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蛮族の王子様 ~指先王子、女族長に婿入りする~  作者: 南野海風
第一章 指先王子、女族長に婿入りする
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15.準備は着々と





「それにしても、白蛇(エ・ラジャ)族の女性は美しい方が多い。それに若々しい」


 会ったことがない女性たち。

 つまり、私にとっては新たな白蛇(エ・ラジャ)族の情報源である。このチャンスを活かさない手はない。


「何言ってんだい。あたしはもう二十五だよ」


「え、本当に? 十代にしか見えないが……そちらのお嬢さんは?」


「やだよこの男は。二十六の婆に何言ってるんだか」


「二十六!? 十六の間違いでは!?――いてっ」


 軽妙なる言葉で女性たちに取り入り、時々ナナカナにつねられたり叩かれたりしながら、色々と情報を引き出してみる。


 ちなみに美しく若々しいというのも、丸っきりの世辞ではない。

 驚くほど平均寿命が短い白蛇(エ・ラジャ)族だけに、「二十を過ぎたら人生の折り返し」という風潮があるようだが、私からすれば二十半ばなんてまだまだ充分若い。


 しかも彼女たちは皆、女の仕事の内に適度な肉体労働をこなしている。祖国の貴族の淑女のような傷一つない大輪の花ではなく、根が残っていればまた生えてくる名もなき花のようだ。


 力強い生命力に満ち、過度の贅沢を知らないその身体は、皆引き締まっている。

 アーレ・エ・ラジャを始めて見た時と同じように、野生で強く生きている動物のような印象を受ける。


 造形美というか、機能美とでも言うのだろうか。


 無駄のない身体は美しい。

 野生の馬のように。


 ……蛇で例えたいところだが、生憎神蛇カテナ様くらいしか蛇を見たことがないので、なんとも言えないところがある。カテナ様で言えば美しく可愛いが。


「――無駄に口が上手くていらいらする」


 声が若干高くなって機嫌よく色々教えてくれた女性たちから、一通りの情報を聞き出した後。

 逆に不機嫌になっていたナナカナに、不機嫌そうにぼそっと言われた。


「いや、仲良くなっておいた方が色々やりやすいからさ…………アーレ嬢には内緒だぞ?」


 他の女性に歯の浮くような世辞を言っていると聞けば、アーレ・エ・ラジャはいい顔はしないだろうからな。怒るかどうかは別として。……たぶん怒るし。


「イヤ。言う」


「やめてくれ。すごく怒られそうだ」


「年上の女たちに囲まれてまんざらでもなさそうな顔してたことも言う」


「やめてくれ。すごく激しく怒られそうだ」


「指を切った女の手を取って手拭いで拭いてやったことも言う。拭くのは族長の足だけじゃなかったって言う」


「やめてくれ。すごく激しく怒られた後に追い出されそうだ」


 入り婿は弱い生き物なんだ。いじめないでくれよ……あと手拭いで拭いたのは、「聖なる指先」を使ったことを誤魔化すためだ。小さな切り傷くらいなら触れれば治せるから。


「あんたら仲いいね」


 ぼそぼそと言い合う……というか、女性たちと仲良く過ごしていたことに拗ねているように見えているのだろうナナカナの機嫌を私が必死で取っている様を見て、女性たちは呆れたように笑っていた。


 そんなこんなで採取作業を終わらせ、私たちは集落へ帰るのだった。





 私が情報収集をしている最中に、大狩猟の準備は着々と進んでいた。


 まず、大狩猟に参加する三つの部族について。

 青猫(カレ・ネ)

 戦牛(イルハ・ギリ)族。

 黒鳥(カッ・コハ)族。


 この集落の近くに住み、友好的な部族である。


 今年は白蛇(エ・ラジャ)族がホスト役で、参加するよその部族たちをもてなす役目を負っている。


 彼らは大狩猟が近づくとここに集まる。

 そして各部族の戦士たちとともに、何人か手伝いの女性たちも来るそうだ。


 実はその女性たちは、よその部族に嫁に出す、あるいは嫁に行きたいという本人の意思を聞き入れての人選となっているそうで、ある意味お見合いの側面もあるのだとか。


 ナナカナに「うちの部族はまだいいけど、よその部族の女とは仲良くしすぎるな。絶対に誤解されるから」と釘を刺されたので、気を付けようと思う。……情報は欲しいんだが、下手すると本当に墓穴を掘りそうだ。


