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167.正体不明の敵は





「北全域は私が探す。おまえらは他を探してよ」


 錆鷹(サク・トコン)族の集落にやってきたその日、まずキシンは、事情を聞いたヨーゼの家で飯を食い睡眠を取り、昼から正体不明の敵の捜索に入った。


 動ける戦士たちを集めて指示を出し、自らもヨーゼを伴って動き出す。


 族長オーカが落とされたのは、山の北側だという話だ。

 ヨーゼと一緒に、まずは現場を見て、そこから探索していくつもりである。


 戦士たちが「散々調べた、発見はなかった」と言っていたが、こういうのは自分の目で確かめないと気が済まない性質なのだ。

 もう日数が経っているので、余計手掛かりなんて見つからないとは思うが、それでも今後の指標くらいにはなるだろう。


 それに、たとえ性格がそうじゃなくても、金狼(キィ・ロー)族ならば、些細な違和感に気づくかもしれない。


 金狼(キィ・ロー)族は、獲物の発見と追跡に優れている。


 犬狼族全般に言えることだが、金狼(キィ・ロー)族はそれに加えて戦闘が得意で、好戦的な性格をしている者が多い。


 もし南の地に赤熊(レ・ファ)族がいなければ、金狼(キィ・ロー)族は南の部族全てを、武力で制圧し支配者として君臨していただろう。


 縦長の石そのものを持ちやすいように削っただけの短い石棒と、石を削っただけの頑丈さだけが取り柄の石短剣。

 キシンの武器はその二つだ。あとは解体用のナイフを持っている。


「とにかく殴る」と「とにかく刺す」が、キシンの信条なのだ。


 ちなみにヨーゼら錆鷹(サク・トコン)族は、槍を好む。特に上空から投げつける短槍で獲物を狙う。


「懐かしいな。もう五年くらい前になるか? ここで一緒に狩りをしたよな」


「そうだな」


 あの頃のキシンはまだ戦士見習いで、ヨーゼは戦士になり立てで。

 まだ族長じゃなかったオーカは非常に強い戦士だった。


 当時どちらも半人前だったキシンらを、オーカがよく面倒を見てくれた。狩りのやり方も教わったし、戦士らしい振る舞いも学んだ。


 なお、あの頃のキシンは槍を学ぶために錆鷹(サク・トコン)族の世話になっていた。

 結局槍は性に合わないということで、持たなくなったが。


 そもそも飛びながら使う槍さばきなど、飛べない狼が扱えるわけがないと気づいたのだ。

 互いに地に足が付いた部族同士なら、また違ったと思うが。


「……オーカはもう、戦士としては復帰できないよな?」


「利き腕をやっているからな。もう戦うのは……だが翼は無事だから飛べはするだろう。仕事は見つかるはずだ」


「そうか」


 見習い時代は毎日のように一緒に過ごし世話をしてくれた、キシンが尊敬する数少ない戦士だったオーカ。

 そのオーカと一緒に狩りをすることは、今後はないのだ。


「寂しいな」


 声の調子は変わらないが、早足で前を行くキシンの背中は「紛れもなく本心だ」と語っていた。


 それからは無言になり、二人は森を進んだ。





 程なく、キシンらは問題の場所に辿り着いた。


 何の変哲もない森の真っただ中だ。

 広けた場所でさえなく、鬱蒼と両手を広げる巨木が日光を遮っている。


「この辺か?」


「ああ。血の痕は消えたようだが、――この辺に兄貴は落ちて、血だまりができた」


 ヨーゼが指差す地面の前に、キシンは膝を着いて顔を近づける。


「……うん。かすかに血の匂いがする」


 犬狼族は鼻が利く。

 しかし本質は犬でも狼でもなく人間なので、意識しないと使えない能力である。あくまでも金狼の加護の力である。


「……ふうん……見たところおかしな点はないな」


 それからゆっくり辺りを見回し、違和感を探す。


 ――ひたり、と灰色の目が止まった。


「ヨーゼ。おまえら斬られたオーカの右手は拾ったか?」


「いや。あの時は色々と突然で、とにかくここに留まるのは危険だと判断した。だから兄貴を連れて帰るので精一杯で、右手のことは頭になかった。

 だから、ここに残していく形になった。回収はしていない」


 恐らくは件の敵か、あるいはほかの魔獣が食ったのだろうと。

 今キシンに聞かれるまで、ヨーゼは気にもしていなかった。


 そもそもだ。


「なぜそんなことを聞く?」


「いや、おかしいなと思って」


 キシンの視線はまっすぐ一点を見ており、動かない。

 ヨーゼはキシンの視線を追って見る。


 そこには、巨大な木がそそり立っているだけである。


「なあヨーゼ」


 と、キシンはゆっくりと腰に下げていた石棒を握り締める。


「――なんであの木の中から、オーカの血の匂いがするんだろうな?」





 正体不明の敵の捜索は、数日に渡り行われていた。

 錆鷹(サク・トコン)族の戦士たちが総出で、それこそ血眼になって連日森を探し歩いている。


 それで、発見はおろか手掛かりさえ見つからない。


 ある戦士は、もうこの辺にはいないんじゃないかと唱えた。

 どこかへ移動したのではないか、と。


 族長に攻撃された以上、……それも戦士としては殺された以上、戦士たちは皆報復を求めていた。

 弟であるヨーゼだって同じ、いや、親しい身内だけに誰よりも強くそう思っていた。


 だが、見つからない。


 焦れていたところにキシンが来て――オーカの失った右手を見つけた。


 なんのこともない。

 正体不明の敵は動くことも隠れることもしていなかった。


「まさか、吸老樹(ア・オン・カ)か? こんな巨大な?」


 魔獣の一種だ。

 普段は周辺の木に擬態し、まるで見分けがつかない。枝葉に止まる虫や鳥を体内に取り込み、養分にするのだ。


 だが、問題は大きさだ。


 この森にも吸老樹(ア・オン・カ)はいるし、ヨーゼも狩ったことはある。

 しかしそもそもの話、この魔獣に対して人間は、獲物として大きすぎるのだ。だから人間は襲わない魔獣だと言われているのだ。小動物などが犠牲になるので、害獣扱いで倒しはするが。

 

 その定説に対して、この吸老樹(ア・オン・カ)の大きさはなんだ。従来の魔獣の三倍か四倍は太いし大きい。


「殺気を出すなよ。奴が気づく」


 キシンらは戦闘態勢に入りつつ、警戒しながらその場から離れた。





 ――あれは大きすぎる。あれを狩るには、準備が必要だ。





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― 新着の感想 ―
[一言] この鼻を集落で使っていれば、、、 …アーレさんのにおいがする!!
[一言] キシン、さすが時期族長+アーレとガチンコで殴り合い出来るだけあって戦士としては優秀なのねwww
2021/06/08 12:56 退会済み
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