表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/252

161.錆鷹族の集落で





 標高が高いせいだろうか、それとも空で強風に煽られまくったせいだろうか。


 寒かった。

 夏真っ盛りだというのに、とても寒かった。


 そして今も寒い。


「来い」


 だが、縛った縄を解かれたところでゆっくり身体を温める間もなく、ヨーゼは私の腕を引いて歩き出す。


 石積みの家は、風に負けないためのものだろう。

 木造では恐らく強度が足りないのだ。


 翼を持った人たち――錆鷹(サク・トコン)族の女性や子供が、家から出てきて物珍しそうに私を見ている。


 こうして見ると、場所こそ特殊だが、私の知っている集落とあまり変わらないな。

 

 中腹の開けた場所にある彼らの集落を横目に、洞窟のような場所に連れ込まれた。

 壁に埋め込まれている石が光っているようで、かろうじて足元が見える。

 

 しばらく歩くと、開けた場所に出た。


「ここは……」


 天井が高く、広い。

 ドーム状になっているようだが、薄ぼんやりとした光源しかないのでよくは見渡せないが……


 山の中にこんな空洞があるとはな。

 崩れたりしたら大変だと思うが……いや、そんな心配をしていてもう何百年も経っての今なのだろう。

 いずれどうなるかはともかく、今すぐ崩れることはないだろう。


神事(シラ)の間と言われている。大雨が降った時などに避難する、加護の強い場所だ」


 へえ、そうなのか。


 …………


「あれか?」


「ああ」


 その神事の間の中央に、人が寝かされている。


 かすかに漂う血の匂いからして……きっとあれが、彼らが助けたいと言っている錆鷹(サク・トコン)族の族長オーカなのだろう。


「――レイン」


 ヨーゼが立ち止まり、私と向き直る。


「族長は……オーカは、俺の兄だ。もう助かる見込みがないと言われた」


 彼は跪き、深く深く頭を下げた。


「絶対に助けろとは言わない。全力で治療をしてほしい。俺たちにはまだ族長が必要なんだ。頼む」


 ……やれやれ。


「早速診よう。その間に私の食事を用意してくれ」


 身体が冷え切っているので、できれば風呂も用意してほしいが、そこまで贅沢は言わない。





「……うん」


 ベッドのような台に毛皮の敷物を敷き、その上に一人の男性が寝かされていた。


 うん。

 ひどいな。


 何があったのかはわからないが、右腕がなくなっている。


 右肩から左脇腹に走る裂傷には、薬を塗った葉を張って止血してある。

 しかしこれは……恐らく皮膚も筋肉も越えて、臓器まで届いていると思う。


 右足の添え木からして骨もやっているようだ。


 顔は……左半分に葉を張ってある。


 まさに満身創痍だ。

 生きていることが不思議なくらいの大怪我だ。


「……う、ぅ、ぅ……ぅぅ、ぅ」


 だが、まだ生きている。

 浅い呼吸だ。痛みでうなされている。正直、ここまでの怪我人を相手に、どこまでできるか自信がない。


 ――しかし来た以上は、全力でやるだけだが。


 ひとまず痛み止めの針を打とう。


 包丁と針は常に持ち歩いている。

 ……いや、さすがに間が悪かったせいで包丁は白蛇(エ・ラジャ)族の家の台所に置いてきたが。


 だが、針はある。


 まず、彼に安眠を与えよう。

 処置については……できそうなことは薬師がすでにやっているみたいだからな。


「…………」


 寝息が落ち着いてきた。

 痛み止めと睡眠導入は効いたようだ。


「……先の力か」


 左手の薬指と小指を見る。

 鉄蜘蛛(オル・クーム)族の神の使いオロダ様に貰った二本の指は、まだ黒いままだ。


 ちなみにナナカナと婆様以外の白蛇(エ・ラジャ)族の者には、一切指摘されたことがないので、指の色なんて本当にどうでもいいのだろう。


 報告するのが怖かったアーレでさえ、気づいているのかいないのか。

 気づいた上で何も言わないなら大物だと思うが……嫁は族長や戦士としての器は大きいが、女性としては結構心が狭いから、これはないとは思うが。


 この指は、元はオロダ様のものだ。

 慣れてくれば、特殊な力が使えるとかなんとか言っていた。


 今のままでは、看病と薬の塗り替え、あと痛み止めを打つくらいしかできない。

 

 私の指先の力では、できることは少ない。

 だから、全力で彼を治療すると言うなら、もっと強い、先の力が必要になるだろう。


 ――ヨーゼは私を害することはないと思うが、ほかの戦士や集落の者はわからないからな。


 もし私が対処している間にオーカが死んで、その責任を私に追及してきた場合だ。

 その場合、私の身が危ない。

 そしてそれは、アーレの禁忌に触れることになる。


 私に何かあれば、アーレは絶対に錆鷹(サク・トコン)族を許さないだろう。

 この集落は滅ぶ。

 女性だって子供だっている、いたって普通の集落だ。


 しかしそれでも構わず、本当に全員皆殺しにすると思う。

 個人的な想いは半分以上あると思うが、それをさせるのは族長としての役目でもある。


 己が守るべき集落の者、それも族長代理を害するのであれば、それはもう戦を仕掛けられているのと同じことだから。

 フロンサードで言えば、遠い国の者が王族に害を与えたのと同じことだから。

 だから、その時は容赦しないと思う。


 ……むしろそう考えると、心が狭い女性の部分の方が、まだ世間的には優しい方なのかもしれない。


 …………


 アーレの動向が気になるが、今は私にできることをやろう。





 それにしても、オーカはいったいどうしてこうなったんだろうな。

 今は魔獣が活発に動いている季節なので、狩りに失敗したのだろうか。


 ……ちょっと嫌な予感がするな。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