185.男子会 前編
戦士たちから血の匂いが消えない。
そんな、いよいよ暑さがピークを迎えつつある夏のある日のこと。
方々からの要求を受けて、私は根回し、許可、裏工作、間者に寄る情報操作、賄賂、甘言に空手形といった、表沙汰にできない汚い手を使って、この夜を作り上げた。
「――では、今日を無事に生き残ったことと奪った命に感謝し」
たまに言う祈りの言葉を述べ、アーレが盃を掲げると、戦士たちはそれに倣って酒を煽った。
今日は、少し特別な夜である。
特別なだけに、少々雰囲気が暗いというか、固いというか、……肌が泡立つような緊張感があった。
この家の主人にして目付け役であるアーレと、側近タタララ。
その二人を除けば、全員男だからだ。
あ、いや、ケイラとナナカナはいるが、話には参加しないのでカウントはしていない。
今日はいわゆる男子会というものである。
それも、普段は族長宅の宴に参加しない、私と同年代かそれ以下の男のみ。あ、カラカロは今日もいるが。というか今日こそ外せないようだが。
アーレとタタララは何かあった時のご意見番で、求められないと口を挟まないルールとなっている。
――そう、この男子たちは、結婚相手を探している白蛇族の若者たちなのである。
「だから、その、なんというか、なんか、そう、なんかな、あっ、天気がっ……いや天気なんてどうでもいいんだ、あのな、家庭が…………あの……やっぱりいい」
……これで何人目だろうか。
家まで訪ねてきたくせにどういうことだろう。
しかもこんなのがもう四人目である。
最近、私に声を掛けてくる若い男の戦士が多くなった。
何事かと用事を聞けば、非常に歯切れの悪い態度で言い淀み、最終的には何も言わずに諦めて去ってしまう。
どこかで私をからかうと面白い的なつまらない冗談でも発生しているのだろうか。
そんなことを漠然と思っていると――
「番の相談だと思うよ」
今のを見ていたナナカナに言われて、ようやく察することができた。
「夜の宴に参加しないで、直接来ることもあるんだな」
結婚相手に関しては、確かにケイラからチラッと聞いてはいるが。
でも最終的な決断は族長であるアーレが下すので、あまり私だけを当てにされても仕方ない気がするんだが。
それこそ、毎晩やっている夜の呑み会に参加してアーレに直談判した方が早いだろう。
「あの雰囲気では言いづらいじゃない。周りは女ばっかりだし。何か言うと全員から責められるって噂も広まってるだろうし」
……まあ、確かに、女性全員から責め立てられて泣いた戦士がいたことを、私も覚えているが。
「族長よりはレインの方が話しやすいっていうのもわかるし。でも戦士は弱音を吐かないし弱味を見せないのが基本だから、自分より弱いレインには話しづらいんだろうね。
こういう時、族長が男だったらやりやすいんだろうけどね」
なるほど。
私はこの集落の子供より弱いだろうし、弱い私には相談しづらいというのもわからなくは……いや、よくわからないな。
弱かろうと強かろうと戦士同士が意識するならわかるが、私は戦士じゃないし。
戦士じゃない私を強い弱いで見られても。
「どうするの?」
「え?」
なぜか急かされるように問われてナナカナを見ると、彼女はきらきら輝く瞳で私を見ていた。
「錆鷹族を殺さずに収集を付けたその知恵を、また私に見せて」
いや、あれは私が考えたものじゃなくて、先人の知恵だ。
――ナナカナは錆鷹族を、というかアーレたち集落の戦士を丸め込んだあの人質案を大変気に入ったようだ。
特に、人死にを出さず利だけを得る形になったことに感動したらしい。
自分では考えつかなかったから、と。
先人の知恵なので、そう言われても私から言えることは特にないのだが。
「知恵、か……」
この手の先人の知恵は知識にないが、しかしまあ、簡単な案件ではあるだろう。
要は、男が何を言っても責められない空間を――女性のいない空間を作ればいいのだ。
「ナナカナ、手伝ってくれるか?」
「もちろんだよ。何するの? 何でもいいけどできるだけ汚い手段を使おうよ。私の知らないやつ。レインなら知ってるよね? きったないやつ」
…………
この子も変わった子だよ。
そして実現したのが、この男子会である。
根回し、許可、裏工作、間者に寄る情報操作、賄賂、甘言、空手形。
思いつく限りの謀を無駄に使用して、この夜を作った。
普通に「男子会やるから集まれー」って声を掛けるだけでよかったと思うんだが……まあ、ナナカナが喜んでくれたので、まあいいだろう。
情報を集めた結果浮上した者、私に会いに来て用件を言えなかったりした者、などなど。
合計七名の男子が集まった。カラカロは除く。
恐らくは、現在の集落においては、この七人の男が結婚適齢期でありながら結婚できない者全員になるのだと思う。
あとはカラカロのように、特定の相手がいるから結婚しない者か、そもそもまだ結婚する気がない者のどちらかだろう。
――まあ、それらはさておき。
いつになく静かな呑み会だったが、酒が進むにつれて男たちから言葉が出てくるようになった。
「――なんで強い戦士がモテないんだ!」
「――そうだ! 俺より弱い奴がなんで先に番ができるんだ!」
「――女の見る目がないんだよ!」
「――そうだ! 女が悪い!」
うん。
なんというか、うん。
結婚相手がいない理由がすぐにわかるくらい、彼らは「これまでの白蛇族
」に染まっているようだ。
先代族長のせいもあるのだろうか。
女性関係がとんでもない人だったのも、悪い影響を与えている気がする。
でも、「先代の強さは本物だった」とアーレが認めていたくらいだから、強い戦士はモテるというのも、あながち間違ってはいないのだろう。
それにしてもすごいな。
独身男たちの宴では、ずっとこんな会話が続くのだろうか。
私が参加したジータの呑み会は、それなりに楽しかったけどな。
…………
アーレとタタララの目が据わってきているし、ケイラとナナカナが真顔になっているからな。
どれだけ女性の不評を買う会話をしているか、当人たちはまるで理解できていないのだろう。
……私のテコ入れくらいでどうにかなるのだろうか。