 ――まあ、それはそれとして。


 今年は白蛇(エ・ラジャ)族が仕切っての大狩猟なので、部族に伝わる特別な料理を出すことになっている。


「貴重な卵をいっぱい使うんだよ」


 一緒に夕食を作りつつ聞いたナナカナの話では、霊海の森に住む魔骨鶏という、鶏のような魔獣の卵を使い、刻んだ牛肉と炒める、という料理を出すそうだ。


「……オムレツ?」


 話を聞く限りでは、牛肉を入れたオムレツのような料理らしい。

 まあ、オムレツはおいしいし、卵は貴重だし、ちょっとした技術が必要な料理だし、ということで祭り用の料理として確立されているそうだ。


 もちろん、新参者でしかない私には、貴重な卵を使わせるわけにはいかないそうだが。

 卵料理は奥が深いし難しいからな。失敗すると食材が無駄になるから、それはそれで納得できる。


 ……まあ、オムレツなら作れるが。


 しかしまあ、そうなると、だ。


「私も何か一品作ろうかなぁ」


 せっかくの祭りである。料理の品数は多い方がいいだろう。それと「酒の実」を使って新しい酒を仕込んだりもしてみたい。やってみたいことは本当にたくさんある。


「作るの?」


「どうしようかな」


 私は新参者だし、手伝い以外のことをしたいと言っても、余計なことをするなと言われる可能性もある。

 大狩猟が近づくにつれ、集落の女性たちも忙しそうで少しピリピリしているからな。


「何を作るの?」


「いや、まだ作るとは」


「味見しないと大狩猟で出せないよ」


「……」


「何を作るの?」


 どうやらナナカナは作ってほしいようだ。……これはあれかな? 胃袋を鷲掴みにしつつあるってことでいいのかな?


「メインはやっぱり牛肉ってことになると思うが、さて……」


 何をしたものかな。

 狩猟のメインターゲットが、例の光る牛だという話だし、やはり牛肉を使ったものの方が相応しいだろう。


 うーん……なんか考えてみようかな。


「――帰ったぞ」


 お、我が家の家長のお帰りだ。


「おかえり。タタララも」


 かすかに血の匂いをまとったアーレ・エ・ラジャと、最近ものすごくよく来るタタララが、狩果を持って帰ってきた。


「見ろ、魔骨鶏だ。卵もあるぞ」


 おお、立派な魔骨鶏。見た目は少し大きな鶏そのものだが、これも魔獣の一種である。結構狂暴らしい。


 獲物と卵を大事に受け取り、卵はしっかり保存して、血抜きを済ませてある鶏はさばいておく。


 と、その前に、アーレ・エ・ラジャの足を拭かねば。

 これはもう、すっかり私の仕事だ。


 今や一種の儀式のように思える、アーレ・エ・ラジャの足を綺麗にする作業。

 これが済めば、彼女は戦士じゃなくて私の嫁に戻るのだ。……まだ正式な夫婦ではないが。


「――タタララ。おまえには許可しないからな。レインが足を拭くのは我だけだ」


 そして、そんな私とアーレ・エ・ラジャをじっとじっと、じーっと見詰めるタタララ。何を考えて見ているのかよくわからないが、いつもとても真剣に見ている。


「いや、私は見ているだけで胸がいっぱいだ。もし拭かれたら……きっと心の臓が大変なことになる……」


 心臓が大変?

 本当にわからない。

「羨ましい」とか「男のすることじゃない」とか言ってもらえた方がまだわかるのだが。


 牽制するアーレ・エ・ラジャと、さっさと自分で足を拭いた戦士たちが家に上がってくつろぐと、私はまた台所仕事に戻る。


 だいたいできている夕食はナナカナに任せて、私は獲物をさばこう。


 最初こそ動物や魔獣をさばくことに戸惑いもしたが、もう慣れたものだ。

 血や傷を見て「かわいそう」よりも「美味しそう」としか思わなくなった。


「族長。レインが大狩猟で新しい料理を作りたいって」


 あれ? ナナカナ、私はそこまで言ってないが?


「新しい料理だと? 何を作る?」


「いや、まだ作りたいとは」


「味見をしないと出せないぞ。早く作れ」


 ……ふむ。


 親子揃って胃袋を鷲掴みにしつつある、ということでいいのかな?





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