161.錆鷹族の集落で
標高が高いせいだろうか、それとも空で強風に煽られまくったせいだろうか。
寒かった。
夏真っ盛りだというのに、とても寒かった。
そして今も寒い。
「来い」
だが、縛った縄を解かれたところでゆっくり身体を温める間もなく、ヨーゼは私の腕を引いて歩き出す。
石積みの家は、風に負けないためのものだろう。
木造では恐らく強度が足りないのだ。
翼を持った人たち――錆鷹族の女性や子供が、家から出てきて物珍しそうに私を見ている。
こうして見ると、場所こそ特殊だが、私の知っている集落とあまり変わらないな。
中腹の開けた場所にある彼らの集落を横目に、洞窟のような場所に連れ込まれた。
壁に埋め込まれている石が光っているようで、かろうじて足元が見える。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
「ここは……」
天井が高く、広い。
ドーム状になっているようだが、薄ぼんやりとした光源しかないのでよくは見渡せないが……
山の中にこんな空洞があるとはな。
崩れたりしたら大変だと思うが……いや、そんな心配をしていてもう何百年も経っての今なのだろう。
いずれどうなるかはともかく、今すぐ崩れることはないだろう。
「神事の間と言われている。大雨が降った時などに避難する、加護の強い場所だ」
へえ、そうなのか。
…………
「あれか?」
「ああ」
その神事の間の中央に、人が寝かされている。
かすかに漂う血の匂いからして……きっとあれが、彼らが助けたいと言っている錆鷹族の族長オーカなのだろう。
「――レイン」
ヨーゼが立ち止まり、私と向き直る。
「族長は……オーカは、俺の兄だ。もう助かる見込みがないと言われた」
彼は跪き、深く深く頭を下げた。
「絶対に助けろとは言わない。全力で治療をしてほしい。俺たちにはまだ族長が必要なんだ。頼む」
……やれやれ。
「早速診よう。その間に私の食事を用意してくれ」
身体が冷え切っているので、できれば風呂も用意してほしいが、そこまで贅沢は言わない。
「……うん」
ベッドのような台に毛皮の敷物を敷き、その上に一人の男性が寝かされていた。
うん。
ひどいな。
何があったのかはわからないが、右腕がなくなっている。
右肩から左脇腹に走る裂傷には、薬を塗った葉を張って止血してある。
しかしこれは……恐らく皮膚も筋肉も越えて、臓器まで届いていると思う。
右足の添え木からして骨もやっているようだ。
顔は……左半分に葉を張ってある。
まさに満身創痍だ。
生きていることが不思議なくらいの大怪我だ。
「……う、ぅ、ぅ……ぅぅ、ぅ」
だが、まだ生きている。
浅い呼吸だ。痛みでうなされている。正直、ここまでの怪我人を相手に、どこまでできるか自信がない。
――しかし来た以上は、全力でやるだけだが。
ひとまず痛み止めの針を打とう。
包丁と針は常に持ち歩いている。
……いや、さすがに間が悪かったせいで包丁は白蛇族の家の台所に置いてきたが。
だが、針はある。
まず、彼に安眠を与えよう。
処置については……できそうなことは薬師がすでにやっているみたいだからな。
「…………」
寝息が落ち着いてきた。
痛み止めと睡眠導入は効いたようだ。
「……先の力か」
左手の薬指と小指を見る。
鉄蜘蛛族の神の使いオロダ様に貰った二本の指は、まだ黒いままだ。
ちなみにナナカナと婆様以外の白蛇族の者には、一切指摘されたことがないので、指の色なんて本当にどうでもいいのだろう。
報告するのが怖かったアーレでさえ、気づいているのかいないのか。
気づいた上で何も言わないなら大物だと思うが……嫁は族長や戦士としての器は大きいが、女性としては結構心が狭いから、これはないとは思うが。
この指は、元はオロダ様のものだ。
慣れてくれば、特殊な力が使えるとかなんとか言っていた。
今のままでは、看病と薬の塗り替え、あと痛み止めを打つくらいしかできない。
私の指先の力では、できることは少ない。
だから、全力で彼を治療すると言うなら、もっと強い、先の力が必要になるだろう。
――ヨーゼは私を害することはないと思うが、ほかの戦士や集落の者はわからないからな。
もし私が対処している間にオーカが死んで、その責任を私に追及してきた場合だ。
その場合、私の身が危ない。
そしてそれは、アーレの禁忌に触れることになる。
私に何かあれば、アーレは絶対に錆鷹族を許さないだろう。
この集落は滅ぶ。
女性だって子供だっている、いたって普通の集落だ。
しかしそれでも構わず、本当に全員皆殺しにすると思う。
個人的な想いは半分以上あると思うが、それをさせるのは族長としての役目でもある。
己が守るべき集落の者、それも族長代理を害するのであれば、それはもう戦を仕掛けられているのと同じことだから。
フロンサードで言えば、遠い国の者が王族に害を与えたのと同じことだから。
だから、その時は容赦しないと思う。
……むしろそう考えると、心が狭い女性の部分の方が、まだ世間的には優しい方なのかもしれない。
…………
アーレの動向が気になるが、今は私にできることをやろう。
それにしても、オーカはいったいどうしてこうなったんだろうな。
今は魔獣が活発に動いている季節なので、狩りに失敗したのだろうか。
……ちょっと嫌な予感がするな。