174.仲が良さそう
かなりアーレがいちゃいちゃしたそうな雰囲気になってきたが、さすがに断罪を待っている錆鷹族の者たちと、首を差し出しに出てきたヨーゼを前にして、いつまでもこうしているわけにもいかない。
「――私が攫われた理由は聞いたか?」
「――理由なんてどうでもいい。我もいつだってレインを攫いたい……」
…………
うん、……うん、ちょっと冷静になろうか。皆すごい見ているから。落ち着こうか。
「――もし攫った原因が女だったらその女は殺すが」
あ、一応落ち着いてはいるかもしれない。
「――アーレ。一先ず今日のところは、仕切り直しをしないか? 話したいこともあるし、このままだとかなりアレだし、ゆっくり話して結論を出そう」
「――そうだな。早く二人きりになりたいしな」
まあ……まあ、はい。それでもいいです。
…………
何日も会えなかった反動でも出ているのかな。
明日の朝もう一度集まるように告げ、アーレは広場から離れた。
私はヨーゼに目配せし、付いてくるよう促す。察した彼もアーレに付き従うように彼女に続く。
「安心した」
前を歩くアーレが言った。
「おまえの反応を見る限り、手荒な扱いは受けなかったようだな」
「そうだな。できる限り要望を叶えるとまで言ってくれたから、待遇は良かったと思う」
ただし、私はその好待遇に甘んじる間が一切なかったくらいで。
ずっと看病しかしていないから。
「アーレ。彼らが私を攫ったのは、彼らの族長が大怪我をしたからだ。治癒師としての私の噂を聞き、治療させるために誘拐を決めたそうだ」
「治癒師として? それならそうと言えばよかったのだ」
「私もそう思うよ」
ただ、正直に話してアーレが私をすぐ行かせたかどうかはわからないが。
「交渉を飛ばしたのは、彼らの族長が予断を許さない状態だったからだ。私が連れて来られた時は、彼らの族長は死にかけていた。この集落の薬師も匙を投げたらしいから。
庇うつもりはないが同情はしている。
交渉する間も惜しいほどに、一刻の猶予も許されなかったと私も判断する」
だから同情するのだ。
彼らの気持ちは、わからないとは言えないから。
「……フン。それで? 族長は助かりそうか?」
「このまま行けば。もうすぐ意識は取り返すだろうし、あと二、三日くらい治療に専念すれば、山は越えられると思う」
「――本当か!? 兄貴は助かるのか!?」
言ったのは、私の少し後ろを着いてきていたヨーゼである。
「まだ油断はしないでくれ。助かりそうな可能性は上がってきただけだ」
黒糸の効果が高いのだ。
私の予想以上に回復が早く、発熱や発汗などの症状も落ち着いてきている。話す元気はまだなさそうだが、意識自体はうっすらと戻っているかもしれない。
「なあアーレ、そういうことだから彼らの族長の意識が――」
「――見つけたぞおらぁ! 白蛇!」
彼らの族長の意識が戻ったら話をしてそれから色々決めないか、と言いたかったのだが。
脇腹の少し上を押さえた若干ボロボロの金髪の少女が、アーレを見つけるなり走ってきた。
確か、金狼族のキシン、だったかな。
神事の間で一度会っただけなので、あまり覚えていないが。
「なんだおまえか」
アーレが足を止めて、キシンを待つ。……この感じからして、もしかして二人は知り合いだったのかもしれない。
「おまえか、じゃないだろ! 置いて行くなよ! こっちはおまえにあばら折られてるんだけど!」
……知り合いどころかうちの嫁が大変なことをしてしまっているようだが。
「とりあえず私に謝れよ! おまえの旦那攫ったのと私は関係ない、誤解だったってわかったんだよな!? 一言くらい謝れよ!」
……あ、はい。
なんか説明されるまでもなく、状況がわかってしまったな。
きっと、私を誘拐した錆鷹族とキシンは共犯だと勘違いされて、アーレにやられたのだろう。
「謝れ? 別にいいが、必要か?」
「必要だろ! 謝れよ!」
「じゃあ――」
こほん、とアーレは軽く咳払いをして、言った。
「ケンカを売ってすまなかった。我が強すぎるばかりについおまえを倒してしまった。おまえが強ければこんなことにはならなかったと思うしおまえが弱いのは我のせいではないが勝ってしまって悪かったな。強い我が弱いおまえにケンカを売ってすまなかった。
