175.一休み
「――この方向で話を進めるが、おまえはどう思う? 一応聞いてやる」
だいたいの概要を話したところ、アーレの反応は悪くなかった。
そして、話の根幹に関わる錆鷹族族長代理のヨーゼに話を振る。
立場上は彼に拒否権はないが、この案をどう思うかくらいは聞いておこうと。そういうことである。
「死ぬよりは断然マシだ。ただ、人選は錆鷹族の族長にやらせてくれ。もうすぐ意識が戻ると言うなら……俺はただの代理だから。頼む」
「選ぶくらいは好きにしろ。それを受け入れるかどうかは別問題だがな」
よかった。
アーレは私の提案をちゃんと理解しているようだ。
「おまえとの話は終わりだ。行け」
そして追い出されるようにして家から出て行った。
アーレの人払い感がいつになく強い。二人きりになりたいという欲望をひしひしと感じる。朝っぱらからよその集落でその想いはきっと間違っている。
やはり会えなかった反動が出ているのかもしれない。
「キシン、おまえも行け。そもそもおまえに用はない」
真剣な顔で話を聞いていた、恐らく今度の問題には部外者であろうキシンは、まだ思案気な顔をしている。
「殺す以外の選択も悪くないな。本当に」
どうやら思うところがあったらしい。
「アーレ」
「なんだ」
「おまえには勿体ない男だな」
「我もそう思う。だから手離すつもりはないし、手離すことになるなら我が殺して我も死ぬ」
……相変わらず愛が重いなぁ。
「頭のいい男も悪くないな。弱くても許せる」
「そうだな。半端に強いと却って面倒だしな。――それより早く行け」
若干声に苛立ちを感じるが、キシンは「まあ待て」とアーレを宥めた。
「私もおまえに話があるんだ。聞け」
「後にしろ。早く旦那と二人きりになりたいと言っているんだ、気を遣え独身」
「あばら折った分くらい聞けよ馬鹿野郎。おまえのせいでもある話なんだからな」
「チッ……早く言え」
アーレは苛立ちを隠すことなく舌打ちし、先を促した。
会話から察するに、この二人は友達っぽいな。
「錆鷹族の族長は、オーカっていうんだ。私の狩りの師の一人でもあり、腕がいい強い戦士だ」
「強い戦士か。……錆鷹族の戦士は弱かったぞ」
「私たちとは戦い方が違うんだよ。あいつらは空から襲ってきて、空に逃げる。その繰り返しで仕留めるんだ。
おまえが戦った時は場所と状況が悪すぎた。仲間は密集しているし周りは森だし。飛んで戦える場所と状況じゃなかったからな」
なるほど、一撃離脱タイプだな。
それこそ獲物を狙う鳥のような動きをするわけか。
「わかりやすく言うと、あいつら狩りはうまいんだよ。でもケンカは苦手なんだ」
「そうか。そういう奴らか。我らの集落の近くにも黒鳥族という同じ戦い方をする連中がいるぞ」
「知ってる!」
アーレが言うと、キシンは手を叩いて顔を輝かせた。
「顔がいいって評判の部族だろ!? 私の番候補探しに行こうと思ってる!」
「身の程を弁えたらどうだ?」
「ふざけんなこれでも金狼族では美人扱いされてるわ! なあ旦那!? 私きれいだろ!? 特にこの金髪の毛並みはどうだ!?」
旦那って私のことか。
集落では婿さんと呼ばれて、ここでは旦那と呼ばれるのか。まあ本名さえ名乗るのが面倒になった昨今、もうなんでもいいけど。
「綺麗な色をしているとは思うよ」
フロンサードの王侯貴族にも珍しい、鮮やかな金髪だ。
「ほらみろ!」
「別に構わん。レインは我の髪の方が好きだから。な?」
「そうだね」
即答は必須スキルである。まあ異論もないが。
「……もういいや。話を戻す。
そのオーカなんだけど、魔獣に襲われて大怪我をしてな。今旦那が治療している。旦那が攫ってこられたのも、オーカの手当てをさせるためだ」
「らしいな。その辺は聞いた」
さっき私が話したことである。その時キシンはいなかったから。
「じゃあ、オーカを襲った魔獣については聞いたか?」
「いや、まだだ。あまり興味もないが……」
「きっとおまえも出会ったことのない魔獣だぞ。今朝はそいつを見に行くつもりで、あの辺に集まったんだ。おまえが乱入して台無しにしたけどな」
「……それで?」
「手伝えよ。討伐」
「我が? なぜ?」
「おまえが錆鷹族の戦士たちをしばらく使い物にならなくして、私のあばらを折ったからだ。
今この集落でまともに戦えるのはおまえだけだ」
「ふむ……少し考えさせろ」
キシンが無茶な理屈で迫るので、アーレは断るかと思ったが。
意外にも返事を保留にした。
キシンが出て行くと、早速というか宣言通りというか、アーレが擦り寄ってきた。
「本当に無事でよかった。おまえに何かあったら正気でいられる自信がないくらい心配した」
「そうか。私も無事に会えてよかったよ」
「……なあレイン、正直に言うとな」
「うん」
「我は疲れている。気を抜いたら寝てしまうほどに。……寝るまででいいから、傍にいてくれ」
アーレが自分からそんなことを言うなんて、相当である。
基本的に弱音は吐かないから。
きっと疲れた身体に鞭を打つようにして、無理をして最速でここまでやってきたのだろう。
「わかった。寝るといい」
アーレが横たわる。
その傍らに座り、私は彼女の頭を撫でる。
すぐに眠りに落ちたアーレの穏やかな寝顔は、殺気を放つ戦士でもなく重い決断を下す族長でもなく。
普段より少し幼く見える、見慣れた私の嫁の顔をしていた。