はしょせん荒療治。
治ったところで、どうしても傷跡のようなものは残るものだ。
従来のやり方より、大きく。
あるいは歪に。
人間の根底にある意識を変えるなんて、それはとても難しいことだ。
理想の、または憧れの先輩戦士たちを見て育った彼らである。
そういう環境が女性への蔑視を育てたのであれば、彼らが全面的に悪いとも、私は言い切れないところがある。
ただ、まあ、なんだ。
「――ケッ! 俺ぁもう白蛇族の女なんていいね! いらないね! 生意気だからな!」
「――わかる! どうせなら綺麗どころの多い黒鳥族と彩鳥族の女がいい!」
「――だよな! どの女もララキィと同じくらいだもんな!」
要は釣りだ。
魚たる男子たちが疲れるまで待って、それから釣り上げようと……諭すように話をしようと思っていた。
傍観するつもりだったが、今すぐ口を出したくなるほどひどいな。
ちなみにララキィとは、彼らの同年代で美人で可愛く器量よしと言われる、集落一の美少女である。この年代の一番人気だ。
私も何度か会っている。
たまに「料理を教えてくれ」とやって来るので、彼女なりに結婚に対する準備を進めている最中なのだと思う。
ちなみにそのララキィは、タタララの家に通っているが。
タタララは下手な男より凛々しいし、何より男より優しいからな。
この男子会での会話を聞く限り、私が女性でもタタララが好きになると思う。
思っていた以上に彼らはひどい。
「――そろそろ族長が限界っぽいけど?」
ナナカナの言う通りである。
アーレの雰囲気がいよいよまずい。
今にも怒鳴り声を上げて、一人ずつ締め上げて行こうという意気込みが感じられる。
もう少し吐き出させたかったが、どうやらタイムリミットが来てしまったようだ。
「はい! そこまで!」
私は手を叩いて注目を集め、彼らの中に割って入った。
台所付近に立って待機していた私は、家に上がり込んでアーレの隣に座った。
そしてはっきり言った。
「君たち、それじゃ番は見つからないぞ」
反射的に何かを言い返そうとする彼らを、まあまず聞けと手で制す。
「君たちはモテないんじゃなくて、自分から女性を遠ざけているんだ。態度や言葉が悪すぎる。誰が好き好んで自分を傷つける人に嫁ぎたいと思うんだ? なあ?」
隣のアーレに話を振ると、彼女は「うん」と頷く。
「――でも俺の親父はいつもこんなんだぞ! お袋も『はいはい』って聞いてるし!」
と、一人の男が自分の家庭の話を例題に出した。
話だけ聞くと、両親夫婦がうまくいっているとは思えないのだが、彼にはそれが理想というか、よく知る夫婦の形であるのだろう。
何人か頷くので、彼らのさっきの言葉は、そっくり父親に似た面も大きいのかもしれない。
やっぱり彼らの性格は、育った環境のせいなのだろう。
「熟年離婚って知っているか?」
「――は……?」
「簡単に言うと、長年連れ添った夫婦が老いてから別れることだ。年を取ってまで夫と付き合いたくない、という妻の主張が多いみたいだ」
「――……」
「君たちは、強い戦士であることを殊更主張していたね。食料を得る戦士は尊い。偉いと。私も否定はしない。
だが、もし戦士じゃなくなったらどうなるかな?
戦士は食料を取ってくるのが仕事だ。
でも怪我や歳のせいで、いずれ必ず引退する時が来る。
そんな時、戦士じゃなくなって食料が調達できなくなった君たちと、妻が一緒にいる理由があるかな?」
どこまで理解しているかはわからないが、私の話を聞いている彼らを順繰り見回して断言した。
「――私が女性なら、君たちとは絶対に別れるよ。戦士じゃなくなった君たちと一緒にいる理由は、本当にないから」
「お、おい……」
いずれ必ず戦士を引退するであろうアーレは、私の言葉がちょっと気になったようだ。
「アーレとは別れないよ。仮にあなたが戦士じゃなくなったとしても、食料が得られなくなったとしても、私が最後まであなたの面倒を見る」
「ほんと……?」
「本当だよ。強い戦士だからアーレを好きになったわけじゃないから」
ハッと息を飲んだのはタタララである。
どうやら彼女の心の琴線に触れたらしい。他人の色恋沙汰が好きなのは今も変わらないようだ。
「君たちは番が欲しいだけなのか? 生涯一緒にいたい大切な女性が欲しいわけじゃないのか?
君たちのご両親が本当に幸せそうなのかどうか、ちゃんと見てみたらいい。母親は嫌そうな顔をしていないか? 父親はどんなことを言っている? 言動で誰かを困らせていないか?
人が傷つく光景なんて、あたりまえにあっていいものじゃないんだぞ」
そういうのの結果が、私がここに来る理由になった集落問題と、女族長の擁立……アーレを族長に立てようとした女性陣の支持なんだが。
やはり、男性陣は正確に理解している者が少ないのかもしれない。
「――なあレイン、今晩家に行っていい?」
嫁よ、今はそれはいいじゃないか。
「――断っても行くが」
じゃあ猶更今はいいじゃないか。
いつも勝手に夜這いに来るんだから、今日もそうすればいいじゃないか。
「……なんかその今こんなので悪いけど、少し自分や周囲の言動を見直してみたらいいと思う。君た、ち、はまだわ、若いから、アーレ、今からでも間に、合う、はず、ちょっとアーレ、……アーレ!」
私が返事をしないせいか、横から首に手を回してきてグイグイ迫るアーレに押し倒される形になってしまったが。
なんとか言いたいことは言えた。
なんか締まらなくて悪いな。でも入り婿は嫁には勝てないのだ。
――そして締まらない空気のまま、なんとなく男子会は解散となった。
後に知るが、彼らは私の言葉など半分も理解していなかった。
だが、強い戦士や族長ではない、ただの女と化したアーレの熱に浮かされたような表情は響いたらしい。
思えば、母親が父親に甘えるようなことなど一度もなかったな、と。
あんな感じで表情が変わることもなかったな、と。
番が欲しいんじゃなくて、自分に惚れた女が欲しい、と。
そんな意識が芽生え、少しずつ周囲への言動が変わっていくきっかけとなった。
そして――
「なんか今更遅いっていうか……遅いのよね」
一番人気のララキィは、多少言動を見直した彼らに代わる代わる口説かれるも。
すでに心の奥底から彼らに失望し、覚め切っていた。
今更遅い、か。
もう取り返しがつかないと断言される、なかなか怖い言葉である。