これでいいか? ……本当に必要だったか?」
小首を傾げて少し眉を寄せるアーレは、恐らく他意はなく、素で言っている。
それこそケンカを売っているような物言いに聞こえるが……
でも、たぶん、間違ってはいないのだと思う。
辛辣すぎるとも思うが。
かなりの衝撃を受けて愕然とした顔になったキシンは、声にならない声を発するように口をぱくぱくさせた後――ばっと私を見た。
「こんなのがいいのか!? おまえの嫁こんなんだぞ!? いいのか!? こんなのほんとに好きか!?」
「もちろん」
即答は私の必須スキルだ。
ここで即答できないと、アーレの婿はやっていられない。いろんな意味で命がいくつあっても足りなくなるからな。
「大好きだよ、アーレ」
「うん……ごめんなキシン。こんないい男を番にしてしまって」
「はあ!?」
「いつかきっとおまえにも、おまえ程度の女でいいと言い出す物好きな男が見つかるから。番を諦めるなよ。レイン以上の男はいないが頑張って探せ」
「――むかつく! むかつく! 腹が立つ! むかつく! 絶対いつかぶっとばす! おまえ絶対ぶっとばすからな!!」
怒り狂うキシンに、アーレは勝ち誇った顔をする。
二人の関係はよくわからないが、それなりに仲は良さそうだ。
アーレの場合、本当に嫌いな相手なら、有無を言わさず殴り飛ばして終わりだから。無駄なことは言わないし。
それから、それこそなぜだかわからないが、私の借りている小さい家にキシンも付いてきた。
ヨーゼは呼んだからいるのはわかるが、なぜキシンも……まあアーレがいいと言うなら、私に否はないが。
「レイン、話を聞かせろ。おまえは錆鷹族をどうしたいんだ?」
全員が適当に座ったところでアーレが切り出す。
「早く離せ。そして早く二人きりになるぞ」
はいはい。
そう、とりあえず話さないとな。
広場では、アーレがいきなり処刑という沙汰を下して焦ったのだ。
私はこう、もう少し、ヨーゼの主張を聞いたり私の話を聞いたりと、そういう交渉みたいなことを経て、処刑だ何だというさばきを下すと思っていた。
本当に、いきなり「首を刎ねる」と言ったから。
だからついつい、アーレの邪魔をする形で割り込んでしまった。
アーレが族長としての仕事をしている時に、私が邪魔をした形になった。
あまりよくないことをしたと思っている。
……でも、止めるタイミングはもうあそこしかなかったからな。仕方ないとも思う。
「何の話だ?」
ここまでの流れを何も知らずについてきたキシンに、アーレは手短に「責任問題だ」と答えた。
「ああ……白蛇族の族長の番を攫った錆鷹族に、どう責任を取らせるのかって話か。
責任者の首を取るか、集落全員皆殺しじゃないの?」
金狼族なら絶対どっちかだと思うよ、と。キシンは平然と、アーレと同じことを言った。
たぶん、こちらの部族の通例だが慣例がこれなのだろう。
「違うそうだ。レインは……なんだった? 白蛇族が得をする形で納めろ、と言っていたか?」
「そうだ。ついでに言うと、必要のない殺しもしないでほしい」
「――必要だろ?」
「――必要だよな?」
キシンが問うと、アーレは迷わず頷いた。
まさに荒事に慣れ親しんだ女子たちの意見である。
「――そうだよな」
ヨーゼまで頷いた。君の首の話なんだが。そこで頷くと君の首が飛ぶことに同意する意味になるんだが。
「ヨーゼには悪いが、彼の首なんて貰っても何も嬉しくないだろう? 必要なことってだけで」
「まあ、そうだな。刎ねたところで使い道があるわけでもなし、あとは森に出も捨てて魔獣のエサになるくらいだな」
そこだ。
「人っていうのは、殺したり壊したりすればそれまでだが、それまではいろんな労働力になるんだ。それこそ殺して魔獣のエサになるより役に立つ」
「労働力……つまり、罰として何かをさせるのか?」
「そうだ。その発想で言うと、この状況なら――」
私は考えていた落とし処を、彼女らに語って聞かせた。
単純に、わかりやすく。
というのも、国同士の揉め事だと思えば、この手のケースは向こうでもよくある話だった。
だから、すぐに代案は思いついた。
あとはアーレが納得するかどうかだが――
「面白いことを考えるな」
考えたのは私じゃないが、アーレは私の代案を気に入ってくれたようだ。