158.価値観の違いとか
なんだかんだと男性戦士の問題点は見えつつも、まとまっていく縁談もちゃんとあった。
「エボ様と、ミラン様。タンタン様とイオ様。……あと交渉中が三組ですね」
夕食の準備をしながら、ケイラとこれまでに決まった縁談の話をしている。
とりあえず、今度の秋に結婚が決まったのが二組で、今現在交渉しているのが三組である。
この前、女性陣に総攻撃を受けて泣きながら帰った彼の結婚が決まって、ちょっとほっとしている。
あれ以来、人が変わったように愛想がよくなり、すぐに希望者が名乗り出たのだ。
まだまだ言い足りないらしい女性戦士たちをなだめつつ話をまとめ、無事に秋の結婚が決定した。
「――なんだか面白いですね」
と、タタララじゃないがこういった縁談の話に興味を抱いたケイラが、俄然乗り気になった。
今では交渉役を買って出て話を進めているのだから、なかなかの行動力……と言いたいところだが、霊海の森を越えてここにいる時点で行動力がないわけがないか。
まあ、こうなるのも必然だったのかもしれない。
意外と言っていいのか、よその集落からの縁談が多いのは、少し驚いた。
婿だの嫁だの来ることがあるのは知っていたが、その件数が結構多いのだ。
夏真っ盛りのこの頃、風馬族がよその集落の族長から伝言を持ってくる。
曰く、白蛇族の婿入り・嫁入り希望者がいるが、何人か受け入れてくれないか、と。
比率としては、女性が嫁入りしたい者が多い。
一昨年と去年は、集落問題のせいで敬遠されていたそうだ。
それはそうだろう。
真っ二つに割れるような大問題を抱えている部族に、元は大事な自分の部族の者を送り出そうとは、普通は思わないから。
元々、白蛇族へ嫁入りを考える女性は多かったそうだ。
一夫多妻制も、この辺の事情があるから採用されているのだと思う。
そして、白蛇族からよその部族へ行く者もいる……が、今のところ今年は一人もいない。まだ。
「受け入れ希望者はどれくらいになりましたか?」
「今のところは男性三名、女性十名。その内、男性二人は希望する女性がいる。女性の方は、何番目でもいいから優秀な戦士の嫁がいいという話だ」
風馬族の持ってきた伝言は、族長代理として私が聞いている。
どこの部族かとかは、あとでアーレに伝える時に一緒に聞けばいいだろう。タタララも「自分のいないところでその話をするな」と怒るしな。彼女は本当にこの手の話が大好きだから。
そして、風馬族にはアーレからの伝言である「希望者は一度こっちに来い」を持って帰ってもらい、向こうがやってくるのを待つのである。
さすがに、顔も会わせないで受け入れを決めることはできないから。
まあ、今は魔獣が活発で危険なので、少し涼しくなってから来るそうだが。
「結構いるんですね。特に女性が」
「一夫多妻制だからだろうな。遠慮がないというか」
「私は嫌ですけどね。自分以外の嫁がいるなんて」
「私も嫌かな。自分以外の婿がいるなんて」
「ですよね。その辺は男も女も関係ないですよね」
「ああ、関係ないな。知らない男に触った手で私に触れないでほしい。汚らわしい」
「汚らわしいですよね。いつだったか父が、笑いながら浮気は男の甲斐性だと友人に話しているのを聞いて、気持ち悪いと思いました」
「わかる。気持ち悪いよな。私だって好きでもない女に迫られたりしても嬉しくもなんともないのに。アーレ以外に抱かれるなんて考えたくもない」
「――ただいま」
いつの間にか、すぐ後ろにナナカナが立っていた。今し方帰ってきたようだ。
「おかえりなさいませ」
「おかえり。もうすぐアーレたちも帰ってくるから、酒の準備を始めようか」
「うん。それでさっきの話だけど」
うん?
「その辺の男が言ったら笑い飛ばしてやるけど、レインは言っても許されると思うよ」
……?
なんだかよくわからないが、なんらかの許可は得られたようだ。
「え? そう!? 私が戦士になったのっていい男何人も婿に取りたいなって思ったからだけど!?」
「だよね! 侍らせたいよね、いい男を何人も! 私は青猫族の男がツボ!」
「えぇ……一人でいいじゃん、男なんて。これって奴が一人でいいじゃん」
「嘘だろ何これ! 何これ! これ何!? 酒の中に焼いたキノコ入ってるんだけど! すっげ! 酒からキノコの豊潤な香りと味わいがするんだけど! え、ダシ割り!? ダシ割りって何!? こっこんな酒があるなんてっ……!!」
アーレほか常連の女性戦士たちとカラカロが帰ってきて、駆け付け十杯くらいが終わったところで、風馬族からの伝言を伝えた。
よその女性たちの多くが、優秀な戦士の嫁に入りたいと希望していること。
その際、多妻でも構わないと言っていることを話すと、よっぱらいたちは酒の話題にその一夫多妻制について話し出した。
人の価値観って本当にそれぞれである。
肉食系だなぁ、とは思っていたが、女性戦士にも男数名を傍に置きたい願望がある者もいるし、一人でいいと思っている者もいる。キノコにしか興味がない者もいる。
なお、今日は男性の戦士はカラカロのみである。
すでに何人もの男たちが泣かされているので、男性戦士にはここは恐ろしい場所だと周知されたのかもしれない。
「カラカロ、おまえはどうだ? 嫁を何人か欲しいか?」
今日は男性戦士は一人しかいないので、どうしても男の意見が求められる場合はカラカロに向かう。
アーレに話を振られて、カラカロの目が泳いだ。
「俺は、親父の嫁たちで苦労したから、同じ苦労を俺の嫁にさせる気は…………――ない! 絶対にない!」
探り探りの意見を言いながら、ケイラがどう思っているかを伺いつつ……
私と目が合ったところで頷いて見せたら、力強くカラカロは言い切った。
そうだ、その方向で間違ってないぞ。ケイラは多妻を嫌っているぞ。
「そうか。上手くいっているところは、多妻は楽だという意見もあるんだがな」
「そうだな」
と、タタララは同意して続ける。
「カラカロの前では言いづらいが、族長命令で望まない番を宛がわれた夫婦もいて、とにかく旦那が嫌いという嫁もいるからな。
抱かれたり世話をしたりするのが、苦痛で仕方ないそうだ。
そんな時の多妻だ。
嫁が増えれば、どうしたって一人頭との接点は減るからな」
ああ……なるほど、そういう考え方もあるのか。
本当に政略結婚みたいな考え方だな。
王侯貴族の結婚は家同士の繋がりと利益のため、そして後継ぎを残すためだ。
後継ぎになる子供さえできれば、あとは愛人を囲ったり別居したりする夫婦も、珍しくはなかった。
夫婦生活が苦痛であるなら、自分より愛人と仲良くしてろと言いたくなる者も、きっといるのだろう。
「レインはどうなの?」
「ん?」
例のいい男を侍らせたい肉食系女性戦士が、急に私の方を見た。
「レインは嫁何人か欲しいとかないの?」
「ああ。私はないな」
「ほんとに?」
「本当に」
「私とかどう?」
「どうとも言えないけど、今は後ろに気を付けた方がいいと思う」
「ああ……知ってる。話を振った私が馬鹿だったとも思ってるから許してくれない?」
アーレは許してくれなかった。
手近にあった牛の骨が、彼女の頭に当たって砕けた。
でも、頭からだらだら血を流す者がいても、本人を含めて誰も気にせず。
今日もにぎやかに、戦の季節の夜は深まっていくのだった。